仕事を休職したときの日記

月曜日の朝、よく眠れたので出勤出来そうに思ったけど、とにかく前の土日の記憶が、休職を決断させた。土曜は何もやる気が起きずただ寝ていたいというだけ、何してたかももうあんまり覚えてない。日曜は楽しみにしてた公演、楽しかったけど、以前みたいに夢中で楽しんだかといえばNO。

平日仕事を終えて帰宅したらベッドに倒れ込み、休日も何も楽しめず寝ているだけ。それでは一体何のために生きてるのか。仕事のためだけに生きるくらいなら死ぬべきだし、死ぬくらいなら休む。そう決めた。

病院では3時間くらい待たされたけど、どうせ何もする気が起きないしじっと待ってるのもそれほど苦じゃなかった。休むと決めてもう仕事に行かなくて良いんだと思うと気持ちもやや軽くなった。マギレコやったり、じっと待ったりの繰り返し。

仕事を休んで身体を治したいと伝えても、先生は相変わらずアッサリと
「どれくらいの期間が良い?」
それも含めて相談したいと言ったら、
「どんな病気でも診断書1枚で最長3ヵ月。環境を変える必要があるから、僕は長めに書くことにしている。例えば1週間とすれば、『辛かったんだね。1週間ゆっくり休んで、また頑張ろう』となってしまう。でも3ヵ月と書けば仕事自体を見直さないといけない、と意識づけられる。そういう意味もあって長めに書いている」
なるほどと思って3ヵ月でお願いしますと答えた。

治すために何をしたらいいのか、逆に何をしてはいけないのか自分から聞いた。
「まずは家の中のこと。片づけとか。家事なんかはしてると気持ちが落ち着いたりする。男の料理を奥さんに振る舞ってみてもいい。最終的には、仕事の服装で出勤するのと同じように電車に乗って、職場近くの図書館で本を読む、というのが一番いいけど、それに準じたことを自分で考えてやってみたらいい。してはいけないことなんかは特にない」
やっぱり、なるほどなと思った。職場の近くに行くのはしばらく後だなとも思った。

夕方くらいに上司と連絡がついた。係長は会計事務の期日が迫ってるのを気にして聞いてきた。「マニュアルとか、作ってる……?」
作ってますとドヤ顔で答えた。あなたたちが目を背けてきたマニュアル作成がどんなに重要か思い知れ、と思った。休職の説明は課長から、書類の受け渡しと説明を自宅近くの喫茶店等でしたいと言う。一刻も早く書類を提出してほしいとのこと。

自分はあくまで郵送でのやりとりにこだわって、結局押し切った。別に会いたくないとかいう気持ちより、ただ単に課長の的を射ない説明を聞くのがめんどくさかったから。これまでのやりとりで、何を伝えたいかまとまってないままダラダラと話すのは目に見えている。説明すべきことがあるなら文書で示して同封してください、とまで言って直接の対話を避けた。ただ、休職中は月イチで課長と面談する必要があるらしい。別に嫌ではないけど、何のためなんだろうか。また漫然とした会話になるんだろうか。

寝てる時間以外は、先生の言っていたように部屋の片づけをしてみた。あまり捨てるものもなくはかどらず部屋を散らかしたが、今日必死で終わらせなくても明日また続きをやればいいんだと思えるのが良かった。

嫁さんはコウペンちゃんグッズを買って帰ってきたので少し時間が遅く、疲れてるようだった。晩飯は自分でお好み焼き2枚と、鯛の刺身を買ってきた。鯛は、久しぶりに心から美味しいと感じられる食べものだった。早くも回復しているなと実感した。

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