あの日見た月の話

去年は労働人生ぶっちぎりと言っていいレベルで仕事に追われていた。
月1〜2で遠方へ出張に飛び、それ以外の日は0時近くの終電か深夜に都心から関東の片田舎までタクシーをぶっ飛ばして帰るような生活。
そんな破滅的な生活を長く続けられるわけもなく、休職するに羽目になった。

せっかく休職しても気持ちが休まることはあまりなかった。
定期的に野次馬根性の連中から「大丈夫?」とチャットが来ていたから。
しかしそんな中で唯一、嬉しい連絡があった。
部署も職種も勤務地も年齢も全然違う人からの連絡。
その人は少ない頻度だったが、内容は毎回決まって今日は月が綺麗だよとただ一言。
当時は窓どころかカーテンすら開けられずに一日を過ごしていて、自然に触れる余裕すらなかったから連絡を貰ってもその人が愛でた月を見ることは出来なかった。
たかが月を見るだけなのに、それすら出来ないことがひどく悲しかった。

だが少しだけ調子が良くてベランダに出ていたある日、夜風に当たってドブ川のくせにキラキラ光ってる水面をぼんやり眺めているとスマホに通知が入った。
「月が綺麗だよ」といつも通りの一文に顔あげれば黄金色をした月が暗闇に輪郭を淡く滲ませて光を放っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?