ロードムービー原作 「また会えたときに 2 」 第5章 (バック・トゥ・ザ・高知編)
さて、今日から第5章。愛するダックス号と駆け抜けていきますよ〜。
まず、書き出す前にちょっと気になるところがあるので、そこだけ八幡様にお尋ねいたします。
八幡様:「なんでしょう。」
僕:「結局、この原作は八幡様に書いていただいてるとはいえ、自分で自分のことを書くことって、後から読み直してみると、誠にこっ恥ずかしいのです。」
八幡様:「なにか表現に問題でもありましたか?」
僕:「うーん、要は、当事者の僕から見ると、これは明らかに盛っていますよ八幡様! と思う場面もチラホラあるんです。」
八幡様:「はい、それで?」
僕:「これって、僕はどう消化すれば良いのでしょう。なんか、僕がカッコつけて偉そうにも思えてきます。正直、恥ずかしいんです。」
八幡様:「どこが偉そうに思えるのでしょうか。実際に起きたことを、ほぼそのまま書いていることと、出会った人々が、アニキがおバカなアンポンタンキャラだから心を開き、会話に発展し、独自の行動に変化していく。
それだけですよ?
アニキが偉いのではなく、出会ってくださる皆様が素敵なのです。そのまま、勘違いをせずに。」
僕:「あれ、そっか。心を開いてくれるのは確かにそうですね。」
八幡様:「今まで旅をしていて、アニキが誰かと言い争いをしたり、喧嘩に発展したりしたことはありますか?」
僕:「まさか! 一度もありません。」
八幡様:「旅をしている最中、何人くらいの人に出会いましたか?」
僕:「え? いや、それはごめんなさい。わからないです。数えたことがありません。」
八幡様:「おそらく、一般的な数字ではないはずです。
では、そんなにたくさんの方々と出会っていて、喧嘩の種すら産まないアニキの旅の仕方の秘密はなんですか?」
僕:「秘密? そんなものはありません。だって、喧嘩なんかしたくないですし、する理由もありません。そんなの、誰も幸せにならないですよ。
万が一、喧嘩になったとしても、僕は殴られるほうで良いです。」
八幡様:「聞いているのは、旅の仕方ですよ。」
僕:「あれ、旅の仕方? コツってやつですか? うーん。これはなんて言えばいいんだろう。
僕は、旅をする時は、とにかく面倒くさがらず、目の前に起きたことを受け入れて、楽しみながら、もしかすると悩みながらでも、ただ前に進みます。
すると、周りの人たちをいつの間にか巻き込んでいて、それがたぶん、いつか笑顔につながっていきます。
それと、新しい発見が面白すぎて、感動の嵐が毎回吹き荒れます。」
八幡様:「なるほどわかりました。それにしても、今回も嵐の予感ですね。愛媛までの道のりで一番苦しかったのはなんですか?」
僕:(山の中の土砂降りを思い出して)「雨です。」
八幡様:「ずいぶん激しくなってきました。山の雨は一気に体力を奪います。」
僕:「ああ、これは本当にひどい雨だ。たしかカッパは持ってきたはず。。。」
八幡様:「道も滑ります。十分に気をつけて進みましょう。」
ロードムービー 「また会えたときに 2 」 第5章
鬼の近道
四万十川を遡っていく山道は、かなりキツかった。
山は水の源泉だが、雲の源泉でもある。
山沿いの空気が湿っている場所から白い水蒸気がモワモワと上がっていき、やがてそこから雨になっていく。
遠くに青空は見えるので、いつか晴れるだろう、と思わせてしまう罪な雨だった。
しかし、雨は止むどころか、ますます勢いを増していき、ほどなく土砂降りとなった。
これはさすがにカッパを着なければならない。
停車して、ポンチョ型のカッパを装着。しかしそれまでにもう、全身ずぶ濡れだ。ベタベタの半袖Tシャツで着るカッパほどゾワッと来るものはない。
道も怪しくなってきた。
茶色い水が、あちこちの山肌から流れてくるのだ。その水には小さな石や、土の塊が含まれている。立派な濁流予備軍だ。
たまに来る対向車の跳ねていく水飛沫も大波のように青年を襲い、すでに泥だらけ。隣に流れている四万十川も、すでに濃厚な茶色になっている。
このまま、道後温泉にたどり着けるのか? それとも、道を変えた方がいいのだろうか? 何度も選択に迫られる青年。
進むか、退くか、別の道に行くか。
どうする? どうする? と繰り返し自問自答する。そして結論。
青年は、
「行けるところまで行こう」
と決めた。しかしそれが、大きな災いを生むことになる。
しばらく進むと、手書きの看板が見えた。
「伊予 鬼近→」
と白地に赤字で書きなぐられている。
伊予といえば愛媛のことだが、鬼近・・・? そうか!
