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ロードムービー原作 「また会えたときに 2」 第1章 (瀬戸内フェリー編)

僕の体験を元にした、ロードムービーの原作を書く?

しかも2 週間、毎日投稿?

そんなとてつもない企画に乗ってしまった翌日。僕はおそるおそる、ロードムービーの意味を辞書で引いてみました。

ロードムービー
〘名〙 (road movie) 主人公が車や列車などに乗って旅に出、自己発見をするという筋立ての映画。

コトバンク

はい。やっぱり、無理な気がしてきました。

だって、この企画自体、ごめんなさい。冷静に考えると、バカげています。

僕自身がバカなのに、企画もバカげている。これっていわば、冷蔵庫の中に冷蔵庫を入れるってことでしょう?

あるいは吉野家の特盛に特盛をのっけて食べるとか? もう、自分でも何を言ってるか分かりません。

たしかに僕は若い頃に一人旅をして、たくさんの方に出会い、人生が変わるほどの学びを得ました。おかげさまで自己発見の連続だったと思います。

でも、それを映画にすることを目指すなんていうと、まったくそれこそ、人生の筋立てが違います。

僕はただ、あの旅を人生の教科書として、心にしまっておくだけで十分なのです。

でも、気がつけばこのブログで、八幡様と共同で映画の原作を作るなどという、およそ現実的ではないことを約束してしまいました。

八幡様と違って、僕は器用ではないし、なんたって賢さのカケラもありません。

あと、筆が遅いのです。

八幡様のしゃがれた早口言葉を文章に起こすことは、実は結構時間がかかる作業です。

時折、古典のような意味不明の言葉も出てきたりして、それを現代語に訳すことにも時間がとられます。

さらにその文章に、僕が覚えているリアルな描写も入れ込むように指示されるのですから、執筆現場では神々目線と僕目線、複数のカメラが同時接続で走っている感じになります。

こんな状況で長い物語を編んでいくなんて、さすがに無理ですと言いたい。だけど、みなさんを裏切る自分ではいたくない。。

そんなことを思いながら、約10 日間。僕は猛烈に悩み続けました。

こうして悩みと苦しみのアリ地獄に入ると、気持ちはますますイッパイイッパイになっていき、時間はマジシャンが持つコインのごとく消えていき、通常仕事の締め切りもコンボイトラックのような威圧感でけたたましく迫ってきて僕を容赦なく薙ぎ倒します。

そうして完全に悩み疲れ、チカラ尽きたある日、ヒーローが現れました。

僕の友人です。

カラ元気な僕に気付いたのでしょうか。ある会合で顔を合わせたとき、彼はこんなことを言ってくれました。

「くまさん。大変そうですね。そういう時は、何も構えず、ただキラキラした気持ちで、ことに望めばいいんじゃないですか?」

それを聞いて僕の口は、道頓堀のくいだおれ人形のようにパカッと開き、目はパチパチとしばたきました。

キラキラした気持ち? なにそれ?

キラキラっていうと、たとえば、

「よおし! 映画の原作を作るぞー!」

って、元気いっぱいスマイルしちゃう感じ?

もう不安とか、ポイしちゃう感じ?

で、なんなら無我夢中になっちゃって?

夢に向かってズンズンと大股で歩き出したら?

やだ。それはちょっと・・・

面白いじゃないの!

なんか、ワクワクしちゃうじゃないの!!

と、こんな感じで、長く悩んだだけ、吹っ切れるスピードも早かったのかもしれません。

僕の覚悟さえしっかりあれば、八幡様の見識と、皆様からの応援と、僕の経験全てが融合して出来上がっていく物語が面白くならないはずがない! という考えに至ったのです。

しかし、僕は本当にバカです。バカの北陸代表です。あ、こうじさんがいるか。

情けないことに僕は、できない理由を勝手に作り上げて迷って落ち込んでかっこつけて見栄を張って恥ずかしがって笑われたらどうしようって怯えてちっちゃくなって、もったいない時間を過ごしてしまいました。

