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ロードムービー原作 「また会えたときに 2」 第8章 (奄美奇譚 後編)
僕:「とにかく僕は、お風呂に入りたかったのです。」
八幡様:「それは読者さんみんなの願いだと思います。」
僕:「フェリー乗り場の近くにあった銭湯がとっても魅力的で。」
八幡様:「ほう。どんな雰囲気の銭湯でしたか?」
僕:「とっても可愛くて、昭和の王道銭湯って感じでした。」
八幡様:「なるほど。ああ、ここですね。まさに映画のワンシーンに出てきそうな銭湯です。」
僕:「はい、タイルがいい感じですよね。中には番頭さんがいらっしゃって。」
八幡様:「分かりました。ごゆっくり、汗を流してきてください。」
僕:「はい、では遠慮なく! ひとっ風呂いただきます。」
「また会えたときに 2」 第8章
トンネルくぐり
古仁屋を発って、名瀬港近くの銭湯に着いたのは午後6時過ぎ。
鹿児島行きのフェリーは夜の9時半出航だから、じゅうぶん余裕がある。
青年は、とにかくお風呂に入りたかった。
まとわりつくような海の香と、自分の汗の匂いで、ヘルメットの中が蒸れに蒸れまくっている。
少年の頃にやっていた剣道の面をかぶっている錯覚に陥る瞬間は、拷問にも近かった。
今朝、フェリーを降りてすぐ、左手に銭湯の暖簾をちゃっかり見ていた青年。そこに向かってダックス号を急がせる。
しかし、バイクに乗っているだけなのに、不思議と青年の息はハアハアとあがっていった。呼吸が速くなり、胸がざわざわと波打つ。
何かしらの嫌なことが起きる前兆は、いつもこうだ。これがいわゆる胸騒ぎというやつか。
騒いでいる感情に対して、それをかき消そうとする感情もあったりして、感情がなんだか行ったり来たりする。
しかしまあなんといっても、お風呂はもうすぐそこだ。
ダックス号を銭湯の玄関の横に停めて、いよいよ魅惑の暖簾をくぐる。
「おっと・・・。」
ふと、青年はその時、フェリーの切符のありかが気になった。
たしか・・・財布に入れたはずだ。
後ろポケットから財布を取り出し、中を確認すると、ちゃんとある。よかった。
青年はよくモノを失くす。
切符があるのを見てホッとはしたが、財布自体が汗でベトベトなので、切符もヨレヨレ状態。
あ、こんな切符でフェリーに乗れるのだろうか。。。
と若干心配しつつ、玄関を上がり、シューズを脱いでロッカーに入れる。
「ゆ 男」と大きく書かれたガラス戸を開けると、番頭さんがご挨拶。
にこやかな白髪の「おばあ」だ。
青年:「こんばんわ。おいくらですか〜?」
するとおばあは、イタズラ少女のように、
おばあ:「300万イェン〜。」
とうそぶいた。青年は大袈裟に驚きながら、
青年:「ああ〜、今手元にないわあ。350円で許してくれへん?」
とお代を渡すと、後ろから服を着替えているおじいさんが、
おじい:「アホか。増えとるわー。」
と突っ込んだ。
おばあは多過ぎた50円を返してくれて、同時にカミソリをサービスしてくれた。あんた、伸び過ぎた無精髭をそりなさいね。と。
もちろんありがたく頂戴し、脱衣所に進む。
そこで青年は閃いた。
そうだ! 切符を乾かしながら、お風呂に入ればいいんだ!
