運命物語
かぐやさん、応援メッセージ、感動です。ありがとうございます!
宣言もかっこいい! 尊敬です。
おっと、このメッセージを読んで、母が僕を呼んでいます。
ちょっとおりられてみますね。
母との会話
母:「やったー! あたし褒められちゃったよ! うれしい!」
僕:「本当に、お母さんはさすがだよ! 人の背中を押すのがとっても上手だもん。」
母:「でもお兄ちゃん、もう怖くないでしょう?」
僕:「ん? 怖くないって、何が?」
母:「この10 数年。あなたはずっと苦しんでいたわよね。
私にすら助けを求めず、抱え込み、笑いながら、泣きながら、きっと誰にも分かってもらえないと思いながら。
言うと反対されちゃうから言いたいことも言えず、自分の楽しみは後回しにして、誰かが喜ぶことを優先して、困っている人に、人として寄り添って、最後は体を壊しても、誰のせいにもせず、美しい言葉だけを使いながら、優しい笑顔を作りながらいてくれて。
怖かったでしょう。ずっとずっと辛かったでしょう。偉かったね、ごめんね。
私はね。お兄ちゃんが生まれた時に、神様にお願いしたことがあるの。
『この子が、のっぴきならない危険に陥ったときには、私の命の全てをこの子にあげてくださいね』
って。わたしはあなたの顔を見て、そう心に決めたの。
結局、私の命をあげることはできなかったけど、ご縁が重なって、たくさんの人の支えがあってあなたの病気は治りました。
だからもう、怖くないでしょ?」
僕:「お母さん・・・僕は、もちろんたくさんの人に助けられて今がある。でもね。一番はお母さんに救われたんだよ。何度も何度も、この命を助けてもらったんだよ。
おかげで今はちゃんと働けてるし。ご飯も美味い。健康そのもの。信じられないくらいだよ。
お母さんがいたからこそ、今たくさんの人に支えてもらえてる。お母さんに教えてもらった大事なこと、それを守って、これからも生きていくからね。」
母:「うん、とってもいいと思うよ。健康になって一番気をつけなくてはいけないこと。それは車だよ。いい? スピードは出し過ぎちゃだめだからね。いつでもブレーキが踏める状態にしておかないとだめよ。」
僕:「わかってるよ。ていうか、お母さんこそ運転気をつけてよ。ちゃんとブレーキ踏めてる?」
母:「ブレーキ? あたしはそんなの使わなくても止まるから大丈夫!」
僕:「最新式すぎる!!」
母:「じゃあまたね。とにかく元気でいなさい。(ぶーーーん)」
と、アクセル全開で行ってしまった母です。
僕にとって、母こそが道標でした。
どんな時も明るく、元気いっぱいで、なんの不安感も感じさせることなく、声を荒げることもなく、僕が歩く道をいつも一緒に歩いてくれました。
「決してスピードを出さなくてもいい。ゆっくりでいいから、あなたの思うこと、好きなこと、大事だと感じたこと、それを目掛けて進みなさい。」
そんな言葉を、僕に与え続けてくれた母でした。
そういえば、これはまだ誰にも言っていないのですが、僕が子どものとき「クラシック音楽」に目覚めたのも実は母のおかげでした。
今回いただいたAさんからの有り難い応援メッセージに対し、母への感謝を織り込みながら、僕からの応援メッセージという形でお返しいたしますね。
「運命」
小学5 年生の音楽の時間。
僕はあまりの感動で、音楽室のステレオスピーカーの前から動けなくなりました。
先生:「今日は音楽鑑賞をしますよ。みんなそれぞれ、このレコードを聞いた後、感想文を書いてもらいます。しっかり聞いて、自分の言葉で、曲の素晴らしさを書いてください。」
僕:「ベートーヴェンって変な名前〜! ギャハハ〜〜!」
などと友達とふざけながら、軽い気持ちで椅子に座って、レコードが始まるのを待っていました。
音楽の田中先生は、顔もイケメンですが、立ち居振る舞いもまたカッコいい。
数字の「5」とデザインされているその独特なレコードジャケットから華麗かつ厳かにレコードを取り出し、流れるようにプレイヤーに乗せ、まるで踊るような所作でレコードを回しました。
そして始まったのは交響曲第五番、カラヤン指揮の「運命」。
