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インターネット無法者

・楽しかった、嬉しかった思い出はすぐに記憶の中から薄れていく。
記憶に留まることなく、どんどん薄れていって、終いにはそのことすら忘れてしまう。脳内に残るのは嫌な思い出トラウマばかり。
その記憶に紐づく感情がプラスか、マイナスかで脳の記憶領域が異なるのだろうか。嬉しかったことを思い出せないなんて、その出来事自体が無かったことになってしまうようでとても悲しい。
なんだか味がすぐ無くなるガキ向けのガムみたいだ。

・ベランダでタバコを吸いながら、無職期間中に友達と上野に行ったことを思い出した。文系2匹で科学博物館に行き、「つまりどういうことだってばよ・・・」と明らかガキ向けに書かれた説明に頭を捻らせたり、美しい模様の貝殻や鉱物に目を輝かせたりした。狭い博物館の喫煙所で、あーだこーだ展示について話をしてから、アメ横の地下に潜って異様な空気感と生鮮食品と香辛料の匂いが混ざる店々を歩いた。
衛生観念が終わった中華料理の店で小籠包(中国の醤油につけて食った、しかしこれが妙にウマかった)とよくわからない度数の酒を飲んで、近くの喫煙所で一服をして腹を満たした。
ひたすら酒を飲んで飯を食い、タバコを吸っていただけなのに、楽しくて仕方がなかった。前述の通り、楽しい、嬉しい記憶が薄れがちな私の記憶に留まっているあたり、大切にしておきたい思い出のひとつなのだろうな。

・先鋭的な思想を持った人が年齢を重ねたり、時代の潮流に乗り始めて丸くなったり、考え方が変わるのを残念がる人たちがいる。
特に配信者のファンはその傾向が顕著であるように見える。私の勝手な憶測だが、そういったファンは配信者を自身と共鳴し、その思想を対外的に主張する代弁者のように捉えている部分があるのではないか。
己の思想に共感・共鳴する者が居なくなる孤独感、思想を普及させる拡声器たる配信者がいなくなるのではないかという不安感や嫌悪感をまとめて「昔はもっと尖っていたのに」という言葉に内包していそうだ。
もちろん、ただ単に対象をコンテンツとして消費しているファンもいて、面白い奴がいなくなってつまらないと言っている奴もいるのだろう。いずれにせよ、他人を過度に消費するような下品極まりないことはやめたほうがいいのだこうしくん。

・インターネットフレンズたち、インターネットがなければ絶対に交わってなかったであろう人間の宝庫なのでとても楽しい。
生い立ち、趣味趣向、思想、自身と重なる部分がないのに、ゴミカスのようなSNSをやっていたという汚点のみで繋がった。
フレンズたちの面白さがもっと広まってほしいと思う一方で、インターネットの無法者どもにコンテンツ視されて消費されてほしくないアンビバレンスなエゴに塗れている。お前らのオモロはお前らだけのもの。

・前職は「自分たちだけが大変で忙しい」と宣い、他者への気遣いが死んでいる奴らの大博覧会だったが、幸い現在の職場は互助精神を持った人間たちが比較的集まっているようでいくらか息がしやすい。
前職は相場の1.7倍くらい給料が貰えて、福利厚生もバカ手厚かったが、毎日働くのが辛い上に、自己中な奴らに悩まされて結局精神病悪化させたあたり、幸せは金だけでは買えないのだな。
とはいえ、無職期間挟んで転職した今も定期的に希死念慮に犯されているので、精神病ってカビみたい。

・今の会社に転職するときに利用したサービスの担当者に「いい会社を紹介してくださって、ありがとうございます」と礼を述べたところ、「この会社様に入れたのは貴方の今までの頑張りと実力ですよ。自分は何もしていません。」と返された。両者共に社交辞令で発したに過ぎないが、担当者の言葉に過去の自分が救われたような気持ちになった。
まぁ、その1ヶ月後にその担当者と今の会社に裏切られるんですけどね。

・高温多湿死ね
ありとあらゆるものが湿り気を帯びて不快指数が天元突破しそう


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