でもそのおかげで、覚悟とやる気が特盛になった気がします。

と、冒頭からトンデモ長くなりましたが、心機一転! 八幡様と手を携えて、今日からスタートいたします。

僕が心の中で「おりられらー」と呼ぶ、愛する読者の皆様には、また長らくお付き合いいただきます。毎日の投稿をぜひ、お楽しみになさっていてください。

タイトルの意味

タイトルは「また会えたときに 2」とさせていただきます。

はい。僕(と八幡様)が初めて書く原作ですが、「2」 です。

実は数年前、僕とたまたま知り合った、ノブさんとさちこさんという素敵なご夫婦がいらっしゃいまして。

お2人はなぜか僕のことをすごく気に入ってくださって、僕がまったく知らない間に、ご夫婦は独自で僕の旅の足跡を調べ、そこで起きた不思議な出来事を文章にまとめていってくださったのです。

その文集は「また会えたときに」と名付けられました。

ノブさんご夫妻はもう天国にいかれたのですが、これも一種のロードムービーだと思いまして、今回僕と八幡様が書く作品に、オマージュとして「2」をつけたいと思うのです。

ちなみにこれはすでにラジオドラマの形式になっておりまして、女優の藤田朋子さんを主演に発表されております(僕も依頼されまして、恥ずかしながら出演しています)。

この記事の最後にリンクを貼っておきますので、少し長い動画にはなりますが、ぜひ、ご覧いただけたらと思います。

では、映画原作の完成を目指して、ドキドキしながら出発進行! です。


「また会えたときに 2」 第1章

作:八幡様&くまちゃん

プロローグ 〜2つの光〜

私がこの男を見つけたのは、彼がまだ2歳になったばかりの頃だった。

風邪ばかりひき、しょっちゅう咳をして、今にも死んでしまうのではないかと思うくらいひ弱な男だった。

しかし、その男の放つ光は、天を明るく照らしていた。

比べると太陽の光よりも眩しいため、我々は恐れた。

もしかすると、この男はやがてその力を悪しき方向に導き、世の不穏を作り出すきっかけになるのではないか。

やがてその男は徒党を組み、世の悲しみを引き起こす種になるのではないか。

さらに、やがてその男は時代の流れを読み、この世の富を貪り尽くし、さらなる貧困を増殖させるのではないか。

と、私が存在する界隈では、脅威として認識する者も多かった。

その根拠は、このような圧倒的な光を放ってきたものは全てみな、結局良い死に様ではなかったからだ。周囲のざわつきは収まらなかった。

私は役目柄、その姿を観察し、監督し、強い光を柔らかい光に変え、悪しき心根を優しき情愛に運び、もしどうしても未来に災いありとの結論が出た場合によっては、なんらかの形で粛清することも思案の中に入れてあった。

私はその男の光に近づくにつれ、もう一つの光があることに気づく。

光源は一つではなかったのだ。

その小さな男のそばに降り立ち、その眩しさに慣れ、凝視してようやく見えてきたものは、小さな男の後ろに座り、泣いているような格好をした、僧形の男だった。

僧形(そうぎょう):袈裟(けさ)・衣を身につけ頭髪をそった、僧の姿。坊さんの身なり。

国語辞典

この男の光と、小さな男の光が融合して、花火のように弾けて輝いているのだ。

僧形の男:「あなたに任せて安心か?」

降り立った早々にそう問われ、私は答えに窮した。

私:「何を求めてここにいるのか?」

僧形の男は、小さな男を愛おしそうに眺めながら言った。

僧形の男:「ここにある魂は、程なく消えてしまうだろう。しかし、そうはしたくないのだ。私はこれまで、何度も試してきて、何度もうまくいかず、私からの相続を人は全く受け取ることができないでいる。魂が嫌がるのだ。」

