ロードムービー原作 「また会えたときに 2」 第12章 (山口瓦そば 編)
福岡県から山口県に渡るため、超えなくてはならない関門があります。
八幡様:「関門海峡ですね。」
僕:「はい、まさに関門。潮流激しい海峡です。」
八幡様:「そこを渡るには、船もありますが、橋もあります。そしてなんといっても?」
僕:「人道! じんどう! があります! 原付バイクもそこを歩いて渡ることができるんです。そして渡った先には・・・。」
八幡様:「先には?」
僕:「山口・・・県ですね・・・はあ。」
八幡様:「大丈夫ですか? 今日はアニキの感情の潮流も激しいようですが。」
僕:「いや実は、この後に山口で起きた事件を思い出しまして、ちょっと動悸のビートが増しております・・・。」
八幡様:「それはいかんもんですな。」
僕:「あ、ああっ! ズルい!」
八幡様:「物語をはじめましょう。
関門海峡を歩いて超えるには、エレベーターで地下に降りる必要があります。
そして勢いよくトンネルを抜け、最終章に向かって山口、そして広島へと進んでいきますよ。」
僕:「はい、全力で突き抜けます。
(力を込めて)かんもんだけに!」
八幡様:「・・・いや、それらしく言ってますが、一個もかかってないですよ。」
「また会えたときに 2 」 第12章
関門トンネル
本州側の下関の「関」と、九州側の門司の「門」を取って名付けられた、ここは「関門海峡」。
その海底トンネルを、ダックス号とともに歩いて渡らんとする青年。
受付のお姉さんに、
「バイクはエンジンを切って、絶対にバイクには乗らないで、バイクを押して、歩いて行ってくださーい。」
と諭されるように伝えられた青年は、歩いて海を超えていくことに異常な興奮を覚えていた。
かつて、壇ノ浦の戦いや、下関戦争が起きた場所の下を歩くのだ。この若き歴史マニアの興奮を誰が止められようか。
歩行者用の海底トンネルが完成したのは1958年(昭和33年)。実は、上に架かっている関門橋よりも前に完成しているのだ。
55メートルあるというエレベーターを降りていくだけで、青年の胸は高まる。
その先に広がるのは、歩行者二車線の、決して大きいとは言えないトンネル。
道も真っ直ぐなら天井も壁も真っ直ぐ、トンネル全体が真四角なのが印象的だ。
茶色く塗装された道をグングン歩き始めた青年だが、その歩みのスピードはだんだん遅くなっていく。
なぜなら、早く歩くことがもったいなく思えてきたからだ。
たった780メートルの距離を渡り切ってしまったら、また地上に戻ることになる。それを考えると、さびしい。
嬉しいはずなのに、なんだかため息をつきながらトボトボ歩いていると、次第に近づいてくる表記がある。
県境だ。
福岡県から山口県へ。この海の底で跨ぐのだ。
道路いっぱいに白く引かれている県境ラインを、
「あ、よいしょ」
そう言って跨ぐと同時に、カシオの腕時計が15時を告げた。
ピッ。という音とともに、背筋もピンッと伸びる。
青年は、一つの境界線を超えたことによって、心持ちが少し変化した。
ここからまた新しい物語が始まる。
なんてありがたいことなんだろう。
僕はこの旅をまだ続けることができるのだ。
こうして簡単に九州から本州に歩いて渡ることができるのは、先人たちがここにトンネルを堀り、水が漏れ出ないよう、そして壊れないように、最先端の技術を駆使し、しっかり工事し、固めてくれたおかげだ。
しかもそれを30年以上も管理し、守ってきた方々のおかげでもある。
様々な問題が起きたことは容易に想像できる。
その難関を突破するために動いた人々の思いが、このトンネルには詰まっている。
関門を超えてきた人々の努力の結晶に、青年は今、立たせて頂いているのだ。
県境で手を合わせ、感謝の気持ちを飛ばした。
それでスッキリした青年は、ゆるゆるともったいぶって歩くのをやめて、颯爽と元気よく渡り切った。
振り返ってまっすぐ伸びる人道に、深々と一礼をし、エレベーターで地上に上がる。
空は目が痛いくらいに眩しく、遠くには入道雲が幾筋も立ち昇る。
