見出し画像

“歩けない僕”と“見えない私”の交換日記⑭by小林幸一郎

パラクライミング世界選手権“視覚障害”クラスで4連覇のレジェンド・小林幸一郎さんと、“車いす”クラス銀メダリストのルーキー・大内秀之さんが、クライミングへの思いを語り合うため、交換日記を始めました。

モスクワでの世界選手権を終えたばかりの小林さんですが、すでに“次のミッション”に動き出していました。そして大内さんに対して、“ある宿題”を課すことになりました。


▼決勝に進めなかったことに、ひたすら混乱した

こんばんは、大内、久しぶりです。東京から見えない小林です。9月の15日から17日まで 激しいほどの応援をしてくれたモスクワでのパラクライミング世界選手権が終わった。

19日に日本に帰国して3泊、22日まで厚生労働省が用意したホテルでの強制隔離があって、それから11日間の自宅での軟禁生活があって10月3日に解放されて。翌日から緊急事態宣言も明けたので、久しぶりに東京で交流型のクライミングイベントをやって。それから、やっと生まれた息子に会ってきました。今日はめちゃくちゃバタバタしていました。なぜかというと、明日から再び海外、アメリカに行かなければならぬのです

まず改めてモスクワの世界選手権のこと。俺自身は5連覇を目指して男子B1クラス頑張ります、といってきたんですが、結果は予選4位で決勝まで進めず、今回の世界選手権を終えることになりました。2011年に初めてパラクライミングの世界選手権が開催されてから、すべての大会に出場してきたのですが、初めて決勝の舞台に進むことができない経験して帰ってきました。すごく悔しいというのが素直な感情です。試合が終わったすぐあと、自分が予選から決勝に進めなかったということに対して整理ができず、ひたすら混乱している時間を過ごしました。同じホールドをタッチしたか・しなかったかの差で順位がついてしまって。タッチできたのに、その上を目指してしまったがために下位になってしまったという感覚が強かった。タラレバたけど、決勝に進んでいたら、決勝に行った選手より上に行けたんじゃないかと、外国の選手からも何人かから言われたりして。何が間違っていたのだろうかとすごく混乱してしまった。
これまでナビゲーターを務めてくれた鈴木直也くんの代わりに、初めて一緒に大役を悩みに悩んで担ってくれた白井唯ちゃんが、どれほど苦しい思いをしているかと思うと、本当に自分のことを責めて、人をどれくらい苦しめてしまったのかと。

だけど時間がだんだん立って、これはルールの決まった大会であって、そのルールに則った結果、決勝に進めなかった。それは自分の力不足でしかない。心技体とよく言うが、今回大会に向けてメンタルトレーニングをしっかり受けてきたし、フィジカルのトレーニングで体もよく動くようになっていた。今回の予選ルートでも全く腕も張らず、体のダメージも何もなく、それで結果が決まってしまった。ある選手はそこを超えて、上の順位を取っていたので、今回、決定的に私に足りなかったと思っているのは“技”。言い換えれば、まだまだ自分にはやれることがあるんだろうと思って、今回の結果は結果として受け止めて次に向かっていきたい。できるのであれば、もう一つ次の世界選手権目指して頑張っていきたいなと、今は少しずつ思えるようになっている私です。

▼日本マジで強え!

でもそれだけじゃなくて、もうひとつ嬉しかったのは、僕は日本パラクライミング協会の共同代表をやらせてもらっているので 一緒に行った片足AL2の結城周平くんが、ずっとこの2年間表彰台の上に立ちたいということを目指していて、銅メダルを取ることができてすごく嬉しかった

それから視覚障害の方ではB1クラスからB3まで、男子が全クラスで1位。B1、B2は金メダル。B3は人数が足りずクラス不成立だったが、マスタークラスということになって、1位という記録が残りました。日本マジで強え!という感じになれたことが本当に嬉しかった。日本チームが素晴らしい成績で帰ってきましたという報告ができたのがめちゃくちゃ嬉しかったです。それはみんなが応援してくれたから、大内があれだけ激しく僕らのことを応援してくれたからだと思っています。みんなを取りまとめて僕たちを応援してくれたことにお礼を言いたいです。これまでもこの手紙のやり取りで言ってきたが、大内の行動力、紡ぐ言葉に、尊敬の念しかありません。改めて今回、ありがとうと言いたいです。大内が今回の大会に出場しないということを決めるにあたって、どれほど苦渋の思いをしたか…。でもその後の行動が、ほかの日本代表になってくれた仲間たちと大きく違うんだなと、改めてすごいなと思いました。次は一緒に世界選手権の舞台に立てるように、次の2年間を頑張っていきたいなと思っています。