当時の流行り言葉で、「めっちゃすごい」の進化系で、「鬼のようにすごい」というものがあった。
青年:「こっちの道を行けば鬼のように近くなる、ってことだな!」
青年はこう理解した。
迷わず四万十川に別れを告げ、支流の川沿いの狭い道へと突入する。
おそらく、その道は本当に近道だったのだろう。しかし、その看板はできれば「鬼道」と書くべきだったのかもしれない。
その抜け道は愛媛に繋がってはいるが、いわゆる旧道。古いトンネルが多く、道路は細く、なかなか大変な山道。一言でいうと、悪路なのだ。
しかし青年はそんなことは知らず、ワクワクしながら鬼道を進んでいく。
しばらくすると、対向車が来た。
ほら、対向車が来るということは、人気のある道だという証拠だ。青年は自分の選択に自信を持った。
雨で暗いからだろう、すでにライトを点けている対向車は青年から10 メートルほど先で停車した。道が細いので、どうやら青年を先に行かせてくれるらしい。
青年はゆっくりと近づき、運転手に頭を下げながら通り過ぎる。その車は車高の低いバン型セダンで、エンジン音が「バロロロロ・・・」と低く鳴り響いている。塗装はマットないぶし銀だ。
なんだこれ、鬼かっこいい。
運転席のドアには、この手の車には似つかわしくなく「天谷金物店」と大きく書いてあるが、そこがまた鬼クールだ。
青年は心の中で叫んだ。天谷さん(運転手さんは名前違うかもだけど)、ありがとうございます! お気をつけて!
こんな大雨だと、トンネルが多いのは逆にありがたい。その間はシェルターに入っているのと同じで、土砂降りに当たらなくてすむ。
次に入ったトンネルは細く、暗く、長かった。
あまりに暗いトンネルなので、少し心細い気持ちで走っていると、後ろからライトが光った。後続車だ。
嬉しくなった青年だが、その車は猛スピードで追い上げてきて、ダックス号を爆音で抜き去っていった。
外車の白いセダンだ。トンネルの中は良いとしても、外に出た後にあのスピードじゃあ危険だ。事故など起きませんように。と青年は祈る。
数分後、トンネルを抜けてすぐ、青年は嫌な予感が当たったことを知る。
スリップ事故
さっきの白いセダンが、おそらくスリップしたのであろう。
左に曲がるカーブを曲がり切れずに、右のガードレールにぶつかり、その反動で、左側の剥き出しの岩に激突して止まっていた。
急いで近づくと、車は大破している。
特に前輪の左タイヤがひどく、タイヤは破裂している。フロント部分もぐしゃぐしゃになっていて、ボンネットは大きくひしゃげ、薄く煙が上がっている。フロントガラスもヒビだらけだ。
これはひどい。中の人は大丈夫か?
青年は急いでバイクから降り、雨の中を転びそうになりながら駆け寄って、誰も座っていない助手席のドアを空けた。
青年:(車の中を見渡して)「大丈夫ですか!?」
運転手は20歳過ぎの男性で、怪我は無さそうだ。
長髪で、若者らしい派手な身なりだが、事故のショックが大きかったのか、ハンドルを突っ張った手で握ったまま、目を大きく見開き、震えながらブツブツ何かを繰り返し口走っている。
「ブレーキが滑って、ブレーキが滑って、ブレーキが。。。」
後部座席には、男性と目鼻立ちがよく似ている、お母さんらしき女性が座っていた。
大丈夫ですか? と声をかける前に、お母さんの青ざめた顔と苦悶の表情で、青年は察した。このお母さん、目立った外傷はないが、大きな怪我をしている。内臓かもしれない。
青年:「どこか痛むんですね?」
お母さんは、頷くのがやっとだ。右手でお腹の横を指して、ただ、くううう、、、、と唸っている。左手は腰にあてている。
青年:「おなかですか?」
返事をしない。
青年:「腰ですか?」
お母さんは小さく頷く。どうやら腰を強く痛めたようだ。
この様子では、一刻も早く病院に連れて行かないといけない。焦る青年。
青年:「お兄さん、しっかりしてください! お母さんが大変です!」
そういって運転席の息子を揺さぶると、ようやく両手をハンドルから離し、正気に戻る。