ベルリンフィルハーモニー楽団の渾身の合奏に、僕は度肝を抜かれてしまい、10 分ほどは耐えていましたが、結局腰が抜けてしまったのです。
僕は椅子からズルズルと落ちるようにして、ぺたりと座りこみ、あまりの衝撃に、両手を床について体を支えなければ寝転がってしまいそうな勢いで、最後は結局チカラ尽きて、突っ伏しておりました。
それまでの僕は、どんな音楽を聴いても全く心が揺れなかったのに、この時初めて揺れに揺れまくってしまったのです。
クラスの友達は椅子から落ちてしまった僕を見て冗談かと思って笑っていましたが、感極まった僕にはそんな声も耳に入りません。鑑賞会が終わってからもしばらく動けず、結局友達に笑われながら教室まで連れて帰ってもらった記憶があります。
そしてその日の放課後、僕の心をそこまで掴んだ音楽と今日はそのままお別れしたくない! と強く思った僕は、勇気を出して田中先生にあのレコードをもう一度聴かせてほしいと頼み込みました。
普段おとなしかった僕の真剣な姿を見て、先生はきっと驚かれたことと思います。いま思えば髪型もベートーヴェン風の総髪だった先生は静かな声で言いました。
「わかった。でも、特別やぞ。」
その足ですぐに向かった音楽室。
先生:「いくぞ、すずっくん。」
僕:「は、はい!」
レコードの針が落ちて、はじめに少し、パチパチと小さな雑音が鳴ります。
ふと目線を上げると、正面の黒板の上に飾られたベートーヴェンと目が合った気がしました。そして次の瞬間、堰を切った滝のような圧力が、床に置かれた2 つの黒い大きなスピーカーからほとばしって僕を襲ってきました。
授業で聞いたときよりさらに大きく聴こえる音楽という名の衝撃波は、僕という実体を魂ごと飲み込みました。
鼓動はビートを早める一方で、息も次第に絶え絶えになっていきます。口の中の空気はどんどん乾き、まるで真空状態。迫りくる恐怖と感動で、僕の全細胞がビリビリと震えていました。
余韻
当時およそ僕の中での音楽というものは、テレビで見ている歌謡曲や、アニメソングや、豆腐屋さんの呼び込みメロディーくらいのものでした。いや、それらも音楽としては最高なのですが、ベートーヴェンは僕にとって、平常な精神が破壊されるくらいの強さとしなやかさで真正面からぶつかってきたのです。
聞き終わった僕は放心状態ながらも先生にこのレコードを貸してほしいと願い出ましたが、さすがにそれは無理でした。
先生に御礼をしてから、ぼーっとしながら一人で家路につきます。
「すごかった・・・。」
ただそう思いつつ、ずっとぼーっとしながら歩き、ぼーっとしながら家族でご飯を食べているとき、母が僕の様子が普段と違うことに気づいたようで、こう聞いてきました。
母:「ねえ、おにいちゃん。今日はなにかいいことあったの?」
僕:「あ、うん。レコードがすごかったんや〜。」
母:「なんのレコードを聞いたの?」
僕:「うーーーん。わかんない。(名前を覚えていなかった)」
母:「そんなにすごかったんだ?」
僕:「うん。そんなにすごかったんやあ〜。」
遠い目をして答える僕を見て、クスッと笑いながら母は、その日父が山ほど釣ってきた小アジのフライをサクッと食べました。
そういえば僕は昔から説明が下手で、起きたことを順番に伝えることがすごく苦手でした。結果だけを伝えるばかりでプロセスが全く見えないからか、母は「おにいちゃんのおかげで想像力が鍛えられたよ〜」と笑って許してくれました。
なんでもプラスに考えてくれる母のおかげで、僕はますますスクスクと育ったのだと自負しております。
さて翌日。まさかの出来事が起こりました。
5番のサプライズ
学校から帰ったら、数字の5 が青空に映えてそびえ立っているジャケットデザインのレコードが、食卓のお膳の上に恭しく置いてありました。
これです。
僕:「え!!! これって!!!」
母はにっこり笑って、洗濯物をたたみながら言いました。
母:「田中先生に聞いたらさ、すずっくんが腰を抜かしたのはこのレコードですよって教えてくれたの。」
最近ではよく、サプライズプレゼントという風習があったりしますが、53 年生きてきて、これほど驚愕のサプライズは未だかつて経験していないかもしれません。それほど僕は、びっくりしました。