私:「この子に何を相続させようとしている?」

僧形の男:「業である。この小さき男の光には、永遠に浮揚できる力はある。しかし、その力だけでは地球を突き破って自らを爆縮させてしまうであろう。必ず死に向かう。

だから、誰かが引力となり、推進力となり、命の続く限りの安定飛行をさせたいのだ。ただ・・・。」

私:「ただ?」

僧形の男:「この小さき男には、たとえ魂を与えたとて、蓄力が少ないため、耐えきれずにまた死に向かう。」

私:「いずれにしても、この子は死ぬ定めということか。」

僧形の男:「定めというものなどはない。全ては自分の意志で好転させていくものだが、この子の器の小ささに一抹の憂いがある。」

私:「案ずるな。器を広げることであなたの心配が減るのであれば、私にお任せあれ。」

僧形の男:「私は生まれつき憂いの気質のため、ここで申し上げておくと、この小さき男はいずれ愛する人と辛い別れを経験をし、集団でいたぶられる経験をし、欲しいものがまったく手に入らない経験をし、体の病気と心の苦しみで悶絶する痛みを常人の倍は経験をすることになる。」

私:「それを定めというのでは?」

僧形の男:「あらかじめ定まっているのではなく、私の業を渡すからそうなってしまう。そしてこれは人が経験する苦しみの全て。しかし、生き抜いてほしいのだ。器を、頼めるか?」

私:「畏まった。」

僧形の男:「では頼む。決して殺すなかれ。」

その言葉を最後に、弾けるような光は霧散した。

残った光はますます輝いて、静かに私の方を見ている。

育児で疲れて眠っている母親の横で、天井(私のいる方)に向かって両手を伸ばし、笑っている小さな男の顔。

その時代、ちょうど日本では、テレビで仮面ライダーが誕生している。バッタの妖精が、バイクに乗って世界を救う話だ。

荒唐無稽な物語の奥底に、自然界で生きる小さなバッタが、空き地の草むらを守るため、この世界を壊そうと緑を無くしていく悪の人間たちを懲らしめるストーリーが編み込まれていて、秀逸。

子どもたちは、仮面ライダーに憧れながら、この地球を守らなければ、明るい未来は来ないことを学んでいた。

私はこの小さな男の成長を見守り、時に叱り、時に褒めながら器を広げていくことになるのか。

面白い約束をした。

果たして、どんな男に成長するのか。

旅のはじまり

藍色の水面に注がれる、梅雨の合間の爽やかな陽光。

瀬戸内海は、極小の水晶がばら撒かれたかのごとく明滅している。

高松港を目指して波をきるのは、岡山と香川間を就航する白いフェリーだ。

その車両駐車フロアの最後列に、独特なフォルムをした黄色いバイクが停められている。

「HONDA ダックス」という50ccの原付バイクだ。

スクーター型ではなく、どちらかといえばバイクに近い形状だが、その躯体の小ささを見れば分かるとおり、明らかに長距離のツーリングやレース目的に作られたものではない。

ただ、なんともいえない愛嬌あるデザインが目を引く。

タイヤ周りに散逸している土の跳ね汚れと、ボディに刻み込まれたたくさんの古傷が、相当な距離を駆け抜けてきたことを物語っている。

油膜の汚れが染み付いた丸いサイドミラーには、オレンジ色のヘルメットがぶら下がり、船の揺れにゆったりと身を任せている。

このバイクの持ち主は、車両スペースから2 階上の甲板で、たまたま知り合った3 人の兄妹と「だるまさんがころんだ」のようなことをして無邪気に遊んでいる紅顔の青年だ。

青年は20 歳になったばかり。見るからに骨太で、体格はがっしりしているが、ずっとニコニコ、まるで三日月のようなやさしい眼差しをたたえている。

だいぶ色が落ちた赤いTシャツとジーンズは、一緒に遊んでいる小学生たちの服装と変わらない。

子どもたちのはしゃぐ声と、船の側面を洗う波の音、そしてエンジンの響きと、海を渡る風の音が、そこにいる者の旅のボルテージを上げていく。

しばらくすると青年は一息つかせてね、と子どもたちに言い、ひとり甲板の隅にある長椅子に座った。甲板の床の色は濃いグリーンで、長椅子は虹色。このカラフルさに心がまた華やぐ。