青年は、しわしわになった切符の紙の繊維をしっかり伸ばした状態で、脱衣カゴの横の底板に置いた。
その上に、青いハンカチをぎゅうっと押して、しっかりと伸ばす。
よし、我ながら完璧じゃないか。
切符はそのまま乾かしておいて、いそいそと服を脱ぎ、浴場の中にそそくさと入る。
お客さんは4人。
大人はみんな体を洗っていて、小さな子どもがひとり、浴槽に立っていた。
青年はその子とパッと目が合う。年長さんか、小学校1年生くらいかな? 少年は、三日月の目を見て、ニヤリと笑う。
古仁屋の天使たちを思い出した瞬間、少年は消えた。
青年:「えええっ?」
声をあげて、タオルで前を押さえながら湯船近くにヨタヨタと駆け寄った青年は合点した。
やはり、女湯の方から騒然とした声が聞こえてくる。
その銭湯の男湯と女湯は、お湯の温度を一定に保つためか、80センチ角ほどのお湯の通路で繋がっていたのだ。
その長さ、1メートル以上はありそうだ。
なんと少年は、その通路を素潜りで泳ぎ、行ったり来たりの遊びをしていた。
どう考えても危険きわまりない行動だが、わりといつもやっていることみたいで、男湯のお客さんはみんなスルーしている。
しかし女湯からはこんな声が聞こえてくる。
「たっくんもうやめいよ! あっぶないわあ。。。」
「途中で止まってん、助けられんよー。」
たっくんというのか。お姉様方のご指摘の通りだ。途中でなんらかの事故が起きたら、トンネルの中では誰もどうすることもできない。
青年はその瞬間から、少年の動向を横目と鏡で追い続け、何事もないか観察することを己のミッションと課した。
青年は湯船に入る前に、洗い場に座る。黄色くて小さな椅子が、ダックス号みたいでキュートだ。
隣で頭を洗っているのが少年のお父さんかな? と思って見ていたが、あまりにも無関心なので、親は一緒ではないと踏む。
となると、女湯の方にお母さんがいるのかもしれない。
少年は、それから何回か潜水で女湯を驚かせ、怒らせて楽しんだ。
その声の内容を収集分析しつつ、青年はガシガシと体を洗い、石鹸を念入りに流した。
はあ、この爽快感だ。僕が求めていたものは・・・。
銭湯というシステムを考案してくれた江戸時代の人々に感謝を捧げたその時、女湯の方からおばあちゃんが「こっちにきちゃいかーん!」と本気で叱る声が聞こえた。
なるほど。ということは、ここにはお母さんもいないのか。
どうやらひとりでここに来ているらしいその少年は、たくさんの大人に注意されている様子だ。それでも悪戯を続けるそのメンタルの強さは称賛に値する。
が、やはりこれはどうにも危険で、青年はハラハラし通しだ。
頭を予洗いしながらも、鏡でチラチラと少年の姿を確認し続ける。
そしていよいよシャンプーをたっぷりつけて、大型犬を洗うイメージでワシャワシャと洗髪。
呆けた顔で泡を流しているときに、少年がまた潜水したことに気が付いた。
シャワーを止めてしばらく待つも、出てこない。青年は焦る。
まさか、溺れたか?
やはり、胸騒ぎの予感は、これだった・・・!
シャンプーの泡をまだ付けたまま、青年は即座に立ち上がる。
少年:「ぷはあっ!」
そのときのタイミングを見計らったように、湯船から少年が顔を出した。膝の力が抜けて、鏡に向いて椅子に座り直す青年。
良かった・・・心配したじゃないか少年。だけど、シャンプーの泡が目に入って超痛いぞ、少年。
もう行くんじゃないぞ。心の中で唱えた瞬間、鏡越しにだが、少年とまた目が合う。
それが悪かった。
少年は、おそらく旅行客であろう青年にジロジロと見られていることで、ますます冒険者としてのプライドが燃えさかったのだろう。
不適な笑顔を見せると、大げさに息を吸って鼻をつまみ、またジャポン、っと湯船の中に消えた。
青年は頭の泡を完全に流しきり、やれやれ、と再度立ち上がった。
少年が次に戻ってきたらしっかり諭そうと思い、待ち望んだ湯船に、ゆっくりと入る。熱い。けど、たまんない。
「はああ。。。。。」
つい恍惚の声が漏れ出てしまう。道後温泉ぶりの、至福の時間だ。
それにしても、お湯に浸かるという行為はなぜこんなにもヒトの心をとろかすのだろう。全員がお湯に浸かりながら生活すれば、戦争なんか起きないのではないか。
あまりの心地よさに、ローマ人もびっくりの平和理論を編みだす青年。
そこで違和感。あれ? 女湯の方から声が上がらないぞ。
さっきは少年が女湯に出た途端、お叱りの声が上がっていたのに、まだ静かだ。
少し待つ。やはり、声が聞こえない。
・・・おかしい。
女湯が急に誰もいなくなるわけもなし。いや、やはり実はあっちにお母さんが居て、一緒に外に出た?