息子:「あかん、事故ってもうた。あれ? おかん! おい、おかん!」
息子は後部座席を振り返り、うなだれて動けない母を見て仰天する。
息子:「おかん! 痛いんか!!! ああ、どないしよう。」
青年:「腰が痛いようです。」
息子:「ああ、すまん! おかん。ヘルニアの治療中やのに!」
息子は涙を浮かべて母親に謝る。そして青年を勢いよく見ると、
息子:「お兄さん、車か?」
青年:「いえ、僕はバイクなんです。一人乗りの。。。」
息子さんはガックリと肩を落とす。
雨は一層強く降り、山の斜面からは小さな岩がポロポロと継続的に崩れ落ちてきている。
携帯電話はない。深い山の中、どっちが民家に近いのかもわからない。
青年:「お兄さん、この近くに民家はありますか? だったら僕が助けを呼んできます。」
息子:「民家? ああ、オレはわからん。おかん、民家はこの先にあるか?」
母親に聞くが、座ってもいられなくなったようで、悲鳴のような声をあげながら後部座席に倒れ込んでしまう。そこから目をぎゅっとつぶり、じっと痛みに耐えているようだ。
青年は、一旦車の外に出た。
遠くで雷が鳴り出したようだ。激しい雨に打たれながら、深呼吸をし、冷静に考えろと自分に命じる。
結論として、やはりどれだけ遠くても、まずは民家を探し、そこから救急車と警察を呼ぶことが優先だと判断した。
青年は再度、助手席のドアを開けて、息子に告げる。
青年:「僕がバイクで民家を見つけに行きます。そこで電話を借りて、ここで事故があったことを警察と消防に伝えます。ですから、車の中にいてください。お母さんを介抱してあげてくださいね。」
息子は「わかった。ありがとな。なら、たのむで。」というと、後部座席に回り、母の腰をさすりはじめた。
民家さえ見つければ、そこから助けを呼べる。大丈夫だ。きっとすべてが解決する。青年はそう思いながらも、自分の両肩にずっしりと責任を感じる。
そのためにはまずこのまま進むか、戻るかを決める必要があるが、これは今までと変わらず、愛媛方面に進むことにした。
よし、いくぞ! と、ダックス号のエンジンをかけようとするが、なんと、こんな時に限って、ウンともスンともかからない。
その時、すぐ近くで大きな雷が鳴った。バリバリバリ! という重低音があたり一帯を震わせる。
あ、愛媛方面、なんか違うかも?
運命の二択
こっち(愛媛方向)じゃない。という勘が働いた青年は、あっさりと踵を返し、元きた道を引き返すことを選んだ。
よく考えれば、このまま先に進んでも、どこまで無人が続くかわからないし、土砂が流れていて進めなかったら、もっと最悪な状態になる。
むしろここは来た道を素直に戻り、通ってくる車がいたら協力を要請し、お母さんを助けてもらうのはどうだ?
そうだ、そういえば、トンネルに入る前に1台すれ違ったじゃないか! その車に追いつけたらいいんだ。
この雨だし、道も細いから、スピードも出せないはず。きっとまだそう遠くまでは行っていない!
もしくは、ここを登ってくる車に依頼するのも良い。
また一気に雨脚が強くなってきた。時間が経てば経つほど危険度も増す。もう考えているヒマはない。
肚が決まった青年は、再度ダックス号のエンジンをかけた。
かからない。
キックペダルを何度踏んでも、エンジンがかかってくれない。
こうなれば、残る方法は「押しがけ」だ。
クラッチを半分にしながら、シフトを1にし、押して走る。点火プラグがスパークする瞬間にアクセルを回せば、かかるはずだ。
ちょうど下りの坂道が目の前に広がっている。青年とダックス号は走り、押しがける。かからない。
何回めかで「ダックス!」と青年が懇願するように叫ぶと、ようやくエンジンがかかった。
よし、行ける!
所々、落石がある茶色い下り道を、全速力で駆け抜けていく。
10分ほど走っただろうか。赤いテールランプが見えてきた。車が止まっている。あ、いぶし銀の! 追いついた! 天谷金物さんだ!