「きたよ、下関。」
青年は誰ともなく呟いた。
この照りつける太陽の厳しさと、海の上にかかる関門橋の美しさと、その海の底に敷かれたトンネルを思うことで、自分という存在の輪郭が、よりはっきりと見えてくる。
それは「生かされている」という現実だ。
旅をしてわかることは、最終的にその一点なのかもしれない。
白バイのおじさんにもらったガーディアンベルのキーをONに回し、キックでエンジンをかける。
軽快なエンジン音でダックス号の生命力がみなぎる。
新しい目的地を目指してアクセルを回してすぐ、お腹が、青年語で言う、いいねいいね! つまりグーグーと鳴った。
そういえば今日の昼、白バイのおじさんとの別れ際に、「次はどこに?」と聞かれて、山口へ向かうと告げると、「瓦そばが美味いよ」と教えてくれた。
行かぬ手はナシ! 青年は瓦そばの看板があったらそこで止まり、今日の晩御飯を求めようと決めている。
しかし、なかなか看板が見当たらない。
見つけたとしても、なんとなくここじゃない感があって入れない。経験上、そういう時は無理して頑張らない方が良いのだ。
やがて青年は、自分の嗅覚だけで走っては埒が開かないことに気が付き、いつものガソリンスタンド情報網にお世話になることにした。
給油をしている間、2人の店員さんに教えていただいた提案が素晴らし過ぎた。
店員1:「瓦そばが美味い店は、もう全部うまいけぇ、選ばんと入りゃあええ。なあ。」
店員2:「そうじゃのぉ〜。そりゃどこもうまいけど、お店が集まっちょる商店街に行くと、瓦そばだけじゃのうて、色々選べるけぇ、楽しいよ〜!」
青年は本当にその通りだと思って、商店街の場所を聞く。すると、ここから走って2分の場所にあるという。
迷わずそこに行くことにした青年は、お礼を告げて足早に去る。
やはり、困った時のガソリンスタンドだ。青年にとって必要な情報すべてがここに集約されているといっても過言ではない。
瓦そばを求めて
商店街に到着。わりと新しいアーケードだ。涼しそうで嬉しい。
入り口近くの駐車場にバイクを停めて、ヘルメットを持って中へ。
そこは夕方5時の買い物客と、ひと足さきにいっぱいひっかけている酔っ払いと、部活動帰りの中高生たちと、塾に向かう少年少女たちと、地元の主婦連合でよく喋ってよく笑うおばさまたちの社交場にもなっていた。
一人旅を続けている青年にとって、こんなにたくさんの人が賑やかにしている風景は久しぶりで、見ているだけで嬉しくなる。
商店街に入ってすぐにあったベンチに座って、しばらくこの活気を体内に吸収することにした。
奥のほうから、大きな声で独り言を言いながらフラフラと歩いてくるおじさんがいる。
よく見ると、おじさんの真っ赤な顔と、Tシャツに大きくプリントされた黄色い虎の顔が上下に並んでいて可愛い。
青年は、まだ陽が高いにも関わらず、こんな絵に描いたような酔っ払いが現れたことに感動し、おじさんの動向を思わず観察する。
おじさんはふらふらと酒屋に入り、ワンカップを購入しているようだ。
もしかすると、何か忘れたいイヤなことがあったのかもしれない。それか、何か興奮することがあって、さらなる景気付けに飲んじゃったのかもしれない。
おそらく、今日はキツイ酒を一気に飲んだのであろう。よく見ると、呼吸が大きい。
息を吐く時に、
「プシューーー!!!」
と、微細なアルコールミストがまじった息を大量に放出している。
おじさんがワンカップを手に外へ出て、蓋を開けようとしたその時、すれ違ったのは豹柄のシャツを着こなした大柄な若者。
おじさんを一瞥し、低い声で言い放つ。
「酒臭いのう。」
青年は、嫌な予感がした。
キミキミ、それは声に出しちゃだめ。
みんなそう思ってる。だけど思っても言っちゃダメなのよ。
豹柄の若者は文句なしのコワモテ金髪サングラスで、一瞬ヒヤっとした青年だが、それ以上おじさんを刺激することはなく、離れていく。
危機は去った。
虎顔シャツのおじさんをみると、蓋の開いたワンカップを右手に持って、去りゆく豹柄の若者の背中をじいっと見ている。