ふと遠くを見やると、陸地のほうで雨雲が広がりはじめていた。さっきまで緩やかだった風も、少し強くなってきた。

海の天候は変わりやすい。

晴れていた空が、梅雨独特の重い雲のゲートに閉ざされていく。まだ正午を過ぎたばかりだとは思えない暗さだ。波も次第に陰影を増し、揺れも若干強くなってきたようだ。

青年と遊んでいた3 兄妹のご両親が船室から出てきて子どもたちを呼ぶ。しかし子どもたちは首を横に振り、甲板を動かない。海の旅が嬉しいのだ。

青年は座ったまま、年季の入った緑色のジャンパーを羽織った。子どもたちだけを残して中に入ることはしないようだ。彼らをニコニコと見守りながら、危険のないことを確認している。

その時、甲板に出てきた親子がいた。小学生と思わしき男子と、そのお母さんだ。

母親は、思ったより寒いのね、という表情をしながら、海側にある手すりに近寄る。少年は楽しそうに、お母さんのあとを軽い足取りで追っていく。

少年は利発そうな顔をしている。4 年生くらいか。半ズボンから細い足が出ている。白い靴下に、シューズは買ったばかりなのだろう。こちらもピカピカの真っ白で、流行りの厚底だ。

少年は手すりに近づくと、少し揺れが生じていることもあり、こわごわと真下を覗いた。船の先端から生まれていく荒まく波を見て、その迫力に少したじろいでいるようだ。

しかし母親に気弱な姿を見せたくないのだろう、手すりの下の海を大胆に覗きつつ、母に向かい、指をさして何かをしゃべっているが、その声は青年の耳までは届かない。

少年は近くで遊んでいる3 兄妹が気になる様子で、手すりを握ったまま上半身を後ろに伸ばし、時折チラチラと振り返って見ている。一緒に遊びたいのかもしれない。

青年が座る虹色の長椅子は、甲板全体を見渡せる位置にあり、少年がどういう行動に出るのかを観察できている。少年は学校で鉄棒を学んでいるのだろう。手すりを鉄棒に見立ててジャンプしようとしている。

しかしまだ飛ばない。母親に自分の勇姿を見てほしいようだ。

3 人の兄妹たちが可愛い喚声を上げたので、青年はそちらに目を向け、微笑む。そのとき、少年の大きな声が聞こえた。

「お母さん! 見て!」

反射的に親子のほうを見ると、子どもとは反対の方を見ていた母親が、その声に振り返った瞬間、少年は勢い良く、手すりを鉄棒に見立ててジャンプした。

もちろん手すりはしっかり掴んでいたし、そのジャンプは腰骨で止まるはずだった。しかし少年は、新しいシューズの反発力を見誤まり、想像していた以上に身体を跳ね上げてしまう。