しかし、車に近づくにつれ、絶望感が押し寄せてくる。大きな落石が、ちょうど道の真ん中で、車を塞いでいたのだ。
万事休す。
背が高くて細身のおじさんがズブ濡れになって、果敢にも大岩を動かそうとしている。が、びくともしない。
きっと、銀色バンの運転手さんだ。
青年は大岩の近くでバイクを降りると、「僕も押しますね!」と、一緒に押しはじめた。
男性は少し長めの白髪をかきあげながら「あ、さっきのバイクの」とだけ言ったが、ひとりでは動かしようがない岩の除去に青年が加勢してくれたことで、明らかに希望が生まれた顔をした。
「天谷さんっておっしゃるんですか?」いきなり名前を聞かれて、思わず頷く男性。さらに男性が驚いたのは、この青年が岩を動かすコツを教えてくれたことだ。
青年:「岩はですね、押すんじゃなくって、歩かせるんです。」
青年は昔、妹がリカちゃん人形の足を交互に地面につけて歩かせていたことから着想し、その要領で岩を自在に動かす方法をすでに発見していたのだ。
2 人は「ぃよっ(右)」「こらしょ(左)」「ぃよっ(右)」「こらしょ(左)」と息を合わせて岩を歩かせ、ジリジリと道路の隅へ寄せた。
こうして短い時間で一番大きな岩を動かすことができたが、車が通れるようになるまでは、まだ細かい岩の除去が必要になる。現場には、ひとつ20キロくらいはある岩が30 個くらい散らばっていた。
そこで青年は、男性に頼んだ。
青年:「天谷さん。これ(瓦礫の撤去)は、僕がやっておきます。天谷さんにはお願いがあるんです。
ここから10分ほど登ったところで、車が事故で1台立ち往生してまして。
中に、腰を痛めたお母さんがいて、助けを求めています。
今から戻ってもらって、2人を乗せて、また引き返して街の病院まで連れていってもらうことって、難しいですか?」
天谷さん:(上流を見上げて確認)「ま、行けるね。やります。ここ頼んでいいですか?」
そう飄々と答える天谷さんは大きな目が特徴的だ。髪はほとんど白いが、でも若白髪という感じで、全体の雰囲気はすごく若い。50 歳くらいか。
青年の真剣な顔を見て、意を決してくれたようだ。
青年:「では、お願いします。ここは任せてください。」
天谷さんはすぐに銀色カーに乗り込むと、キュウィイイイーーーンと、素早くバックで走り始めた。このかっこいい音は、絶対どこかをチューニングしている。
そして少し広い場所で水しぶきを跳ね上げながら一回で切り返し、「バロロロロン!」と破裂音を立て、猛スピードで救助に向かった。
「うわ、なんかこんな映画、あったな。」
青年は、心強い味方を得たことに感激し、ひとりじゃないことの有難さをひしひしと感じる。
秘技、岩の人形歩きも加速する。よっこらしょよっこらしょと道を開けた。おかげで体温があがり、雨の寒さも跳ね返せる気がする。
やがて2人を乗せた銀色バンが降りてきて、青年の近くで停まった。
青年は、天谷さんと、後部座席に座るお母さんと息子さんに、挨拶をする。
青年:「天谷さん、ありがとうございます。下流の方がどうなってるかわからないので、気をつけてくださいね。お母さん、病院に着いたらもう大丈夫だからね。」
お母さんは、病院に向かえることで、苦しい表情ながらも、安堵の色も窺えた。
おおきに。あんたも気をつけて。
というお母さんの言葉が終わらないうちに、天谷金物号は走り出した。心から無事を祈る。
その場にポツンと立ち尽くす青年に向けて、高い木々からシャワーのように落ちていく大量の雨。
青年:「さあ、で、僕はどうする?」
ワクワクの一択
上流に置き去られた事故車は、きっと警察とレッカーがなんとかしてくれるだろうし、お母さんも命には別状もなさそうだから、きっと大丈夫。
あと、天谷さんは、きっと親子から何かしらのお礼をしてもらえるだろうし、それでよし。命があってよかった。うんうん。
ホッとした青年は、とりあえず旅を続けようと思い、エンジンをかける。
あれ?
またかからない。
押しがけ。
まったくかからない。
ガソリンはまだある。
なぜだ?