僕は5 番のジャケットを手に取ると胸に抱きしめながら天を仰ぎ、大きくため息をついて、食卓の周りを意味もなく、ただぐるぐると周っていたそうです。
「何も考えることができなさそうなくらい、ポォーってしてたよ〜。」
と、のちの母は言いました。
いま考えれば、さっさとレコードプレーヤーのある部屋に行けば音が出るのに、ジャケットを触って撫でながら何かを喋っていたといいます。自分では全く覚えていないのですが、もしかすると曲を思い出して歌っていたのかもしれないです。
母に促され、プレーヤーのある部屋に移動。
レコードを薄いビニールから出す時、静電気でピッタリとくっついているのですが、それを田中先生のように厳かにゆっくりと剥がしながら、黒光りするレコード板をそっと持ち、プレイヤーの上に置く動作が心地よく、ゾクゾク。
再生させるまでの時間が、まるでスローモーションで、ワクワク。
最大音量で再生すると音が割れてしまうので、7 分目の大きさでの再生。ドキドキ。
そしてようやく、この狭い市営住宅に、僕の運命を変えた楽曲、交響曲第五番「運命」が流れ始めました。
重なり合う楽器の乱舞と、感情を揺さぶる和音とメロディ。
150 年前に生きていた人(今からだと200 年近く前に生きていた人)が、この曲を作り、組み立て、それを人々が大切に弾き継いできたことを思い、涙が止まらなくなりました。
母の想い
母は昨日、僕の紅潮した顔を見て洞察し、レコードの名前を田中先生に電話をして尋ね、30 分以上はかかるレコード屋さんまで自転車で走り、LPのレコードを買って来てくれたのです。
僕はしばらくしてから一度、母に「どうしてあの時、レコードを買って来てくれたの?」と聞いたことがあります。母はこう答えました。
「私はね。あなたがこれからどんな人生を歩んでいくかはわからない。でも、その人生の助けになるかもしれないものが見つかったら、私はなんでもしてあげたいの。あなたがこれから体験することは、全部きっと、あなたのためになるわ。いいことも悪いことも全部ね。」
今ならその言葉の意味がよくわかります。
人生の中で、その時は苦しくて大変な思いをし続けていて、いつ終わるのかわからないくらいに辛かったとしても、いつかそれは終わり、その経験を生かした形で新しい道が拓けていきます。
しかし、小学生の僕にとっては、ベートーヴェンの生き様と、後世に残した作品がその教えそのものでした。
田中先生は僕に、ベートーヴェンが5 番を制作する時には耳が完全に聞こえなくなっていたことを教えてくれました。そんな逆境で作ったというこの曲に乗っている情熱を感じるだけで、僕の未来もなんとかなるかもしれない、と少し明るく思えたのです。
逆に言うと、その頃の僕の毎日は暗鬱でした。
小学生の頃から人とは違うハンディキャップがあることを感じていた僕は、それを自分のチャームポイントにはできかねました。母はそんな僕に、何かを与えたかったのでしょう。だからいつもそれを探していたのだと思います。
僕が学校から帰って来た時、うっとりとした目でレコードがすごかった、と言ったことが、この子の未来に音楽があれば、もしかしたら輝くかも! と思ったのだと思うのです。
10年後の未来
僕は、八幡様と一緒に人に言葉を伝える時、必ず、その人の未来が良くなる方向でお伝えします。しかしそれは大体10 年後の未来です。いますぐの未来を知りたい場合には、僕たちの言葉は適さないのです。
八幡様:「そういうことです。」
僕:「いきなり登場!」
八幡様:「なぜ私がそれをモットーにしているかというと、皆様が自分で発見し、自分で喜ぶ体験を失わせたくないからです。
簡単に未来がわかってしまうと、未来がわかっているくせにできなかった場合、大きな代償を払わなければなりません。
さらにいえば、未来がわかった時点で、気持ちが変わります。つまり、未来が変化していきます。よくなる場合もありますが、大抵の場合、動きが鈍くなります。努力も減ります。頑張らなくなってしまいます。
未来というものは、詳しく知らず生きていく方が良い場合も多いということです。」