消えた少年

まさかの事態が起こった。

少年は手すりの上でバランスを崩し、上半身が大きく前につんのめった。そしてあろうことか、そのままふわっと海に落ちてしまったのだ。

「あ!」

青年は声にならない叫び声をあげ、雷撃を受けたかのごとく立ち上がった。そして近くにいた兄妹にすぐ船室に入るように指示し、母親のもとに駆けつけた。

母親は我が身も海へ投げ出さんばかりに、子どもの名をあらん限りの力で叫んでいる。

「リョーターーーーー!!  リョーターーーーーッ!!!」

青年は急いで母親を手すりから引き離し、両肩を強めに掴んで目を合わせた。

「お母さん、リョータくんは僕が助けにいきます。」

青年はそう言うと、ジャンパーを脱いだ。続けて母親に言う。

「お母さんは落ち着いて、船長さんに船を止めるように言ってもらえますか?」

母親は頷くが、膝の力が抜けて床に崩れ落ちた。それでも聞く者の心がえぐれるような金切り声で叫ぶ。

「止めて! 止めて! 止めて! 止めて! 誰か! 船を止めてーーーっ!!!」

騒ぎに気が付き、慌てて近付いてきた船員に青年は、

「子どもが海に落ちました。フェリーが転回するには何分かかりますか?」

「救助ボートは何分で出せますか?」

「浮き輪はどこにありますか?」

と落ち着いて、だが矢継ぎ早に尋ねた。

船員:「転回には5 分。救助ボートはゴム式なんで、膨らませるのに10 分必要で、浮き輪はあれです。」

青年は駆け出し、船員が指差したオレンジ色の浮き輪を壁から取った。そして浮き輪に結んであるロープを引っ張って強度を確かめ、ロープの端を腰に巻く。

同時に、リョータが落ちた方角に目を凝らすが、姿は全く見えない。

船員が「我々がなんとかしますから!」と止めるが、青年は大丈夫です、と言いながら靴を脱いだ。そして、

「10 分耐えます。迎えにきてください。」

と言い残すが早いか、5 メートルほどの高さから、浮き輪とともに真っ暗な海へと飛び込んだ。

その勢いで一旦海に深く沈む。鼻に水が入り、頭にツーンと染みる。水はかなり冷たい。この水温でリョータくんは大丈夫か。心配がさらに増す。

海面に浮き上がった青年は、一回だけ大きく息を吸い、これで僕は死ぬかもしれないなあと思いながら全力で泳いだ。なるべく潮の流れに乗って泳ぐことで、流された子に近づくことを試みる。

リョータが海に落ちてから、すでに2 分以上が経過している。

姿はまだ見えず、浮かんでもいない。波は少しずつ荒くなってくる。

3 分経過。青年はとにかく泳ぎ、潜って探す。

こんな広い海原で、子どもを探すのは至難の業だ。奇跡でも起きない限り。。。

そう思ったとき、雲の切れ目から一瞬、太陽が顔を出した。まるでレーザーのような一筋の光が、強く波間を照らす。

そこにうっすら見えたのは、リョータが履いていた白いシューズの 2 つの光だ。

あそこに、居る!!!

高校時代、50 メートルの潜水記録を持つ青年は、そこからイルカのように潜水。少年の足首を掴むまでに30 秒も掛からなかった。

2 人はプカッと海に顔を出した。

青年はリョータの後ろから、首に手を回し支えている。救難の心得が多少あるようだ。

フェリーは100 メートル近く離れてしまっているが、2 人が浮き上がってきたのを見た乗客の歓声は凄まじかった。

フェリーに向かって手を振る青年。ボートを! と叫んでいるようだ。

リョータの意識は無い。

青年は浮き輪にリョータを乗せ、蘇生をはじめた。体を横に倒し、水を吐き出させる。鼻を摘まんで人工呼吸も行おうとするが、波に揺られて思うようにはいかない。

フェリーでは母親が子の名を絶叫している。そばに行って抱きしめたいだろうに、海に飛び込むこともできず、もしかしたら死んでしまう我が子に、平常心でいられるはずもない。

青年も少年の名を叫び、頬をピタピタと叩く。すると突然リョータは目をパッと見開き、勢いよく水を吐いた。眉をひそめ、辛そうな咳を繰り返しながら、朦朧とした表情で青年を見上げる。

青年は「リョータくん、がんばったね。もう大丈夫だよ。」と三日月の目で言う。そして船に向かい、右手のグーサインを大きく掲げ、くるくると回した。蘇生したというサインだ。

乗客と船員は大喝采だ。

リョータが海に落ちてから、蘇生するまでの時間は5 分ほどだった。 母親は叫び疲れて酸欠状態の様相だ。子が生きていると分かると、また甲板にどっと倒れ伏してしまった。