愛媛行きを諦めていない青年は苦悩する。
エンジンがかからない状態で、バイクを押し歩き、この坂道を上がっていくのは厳しい。しかもこの雨だ。
となると、、、来た道を戻るしかない。
ここからバイクを動かすのであれば、ギアをニュートラルに入れて、道を下るしか方法はないのだ。
しかし、下っていっても、近くにエンジンを修理する場所はないし、ガソリンスタンドも来る道にあった記憶がない。
これは完全にまずい。
と、青年は思わない。
これはめちゃ面白い。
となる。
天を味方につける人というのは、およそこういうタイプなのかもしれない。
この先どうなるかわからない不安な状況だが、それでも希望を失わず、むしろ楽しもうとする器量。人の器は、こうして厚くなっていくのだろう。
現状を受け入れて、それを打開するための知恵を絞り、すぐに動く。失敗したら、修正し、最終的な落ち着き場所を探し続ける。
この状況は、青年の心をおおいに弾ませた。
幸い、下り坂は長く続くので、押して登って体力を消耗するより、雨宿りできるところまでガソリンを使うことなく移動できる。それは間違いなくメリットだ。
じゃあ、どこまで行くか?
とにかく、戻れるところまで戻ろう。
そう決めた。
青年はそもそも、なにがなんでも道後温泉に行こうと決めてはいない。
行きたい、と思っただけで、修正はぜんぜん可能だし、今日たどり着けなくてもいいのだ。明日がある。明日はきっと晴れる。
そうやって、心の中ですべての事象を前向きに納得していくのがこの青年の思考の癖だ。
驚くべきことに、青年は10代前半で、すでにこの思考法を確立している。
ではここで、青年の中学生時代にタイムスリップしてみよう。
いじめから得たもの
青年は中学生の時、小太りの少年だった。
命の危険があるほどのいじめに遭っていた少年は、ある日、近くの川に頭を突っ込まれて、溺れさせられそうになったことがある。
その時彼は、「自分の息がどれだけ続くのか」を同時に試しているのだ。
詳しく説明しよう。
登場人物は、3人の同級生と、先輩1人と、小太りの少年(青年)だ。
少年は、同級生A から学校近くの川に呼び出され、「先輩の彼女と言葉をかわした」という罪で、仕置きを受けたのだ。
まず、少年は先輩から川に投げ込まれた。
なんとか起き上がって這い出してくると、同級生B にキックされ、また川に押し戻された。
挙句の果てに、
「お前、気持ち悪いからもう死んでくれ。」
と言われ、同級生C に髪の毛を掴まれ、川の中で柔道の技をかけられ、投げられた。
そのとき、少年の髪の毛はごそっと抜けた。
そしてそのまま、川面に顔を押さえ込まれた。
そのときだ。
川の中の少年の顔をズームして見てみよう。
こんな状況なのに、彼は一切抵抗していないばかりか、平静な表情なのがお分かりいただけるだろう。
むしろ、全力で何事かに集中していることが見て取れる顔だ。
彼はそのとき、数を数えていた。
「何分耐えられるんだろう、僕は。」
吹奏楽部だった彼は、腹式呼吸を学んでいた。
日夜努力していたのは、どれだけ長く息を出せるか、肺の中にどれだけ沢山の空気を入れることができるか、だ。
それを、せっかくだから今ここで試してみようと思ったのだ。
同級生C は、彼を沈めてから30秒くらいで頭から手を外し、頭をパシっと一度叩いてから、ゆうゆうと川から上がった。
いわゆる「半殺しの刑」の執行完了だ。
しかし小太りの少年は、川に顔をつけたまま、動かない。
「・・・え?」
「あれ? 死んだの?」
「やべえ! 逃げろ!」
先輩がまず逃げ出し、同級生3人もあわてて後を追い、堤防を転びながらあがっていく。
そこから少年は沈んだまま、189まで数えた。
3分と少しだ。
限界を感じて、立ち上がる。全身から水がしたたる。
しかしあれだけひどい目に遭っておきながら、充実感すらあるあの顔はどうだ。
このように少年は、どんな逆境にあっても、やってみようと思ったことはその場で試してみることにしていた。
それは実験だ。そしてどんな結果が生まれたとしても、ほくそ笑んで楽しむのだ。
家に帰り、濡れた学生服を見た母は、どうしたの? と訊いたが、少年は三日月の目でこう言う。
「またドブにはまった〜。」
母は、また〜? と言って一緒に笑った。
少年は幼い頃から不注意で、実際に何度もドブに落ちたことがあったため、疑われることなくその場は過ぎていった。
少年は思う。
あの状態での189秒は、悪くない数字だ。
長く息を止められたこと。そこに大きな自信が生まれた。
しかしそれが災いして、後々、水泳では息継ぎができないというデメリットも産んでいる。
こうして「息継ぎをしなくても泳げる」という自信が、ひとつの技術を退化させ、その分、潜水技術を向上させる。
万事がこんな感じで、彼の進む道は人とはぜんぜん違うものになっていくのだ。
つまり、みんながちゃんとできることが、彼にとってはできないことになっていくパターンが非常に多いのだ。
