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『あらわれた世界』№1

猫さんは己をキニチ・アハウと名乗った。出現したキニチ・アハウは乱暴で、会館の障子をボロボロにし、知らない猫の声で、夜中に凄まじい雄叫びをあげた。

唐突な雄叫びに起こされたチョビヒゲ猫は、反射的に会館の隅に避難して猫さんの様子をうかがうも、突然の猫さんの変容にどうして良いのかわからない。

お偉いさんは、以前の豹変で感染症の類による突発的な人格変貌を疑ったが、チョビヒゲ猫には、何か別な生き物が猫さんに憑依したようにしか見えない。

発狂した猫さんは全くの別猫で、妙に自信に満ちあふれ、尊大で、己が世界の覇者であるかのように振る舞った。一声発すると空間に倍音が響き渡り、神託のような神々しささえ感じるのだった。

いつものぼんやりした猫さんが大好きなチョビヒゲ猫は、この豹変した猫さんがイヤだった。早くいつもの猫さんに戻れば良いのにと思った。その想いが通じたのが、翌朝にはいつもの猫さんに戻っていた。

「キニチ・アハウと名乗ったんだね」

小野さんは、改修中の博物館から臨時開催として美術館に貸し出す文化財をチェックする作業に追われていた。息抜きに会館に立ち寄っては、猫さんの症状について、妙に興味を示した。

「ははぁ…4回目の転移の頃か…」

何やらポソポソと呟いて、猫さんの症状をライフワーク用のメモ帳に書き留め、パタンとメモ帳を閉じると、小野さんは深く頷いた。

「すべては繋がっている!」

珍しく確信に満ちた小野さんが、サッと通常モードの猫さんを抱き上げると、おもむろに猫さんのお尻を覗き込んだ。メスの猫さんは悲鳴をあげ、小野さんの胸を蹴飛ばして着地した地面から猛然とシャーをする。ごめんごめんと小野さんは苦笑いした。

「猫さんの中にはもう一匹の猫さんが存在する」

チョビヒゲ猫は以前からとっくに"そうだろうよ"と思っており、今更小野さんに言われるまでもないと機嫌を損ねるも、小野さんが続けて提示した仮説は、チョビヒゲ猫が想像していた内容とは少しだけ違っていた。





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