▼新しい旅“アメリカ”へ

そんな私は、アメリカに行くと言いましたが、2年間のびのびになっていた小林のドキュメンタリー映画「フィギュア8」の撮影に、ユタ州の岩に登りにいきます。直也と一緒に珍道中をカメラに撮ってもらう予定。その前に、ロサンゼルスに行ってきます。パラクライミングの今年最終戦ワールドカップ第3戦がロサンゼルスで開かれます。パラリンピック化という言葉を、応援の席でも何度も口にしてくれていたけれど、実際にパラクライミングはパラリンピック化を目指していて、IPC(国際パラリンピック委員会)に対して、2028年ロサンゼルスパラリンピックに正式種目化を目指せるように提案書を出すことになっている。このワールドカップは、IPCに対して、こういうことをやっているんです、というのを見せる大会になるようです。俺たち日本もその場にいて、日の丸をちゃんとアピールして、多くの海外の選手と交流して、今後のパラクライミングの発展の仕方について、その姿を、日の丸とともにきちんとアピールしていきたいなと思っているので、また報告できたらいいなと思っています。映画も楽しみにしていてください。

▼俺たちはこれからどんなことができるんだろう?

大内のビデオレターで紡がれる言葉を聞いていると、自分でも考えることが多い。未来に残しちゃいけない宿題って言ってくれたと思うんだけれども、それって何?って聞いてみたいじゃん、そんなこと言われたら。僕は僕なりのパラクライミング、自分たち障害のある人間のクライミングの楽しみ方をこれからも発信し続けると思うし、日本パラクライミング協会の代表としてやるべきこと・やれること、モンキーマジックの代表としてやるべきこと・やれることというのを、これまでと同じように、そしてこれまで以上に発信していきたいと思う。

俺は、モスクワ選手権というのは、区切りなんだと思っている。でさ、俺たちはこれからどんなことができるんだろう?大内どう思うって聞いてみたい。大阪にいるフォースタートっていう法人を回していて、障害者の支援のプロとして、社会福祉の世界の真ん中にいて、そんな大内だからできること・やっていること・これからやろうとしていることがあると思う。でもそうじゃなくて、俺たちが一緒にやれることってないのかな?俺たちだから作っていける未来ってないのかな?きっとあるような気がしていて。この手紙のやり取りひとつだって、これから新しい発展の仕方をしていくんじゃないかなと思ってる。なんか一緒に未来を作りたいな、クライマーの俺たちが一緒にやれることってないかなって考えられたらいいな。今はそんなことを感じていて、俺はまた明日から新しい旅に出てきます。日本に帰ってきたら、また大内と次のやり取りが始められることを楽しみに行ってきます。

帰ってくるころには、そして次の自宅待機が明ける頃には11月です。冬の新しい季節が近づいてきていると思うのでくれぐれも体には気をつけて、腕や肘や肩をぶっ壊さない程度にクライミングしておいてください。また送ります。

(了)

“歩けない”大内さんと、“見えない”小林さん

▼大内秀之さん

  • 兵庫県出身

  • 生まれながら脊髄にガンを抱える

  • ガンは摘出するも、腹筋から下にまひが残り、車いす生活に

  • 13歳、車いすバスケを始める

  • 大学で社会福祉士の資格を取得

  • 現在、大阪府堺市立健康福祉プラザに勤務

  • 36歳、小林と出会い、クライミングを始める

  • 38歳、一般社団法人フォースタート設立。車いすバスケチーム「SAKAIsuns(サカイスンズ)」を運営

  • 2018年パラクライミング世界選手権インスブルク大会(オーストリア)AL1(車いす)クラス初出場

  • 2019年ブリアンソン大会(フランス)AL1クラス準優勝

▼小林幸一郎さん

  • 東京都出身

  • 16歳でフリークライミングと出会う

  • 大学卒業後、アウトドアインストラクターとして活躍

  • 28歳、「網膜色素変性症」が発覚。将来失明すると宣告される

  • 34歳、米国の全盲登山家エリック・ヴァイエンマイヤーとの出会いから、障害者クライミング普及を目指す

  • 37歳、NPO法人「モンキーマジック」設立。同年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂

  • 2011年パラクライミング世界選手権イタリア大会(アルコ)視覚障害B2クラス優勝

  • 2012年フランス大会(パリ)B2クラス準優勝

  • 2014年スペイン大会(ヒフォン)B1クラス優勝

  • 2016年フランス大会(パリ)B1クラス優勝

  • 2018年オーストリア大会(インスブルク)B1クラス優勝

  • 2019年フランス大会(ブリアンソン)B1クラス優勝 4連覇

▼2人のやりとりは、以下の記事で一覧に↓

みなさんのサポートは、パラクライミングの発展のため、日本パラクライミング協会にお届けします。https://www.jpca-climbing.org/