そしてそこからさらに、独自のやり方を研究開発していってしまうから、周りからは「あいつは普通じゃない」と思われてしまう。
なんか君は変わってるねえ。と、今までどれだけの人に言われただろうか。
おっと、青年の過去の話にだいぶ紙面を割いてしまった。
そろそろ旅の話に戻ろう。
マフラーの穴
エンジンをかけずにダックス号で坂道を下るといっても、まったくスピードは出せない。
エンジンブレーキをかけられないので、ブレーキのみの操作。となると、スピードが出てしまうと危険度が増す。
だから細心の注意で、バイク無始動のまま、ゆっくりゆっくり降りた。
やがて別れ道に達するが、迷わず、来た道を戻る。一見、ここまで必死に稼いできた距離をドブに捨てているようなものだが、別にかまわない。
青年は鼻歌を歌いだす。
そのとき、スピードを出して向かってきた対向車が、青年とすれ違って急ブレーキを踏んだ。
青年:「あ、天谷さんだ!」
天谷さん:「ちょっと!」
天谷さんは青年のことが心配で戻ってきたとは言わないし、気づかせない。
青年:「お母さん、大丈夫でしたか?」
手動で窓をキコキコ開けて手招きをする天谷さん。青年はエンジンのかからないバイクをそこに置いて駆け寄った。
天谷さん:「ああ、バイク、やっぱエンストしたんじゃろ? 音がおかしかったき。」
青年:「音? 音でわかるんですか? はい。とりあえず、坂道が続くかぎりは下ろうかと。」
天谷さんは、心配そうな顔をして言った。
天谷さん:「ちょっとみちゃる。そっちにしばらく下りたら、左に降りるところがあるき、そこでまっちょって。」
青年は天谷さんの言う通り、しばらく降りたところの左に入ってすぐの砂利の空き地で待った。
雨は少しずつあがってきた。青空も近くに見えだしてきている。
天谷さんは切り返しができるところまで行って、Uターンして戻ってきてくれた。
車から降りた天谷さんは、後ろのドアを開けて、工具箱と銀色の正方形のシートを取り出した。
ドライバーとレンチを駆使して、早々にマフラーを外す。
天谷さん:「やっぱな。ここじゃいね。水がたまっちょる。これじゃガスが出ていかんき、エンジンも止まる。これ取り付けたんは誰や?」
青年:「中古だったので、買ったときからです。。。もうダメなんですか?」
天谷さんは、それはわからない、みたいなゼスチャーで、とりあえず溜まった水を出し切って、布で拭き、工具箱の中から、サランラップに包まれた練り消しゴムみたいなものを出してきて、両手で揉み出した。
それは粘土のようで、色はピンクだ。
まずは再度マフラーを取り付ける。そしてマフラーとエンジンの接続部分の隙間に、そのピンク粘土を丁寧に練り込んでいく。
なるほど、雨が入らないようにしてくれているのか!
青年は、天谷さんの手際良さに感心しながら、反省した。
バイクのことを何も知らず、ただ走ってくれる道具として使っていた自分の姿勢。これではいかん。ダックス号に申し訳ない。
マフラーに隙間があり、そのせいですごい音がしていて、雨が強烈に降ると水が溜まってエンジンが動かなくなる。だから水を抜き、今後も水が入らないように隙間を埋めないとまた同じことが起きてしまうこと。
天谷さんは何も言わなかったけど、青年はその作業の一部始終を見ていてよくわかった。
天谷さん:「おし。これで動く。」
そう言って、工具をしまい始めた。雨は完全に上がっている。
青年:「ありがとうございます!」
そう言って、キック。
一発で始動。しかも、音が小さくなっていた。
しかし、
「はい、止めて。」
天谷さんは、エンジンを止めさせた。理由は、塗り込んだ粘土が固まるまでしばらく待たないとダメだとのこと。幸い晴れてきたし、2時間ほど待ちなさい、とのお達しだった。
2時間か。
青年は何を決断したか。
今から2時間後なら、12時を過ぎた頃に乾く計算だ。そこから道後に向かっても、夕方には到着できる。全く問題ない。
であれば、どこかでご飯を食べよう。お腹がすいた。
天谷さん:「今日はどこへ向かっておったんじゃね?」
天谷さんはさっきまでとは打って変わった満足そうな顔で、青年に尋ねた。
青年:「道後温泉です。坊ちゃんの。」
下調べをまったくしないので、それが自分が持っている精一杯の情報だ。天谷さんは驚いて、
天谷さん:「まあた、無謀な道を選んだもんじゃねえ。あの道は地元民しか走らん悪路じゃき。」
と言って笑った。どうも、道を間違えていたみたいだ。天谷さんの雰囲気から察すると、もっといい道があったはず。
青年:「でも天谷さんこそ、なんであの道を?」
天谷さん:「わし? だって、上に家があるもん。買い出しよ。買い出し。」
買い出し。でも今日は親子を病院に運んですぐここに向かった雰囲気だ。なので買い出しをする時間はなかったと推測される。
もしかして、青年を心配して探しにきてくれたのか?
