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おりおりいっぴつ #021
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優しいから強くなれる
強くなれば決断できる。
大阪は若かりしころに住んでいた街ですので、思い出すのは恥ずかしいことばかり。
当時僕は、夜の清掃バイトをしていました。
人が寝静まったころ、
難波や梅田の繁華街
居酒屋の厨房
公衆浴場
公衆トイレ
夜逃げの後の部屋
商店街の石畳
壁一面の枯れた蔦を剥がす作業
古ぼけたお寺の屋根裏の清掃
ドブ川の底に落ちている色々をサルベージ清掃
あらゆるものを、8時間の間に綺麗にする仕事を、パンチパーマのO社長の元、4人のチームで動いておりました。
ある日の現場へ向かう途中、O社長が僕に缶コーヒーを買ってくれて、こんな提案をしてくれました。
「鈴木、お前な。うちで社員として働けへんか?」
「え! ありがたいんですけど、でも僕、学生ですので、無理です」
「そーかあー。ほな、まつわ」
社長は僕の卒業まで、あと2年待つというのです。
社長は、僕のどこを気に入ってくださったのか、何かと便宜を計ってくれました。
例えば、僕の住んでいた場所と働く場所が離れていたこともあり、難波に近い新今宮という場所にアパートを借りてくださり、そこに滞在させてくれたこと。
給料だけでは学費が足りんやろうと言って、ボーナスをくださったり。
仕事が終わった後に皆で食う立ち食いそば屋さんでは、僕にだけイナリとおにぎりをいつも追加で二つずつ食べさせてくれたこと。
先輩方も心得ていて、僕は未来の社員やから大切に扱えと言われていたらしく、言葉遣いも気持ちが悪いほど丁寧で、優しかったこと。
しかし、ある日。
そのO社長が大怪我をしてしまったのです。
現場に来た社長の顔も右腕もパンパンに腫れていて、ただの事故ではないことは明らかでした。
社員のみなさんは、驚きの表情でそれを見てすぐ、何かを察したかのように、それぞれがスコップと長ベラをもち、ヘルメットも装着して、社長を囲むように整列をしました。
そして、今日の仕事はもう無し。ぐらいの勢いで、社長に問うていきます。
中村さん:「社長、どこのもんにやられたんスか?」
社長:「ん? ああ。これな。これはまあ転んだんや」
前田さん:「わしらに任しといてください。わからんようにやりますよって」
社長:「あかんあかん。カタギが何をゆうとんじゃ」
山下さん:「清掃人やからうまく入れるよって。ええから任してもらえまへんか?」
僕は彼らが何を言っているのかさっぱりわからず、いつも優しくて笑顔いっぱいの先輩方が、目を釣り上げて肩を怒らせて清掃用具をかちゃかちゃ鳴らしている姿を見て、震え上がっているだけでした。
もしかしてだけど・・・社長が誰かに殴られて、その報復にみんなで行くってこと?
僕は、喧嘩が大嫌いです。だからもう怖くって、震えが止まらなくて。思わずこう言ってしまいました。
「ぼ、僕はこの現場、掃除しておきます」
今思い出しても恥ずかしい。
自分は関係ないので、清掃の仕事をしますからみなさんはどうぞ報復のお仕事なりへ行ってきて下さい。と言わんばかり。
ここは本来なら、「僕も戦います! 一緒にいきます!」でしょうに。
社長は、そんな僕に笑って一言。
「あほ。お前一人で掃除ができるか〜。みんなでやれ。ほれ、行け。こんなん、かすり傷じゃ。仕事仕事!」
と言う社長はしかし、嬉しそうで。誇らしそうで。
でも社員の皆さんは、たけり狂った気持ちを抑えることができない様子で、ハイエースに用具(武器)を力任せにガシャーンと投げ入れ、僕はもう呆然とオドオドしつつ、黙々と仕事をした覚えがあります。
社員のみなさんは、お世話になっているO社長の優しさをよく知っていました。きっとまた誰かを庇って自分がやられにいったんだと、仕事中に話していました。
そんな社長だから、社員の皆さんは毎日しんどい仕事をきっちりとやり遂げます。
O社長は、誰かのために戦って怪我をしました。逃げずに渦中に自ら飛び込む決断をしました。
社員のみなさんは、それを見てすぐに決着をつけにいくために瞬間的に気を高め、武器(清掃用具)を装備して、いつでも戦いに行ける準備を整えました。
その決断が間違っていようがいい。
自分を奮い立たせて、義のために生きる。それでいいのです。
あなたに、今日も幸あれ。
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