メタバースとセカンドライフの混同は根本的に間違いだよ、というお話

 本当なら昨日のまとめに続けて書くべきことではないが、どうも同じようなコメントが多いので先に書いてしまうことにしよう。

 「セカンドライフ」というサービスがある。

 こちらもメタバース同様に「電脳空間でもうひとつの生活を送る」というコンセプトで開発された仮想空間であり、2007年あたりにはずい分と話題になったそうだ。当時は大企業も次々とセカンドライフ上に支店を出したり、大使館の観光案内なども行われていたようだが、その後数年もしないうちにブームは終了。加熱ムードもどこへやら、参入した企業も次々と撤退してしまった。

 セカンドライフについて話すべきことは大体そんなものだが、その経験からか

 「メタバースも結局はそれと同じようなもので、やたらとブームになっているがすぐに失敗するんじゃないか」

 と考えている人は多いようだ。 

 結論から先にいうと、そもそも今のメタバースはまったく必要性の違うところからはじまっているものなので、全体が「コケる」こともないといえる。以下にその理由をまとめてみる。

 ・そもそも「メタバース」という定義は存在していないようなもの

 これまでの「Meta」や「マイクロソフト」などの動きを見てもわかるように、彼らは別に企業の枠を超えて同じような世界を作ろうとしているわけではない。

 例えばひとつのシステム、空間を複数の企業が共同で作り、その運営を行う、というのであればそれは確かにセカンドライフと似たようなものになるだろう。
 だが、実際はまったくそういう方向には動いていない。

 ひとつ例を挙げると、マイクロソフトが現時点で発表しているのは「アバターを使用した会議室」のようなシステムであり、そこでパワーポイントやエクセルを使用することができるというもので、これ以外に何かを作るという話はまだない。

 https://news.microsoft.com/ja-jp/2021/11/04/211104-mesh-for-microsoft-teams/

 ここで

 「え、これメタバースなの?」

 と思われた方の感覚は正しい。

 マイクロソフトのリリースを読んでみると、これは「テレワークをしているときに感じた不便や、もっと円滑にコミュニケーションをとれないか」という考えを発展させた結果アバターを使用したより臨場感のある会議システムを作る必要が出てきた、ということなのだそうだ。

 実際のところ私自身もテレワークをしていて不満を感じたのは

 「顔を見せて相手と話す必要があるのか?」
 「もう少しデータや資料を共有しやすくできないのか」

 という二点だった。

 この点、メタバース……というより電子会議室でより楽にデータを共有して、アバターを使った会議ができれば便利だろう、というのに疑問はない。

 同じことは「Meta」の発表したメタバースにもいえることだが、基本的に両者の根底にあるのは「仮想空間を使ったコミュニケーションの円滑化」ということにある。

 さて、こうなると「どの社のシステムがより効率がいいのか」はともかくとして、これは基本的に「テレワークの発展形」であって

 1.アバターを使用する
 2.仮想空間の会議室を使用する

 という二点では確かに「メタバース」といえるのだが、別に電脳空間でもうひとつの生活を送ろうなんていう話ではないのだ。

 簡単に結論づけてしまうと

 「セカンドライフの目指していたものは電脳空間で仕事から娯楽まで完結できる空間を作ってしまうこと」

 だったのに対して

 「メタバース」に参加している企業はそもそも思惑がバラバラだし、今は仮想空間を使用した仕事や娯楽、遊び、通貨までもが全部「メタバース」に分類されているからやたら大きく見える
 
 という点でそもそも違う。加えて

 「実用的なメタバースとは、ようするに現実世界での作業を仮想空間で行うことでより効率化できないか」

 という話からはじまっていることに注意が必要だろう。

 こうなると単純なことだが「利用してみてユーザーの多くが便利だと思うものは残るし、そうでないもはいずれ淘汰されていくだけ」ともいえる。

 ここに多くの人が勘違いしている誤解があるが、メタバース……ようするに仮想空間では「何をしたいか」が重要であって、「何をしなくてはいけないのか」ではない。

 もう少し具体的に見てみよう

 例えばtwitterやfacebookのようなSNSサービスをメタバース「化」した場合、巨大な談話室の中で数百万人のユーザーが一斉にアバターを使って思いついたことを延々と発言しているということになる。