それを聞く隙を与えることなく「んな、そろそろ行くわ」と言って、天谷さんは笑顔であっけなく去っていった。
青年はすっかりお母さんのことを聞きそびれたが、きっと大丈夫だと感じた。
天谷さんは、自分がやったことを全くひけらかさず、感謝も要求せず、買い出しを後回しにして探しにきてくれて、マフラーを直して、颯爽と去っていった。
すごい。人間のさりげない優しさは、こうじゃないといかん、と心から敬服し、感心しきった青年だった。
福福交換
さ、今から2時間ある。この近くに何があるのか全くわからない。歩いてご飯を食べられる場所があるかどうかも不明だ。
しかし青年は、バイクを置いて、歩き始めた。
考えることはいつもシンプルだ。できることを、できるだけする。
1時間歩いて行けるところまでいき、帰ってこよう。それまでに食べるところがあればこれ幸いだ。
空は力強く晴れてきた。
青年はポンチョをバイクにかけて、濡れた衣服も全部乾かすため、ダックス号に適当に掛け、そこを離れた。
川の横の下り坂を、1時間ずつ行って帰って、往復2時間。
結局、何も見つからず、戻ってきた。歩いた分、お腹がさらに空いただけだった。しかし、ダックス号周辺に変化がある。
近くに赤い軽自動車が停車していて、2人の若い女性が立っているのだ。
青年を見つけた1人が声を上げた。
女性A:「あ! 帰ってきた!」
青年:「あ、ただいまです。」
女性B:「ただいまって(笑)。このオートバイ。鍵、つけたまんまやき!」
高知弁はかわいい。青年は、驚くこともなく笑顔で、
青年:「あ、はい。そうです。買ってから、抜いたことは一度もないんです。」
と答えながら、2人のそばに近づいた。
女性A:(ぷっと笑い)「ほないこう。」
ともう1人を促した。
女性B:「心配して損したわあ。」
そう言って女性が車に戻ろうとしたとき、青年はようやく気が付く。
青年:「ああっ! もしかして、このバイクが盗まれないかを見張っててくれたんですか?」
女性A:(軽く会釈をして、車に乗り込もうとする)「では。」
青年は慌てて呼び止めた。頭に浮かんだのは、徳島の霊水のお爺ちゃんだ。
そうだ。お礼にあの水を渡そう。福を呼ぶ水だもの。
青年は小さい頃から母親に「いいものは人にあげなさい」と教えられてきているので、迷わずこういう行動に移せる。
霊水をカバンから出そうとしたその時、青年は気が付く。
雑に乾かしてあったはずの服がすべて畳まれて、ダックス号のシートの上に丁寧に置いてあるのだ。
しかも少し泥がついていて、その汚れを落とそうとした形跡もある。
まさか、風で落ちてしまった服を拾って、手で汚れを払ってくれたのか。
それを悟った青年は、心を込めて言った。
青年:「これ、旅のお供に持っていってください。弘法大師の霊水です。何もお礼ができませんが、ちょうど2つありますので、飲んでください。
柔らかくって、美味しくって、口に入れた途端、幸せな気持ちになれますし、なんといっても福を呼ぶ水だそうです。
それと、服を拾ってくださったのですね。しかも汚れも落としてくださって。すみませんでした。バイクも心強かったと思います。
この子を1人にしたことがなかったので、お2人がいてくださって、安心だったと思います。ありがとうございました。」
女性A:(清楚に笑いながら会釈)「こちらこそ、懐かしいバイクだったので思い出話に花が咲きました。同じのに父が乗っていたので。」
2人は姉妹だった。
女性B:「お姉ちゃんが気づいたんです。あれ、お父さんのバイクやって。な。で、見たらキーついてるし、洗濯もんは落ちとるし!」
姉妹は同時に口に手をあてて笑う。
青年:「すみません!」
お姉さん:「でも、お兄さんはどうしてここを離れてたんですか?」
青年:「バイクのマフラーを修理してもらったんですが、2時間乾かさないとダメで、ついでにお腹がすいて、ご飯屋さんを探してました。」
2人は顔を見合わせて、あげよっか。福を呼ぶ水をもらったし。となにやら相談している。