僕:「それが辛い時があります。正直言っていいですか?」
八幡様:「何なりと。」
僕:「ここ数年来、僕が元気なときは親しい友人に請われるがまま八幡様に質問をし、その人たちの未来などを堂々と告げてきました。でも、それが全く意味がなかった、ということがたくさんあります。
せっかく面白い未来が見えているのにも関わらず、そうならないことが多くて。僕が八幡様のことを全面的に信用できないのはそこなんです。」
八幡様:「はい。それから?」
僕:「そ、それから? えっと、、、なんで僕なんですか? 他にもたくさん素敵なおりられ体質の方がいらっしゃいます。僕じゃなくてもよかったのではないですか?」
八幡様:「辛いですか?」
僕:「色々辛いです。でもこうして記事にしても良いというお許しが出ていることと、多くの人がご覧になってくださっていることで、毎日たくさん励まされて書けていること。みなさんの応援が、すごく心強いです。
それと八幡様とこうして赤裸々トークできるのもありがたいな。とは思ってます。だから辛くはないか。。。
でも、何かがこう、なんだろう。腑に落ちないというか。」
八幡様:「わかります。その辛さは、アニキにしかわからないものです。誰にも共有することができないこと。つまり、孤独です。全国のおりられ体質の皆様も、自分は孤独を感じながら生きるしかないと思っています。
だからこそ、コミュニティが必要になってきます。
自分の持っているパワーを限られた人にだけ使える場を作ることで、生きやすくなってくるのです。」
僕:「コミュニティ? あ。ここ(KAMIMAGA)がそうなのか!」
八幡様:「そうです。励まされることで、継続できる場所。アニキを中心にして動かせる場所がここです。」
僕:「ありがたいです。」
僕である理由
八幡様:「さらに、おりられるのがアニキでなくてはならない理由もあります。」
僕:「あ、それはもういいです。なんとなくわかります。」
八幡様:「ほう。そうですか。」
僕:「僕がバカだからです。しっかりしていないし、よく忘れるし、数字にも弱いし、予定が埋まるとパニックになって、全部できなくなるタイプで・・・。」
八幡様:「全て違います。いえ、バカは正解です。バカといっても、頭が悪いのではありません。釣りバカ、バカうけ、バカ当たり。つまり、とてつもなく大きくて想像を絶するくらいのファンタスティックな状態のことをいいます。そんなアニキだからこそ、私はここにいます。」
僕:「ファンタスティックバカ! 尊い!」
八幡様:「それとアニキの場合、自分に都合のいいことを選ばない性質であることが一番重要です。もしアニキに、大金持ちになるきっかけがやってきたとしましょう。それを受け取れるチャンスが来ました。どうしますか?」
僕:「僕より必要な人がたくさんいますので、そっちを先にお勧めします。」
八幡様:「しかし、アニキ自身がお金を持てばもっとできることが増えますし、もっと救われる人が増える気がしますが?」
僕:「そうですね。それは一瞬はそうなるかもしれませんが、10 年後にはそのお金は無くなってると思うんです。それに、救われた人は本当に幸せにはならないと思います。」
八幡様:「ではもし、本当にお金が入ってきたらどうしますか?」
僕:「僕は要らないです。社会のために使ってくれる方に預けます。僕より仕事ができる人に渡して、もっともっと繁栄してもらおうと思います。」
八幡様:「本当に?」
僕:「はい。」
八幡様:「では、私の秘密を伝えましょう。」
僕:「いや、いいです。いりません。秘密を伝えられちゃうの怖いです。」
八幡様:「約束ですから、お伝えしましょう。」
僕:「あ、はい。。」
八幡様の秘密
八幡様:「私が告げてきた未来が悉く(ことごとく)間違った理由は、お金の使い方を間違えている人、もしくはお金を有効に使えない人、さらにいえばお金を社員のために使うことをやめた人、もう一つ、お金を独り占めしようとした人に、正しいお金の使い方を学ぶ機会が必要であったためです。」
僕:「うーん、それって。。。なんだか、八幡様のやり方は酷すぎませんか? 高圧的というか、偉そうです。」