虎を睨む豹、じゃないや、豹を睨む虎か。ああ、ややこしい。
おじさんは明らかに不穏な様相だ。
青年の「嫌な予感メーター」は、徐々にレッドゾーンに振れていく。
ああ、それ。だめよ。かけたらあかんよ。お酒がもったいないよ。それはぐびっと飲みなさい。ほれ。ほれ。
そう願いつつ、念のためにとベンチから立ち上がり、虎顔に近づいていく青年。
そんな酔っ払いには目もくれず、悠々と歩いていく若者。
ちょうどその3人の距離が正三角形になった瞬間、恐れていたことが起こった。
酔っ払いのおじさんは、まさに虎の如く猛ダッシュをすると、「うらあっ!」と叫びながら右手のお酒を若者に向かってバシャッと撒き散らしたのだ。
幸いお酒は若者にはあまりかからなかったが、周りから悲鳴が上がる。
若者は振り向いてサングラスを取り、恐ろしい目で酔っ払いを睨みつけた。豹に憑依する勢いとはこれいかに。
「こらてめえ。何しよるんじゃい!」
豹は怒り心頭。
虎も怒り心頭。
「酒臭い? ぬかしよってこらあ!」
虎 vs 豹、仁義なきネコ科の闘いの火蓋が切って落とされる寸前、青年も三日月の猫顔で仲裁に入る。
まるでアトラクション会場に入ってくるダンサーよろしく、真っ直ぐな姿勢と腿上げのような走り方で、
青年:「はーい、ご両人、ケンカはそこまd・・・」
おじさん:「こんくそガキ。なにわろとるんじゃー!」
虎のおじさんにグーで思いっきり顔をパンチされる青年。
衝撃で、倒れ込む。
そのとき、手に持っていたヘルメットがガランゴロンと転がりながら飛んでいき、あとは滑るように女子高生の手元に収まった。
青年は、転びながらそのヘルメットの行方を目で追い、それを拾ってくれた彼女に対し、胸の前の手を交差するジェスチャーで、それ、持っててください。と伝えた。
女子高生は真剣な顔で頷き、ヘルメットをぎゅっと抱きしめた。
青年は安心した。
殴られた顔は痛むが、相手は酔っ払いだ。さほどではない。
そこで大きな声で、
「はい2人ともー! やめなさいーー! 恥ずかしいよーー! みんな見てるよーー!」
と、声を使って気を和らげる作戦に出た。
しかし2人とも、まったく聞こえていない様子。両者いまにも飛びかからんばかりにガルルルと睨み合っている。
なんだか背後にサバンナの土煙も見えてくるのは気のせいか。
青年はどうしようかと天を仰ぐと、アーケードの屋根に吊り下がっている垂れ幕(ポスター)が目に入った。
<8月7日 七夕 提灯山笠巡行 通行止め>
なるほど、ここでもうすぐ盛大にお祭りがあるのか。
日本の祭りは、勇壮なものから、美しさにうっとりしてしまうものから、滑稽で笑ってしまうものなど多種多様あるが、確か提灯山笠は美しく厳かで、弔いの気持ちを前面に出した上品なお祭りだったはずだ。
今日は、お祭りが始まるということの興奮で、酔っ払いのおじさんの怒りの着火点が早かったのかもしれない。
それに、おじさんの両肩が異常なコブの盛り上がりを見せていることから、提灯山笠の担ぎ手なのではないかとみた。
そして、もしかすると祭りに参加する若者を指導する立場にいるのかもしれない。
だから、言葉遣いとか、態度に敏感なのだ。
ということは、根は真面目で一生懸命な人。
だとすれば・・・。
いささか危険だが、あの技を繰り出すしかない!!
捨て身の必殺技
覚悟を決めた青年の目がキュピーンと光った。
大きく息を吸って、
「おぉーー!」(低い声)
「なぁーー!!」(高い声)
「らぁーー!!!」(中くらいの声)
と、体をくねらせて、波うたせる。なんとも気持ち悪い動きだ。
そして一瞬の間をとり、最後は一段と高い声で言い放った。
「っぷう〜〜〜〜〜〜っ!!!」
そして、
「あっはあ〜っ!!!」
恍惚の表情で笑う青年。
観客は呆気に取られて、人目を気にしながら苦笑するのが精一杯だ。
しかし、そんなアウェイな空気感とは反対に、それで喧嘩が止まるなら、それもよかよね〜的な雰囲気も芽生えたのが幸いした。
その強い味方は、女子高生たち。
彼女たちは普通にケラケラと笑ってくれたのだ。
ようし、いいぞ。この調子だ!