その時点で救難ボートはすでに海上に降ろされているはずだったが、思わぬトラブルが起こっていた。ボートの金具が錆びついていて、うまく動かなかったのだ。

さらに、フェリーの転回も思ったより時間がかかってしまい、蘇生から10 分経ってもまだ2 人のそばに到達できていない。

青年が耐えると告げた10 分はとうに過ぎ、さらには小雨も降ってきた。

乗客たちは船員に向けて、なにをしてるんだ、急げ急げと、怒号を繰り返す。

漂流

波を打つ雨足が次第に強まる中、洋上の青年はまさかの笑顔だ。

それを見ている乗客や船員たちは、意外と海の中は暖かいのかもしれない。と勘違いするくらい、リラックスしている表情だった。

本当は、青年は凍え死にそうに寒かった。指先の感覚はとっくに失い、臀部から右足が攣っている。しかし、僕が溺れたり、パニックになったら、それこそおしまいだ。青年はそう自分を戒める。

リョータは意識を取り戻したあとも、何回か気を失いそうになった。この極限状況の中、当然だろう。

青年はその細い身体をさすり続けたり、右手で強く抱きしめたり、アンパンマンの歌を歌ったりと、どうにかして正気付けることに没頭した。

青年が海に飛び込んでから20 分後、雨はさらに勢いを増している。

ようやく彼らに救命ボートが近付いてきた。フェリーが起こした波が、青年とリョータを何度も大きく上下に揺らす。

ボートはまずリョータを引き上げた。真っ白な顔だが、生気はある。声は出ないが、意識はありそうだ。手足も動いている。

フェリーで見ている乗客は拍手をし、わーっと歓声をあげた。

青年はと見ると、リョータをボートに上げるまでは元気そうだったのが、ぐったりしている。浮き輪をかろうじて片手で掴んではいるが、まったく動かず、少しずつボートから離れていってしまう。

タイミングが悪いことに、そこで一段と大きな波が襲ってきた。さらわれる! 乗客は悲鳴を上げ、女性は目を背けた。

荒ぶる波に浮き輪を引き離され、海に沈んでいく青年。しかしそこでボートの船員の声が響いた。

「ロープを掴んだー!」

青年はゆっくりとボートに手繰り寄せられる。リョータに増して蒼白な表情だ。もはや自力ではボートに上がれず、浮き輪に左手を入れた状態で、船員たちにどうにか引っ張り上げられた。

人命は守られた。

青年はフェリーにあがり、毛布を被り、船員に支えられて駐車スペースに震えながら上がってきたが、黄色いダックスのそばまで来ると、力なく座り込んでしまった。もう一歩も動けないようだ。

さっきまで一緒に遊んでいた兄妹が降りてきて、青年の横で泣きじゃくっている。その姿を見て、青年は笑顔でこう言う。

「僕はもう大丈夫だから、お父さんとお母さんのところに行きなさい」と。

青年は、今一番心配しているのは、子を持つ親であることがよくわかっていた。青年は屈強な船員におんぶをされる格好で、階上の暖房を効かせた部屋に通される。

丸い窓からは、晴れ間と太陽が見えた。その光のあたたかさにホッとする。

そういえば今回は太陽に助けられたことを思い出した。あの一瞬の光がなかったら、リョータくんは見つけられなかったかもしれない。

曇のゲートはまるで救助が終わるのを待っていたかのように再び開き、空は鮮やかに晴れ渡っていく。まだ少しうねりが残る海を目的地に向けて転回し、また軽やかに滑り出していくフェリー。

強い日差しが緑色の甲板に反射して、2 つの光が煌々と輝く。

暖かい部屋で、眠りにつく青年。

その頃、青年とは別室で母親に抱かれたリョータが、落ち着きを取り戻し、ある言葉を反芻していた。

母親はうなされているのかと思い、心配そうに子どもの顔を覗く。

繰り返される言葉

リョータはこう言っている。

「忘れちゃいけないこと・・・。

もしかすると死んでいたかもしれないのに、僕はもうすぐ助かる。

どうしてかというと、僕は将来きっと人を助ける人になるから、ぜったいに助かる。

おとなになって、見たくないことも、じぶんの目で見なくちゃわからない。

見たら飛び込むしかない。怖くても。逃げたらだめ。

それから今日のこと、お母さんのせいじゃない。

僕が勝手に落ちたから。

一生、僕は、お母さんのせいにしない。

それと、お兄ちゃんが死んでも、僕のせいじゃない。

お兄ちゃんが勝手に飛び込んで、、、でも、うう・・・。」

リョータは泣き出した。

「嫌だ! 嫌だ! お兄ちゃんが死んじゃ、だめだ!」

そう叫ぶと、リョータは毛布をはねのけ、母の静止を振り切り、部屋を出て青年を探し始めた。船員が「この部屋で眠っているよ」と告げると、突然その部屋のドアが開き、青年が中から出てきた。

