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4年越しの「かたりべコンサート」を開催します

4年前の2020年3月14日、全力で開催準備を進めていたイベントがあります。それが「かたりべコンサート」でした。

しかし、同年1月から広がったコロナ騒動の影響を受け、コンサートは中止にせざるを得ず、僕たちは大きなショックを受けました。

幻となってしまった4年前のチラシはこちらです。

会場は東京。準備はスタッフや関係者総動員で、某芸能事務所からも大きなサポートを頂きながら、こちらの教会をお借りして、語りと歌と人形劇の出し物をする予定でした。

仲間たちとの熱い志を実現し、大人と子どもの笑顔をたくさん創るきっかけになるはずだったイベントを中止しなければならない悔しさは、言葉にできないほどでした。

僕たちにとって千載一遇のタイミングであり、大きなチャンスだったコンサートを中止にしたのは、僕の決断でした。

その約1ヶ月後、僕の心がまだ折れていた時期に、公演を見ることを楽しみにしていた母から、一通の手紙をもらいました。

それがこちらです。

この手紙を僕の家まで歩いて持ってきてくれて、玄関先で母は、僕の手を握ってこう言ってくれました。

「お兄ちゃん。元気でさえいれば、何度だって挑戦できるんだからね。お兄ちゃんの人形劇を楽しみにしてくれている人はたくさんいるから大丈夫! コロナ風邪が吹き終わったら、今度は大きく福井でやりなさい。東京はそれからでもいいの。慌てないで。たくさん勉強して、たくさん泣いた人こそが、たくさん笑わせる人になるんだからね」

僕はこの母の言葉と、その後に玄関先で読んだこの手紙で、涙がポロポロ溢れてきて、止まりませんでした。

スタッフ全員で、総力を上げて準備して、周りからもたくさんの応援をいただきながら進めていた企画が一瞬でなくなった後、その辛い気持ちを誰にも言えていませんでしたが、母は気づいてくれていたのです。

たくさん泣いた人こそが、たくさん笑わせることができる。

この言葉を胸に、あれから4年が経ちました。そして今回、伝えたいことが増えた今だからこそ、満を持して実現させていこうと決めました。

決行は、1ヶ月先の8月10日(土)です。お母さん、僕、やるよ。

語り部という言葉の意味

語り部(かたりべ)とは

昔から語り伝えられる昔話、民話、神話、歴史などを現代に語り継いでいる人を指していう。語り手と呼ぶ場合もある。

古代の日本においては品部の職業部として置かれた職掌であった。また現代の日本においては話芸を中心とするタレント、あるいは災害や事件の教訓を語り継ぐ活動を行う者を「語り部」と紹介する例が見られる。

wikipediaより

「語り部」は、昔は職業として口伝を担当する人の意味でした。現代は、実際にあったことを真実の言霊として『文字だけでは伝わらない人間の心の大事な部分を伝える人』として存在します。

母の生前、コロナ期間のとき。僕もほとんど外に出ず家にいたので、母は時折、手作りのお手玉やゴム毬を持って、家に遊びに来てくれました。思えば、その時の母の言葉たちは今でも僕の目標というか、志になっていることがわかります。

「昔ながらの遊びは、参加する人間が心を通わせないとできないことばかりよね。ゲーム機を持って一人で遊ぶより、みんなとおしゃべりしながら技を磨いていく方がよほど楽しいし、心が育つ! 子どもはすごいよねーー!!」

というお話を二人で延々としていました。

当時は、世界中がパンデミックになって海外渡航すらできなくなってしまい、まるで一気に世界が遠くなってしまったかのように思えました。

しかし、人間はすごいです。

ネットの機能を駆使して、Web上で会議や飲み会や恋愛までできるようにしてしまったのです。顔の見える会話を、普通にできるようにしてしまったことで、会社に行かなくても仕事ができて、学校の授業も受けることができて、直接会わなくても、普通にコミュニケーションが取れるようになってしまったのです。

メリットでもあり、大きなデメリットでもあると、今ではわかります。狭くなった世界がバーチャルやオンラインで拡大したのは大きな進歩でしたが、熱量を感じられない会話はどこか空虚で寂しかったのです。

おそらく、やはり会って、生で話さないと気持ち悪いな・・・と思っている方も多かったと思います。

僕も当時、人形劇を生で見られない子どもたちに向けてオンライン人形劇などもやってみましたが、生の反応がない状態での芝居はとても難しく、きっと観ている方も楽しくなかっただろうと思います。

コロナ期は当然、エンタメ業界も大打撃になりました。ライブやコンサートがことごとく中止、あるいは無期限延期。外食産業も人が外に出ないし、黙食で会話もできずにご飯を食べることも辛く、人足が途絶えたお店は潰れていきました。