青年はお湯の通路に近づき、覗き見る。しかし上から見ただけでは何も見えない。
ええい!
思い切って、湯船に潜ってみる。
そして通路の中を見た瞬間、少年の足が見えた。
青年:「あかん!!!」
水中で叫び、急いでその足首を掴んだ。
反射反応がない。
青年は一気に手元に引き寄せた。
赤い体に、青い顔。
たっくんはまったく動かない。
それを見た地元のおじさんが、
おじさん:「おい! たっくんが溺れたぞ!」
と叫び、その声に男湯も女湯も一気に騒然とする。
青年は力のないたっくんを抱き上げて、脱衣所に急いだ。
「タオルを、ソファに、たくさん敷いてくださーい!」
と言いながら、転ばないよう腰を落とし、剣道で学んだすり足の要領で急ぐ。
死ぬな!
青年はたっくんを抱きながら、語りかけ続けた。
青年:「まだあかんで。
死んだらあかんで。
こんなことで終わったらあかんで。
君がやりたかったことができんようになるで。
まだまだおもろいこと、たくさんあるんやで。
もっと楽しいこといっぱいあるんやで。
君の出番をみんな待ってるんやで。
だから、死ぬなーーー!」
反応はない。
しかし、そんなに水は飲んでいないはずだ。もしかして、頭を打ったのかもしれない。
脳震盪か。
通路の途中で早く上がろうとして頭を強打してしまったことも考えられる。
脱衣所では、番頭のおばあが電話で救急車を呼んでくれている。
泣きそうな顔で、電話を切る手も震えていた。
青年:「おばあ! 救急車は?」
おばあ:「すぐくる! たくみ! たくみー! しっかりせんねーっ!!!」
そう言って少年の顔を覗き込み、悲愴な顔で、祈るように手を組み合わせる。
青年は少年の胸に耳を当てて、心臓音を聞く。
動いている。しかし、呼吸は止まっている。
青年:「おじさん。すみません。牛乳を4つとってください。」
と、コーヒー牛乳などが冷えているガラス張りの冷蔵庫を顎で指す。
タオルだらけになったソファに寝かせて牛乳2本をハンドタオルで巻き、冷たい枕を作り、そこに首を置き、残りの一本ずつを脇の下に直接挟ませ、即座に人工呼吸を2回。
少し待つ。
3回目の人工呼吸で、飲んだお湯が少し出てくるが、体を横にしてもそれ以上は吐かない。
もう一度息を吹き込む。
おばあがたっくんの体をさすり、名前を叫び続けている。
人工呼吸を続ける。
心臓は動いているので、スピードを少し早める。
青年は、たっくんの胸に手を添えて、さらに人工呼吸の回数を増やし、蘇生術を全身全霊で試みる。
まさか、この旅で2回もこんな機会に遭遇してしまうとは、よほどこの男は「居合わせる星」を持っている。
救急車の音が聞こえ始めたその時、たっくんの手がピクリと動いて、激しく咳き込み、蘇生した。
目を開けて、自分の状況に気づき、肺の痛みだろうか、顔を歪めて泣き始めた。
しかし、泣くのも長くは続かず、また咳き込む。
青年はしかし、危機は脱したと思い安心し、素っ裸のまま床に腰を下ろし、ふうと深い息をついた。
周りを見回すと、女湯からも、そして近所の人たちも脱衣所にひしめいていて、青年は赤面する。
今まで周囲の人たちに全く気づかず、お尻丸出しで人工呼吸をしていたのだ。
近くのタオルでささっと前を隠し、背を屈めて人影に隠れた。
そこに救急隊が入ってきて、たっくんは病院へ直行。
落ち着きを取り戻した銭湯。
青年は動悸も覚めやらぬまま、現場となった湯船の通路を見にいく。
こんな狭い中を、たっくんはよく何度も行ったり来たりできたものだ。
しかも、よく見れば通り道の前にお湯の循環排出口がある。ここはすごく熱い。
おそらく女湯のほうにもあるはずで、ここを通り抜けなくては外に出られない。
これはなかなか怖い。たっくん、いい度胸してるわ。と、尊敬する青年。
お風呂から上がり、青い羽根の扇風機の風を浴びていると、後ろからトン、と肩を叩かれた。
一緒にお風呂に入っていた、真っ黒に日焼けした漁師風のおじさんだ。