「みんなのチカラ、もう少しだけオラに分けてくれよな!」
と願いつつ、青年はもう一度、
「おぉーー!」(低い声)
「なぁーー!!」(高い声)
「らぁーー!!!」(中くらいの声)
「っぷう〜〜〜〜〜〜っ! くっさあ〜〜〜!」
自分でオナラをして、その匂いを嗅いで、くっさ〜と自分で突っ込んでいる八の字眉の三日月青年。
喧嘩が止まらなければ止まるまで、たとえ自慢の八の字が真っ直ぐ縦になろうとも、とことんやるつもりだ。
そう、この技に必要なもの。それはたったひとつ。
羞恥心を丸ごと捨てる勇気なのだ。
青年は再度息を大きく吸い込むと、
「おぉーー!」(低い声)
「なぁーー!!」(高い声)
若者:「もうええわっ!!!」
そう叫んだ豹柄の若者は完全に拍子抜けの顔だ。
むしろ笑いたいのを必死にこらえている様子。
しかし、虎のおじさんはまだ事態が飲み込めず、臨戦態勢を解いていない。
おじさん:「な、なにしとんじゃあ!?」
ただ、青年は気付いていた。
きっと2人とも、今こそ喧嘩を誰かに止めて欲しいのだ。
青年はこれを機に、一気呵成に畳み掛けた。
その口調はまるで、落語家か漫談家のようだ。
自ら手拍子をしながら2人に近寄っていくと、
青年:「はいはい引き分け〜〜〜! っていうことでね。
お父さん。いや、お疲れ様。
いやあもう、いいよね!
で、君もお疲れ様。はいご苦労さまでした。
えー、まず、あなたが悪い。
口が悪い。年上をもっと敬いなさい。
そしてあなた。
あなたはもっと悪い。
年上のくせに、よっぱらった力を借りて、偉そうに。
もっと年下を可愛がりましょう。
あとはお酒もかわいそうです。
お願いだから勿体無いことしてくれるなとワンカップ大関さんの実家のご両親から連絡が入っています。
はい。虎さんも、豹さんも、がんばった。
でも喧嘩はこれ両成敗。ね。
これはもう、どちらも悪かった。
はい。ではお互いに、気持ちよく謝る!
まずは、どっち?」
まわりの人たちは、その采配にドキドキしながらも、その有無を言わせぬ声の張りに、飲み込まれる。
すると、若者が、
「すいませんでした。」
と小さく言った。
青年:「いよっさすが。かっこいい! 先に謝るのは勇気がいりますからねえ。」
と褒め、
つぎに、酔っ払いが、上を向いて、
「すまん。」
とだけ言った。
すると青年は、「おじさんったら、やるじゃないのん〜」と笑顔でその酔っ払いの肩を抱いた。
喧嘩は終わり、3人はすでに笑顔を見せている。
落ち着いてきた若者には、「でも、なんでおならぷーなんじゃ!」とお腹を抱えて爆笑され、青年は、「なんでやろ。咄嗟に出てん!」とこれまたかわいい三日月の笑顔を見せ、酔っ払いは満面の笑顔で「ええ店あるけぇ、一緒に飲み行こうや」と青年を誘っていて、とても仲良しになっている雰囲気。
そこで青年は思う。
僕はただ、瓦そばが食べたいだけなんだけどな。
青年:「ところで、近くで美味しい瓦そばのお店ってないですか?」
2人は、当然のような顔をして、
若者:「それならうちに来るか? うまい瓦そば食わせるで。」
おじさん:「いや、うちの方がここら辺では一番うまい。くるか?」
青年:「ええ? お店じゃなくて、家で食べられるんですか?」
2人は、
「そねーなもん、当たり前じゃろう。ここら辺の家はみんな作っちょるけぇ!」
と、なんだかまたサバンナの香りがしてきた。
さすが明治の維新を起こした国の人々は、ワイルドライフを地で行く種族なのだ。
うーん、これはどうしたもんか・・・。
青年の悩ましい顔を見ていたのは、ヘルメットを抱きしめてくれていた女子高生。
ささっと3人に近寄ると、
女子高生:「うち、お2人の家の味にゃあ負けるかもしれんけど、まあまあうまいお店、知っちょるよ。」
と助け舟を出してくれた。
青年:「え〜! 嬉しい! そのお店、教えてください!! いや、それにしてもすごいです。ご自宅で瓦そばを作ることができる文化があるのって素晴らしいですね。やったあ〜!」
などと言いながら2人組に「バイクを取りに行くので失礼します」と告げる。
女子高生と一緒に、商店街の出口に向かおうとする青年に、おじさんが声をかけた。