八幡様:「しかし、その先があります。その人々の頑張りは、これから、このブログを通して結果を出していきます。
驕り昂った(おごりたかぶった)心を改め、お金を尊敬し、お金を育て、お金を許し、お金を変身させて、お金で人の苦しみを取り去り、お金で殺し合う世の中を消し去り、儲けたお金を使って、貧しい人々がお金を使わなくても喜んで働き、豊かに暮らせる世の中を作っていくはずです。
傷ついた人々は、強くなります。悔しい気持ちは、行動への糧となります。考え方を改め、過去の栄光に縋(すが)らず、自分の運命をどん底から這い上がらせる力を宿すことになります。
耳が聴こえなくなっても曲を作ったベートーヴェンのように、続けてきたことでできる自分の得意分野を愚直に継続し、人の心をグッとつかむことができる人になれます。」
僕:「・・・深遠すぎて、僕にはわかりません。でも、すでに傷ついた人の心は、八幡様には癒せませんよね。それはどうすればいいのですか?」
八幡様:「今のままで良いです。」
僕:「いや、でも、苦しいです。苦しんでいると思います。」
八幡様:「運命という曲をゆっくり鑑賞してごらんなさい。そこにヒントがあります。音楽で表現されているのは、人生の葛藤と、困難への果たし状です。」
僕:「困難への、果たし状・・・。」
八幡様:「人間が持っている欲がもたらす悩みと絶望、そこから抜け出そうとする力強い決意と行動が、ドラマチックに描かれています。
アルコールで壊れた父親に翻弄され、あらゆるバイトをしながら、弟たちの面倒を見つつ、ひどくなる難聴で苦しんだ彼は、母が亡くなってから人が変わります。
自殺も考えて、ハイリゲンシュタットの遺書を弟たちに書き残します。しかしその後、気がついたのです。
自分には、芸術がある。その芸術を使って、人々の悩みを雲散霧消させることができると。今までの経験が凝縮されて、全てこの曲の中に詰まっています。」
僕:「ああ、だからあんなにパワーが。。」
八幡様:「耳が聴こえなくても希望の光が見えていた彼は、自分の信念の音が聞こえていたのです。自らが経験したことを、繰り返し思い、反省し、人の痛みを知り、実感し、感動し、感謝して、支えてくれる皆様への溢れ出る想いを音符にして書き留めたのです。」
僕:「え、それってまるで・・・。」
八幡様:「そういうことです。つまりこのブログは、第3 楽章のAllegro. ataccaになります。闇の中から抜け出して、恐怖心と不信感と絶望感から少しずつ抜け出し、ゆっくり歩き始める姿が見えます。」
僕:「僕の一番好きなところです。」
八幡様:「これからは、第4 楽章 Allegro – Prestoに向かっていきます。喜びに溢れた時代がやってきます。苦労し、悩み抜き、もうダメかと思うくらい打ちのめされた人々が、自分に克って動き出します。このブログが良い形で終わるように、この曲を参考に精進しましょう。」
僕:「よくわかりました。ありがとうございました。僕なりに、やり抜きます。」
おわりに
かぐやさんが僕たちと同じように、人の心をそっと導いていくお手伝いをしていらっしゃること、とても心強く思います。
大きな覚悟と、軽やかなフットワークと、あなたの謙虚さと愛らしさで、大人気を博していることは想像に難くないです!
僕はご覧のように、まだまだ未熟者でして、人を傷つけたり、苦しめたり、悩ませたりする人間です。普通に選択を間違えて、思いっきり遠回りしちゃう人間なんです。
しかし、一つだけ自信があります。
それは、目の前にいる人から、目を離さないことです。
実は、離してしまった経験があるからなのですが、それだけはないようにと、この胸に誓っています。
目を離すということは、心も離れてしまうことになります。そうならないように、かぐや様もご自分の心の無垢な場所を大切にしてお過ごしください。
いずれどこかで会えますように。そして、その時はお互いがますます磨かれて、小さな玉のような存在になれていますように。
それまでお元気で。一緒に頑張りましょうね。
ではまた次回、お愛しましょう♡
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