おじさん:「お兄さん。その道の心得があるんね。」
青年:「心得? いや、心得というか、そういう現場にはちょっと慣れておるので。」
おじさん:「慣れとるって、こんなの、そう何度もあっことかね?」
青年:「あ、はい。何度もあります。」
思い返せば、新幹線の中で、喉に栗を詰まらせてしまった男の子とか、帰宅途中の妊婦さんとか、夜の市営住宅の2歳の女の子とか、山の渓流のおじいさんとか、下宿の窓の下の泥棒とか、追突して吹っ飛んでいったバイクのお兄ちゃんとか、いろんな場所で、いろんなケースを青年は経験しているのだった。
おじさんは、青年を救急隊員か何かと理解したのだろう。
おじさん:「ま、あんたはえらいね。これからも、きばって。」
とねぎらい、励ましてくれた。
たっくんへの手紙
フェリー乗船までの残り時間はあと1時間。
銭湯の暖簾は下がっており、中にいるのは青年と、漁師風おじさんの2人だけのようだ。
番台のおばあもいない。
そうか・・・。
青年はやっと気がついた。
おばあは、たくみくんのおばあちゃんなのだ。
なるほど、ご両親はまだ働いていて、おばあが面倒を見ていたのか。だからおばあが病院に付き添ったんだ。
そろそろ、フェリー乗り場に行かなければいけない時間だ。できることは、たっくんの無事を祈ることだけだ。
青年は、そこでハッと思いつく。
とみちゃんにならって、僕も置き手紙を書けばいいじゃないか。
たっくんはきっと、溺れてしまったことにショックを受けているだろうし、これから助かった意味を考えるだろうし、ひょっとして家族からは「お前ってやつは!」的なお叱りも受けるかもしれない。
青年は知っていた。
たっくんは、褒められたかっただけなのだ。
自分が発明した技を披露して、みんなにびっくりしてもらいたかっただけなのだ。
一人でお風呂に入って体を洗って出るだけの、つまらないことを知っていただけのこと。
遊びを取り入れて、その時間を最高のエンタメにしたかったのだ。
親が忙しい故の、自分で自分を楽しませる術を覚えただけなのだ。
青年は、漁師風おじさんが玄関で靴を履いているところに声をかけた。
青年:「すみません。たっくんの名前ってご存知ですか? おばあが、たくみーって言ってたけど。」
おじさん:「そう。たくみ。荒地を開拓するの拓。拓く、で、海じゃね。」
青年は、番台の中の鉛筆を一本お借りして、雨でヨレヨレになった自分のメモ帳に、手紙を書き始めた。
たっくんへ
生きて帰ってくれて、ありがとう。
拓海くんの生命力の強さは、お父さんとお母さんだけではなく、ご両親のお父さんとお母さんのおかげでもあるよ。
拓海くんが知っている限り、だけで言っても、合計6人のご先祖さまがいたから、拓海くんが生まれてここにいるってことね。
だから、簡単に死んじゃだめなの。
それと、名前。最高にかっこいいよ。
拓海の拓は、切りひらいていくという意味。
きっと海よりも大きな、まだみたことのない世界を、自分で切り開いていけるようにと、名付けてくれたんだと思う。
だから、お湯のトンネルをくぐることができたんだね。誰もやったことのないことを、君は、誰よりも先に、試してみた。
すごいよ! Verygood!(筆記体)
でも、きっと寂しかったんだよね。
朝から晩まで忙しいお父さんとお母さんだったんだよね。
仕方ないと思いながら、拓海くんなりに頑張って、一人でお風呂も入って、心配をかけまいとしていたのに、こんなことになってしまって、悔しい思いをしているのは君自身なのかもしれない。
でも忘れないでね。
死ななかったってこと。
君は、もう、一人じゃないってことだよ。
君を心配してくれる家族がちゃんと周りにいるでしょう?
死んでほしくなかったって、顔を見ればわかるでしょう。
拓海くんは、今度、もし、目の前で溺れている人がいたらどうする?
見過ごさないもんね?