おじさん:「あんた、ここにいつまでいるんじゃろうか? よかったら、ちょうちん見て行かんか? ぶち美しい祭りよ。」
若者:「そうそう。こりゃあほんとに素晴らしい景観でね、おおかた日本一綺麗やと思う。」
おじさん:「あんたもそう思うか。どこの人? 担いでみる? 何人かまとまってくれたら口聞くけぇ、どうねー?」
若者:「え? ええんすか? かつげるんじゃったら人集めるよ!」
2人は、祭りの話で盛り上がりそうだ。
青年:「残念ですが、僕は今夜中に広島は抜けておきたいんです。」
おじさん:「そうか〜、気をつけていっておかえりよう。」
若者:「今日は、すみませんでした。」
おじさん:「ぶん殴ってしもうて、悪かったのう。」
こうして2人とは気持ちよくお別れし、青年と女子高生はバイクを取りに向かった。
青年:「ごめんよ〜、ありがとう。色々助かりました。」
と言って、ヘルメットを返してと手を差し出したが、女子高生は、それを返してしまったらこの人と一生会えなくなると思い、返さなかった。
「うちのコロッケ食べてくれたら、返す。」
と言いながら、女子高生は、自分の気持ちにパニックになっている。
青年も、「瓦そばじゃなかったの?」とキョトンとした顔。
女子高生は思う。
瓦そばのお店を紹介すると言いながら、家業である精肉店のコロッケを食べろと言っている自分。
なぜ? なんで自分はこんなことを喋ってる? と女子高生は恥ずかしくなりながらも、青年の反応を待った。
すると青年は意外にも笑顔で、
青年:「メンチカツはある?」
と返って来た。
「あります。ようけあります。食べる?」
と聞いてみたら、青年は素直に
「やったあー!」
と喜ぶ。なんなんだこのヒトは。
2人は女子高生の家の精肉店へ向かった。
クサイですか?
青年が想像した以上に、かなり長い道のりだった。
暑い中、女子高生はずっとヘルメットを持って歩いてくれている。というか、返してくれない。
精肉店に到着して、青年はコロッケとメンチカツを2個ずつ注文する。
女子高生の案内で、店の裏手にある大きな公園の木陰のベンチに座り、一緒に食べた。
瓦そばはまた後でも食べられるから、今はこれでいいや。
青年は、ようやくありつけたご飯が嬉しくて、ホクホクと美味しそうに食べる。すると女子高生はやっとそこで自己紹介を始めた。
名前は菜穂(仮名)。
学校ではみんなに遠ざけられている。
嫌われてはいないけど、あまり近くには来てくれない。
一度明らかに言われた「臭い」という言葉がずっと引っかかっていて、今もそれを考えるだけで辛い。
菜穂:「うちって、臭いですか?」
その質問に対して青年はズバリと言った。
「そうね〜〜〜、たしかに、クサいかも。」
それも満面の笑みで。菜穂は驚いた。
しかし、その後に出てきた青年の言葉たちが、すべて的を得ていたことには、もっと驚いた。
「僕は、ヘルメットをすぐに返してもらえなかったとき、『あらら?めんどクサい人かしら?』と思ったの。
そして、バイクを押してここにくるまでに、いろいろ悩みを打ち明けてくれたけど、本題にはまったく入らず、結局まわりの人たちが自分のことをわかってくれないという愚痴だったでしょ?
だから、話す言葉が恨みがましくて、しんきクサい。
さらに言うと、そんな小さい悩みなんてアホくさいです。
でも大丈夫。菜穂さんは、臭くないよ。」
青年から、クサイに絡めた駄洒落の連発で、しかもわりとドギツイ言葉が出てくることに驚きながら、菜穂は続けて話を聞いた。
「牛さんや馬さんや豚さんの大切な命をいただいて、精肉店は成り立ってるよね。
その大切な売り上げで家族が生活できていて、君も必死にお手伝いして、それで匂いがついてしまう。これはもう仕方がないことよ。
というか、働くってことは、泥臭いことなんだもん。
肉を扱ってるんだから、血生臭くなるのは当たり前。
それを誇りと思えないような小ちゃい心しか持てないなら、これから大学へ行って、就職をしても、すぐに傷ついて、生きるのがしんどくなっちゃうよ。
自分が今、なぜ生きているのか、というか生かされているかを考えたことがあるかい?