補助金で助かるところもあれば、逆にさらに苦しくなっていくところもあり、コロナは見えるところ、見えないところで人の心や生活を殺していったのです。

その間、悲しみや怒りや憤りが世界を充満させ、苦しみの極地を経験させました。当然会社も大打撃を被り、その中で母が亡くなり、僕も含め、家族が打ちひしがれましたが、だからこそ今、母の遺した言葉が輝きを増していることに気づきました。

「お兄ちゃん。ご縁はねえ、切っちゃあ、おしまいなの。大切に、大切にしなさい。わざわざ偉そうに喧嘩なんてしなくていいし、誰も傷つけてもいけないよ。こんなふうに言ってるあたしも、一度、覚えてるかしら。お兄ちゃんに悪いことしたけどね。あれはまた、今度お詫び状を書くからね。ごめんね。感情のままに言葉を言ったり、それを高慢に人にぶつけたり、押し付けがましくしたり、恩着せがましくしたりしたら絶対にだめ。それを知らない人が多いからさ。お兄ちゃん、人形劇で伝えてあげてね」

母からの詫び状

この日のことは、よく覚えています。

母には伝えましたが、初めて強く叱られた時は自分の中にあった、

「本当はみんなからダメだと思われている部分」

が分かったことによって、

「もう少し僕がしっかりしなくちゃ、お母さんに悲しい思いをさせてしまう」

ということに気が付きました。

それからはちゃんと自分なりに考えて、行動できるようになっていったと思います。

母は僕の「のんびり考えてゆっくり動くところ」が心配だったのだと思います。あと、見たことも聞いたこともないのに、それをさも見てきたかのように語る僕はちょっと怖い子だったはずで、それが世間には吉と出るか凶と出るかわからず、親としては不安だったと、今ならわかります。

それでも、根気強く育ててくれてありがとうと、感謝を述べました。

この世に残していかないとあかんことがたくさんある

母:「どうして私はお兄ちゃんにさ。小さい時からあやとりとかお手玉とか編み物とかを教えてきたか知ってる?」

僕:「知ってるよ。かけっこより人形遊び、縄跳びよりゴムとび、ドッヂボールよりままごとが好きだった僕の好みを知っていたからでしょ?」

母:「それもあるけど、お兄ちゃんは小さい時からすごく感動する子だったの。私が言ったことや、やってみせたことにすぐに反応して、自分でもやりたがって、それをやって出てくる結果を楽しむことができたの。この子になら私の全てを伝えることができるかもしれないって思ったの。だから伝えていい?」

と、お手玉をポンポンしながらしゃべる母に向かって僕は軽く、

「いいよ〜」

と答えました。それから毎日、僕に手紙が届きます。自分で持ってくるのです。そこで大切なことを話して帰ります。その繰り返し。

その手紙群がこちらです。この時、母は自分の死期を悟っている節があります。母は、この世に残していかなあかんことがたくさんあるの。と、何回も言っていました。

それは、子どもの大好きな僕に母の言葉を残すことによって、世界に広がることをわかっていたからに違いありません。

この手紙の中に書かれてあるたくさんの金言を、今回のかたりべコンサートで、人形劇や、歌やおしゃべりで皆様にお伝えいたします。

母とのやりとりの中でも、一番度肝を抜かれたのは、こちらです。

昭和45年の10月に、母が書いた「家訓」です。これはお兄ちゃんに持っておいてもらうね。そういって、やりとりの最後に渡されたのがこれです。

ここに、母の強さと覚悟を感じることができます。生まれたばかりの僕に足りない、弱い部分をすでに見抜いていたのか、僕に教えなくてはならないことを僕が生まれて半年後には書いてくれていたのです。

僕は、昨今、自分の体調が悪くなっていることを隠しながら生きつつ、同時に母の容体も悪くなっていくのを見ながら、やるべきことから逃げて暮らしておりました。

しかし、あらゆる奇跡が起きて僕は復活し、ブログも再開できて、ようやく教室も始動させ、集中するため仕事を辞めさせていただき、ミッションの時間も増やし、夢だったパペットカウンセリング事業も始まり、いよいよこれから始まる大応援事業を完遂させるため、そして母の遺言を守るために動いています。

今回、母から学んだことを僕が「語り部」の役割として皆様にお手渡ししておこうと思った理由の一つに、母のお父さん。僕からすれば、おじいちゃん(鉄次郎)の存在があります。

57歳で、癌の転移で亡くなったことで、多感だった17歳の母は鉄次郎じいちゃんに教えてもらった言葉や生き方を何度も反芻し、自分なりに解釈し、何度も自分で学び直しました。