自分が助けられない場所だったら、すぐに人を呼んだり、大人の人に頼んだりと、できることを精一杯することができるようになれるってこと。
無理したらダメだけど、見て見ぬ振りはしない。
死んだらダメ。
生きて、生きて、拓海くんの仕事を、してください。
自分の名前を大切にし、泣いている人を助ける仕事をしてください。
またどこかで会いましょう。
また会えたときに、一緒にアイスでも食べましょう。
鈴木
書き始めたら止まらない青年の言葉は、大きく、力強い。
小さいメモ帳だったので、結局残りのページを全部使ってしまった。
メモ帳をそのまま番台に起き、その場を去る。
フェリーの港はすぐそこで、乗船まであと20分はある。余裕だ。
外に出ると、ああ。奄美の潮風は本当にやさしい。
ダックス号のエンジンも快調で、天谷さんに直してもらったマフラーの隙間も綺麗に埋まり、安定している。
意外にフェリーの駐車場は混雑していた。
しかし、大丈夫。
往復のチケットをとみちゃんは買ってくれているので、そのまま受付に出せば・・・。
出航
あ。
青年は青ざめた。
切符がない。財布に入れてあったはずの切符がない。
そうだ。
僕、乾かしておいたんだ。
よし、我ながら完璧じゃないか。
僕のバカ! なにが完璧だ!
大事な切符を脱衣カゴの横に干したまま、ハンカチごと忘れてきた青年。
戻れるか?
いや、そんな時間はない。
目の前にはもう乗船の順番が来ているのだ。
フェリーはバイクを先に乗船させなければならない。
青年は頭の中が真っ白を通り越して、透明になった。
無の境地と言うか、要はもう、空っぽだ。
切符を確認する船員が、目の前に迫る。
はて、これ、どうなっちゃうんだろう?
そのとき、駐車場の端から、ひとりの男性が青年に向かって走ってきた。
右手をぐるぐる回して、大きな声を出しながら。
青年がよく見ると左手にはあれ? 僕がたっくんに書いたメモ帳の手紙を持っている!
青年はとりあえず、大きく手を振った。
なんと、男性の右手にはフェリーの切符が握られていた。
男:「うちの、はあはあ、拓海を助けていただいて、ふうう。本当にありがとうございました!」
そう言って、いきなり土下座をしたお父さん。
土下座をされるのははじめての青年は驚き、や、やめてください! とバイクをあわてて降りて、一緒に道路で土下座してしまう。
切符もぎりの船員も、土下座を繰り返す2人組の様子を何事かと見ている。
父:「わたし、拓海に怒鳴りつけたあとに、このお手紙を読みました。
おっしゃる通り、わしはもう忙しさにかまけて、というか、それを言い訳にして、全然構ってやれずにおり、誠に反省しきりです!」
と、頭を下げた。
青年:「お父さん。拓海くんを、褒めてあげてください。生きて帰ってきてくれただけで、最高のプレゼントです。お願いします。」
お父さんは「はい」と震えた声を出して、正座したまま両手を膝に押し付け、頭を下げた。
そこでおずおずと、船員が声をかける。
船員:「・・・あのー。フェリー、乗りますかー?」
青年:「あ、はい! ごめんなさい! 今乗ります!!!」
父親から握手を求められ、恥ずかしいような気持ちで、でも力強く握り返し、切符を伏しいただき、急ぎ乗船した青年。
バイクを停めて、なんだかもう、いろんなことにホッとしつつ、荷物を持って甲板に出た。
見送りの人たちの中に、さっきのお父さんが見える。
そして、その横には白髪のおばあと、お母さんと、拓海くんがいた。
たっくん!!! 良かった!!!
お父さんに横から小突かれている。何かを言わそうとしているようだ。
拓海:「ごめんなさい!」
深々と謝っている。青年はその謝罪に対し、大きな通る声で言った。
青年:「拓海くん! 謝らなくてもいいんだよ!
君がしたことは悪いことじゃない!
でも危ないことだから、人に教えてはいけないことだけどね、あは。
もう泣かなくていいし、反省しなくてもいい!
終わったことは、みんな忘れていけばいいのー!