青年:「リョータくん、元気そうだね! よかった。」

リョータ:「お兄ちゃん! 大丈夫? 死なへんよね?」

青年:「大丈夫だよ。ちょっとお腹が痛いだけ。海の水を飲みすぎた。君もちゃんと部屋で眠らないとだめだよ。じゃないと、みんなに心配かけるからね。」

リョータ:「お兄ちゃん。」

青年:「ん?」

リョータ:「ありがとう・・・ございました。」

青年:「こちらこそ、ありがとう。僕も自分の父のことを思い出したよ。」

リョータ:「お父さんのこと?」

青年:「うん。僕の父はね、救急隊員をしてて、死にそうな人を生き返らせる人なんだ。救命のことを教えてもらっておいてよかった。君のおかげで、学んだ知識をちゃんと使えたよ。ありがとう。」

それから結局2 人は同じ部屋に入り、母親も一緒に語り、船員が運んできてくれたカップラーメンを食べ、体力も体温も元に戻し、目的地に到着する頃にはほとんど回復していた。

スピーカーから明るい音楽とともに船内アナウンスが流れる。高松港まで、もうすぐだ。

港内に入ったフェリーはガクンと速度を下げる。青年は階下の駐車フロアに降りて、ダックスのそばに立った。愛しげに、ボディーをさする。

フェリーの推進は完全に止まり、ゴゴゴゴ、と大きな金属音。接岸した開口部がゆっくり開いたかと思うと、そこから太陽が差し込んだ。眩しい。

船内の一番前にあった車両から一台ごとに、ゆっくりと上陸していく。青年のバイクは一番最後だ。オレンジ色のヘルメットを装着し、ダックスのエンジンをかける。

リョータは母と一緒に青年を見送っている。一緒に遊んだ3 兄妹も手を振り、青年の後ろ姿に向かって大声援を送っている。

フェリーの出口で振り返り、それに手を振って答える青年。

リョータ:「ありがとう、ありがとう、ありがとうーーーーーー!」

青年:「またどこかで会おうねーーー! きっとまた会える! いつかきっと、また!!!」

青年は、この少年の心に何を宿したかは知らない。

少年も、自分が青年に何を貰ったのか知らない。

いずれそれがわかる時、また何かが動き出す。

香川の丸い山並みの上空には、夏の到来を思わせる入道雲が立ちのぼっている。

さあ。いよいよ四国への上陸だ。青年にとっては初めて訪れる土地となる。

青年の旅は今、始まったばかりだ。

〜つづく〜

エンタメの勘どころ

僕:「ふううーーー。。。ありがとうございます。なんとか一章を書き終えましたね。

このエピソード、本当は初秋のお話なのですが、ロードムービーにするために、季節を変えていますね。」

八幡様:「良いのです。バラバラの旅でも、結局は繋がっていきます。それにしてもアニキ。相当悩んでますね。」

僕:「はい。やっぱりまだ悩んでいます。」

八幡様:「一番何に悩んでいるのですか?」

僕:「僕的には、バラバラの旅のエピソードを繋げていくことに少し、罪悪感があるんです。」

八幡様:「なるほど。アニキらしい悩みですね。ちなみに、アニキはドラマはよく見ますか?」

僕:「ドラマ、ですか。恥ずかしながら、あまり見ないほうかもしれません。」

八幡様:「ではぜひ、観光地を巡りながら探偵がヒロインと一緒に歩き、これみよがしに推理するようなドラマをご覧なさい。」

僕:「これみよがしの推理ってのがあるんですね。」

八幡様:「会話と文章は繋がっているのに、明らかに歩いている観光地が違っていたります。結構離れた場所にあるのに、会話は不思議と繋がっているのです。

つまり、人は、『ドキュメンタリー』を求めているのではなく、『没頭できる心地よさ』を求めているのです。」

僕:「没頭できる心地よさ。。。」

八幡様:「もちろん、体系立てて時系列に動いていくドラマも面白いですが、多少矛盾があっても、最終的に観客が楽しめれば良いのです。それがエンタメの自由なところです。」

