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“歩けない僕”と“見えない私”の交換日記⑩by小林幸一郎

パラクライミング世界選手権“視覚障害”クラスで4連覇のレジェンド・小林幸一郎さんと、“車いす”クラス銀メダリストのルーキー・大内秀之さんが、クライミングへの思いを語り合うため、交換日記を始めました。

今回の交換日記では、小林さんが最近、気になった言葉について語られます。それは“未来を見つめる言葉”でした。


▼過去に引きずられるのではなく、未来に向かって進んでいく

お久しぶりです、小林です。大内、元気ですか?7月になりました。今年も半年が過ぎてしまいました。振り返ると、3月に広島でパラクライミング ジャパンシリーズをやれたことは、パラクライミングにとっても僕自身にとっても大きかった。コロナになって何が始められるのか何か始められないのか、前に進んだ実感がある3月だった。その後、緊急事態宣言が出たり、いろいろあったが、自分にとって大きな自信になった。

この間送ってもらったビデオレターを聞いてみると、“自分の言葉の強さ”というものを力強く伝えてくれている大内の言葉に、心を動かされた手紙だった。7月16日に聖火リレーのランナーを務める予定なんだけれども、市中走行ができなくなって、会場に集まってセレブレーション、トーチキスと呼ばれる、並んで間隔を取ってトーチの火を渡していくというセレモニーに変わってしまって、たくさんの人に見てもらいたいなという思いが、それがなくなってしまった寂しさというものがある。そこに引きずられることはあるるが、そこに引きずられるよりも、前に進んでいきたいという思いがあって。今は、やれなくなったことより、やれるようになってうまくいったことをうまく自分の中で思い出して生きていきたいなと思えています。

この間、ラジオを聴いていた時に印象的だった言葉がふたつ聞こえてきた。

その1つが、あるアーティストが、コロナの間に、ビジネスマンとか、発明家とか、スポーツマンとか、いろいろなことを成し遂げた人たちの本を読んでみたが、みんな言葉を変えているだけで、言っていることは同じだったと。そのことを自分の曲のタイトルにして「変えられるのは未来だけ」(「KREVA」の新曲)とはっきり言っていました。過去にこんなことありました、あんなことありました、ということはいくらでも言えるんだけども、それを持ってどうするのかというのを決められるのは自分だけだと。“変えられるのは未来”、その通りだなと。

それともう1つ。元 J リーガーでビジネスの世界に飛び込んでマザーズに上場するところまで行ったという人の言葉で、“努力は夢中に勝てない”と言っていた人がいて、これもその通りだなと思って。いくら頑張って努力しても、夢中になってやる姿には勝てないと言っていて、その通りだと。

前に僕は自分の言葉で“いいことは続きにくいけど、楽しいことは続く”と言いました。それは先ほどの J リーガーの言葉、“努力は夢中に勝てない”という言葉とニュアンスとしては限りなく近いのかなと思っていました。 

大内は俺に教えてくれました。“急いで行きたい急いで行きたいなら一人で行け、遠くに行きたいならみんなで行け”って。みんな考えることは限りなく近しいんだなと思いました。それらの言葉すべては、過去に引きずられるのではなく未来に向かって自分たちで思い描いていたことを実現するために前に進んでいこうという意味の言葉だなと思いました。

大内が東京に来る予定になっている7月11日は、名古屋で開かれる交流型のクライミングイベントに参加します。その翌週に聖火リレーがあったり、それからその後には、パラクライミングのロシア大会の申し込みの締め切りがあったり、そのあとオリンピックの開会式があったり。自分でどうにかできること、自分ではどうにもできないことを含めて、色々な変化のある2021年の7月なんじゃないかなと思います。今月中にもう1回か2回かこんな言葉のやり取りができたらいいかなと思います。次に送るとき、自分の心はどんなふうに動いていて、頭の中ではどんなことを考えているのか。起きている出来事にどんな影響を受けているのかちょっと楽しみでもあります。

いつもいつも元気をもらえるようなあの力強いビデオレターに、やべえ、またやれたなと思っているけれど、そんな時ばっかりじゃないと言ってくれている大内が、また自分に元気をくれているのだと思っています。お互いに色々あるけど頑張りましょう。また連絡します、またね。

(了)

“歩けない”大内さんと、“見えない”小林さん

▼大内秀之さん

  • 兵庫県出身

  • 生まれながら脊髄にガンを抱える

  • ガンは摘出するも、腹筋から下にまひが残り、車いす生活に

  • 13歳、車いすバスケを始める

  • 大学で社会福祉士の資格を取得

  • 現在、大阪府堺市立健康福祉プラザに勤務

  • 36歳、小林と出会い、クライミングを始める

  • 38歳、一般社団法人フォースタート設立。車いすバスケチーム「SAKAIsuns(サカイスンズ)」を運営

  • 2018年パラクライミング世界選手権インスブルク大会(オーストリア)AL1(車いす)クラス初出場

  • 2019年ブリアンソン大会(フランス)AL1クラス準優勝

▼小林幸一郎さん

  • 東京都出身

  • 16歳でフリークライミングと出会う

  • 大学卒業後、アウトドアインストラクターとして活躍

  • 28歳、「網膜色素変性症」が発覚。将来失明すると宣告される

  • 34歳、米国の全盲登山家エリック・ヴァイエンマイヤーとの出会いから、障害者クライミング普及を目指す

  • 37歳、NPO法人「モンキーマジック」設立。同年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂

  • 2011年パラクライミング世界選手権イタリア大会(アルコ)視覚障害B2クラス優勝

  • 2012年フランス大会(パリ)B2クラス準優勝

  • 2014年スペイン大会(ヒフォン)B1クラス優勝

  • 2016年フランス大会(パリ)B1クラス優勝

  • 2018年オーストリア大会(インスブルク)B1クラス優勝

  • 2019年フランス大会(ブリアンソン)B1クラス優勝 4連覇

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