具体的に、『誰によって生かされているか』を考えたことがあるかい?
そして菜穂さんは、『どう生きたい?』
他の人の言葉に左右されて、他の人が気に入るように気を使って、他の人のいいなりで生きたいの?
菜穂さん自身は、どんな人間でありたいんだろう?」
菜穂はポカーンと口を開けながら、思った。
「そうか、目から鱗が落ちるって、この瞬間のことなのね」
と。
自分が悩んでいたことの小ささを知り、なんだか笑えてきてしまう菜穂。
大事なのは、いま誰によって生かされ、これからどう生きていきたいのか。
なるほど過ぎて、こんなにカラッとした気持ちは生まれてはじめてだ。
菜穂はベンチからぴょんと立ち上がると、スカートに落ちたコロッケのくずを手でパパっと払い、宣言するかのように、青年に言った。
「わかった! うちゃあ、うちの生き方をする!
そのために、この店をうちが守る。
みんなで守っていく。
本当はいやでいやで仕方なかったけど、うち、お肉屋さんに生まれてきて良かったんじゃの。
だって、うちのコロッケを毎日買いに来てくれるお客様のおかげで、ご飯が食べられちょるんじゃけ。
ほいで、お兄さんもうまいうまいって食べてくれちょる。
休みのう働いてくれた親にもありがとうがいっぱいだし、お肉となってくれちょる動物たちにもありがとうなんじゃの。
うちは、自分がこれから、うちらしく、どうありたいか。
それをしっかり考えて生きていく!」
三日月の目で大きく大きく頷く青年。口の周りにはメンチカツのパン粉が付きまくっているが。
帰り際、菜穂さんのご両親からお土産にとコロッケを10個もいただいた。
御一家に深々とお礼のご挨拶をし、山口を後にする。
広島に入って、ふと気付く青年。
あ、瓦そば、食べてない。
お好み焼き「もんちゃん」
すでに日が暮れていたが、今日中にどうしても広島には着いておきたかった。
幸いマフラーの騒音もないので、山口から広島まで下道を一気にひた走る。
最初は信号で停車するたびに、あっつあつコロッケのいい香りが鼻腔をくすぐっていたが、4時間も経つといい香りも消えてしまい、お尻も痛くなり、広島に着いた頃には、とにかくどこかで休みたい症候群になっていた。
しかも、お腹もいいねいいね、と激しく食欲をノックする。
虎のおじさんに殴られた顔の左側もまだ少し痛む。
なかなか厳しい状況だが、瓦そばを逃した青年は、「広島焼き」だけは必ず食べようと心に決めている。
ちなみに、皆さんはこのことをご存じだろうか。
広島では、「広島焼き」とは呼ばない。
「お好み焼き」と呼ぶのだ。
それを知らない青年は、お好み焼きの看板が出ているお店に入って尋ねる。
青年:「ここに広島焼きはありますか?」
店主:「そがいなもん。ない」
と、とりつくしまもない。
青年はその理由を、3軒目でやっと入れた「お好み焼 もんちゃん」店主に教えていただいた。
女将さんが青年の青タンを心配してくれる、歓待が温かい店内。
店主:「はっはっは。広島焼きはのう、ここ以外の国で紹介するとき、広島で焼いとるお好み焼きじゃけぇ、広島をつけて広めとるんじゃ。
『広島で焼いとるように作るお好み焼き』って名前より、『広島焼き』の方が理解がはようて、わかりやすいじゃろう?」
青年は納得した。
店主:「じゃ、メニューはこれね。決まったら言うて。」
青年:「じゃぁ、ミックスで!」
店主:「メニュー見んのかい!」
その店は、常連客でごった返し、ビール、おかわり、焼酎おかわりで、ご夫婦でやってるお好み焼きのお店は、大忙しの大繁盛だった。
聞き耳を立てると、その会話のほとんどが、野球の話だ。
青年:「この店、めっちゃ流行ってますね! しかもみんなうれしそう。」
店主:「ふふ。秘密があるけんね〜。」
青年:「お。その秘密、当ててもいいですか?」
店主:「まぁ、絶対に当たらんけぇ、言ってみ。」
青年:「ひとつ目、女将さんの店、優しい声に秘密があります。」
女将:「ええ? うちの声に秘密があるの?」
青年:「はい。僕がこのお店に入ってきた瞬間、女将さんはこう言いました『いらっしゃいませー、ここどうぞー、はいおしぼり、ビール?』」