寂しいときは、我慢せずに寂しいっていいなよー!」
拓海はうんうんとうなづいている。
フェリーのスクリューがバルン! という音を立てて回り始めた。
お父さんが叫ぶ。
お父さん:「鈴木さん! また奄美に来てください! 今度はゆっくり!」
お母さん:「ほんっとうに、ありが・・・(涙)とう、ございました!!」
おばあ:「お達者でのお〜!」
青年:「皆さん。こちらこそ、ありがとうございました! おばあちゃん! 次は350万円持ってくるねーーー!」
おばあ:「300万ィエンじゃあ〜!」
と、こんな感じのジェスチャーで応酬。
拓海:「鈴木のお兄さん。これちょうだい〜!!」
青年は、拓海が振っている青いハンカチに見覚えがあった。
青年:「ああ〜! 忘れてた〜! いいよ〜! また会うときまで、持ってて〜!!!」
スクリューは軽やかに回転速度を上げ、ゆっくりと船着き場を離れていく。
拓海:「お兄さん! お兄さん!!」
何度も叫んでいる。青年もその声に応えて何度も返事をする。
青年:「拓海くーん!」
拓海:「お兄さん! お兄さーあん!!! おにいさああああん!」
だんだん涙声になっていく。ずっとお兄さん、と叫び続けるたっくん。
最後に、たっくんは全身で叫んだ。
拓海:「僕ー! 人をー! 助けられる人になるーーーー!!!」
拓海は決めたのだ。それを、宣言した。
それも、みんなの前で。見送りの人たちも拓海を見ている。
青年は胸を震わせて叫ぶ。
青年:「拓海くんなら大丈夫! 拓海くんならできるよーーー!!!」
そう言って青年は拍手した。
青年の拍手する様子を見て、デッキの乗客たちも拍手をし出し、見送りの人たちにも拍手が伝播する。
笑顔の拍手の大合奏が、奄美の埠頭にこだました。
拓海は、泣きながら、手を振りながら、言葉にならない感謝の言葉を叫び続けた。
青年は、その声を受け取った。ありがとうよりも、尊い言葉だった。
今すぐ駆け寄って拓海くんを抱きしめたかったが、フェリーは加速をしはじめ、みるみる港を離れていく。
青年は港の灯りが見えなくなるまで、そのデッキに立ち尽くしていた。
「この別れの苦しさを、僕は振り切っていかねばならない」青年はそのことがわかっていた。
過ぎたことへの感傷は、目の前の行動を鈍らせていく。
僕にはまだ、これから鹿児島でとみちゃんを探し、順子さんに会いに行かせるミッションが残っているのだ。
ここはしっかり睡眠を取り、朝到着したら一番にとみちゃんを探しに行こう。
2等席の隅っこで、カチューシャの入ったカバンを抱きしめながら、青年は深い深い眠りについた。
とみちゃんの決意
青年の心配は無用だった。
朝、鹿児島港に到着し、バイクで陸に上がってすぐの駐車場。
その手前の路側帯で待っていたのは、茶色いサングラスを光らせて、ピンク色の服に白いブーツをキメた、とみちゃんだった。
青年:「とみちゃん!」
とみちゃん:「おかえり! はい、ついてきてー!」
何も聞かずにトラックの後ろをついていき、何も言わずに喫茶店に入り、何も言わずにシロクマ(かき氷)を頼む。
かき氷が来るまで、二人とも何も喋らない。
青年も自分が持っている情報量が多すぎて、どこからどう話すか、タイミングを見計らっている。
口火を開いたのは、とみちゃんだった。目も、声も、すでに濡れている。
とみちゃん:「まあ、なにもゆわんでも、わかっと。やっぱり、おらんかったやろ?」
青年は、荷物の中にいれたカチューシャと手紙を取り出した。
青年:「お返しします。」
とみちゃんは落胆の表情で、うなだれた。重そうな手で、サングラスを取る。
とみちゃん:「・・・うん。そらそうじゃな。そらもう、おらんわな。」
青年:「順子さんのお母さんに会って来ました。」
とみちゃんは驚き、顔をあげて眼差しを青年に向けた。じゃあなぜこれを置いてこんかったんじゃ? といいたげな顔で。
青年:「テレビが置かれた台に、とみちゃんと順子さんがお揃いのカチューシャをしてる、中学時代の学校祭の写真がありました。」
とみちゃんは椅子をガタッと動かして、体を前に乗り出す。
とみちゃん:「順子、死んだんか!」
だいぶ動揺している。
青年:「いえ、生きています。大事に大事に、飾ってあったんです。順子さんは、今、ここ、鹿児島にいるんです!」
とみちゃん:「へっ? 鹿児島? ここに? 嘘じゃろ? なんで?」
青年は、なぜ順子さんが鹿児島に来ているかを説明し、自分で会いに行って、自分で手渡してくださいと伝え、奄美を旅したカチューシャを箱ごときっちり渡した。
そしておばあから、渡してくれと頼まれていたサンゴの石、ピンクサンゴと呼ばれるものも手渡す。
これは、とみちゃんが修学旅行のお土産に、順子さんのお母さんへのお土産に買ったものだった。これを渡すと言うことは、もう一回奄美に戻って、私に返してくれということになる。
とみちゃんは、しみじみと箱を抱きしめて、言った。
とみちゃん:「そうか。順子も苦労したんじゃなあ・・・。」
とみちゃんはうつむき、片手で目頭を押さえながら聞く。
とみちゃん:「おっかは本当に、あたいのこと、心の優しい、いい子って? 戻っておいでって本当に?