そのおじいちゃんの生き方を、病気がちな僕に、すでに癌に冒されていた母が、手紙で教えてくれたこと。これを皆様に語り継ぎます。人生のヒントになることがいっぱいです。

お時間の都合が合う方は、ぜひとも福井まで足をお運びください。お待ちしております。

おわりに

この世は、精神的な部分でどんどん崩壊が始まっております。どうして人間同士で戦わなくてはならないのか。

人を騙したり、脅かしたり、貶めたり、やられたからやり返すという、終わりのない復讐の世界が人々の心を苦しめ続けています。

その恐ろしさに気づいた人々は、ますます家から出ることができず、人が怖くなり、自分の身を守るために引きこもり、どうせ楽しくない人生なら早く終わらせてしまったほうがいいとやけになり、静かに人生の幕を引く人や、逆に世の中に復讐するために計画を練り、破滅の誘い水をかけてしてしまう人もいて、平和な世の中は一体いつやってくるのだろうと不安を拭い切れない思いでいる方も多いはずです。

八幡様:「そうです。だから始めたおりられオジさんです」

僕:「わ。急に出てきた」

八幡様:「それでは、おりられオジさんの『志』からお話ししてください。まずは、おりられのお、からどうぞ」

僕:「うおっと。突然やってきて、早速のお題ですか。良いんですけど、とうとうここで言っちゃうんですね。ちょっと待ってください。メモを探します」

八幡様:「覚えていないのですか?」

僕:「すいません。僕の語彙の中にない言葉は、覚えようにも覚えられないみたいです。あ、ありました」

八幡様:「ではそこに書いてある通り書き写してみてください。説明は後からします」

おのころの混沌に似たこの世に

利他(りた)の敷衍(ふえん)を仰ぎ観て

羅刹(らせつ)をも同志と看做(みな)し

煉獄(れんごく)からの解脱(げだつ)へと導く

僕:「頭文字をとって、うまーく『おりられ』になってます。なんとなく意味はわかりますが、まだ詳しく聞いてなかったですよね。八幡様」

八幡様:「いいえ。うまーくしっかり伝えてありますよ。それを忘れていない証拠にアニキは、この志をちゃんと行動に落とし込んで動いていますから、言葉の意味を忘れていたとしても、芯にはちゃんと入っているということになります」

僕:「ほっ・・・」

八幡様:「それでは説明しましょう。抽象的ですが、汲み取ってください。イザナギとイザナミが、この世界を作る時、混沌とした世の中を、ひとつの思想でまとめあげた象徴が、おのころ島です。

創世していく際、簡単ではなかったにもかかわらず、チームで協力し合い、働いてくれる人々を導きながら、大きな組織を育てつつ、国を育んでいったのです。

そのやり方を習って、これからは自分の利益だけではなく、他人の利益を考えながら動き、人が喜ぶことを大前提で考え、全力を尽くし、大きく広げていくことが大切です。

そこに共感して実際に行動に移し、生活の中に取り入れてくださる仲間たちを探し出し、じっくりと育て、まずは小さな組織である、「家族のリーダー」にしていきます。

そのリーダーたちは、小さな世界から尊敬される人たちになっていきます。

その人々を私たちは仰ぎ尊敬し、自分のいずまいを正し、背筋を伸ばし、清く正しく明るく生きることによって、羅刹と呼ばれる鬼のような恐怖の存在すらも皆共振し、やがて同志として共に働くようになり、共に歩いてゆける人々が増えていきます。

どんなに辛いことがあったとしても、どんなに悲しいことが起きたとしても、どうしても通らなくてはならない煉獄があったとしても、そこで熱い炎に燃やし尽くされてしまったとしても、残るのは灰や骨の残骸ではなく、磨かれて輝く珠玉の魂です。

人々の、俗世の迷い・苦しみ・呪縛から抜け出し、悟りの境地へと皆様を誘うために、このおりられオジさんはスタートしました」

僕:「むむ難しい〜! でも、納得しました。この志は、実相大学にもつながっているということですね」

八幡様:「そうです。語り部としての役割は、すでに始まっており、実相大学でも渾身の授業を進めていますが、今回のこのコンサートは、その表現とは全く違うアプローチになるところが見どころになるのだと思います。皆様を楽しませつつ、涙の浄化ができるように、4年前にやろうとしていたものをさらに成長させ、一世一代の『歌と人形劇のエンターテイメント』を作り上げなさい」

僕:「はい! がんばります!」

今回は以上です。長くなりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

繰り返しになりますが、今回のこの「かたりべコンサート」は、何についてのかたりべになるのか。それは、祖父:鉄次郎と、母:洋子の遺した言葉を語りながら、人の心に寄り添う方法を僕の経験からお伝えしていくことになります。

僕にはたくさんの恩師がいます。未熟な僕を育ててくれた人たちです。見えない世界の人たちも含めると、感謝してもしきれない方々ばかりです。教えていただいたことを、僕だけのものにするのではなく、後世に伝えていくため、語りべとして引き継いでいくために動いてまいります。

特別出演として、八幡様にもご登場いただきますので、そこもお楽しみにしていてください。

詳細はこちらです。

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