女将:「うんうん。いつも言いよるなぁ。ずっとこれじゃけの。」
青年:「そこなんです。いつも同じってところが良いのです。
同じトーン、同じ喋り方で、同じ言葉って、まるでお帰りなさいと言われているような気持ちになるんです。
当たり前のような言葉で、当たり前のような声で、笑顔いっぱいで声をかけてくれるだけで、お客様は、安心して、嬉しくて、あー帰ってきたなーって思うんです。」
後ろのおじさん:「そん通りじゃけん。よっちゃんのその声に、ワシらは惚れちょるけん。もう首ったけや! なあ! ハハハ。」
大将:「なんや嬉しいなぁ。秘密でも何でもないけど、これは嬉しいわ。おおきにありがと。」
女将:「これ、うちからのサービスな。ウーロン茶特大。」
後ろのおじさん:「うわー、ずるいわ! 歯の浮くようなセリフやったら、ワシかっていくらでも言えるで!」
青年:「2つ目。」
大将:「まだあるんかい。」
青年:「はい。そこに置いてある、マヨネーズです。」
大将:「おお! まだ食べてなのに、なんでわかるんや。」
青年:「正解ですか?」
大将:「正解ちゃうけど、工夫はしとる。」
青年:「だって、あそこの冷蔵庫に、マヨネーズばっかりずらりと並んでるんですもん。これ見よがしに。絶対これ、めちゃくちゃ大事な調味料のひとつだーってわかりますよ。」
大将:「やられたなあ。そしたら、3つ目はあるんかい?」
青年:「あれですね。」
そう言って、青年は、入り口から入ってすぐの右上にある、家の形をした神棚を指差す。
そこには、その神棚よりも大きな鬼瓦が置いてあった。
女将:「あらら。ばれちゃったね。」
大将:「な、なんでわかったん?」
青年:「だって、このお店の中にいる人たちは、みんな、本当に幸せそうに食べてます。何の邪念もなく、お好み焼きがおいしい、お酒がおいしい、喋るのが楽しい、ここにいるのは嬉しい。
そうやって幸せいっぱいな顔をしています。
そうなるには、大将と奥さんの店お客様を大切にする積み重ねがあったことと思うんですが、それよりも何よりも、この瓦の神様に、きっと助けてもらっていると思っている。僕はそう感じるんです。」
大将:「ほう。そんで?」
青年:「来てくれるお客様の嫌なことや、辛いことや、魔に流されないよう、邪(よこしま)な気持ちにならないよう、この鬼瓦がそういうものをきれいに取りとってくれるようにと、祈願してるんじゃないでしょうか。
ただ、おいしいお好み焼きを食べさせたいだけではなくて、来てくれるお客様みんなが、幸せになってもらいたい。
そう思って、いつもお祈りしてるんじゃないですか?」
大将と女将は目を丸くして顔を見合わせている。
女将:「ちょっとあんた・・・。鬼さん?」
青年:「鬼? いえいえ、お兄さんです。」
こうしてミックス焼きをもぐもぐ食べながら、青年は地元の人たちと語り合い、大将と女将と幸せな時間を過ごし、とうとうオーダーストップの時間がやってきた。
あと30分でお店の片付けに入るという。
そうだ! 青年は思い出した。
菜穂さんのご両親にいただいたコロッケが10個ある。いまここにいるのは、9人。僕を合わせて10人。
大将も女将も一緒に食べられる。
青年:「大将。僕、さっきまで山口にいたんですけど、お肉屋さんのおいしいコロッケをもらったんです。よかったら皆さんで一緒に食べませんか?」
大将:「うおお。山口県のコロッケね。食うてみたいのお。みんなの分も? ええんか? 嬉しいなあ。そしたら鉄板で軽う温めるか。」
そう言って大将は、コロッケを鉄板に並べ、奥さんは皿を用意し、その皿に、お好み焼きで使うキャベツを敷く。
ほのかに暖まったコロッケをそこに乗せ、秘密のマヨネーズとお好み焼きソースを添える。
オーダーストップだと言っているのにもかかわらず、手間をかけて、みんなが喜ぶ姿を思い描き、わざわざ皿にコロッケをのせて、出してくれる。
この心遣いがあるからこその人気店であることがよくわかる。
みんなコロッケの美味しさに喜んでくれて、青年は心もお腹も満タンで出発することができた。
鬼瓦は、やはり魔除けだった。青年に降り掛かる魔があったとしても、これできっと避けて通るだろう。