順子も怒ってないって?
他の誰も、、、あたいのこと、、、悪く言うやつはいないって、、、ほんとに・・・?」
青年:「本当です。お母さんも、とみちゃんのことを思って泣いていましたよ。」
とみちゃんはそれを聞くと、髪の毛を小刻みに振るわせた。
大泣きではなく、我慢泣きだ。声を出すことなく、忍んで涙する。
なんでも豪快なとみちゃんの繊細さを見た。
青年:「順子さんの住所はここです。行って来てください。
本当は僕が一緒に、と思いましたが、僕はいない方がいいと思って。
2人で、心ゆくまで昔話をしてください。
順子さんも本当に苦労されてるようですから、愚痴もたくさんあると思います。何かと支えになってあげてください。」
黙って、泣きながら首を上下に振る、とみちゃん。
青年はとみちゃんが落ち着くのを待って言った。
青年:「とみちゃん。お礼を言わせてください。
このたびは、ありがとうございました。道後温泉から鹿児島までの車での旅も、奄美大島への旅も、最高の思い出ができました。
このことは忘れません。
人の心というものが、愛でできていることがよく分かりました。本当に良かったです、とみちゃんの故郷。奄美大島。
素敵な出会いがたくさんありました。
とみちゃんの可愛いかった中学時代の話もおばあさんにたくさん聴けましたし、ホノホシ海岸の悩めるカップルや、古仁屋のかわいい3人組や、名瀬の銭湯で素敵なファミリーに出会ってそして別れて、人の心をたくさん学ばせてもらいました。
これらは全部、きっかけをくれた、とみちゃんのおかげです。」
青年は、心を込めて、頭を下げて、お礼を言った。
とみちゃんは、顔をあげて化粧がぐちゃぐちゃになった笑顔を見せて右手を出した。
握手。
震える手で、お互いの感謝の交換をした。
そこで二人は固い友情を結び、そして別れ、またどこかで会えたらいいねと挨拶を交わし、青年は長崎を目指し、とみちゃんは順子さんの元へ向かうのだった。
青年は今日1日で、長崎まで進むつもりでいる。どうしても行きたいところがあるのだ。果たして、順調に進むことができるのか。
それとも・・・?