妹さん:「お兄さん、そしたらこれ、食べて。ちょっと(収穫が)早いけど、もらったの。」
お姉さん:「小ぶりだけど美味しいですよ。幸水です。幸せな水と書いて幸水。」
妹さん:「本当はもっと大きゅうなるんやけど、これはうちらの叔父さんのテスト品。」
青年:「わあ! 嬉しいです! もうお腹ペコペコなんです! あ、これ、よく考えたら、福と幸福の、福福交換ですね!」
2人の姉妹は嬉しそうに顔を見合わせて、「ほんまや。どっちもハッピーやね。」と笑う。
ひとしきり笑ったあと、姉妹はそんなら気をつけて。と言ってあっさり去っていった。
出会いは劇的、別れはあっさり。これでいいのだ。
今日の青年の旅は、この美味しい幸水梨を食べるためにあったと言っても過言ではなかった。
手でこすってすぐに頬張った梨は、甘くて歯応えもよく、とってもジューシー。皮ごと美味かった。
腹に収まり、衣類を片付け、キックで勢いよくエンジンをかけた。
「ブルルン! ドッドッドッドッドッドッドッドッ。」
ダックス号は力強く吠える。青年も気分上々だ。
青年は結局高知に戻ってきたが、こうしてまたありがたい出会いがあった。
どんな事件が起ころうとも、ちゃんと解決していくし、ご褒美もある。
もうダメかと思っても、誰かが助けてくれる。そこに心からありがたいという気持ちがあれば、また新たなハッピーへとつながっていく。
青年は感謝を胸に、また愛媛県に向かって走り出した。
〜つづく〜
おわりに
八幡様:「今日もお疲れ様でした。さて、アニキの旅は、なぜこんなにも劇的なのか。それを考えたことはありますか?」
僕:「もちろんありません。毎日、なぜだか面白いんです。」
八幡様:「アニキと一緒に旅をする人は、さぞ楽しくて面白いでしょうね。」
僕:「いえ、そうでもないと思います。あまり事件は起きませんから。」
八幡様:「はて。ひとり旅では事件は起きて、複数旅では起きないと?」
僕:「いいえ。事件は起きているんです。が、それを僕だけの興味や関心で動いてしまうと、一緒にいる人のそれとは違ってくるので、なるべく自分を出さず、相手の喜ぶ関心に集中していきます。」
八幡様:「それはいけませんね。アニキの意識改革が必要です。
旅は、誰かを喜ばすためにあるのではなく、基本は、自分が喜ぶためにあるのです。皆がそういう気持ちで旅すれば良いのです。
そうすればお互いが楽しめるようになっていきます。アニキのように、自分は我慢して、誰かのために遠慮するなんてことが、一緒にいる相手が知ったらどう思うと思いますか?」
僕:「ああ、良い気持ちはしないと思います。うーん、むしろ腹立たしく思うかもしれませんね。
でも、僕が興味あることは、他の人も興味があるかどうか、不安なんです。。」
八幡様:「なるほど。いつからそうなってしまったのでしょうか。そういうときは、思い出してください。この時の旅を。」
僕:「はい。そうします。思い出します。」
八幡様:「次の旅では、愛媛からフェリーで大分に渡り、鹿児島までノンストップです。急いで軌跡を追います。
そこで起きたことを観察して参りましょう。一緒に旅をする人の気持ちがよくわかる回になるはずです。お楽しみに。」
僕:「はい。最初に僕が考えていたプロットからはもう完全に軌道を外れていってますが、それも旅の醍醐味ですね。
そうか、僕自身が楽しめばいいんでしたね。」
八幡様:「そのとおりです。ではまた明日に。」
僕:「お愛しましょう♡
皆さまからのコメントも2人でお待ちしております!」
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「僕のアニキは神様とお話ができます」「サイン」の著者、アニキ(くまちゃん)が執筆。天性のおりられ体質を活用し、神様からのメッセージを届けま…
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