青年は続いて、今日泊まるところを探さねばならない。
が、寝るところを探す手間が惜しくなっていた。
こういう時は、無理に探さないに限る。
朝方まで、夜の空気の中を走るのも面白い。眠りたくないのだ。
理由はわかっている。
出そうで出ない何か、があるからだ。それが出てくるのを楽しみにしながら走り続けることにした。
青年はこの旅で、さまざまな情報を手に入れている。
普段は人形劇のサークルに在籍しているので、いつもネタを探していると言っても過言ではないほど、現地で調達した経験がストーリー作りには不可欠になる。
次は岡山だ。
そこで何かがある。誰かに会える。しかし、行かなければわからない。
その場で判断して、即動いていくしかないのだ。
広島の夜の香りを胸いっぱいに吸い込んで、青年はまだ見ぬ世界へと突入していった。
おわりに
八幡様:「夜通し走ったのは、アニキの長い旅生活でこれが初めてだったかもしれませんね。」
僕:「初めてでした。興奮状態でしたね。この日は何かとっても大事なことが見つかる気がして、全然眠くなかったんです。」
八幡様:「そういう予感がある時は、少し無理があっても全体像が見えるまで頑張るのも、たまには良いのかもしれません。やりすぎはよくないですがね。」
僕:「やりすぎはよくないことわかっております。先日、中休みをいただいたことで、心が元に戻りました。毎日1万字を目標にすることって、なかなか大変だってことがよくわかりました。」
八幡様:「そうです。とても大変なことなのです。しかし、それをやり遂げることによっても、何かが生まれます。」
僕:「これも生まれるんですね?」
八幡様:「そうです。試練を乗り越えた後には、必ず人生の選択に有用な力をいただけるようになっているのが人間の稀有な仕組みです。
アニキがやりたいと思うことにつながる、良い力が舞い込んでくるはずです。」
僕:「そうですか。それは楽しみです。」
八幡様:「おや。あまり嬉しそうではないですね。」
僕:「あ、いえ。嬉しいです。でも、人生の選択に有用な力って、もうみなさんも持ってらっしゃると思うんです。」
八幡様:「というと?」
僕:「試練を乗り越える時、それって結局自分で決めているじゃないですか。
つまり、動く選択をするのも、動かない選択をするのも、自分がしたいかしたくないか、ですよね?
ということは、もうみんな、持ってます。そうやって、生きてきていますから。」
八幡様:「良い着眼点です。私のいう有用な力とは、もうひとつあります。」
僕:「もうひとつ?」
八幡様:「それは、アニキではない他人の力です。」
僕:「他人の力?」
八幡様:「試練を乗り越える時、アニキはひとりで乗り越えてるのではありません。
旅をしていてもわかると思います。
必ず、助けてくれる人がいるのです。
助けてもらわないと、試練はそもそも超えられません。
だから、試練があればこそ、心の底から感謝できるようになっていき、いつの間にか自分以外の人たちに尊敬や愛の眼差しで生きることができるようになっていきます。」
僕:「なるほど、それは実感としてわかります。僕は、特にそうです。皆様の支えがなかったら、この原作執筆も続けることはできなかったです。
コメントやサポートなど、たくさんの労いや、感想や、愛の言葉をいただき、ここまでこれました。」
八幡様:「それがわかっていればよろしい。
ロードムービーはあと2話です。
実質、次の13話がメインのお話になり、14話はエンディング、つまり、まとめという構成になります。
さあ、準備はいいですか?」
僕:「大丈夫です。引き続き、全力で参りましょう。」
みなさまも準備はよろしいですか?
ではまた明日、お愛しましょう♡
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KAMI ing out マガジン
「僕のアニキは神様とお話ができます」「サイン」の著者、アニキ(くまちゃん)が執筆。天性のおりられ体質を活用し、神様からのメッセージを届けま…
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