〜つづく〜
おわりに
僕:「とみちゃんはその後、順子さんと会えたのでしょうか?」
八幡様:「会えたと思いますよ。きっと大丈夫です。」
僕:「良かった・・・。」
八幡様:「出会いと別れ。これが旅です。
人生も同じで、素晴らしい出会いがあることで燃え上がり、感動し、感謝して、前に進み、しかしどこかで折れて、悪い方向に進み、後戻りができないことになって、もの別れになり、憎しみが生まれ、お互いの悪いところが噴出し、縁がなくなりかけてしまうこともあります。
しかし、それを許しあい、認め合い、相手の良いところを思い出し、自分の未熟さを知り、心から謝ることができれば、初めて対等になって理解し合えていくものです。
足りなかったことをわかりあいながら、時間をかけて成長し合うことで、また新しい出会い、別れが生まれ、器が広がっていきます。」
僕:「わかります。僕自身も忸怩たる思いで別れを決意したことがあります。
どうしてそうなってしまったか、などは、どう言い訳をしても、結果がそうなってしまっている以上、相手の方の理解は難しいと考えてしまい、誤解されたまま去るということもありました。」
八幡様:「別れにも、相手の未来のために、やむなく選ばなければならないこともあります。しかし、どんな理由があるにせよ、感謝のない別れは、禍根を残します。」
僕:「感謝は忘れたことはありません。」
八幡様:「それなら大丈夫です。いずれ時が経てば、アニキの深い愛情も伝わりますし、相手の感情も、その時がくれば納得するはずです。」
僕:「すみません、この前も言いましたが、今回の旅のお話は、最初に僕が書いた構成を全て覆して書いてますよね。」
八幡様:「それが何か?」
僕:「いえ、それで良かったなって思ってるんです。」
八幡様:「ほう。」
僕:「僕は最初、もっとドラマチックなエピソードを明るく、面白おかしく、元気よく書いていくイメージだったのです。
それなのに、八幡様とこうやって書きはじめてみれば、葛藤や悩みや悲しみがあるエピソードばかりが出てきます。
それは正直、思い出すのは少し苦しい気持ちにもなるし、内容もそれ一発で終わるのではなく、章ごとにも何かしら繋がりがあって。
でもおかげで僕は今、あの頃のように、人の心にまっすぐに向かい合えているなって思えて。感謝しています。」
八幡様:「人の心の中にある機微は、小さなドラマの中にでも、無数の輝きで存在します。
その微々たる感動を重ねていけば、どんな映画よりも記憶に残る名画になっていくものです。
人間への愛情、それを取り巻く人の弱さや、健気さや、心模様を描いていくロードムービーはまだ続きます。
読者の皆様に喜んでいただけるように、アニキも少し休みなさい。」
僕:「はい。え? 休むんですか?」
八幡様:「そうです。連続でお届けすると申し上げましたが、アニキの睡眠時間がなくなって、投げやりな文章になっていくのはいただけません。」
僕:「投げやりな文章など書いてませんよ! 八幡様が気に入らない翻訳(八幡様の言葉は難しいのと長いので、翻訳が難しい)になっているなら、直します。僕が書いている分も同じくです。やります。大丈夫です!」
八幡様:「少しだけ休めば、分かります。
読者の皆様には、お待ちいただく間に、この物語の反芻をお願いいたしたく存じます。
この物語は、ちょうど今日が折り返しポイントとなりました。
これを機に、第1章から再度ゆっくりと読み改めることで、新たなる発見があるかもしれません。
その発見はあなただけの宝物ですが、もしよろしければ、コメントにもお寄せいただけましたら嬉しいです。」
僕:「そうか! もう折り返しなんですね! コメント、毎回嬉しくて。ますます頂けたら嬉しいです!」
八幡様:「では今回、日曜日まで、お休みをいただきます。」
僕:「ちょっと待ってください。お休みが2日もありますが、本当によいのでしょうか。」
八幡様:「アニキは今、どこで執筆していますか?」
僕:「え? あ。新幹線の中です。」
八幡様:「今月、家に帰ったのは何日間ありますか?」
僕:「えっと、2日間です。」
八幡様:「一度家に帰りなさい。その状態ではいくら旅が好きとはいえ、落ち着いて仕事もできませんし、執筆も捗りません。」
僕:「分かりました。ではお言葉に甘えまして、明日から2日間、お休みを頂戴いたします。皆様、ごめんなさい。」
八幡様:「よろしい。とみちゃんも喜んでいます。」
僕:「え? とみちゃん!」
八幡様:「小野村先生も。順子さんのお母さんも、カヌーのひげの男の人もみんな心配しています。」
僕:「ああ皆さん! その節は大変お世話になりました。おかげさまで、あ、僕は全然成長してませんが・・・今こうして、皆様のお話を書かせていただいております。」
八幡様:「みんな喜んで待ってくれています。しっかりお休みしなさい。次は長崎です。修学旅行以来の訪問で、何が起きたのですか?」
僕:「長崎は色々ありました。あ、でもたぶん、ここに書くのは例のカメラ事件ですよね?」
八幡様:「それと、フィルム事件もです。しっかり思い出しておきなさい。」
僕:「わかりました。お気遣い、ありがとうございます。」
ということで、皆様。すみません。少しだけ家に帰ります。
心身ともに充電して、また再開させていただきますので、今しばらくお待ちください。
再開は、30日(日)からにしますね。
それまでにコメントもありましたらぜひ!
では、次回は長崎でお愛いたしましょう♡
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