僕:「はあ。。そういうものですか。あ、そういえば、今回八幡様が、最初に語ってくださった僕が赤ちゃんの時のお話。あれは事実ですか? 脚色ですか?」

八幡様:「もちろん、事実に基づく脚色です。」

僕:「うっ。事実なんだ。。。でも八幡様。僕は、本当に、これだけは言っておきますが、期待されるような人間ではないんです。あまり期待しないで欲しいです。あと、僕はもうすぐ死ぬんですね?」

八幡様:「大丈夫です。光はまだ衰えてはおりませんし、アニキの命がすぐに途絶えることもないでしょう。

この原作を書き終えた頃、アニキのやるべきことや、その周りにいてくださる人々の役割も見えてくると思います。

ちなみに私は、アニキに期待しているのではありません。」

僕:「え?」

八幡様:「私が期待しているのは、アニキを取り巻く人々が我を取り戻していき、アニキという弱者をどう助けていくかを気づくことです。

この世の中は、自分と違う文化を持っていると、遠慮なく叩きます。

有名になればなるほど、人はその人に期待して、依存して、自分の考え通りの人間ではないとわかると、死ぬまで貶めます。

そんな世の中では、まだまだ自殺者は増えていくでしょう。」

僕:「悲しすぎます・・・。」

八幡様:「もちろん、アニキもやがて叩かれます。」

僕:「あ、そう、、、でしょうね。はあ、辛いなあ。。。」

八幡様:「ため息はやめなさい。それは逃げられないものです。アニキが相続した業は、誰よりも厳しいものになっています。だからこそ、私がいます。」

僕:「ありがとうございます。それはもう、思い当たりまくります。あの時もあの時も、全部今まで、八幡様に助けていただいていたのですね。

それなのに、いつも生意気なことを言ったり、ふてくされたり、わがまま言ったりして、困らせたりして、ごめんなさい。」

八幡様:「いいのです。人の器というものは、最初からあるものではなく、どんどん層になって作られていくものです。

人との出会いによって、その形状も、色も、手触りも、香りも変わってきます。

出会いから生まれる感情は、以前こちらにも書いた通り、何百もの動きがあります。それらを全て経験していけば、器は自ずと大きく、美しくなっていくわけです。」

僕:「そうなんですね。どんな感情を抱いたとしても、それは自分の器を作るための材料になっていく、ということですか?」

八幡様:「そうです。一つも無駄がないのです。人生に無駄はないと、さまざまな金言集で言われておりますが、その通りです。何一つ、理由のないことは起きません。

フェリーで救われた少年の未来は、この物語の後半に出てきますが、まずその前に、アニキの旅の続きを見ていきましょう。」

僕:「はい、なんとか頑張ります!」

八幡様:「それではまた次回、お愛しましょう♡」

おわりに

ああ・・・とうとう始まってしまいました。

八幡様のスパルタ教育は、今に始まった事ではありませんが、なんとかキラキラ瞳を忘れずに、最後までやり抜きます。

しかし、よくよく考えれば、幼い頃から見えない力に守られてきていた思い出が蘇ってきます。

どんな時も、きっとそばにいてくれたんだろうな、と今ならわかります。

おかげさまで、本当にありがとうございます。

みなさま、当分、ご相談コーナーはお休みさせていただきますが、ご了解ください。

それでは明日も一緒に旅しましょう!

音声ドラマ「また会えたときに」はこちらです。よろしければ是非ご覧ください。

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