 ある人たちは会話をしているだろうし、テレビを実況している人たちもいる。とにかくそんな風に山ほどの人間が言葉をつぶやきまくっているわけだ。

 そうするとたぶん多くの人は思うだろう。

 「これすごい不毛なことじゃないか」

 と。

 実際のところtwitterやFacebookも「3Dアバターさえ使用してしまえば」メタバースになる。
 だが、それに効果はない。
 世の中には「立体化しない方がいい」部分というものもあるからだ。

 そのためメタバースに「した方がいいもの」はどういうものかといえば、これはもう「商売になるもの」といえる。

 例えばVRを使った観光。
 あるいはバーチャルyoutuberなどのライブ。
 
 そういうと「それもう大体やってない? VR観光は結構色んなとこがやってるし、ライブのネット放送なんてもうだいぶ前からあるよ」と思われるかも知れないが、実はそうなのだ。

 ようは「アバターを使ったり、対象をよりリアルに感じられるようにして臨場感、没入感を得ることで、利用者の喜びがそれに比例して増えるもの」はメタバース「化」していくだろうし、そうでないものは現状とあまり変わらないままだろう。

 基本的に「技術」というのは、それを開発するのにかけた投資や時間を回収できるものでなくてはならない。

 逆にいえばどんなに優れた技術でも「オーバースペック過ぎたものは需要がなくて勝てない」ということもしばしばある。

 家庭用ゲーム機の歴史を見ればわかりやすいが、例えば2000年代にヒットしたソニーのプレイステーション2と、セガのドリームキャストを「現在の基準から見た場合」、ドリームキャストの方がより挑戦的なゲーム機だったということはできる。

 ドリームキャストは当時としては画期的なインターネット接続機能を持っていたし、またメモリーカードにミニゲームの機能を付けて連動させるという発想もコンパクトゲーム機の需要を先取りしていた。

 だが結果からいえば売り上げはソニーのPS2の大勝であり、PS2の勝因となったのは(発売前からそんなの決まってたやろ、とかいってはいけない)、当時としては高額だったDVDプレイヤーとしての機能を備えていたことに加え、旧式のプレイステーションのゲームが引き続き遊べたことなどがあげられる。
 
 ようするに現行の技術や従来持っているソフトの強さをより効率的に取り入れた方が勝利した、というわけだ。

 これはメタバースでもおそらく同様のことになるだろう。

 もうひとついえばGoogleの各種サービスを使っているインターネットユーザーは今日膨大な数になるだろうが、これも別にgoogleのサービスが他社に比べて何か先進的なわけではなく、ワードやエクセルに似た機能を無料で利用できることをはじめ、全体をひとつのアカウントで管理できて利便性に優れているというのが大きな理由として挙げられる。

 目新しいものは一見衝撃的だが、実際に残るのは「便利でわかりやすいもの」ということかも知れない。

 ・メタバースで実現できるのはどういうものなのか

 以上のように考えると、メタバースの今後というものもいくらかは予想することができる。
 まず、多くの人が念頭にある「MMORPG」のように複数のユーザーがアバターで交流する空間。
 これはできるだろうが、数十万人、数百万人のユーザーがひとつの空間に集まるということはまずないので、むしろ小規模なスペースや目的ごとに細分化していく可能性が高い。

 談話室としてはちょうど「サロン」や「コーヒーハウス」くらいのものがバランスがいいのかも知れない。

 そもそも今回のメタバースブームのきっかけのひとつが「Facebookの転身宣言」だったことを考えれば、彼らが目指しているのは「社会性のある交流サークル」のようなものでこそあれ、twitterや間違ってもどこかの掲示板ではないのだからかなりお上品なものになるだろう。

 そこでは有名な学者であるとか、文学者や政治家が講演をしたり、それを囲んでの談話のようなものもあるのかも知れない。

 反対にあえてそうした「カオス」を目指したメタバース交流場もどこかにできるかも知れないが、管理が大変なことは確かだ。

 酒場であるとか、学生寮のような雰囲気も面白いかも知れない。

 次にバーチャル企業や、バーチャルオフィスといったもの。

 これは間違いなく利便性次第で大きくなる。
 とくにIT人材の不足が叫ばれている昨今では、人材の獲得競争の一環としても活用したい企業は多いだろう。

 バーチャル通貨。

 これも暗号資産と同じようなもので現在ではすでに各国で取引されているのだから、今後有力なものが次々に増えるかどうかは別として、メタバース上で通貨の取引は行われるだろうし、決済手段のひとつになる可能性が高い。それを見越しての投機も過熱しそうだ。
  
バーチャルファッションとかバーチャル芸術、バーチャル土地取引。

 土地取引は「ある企業が運営する空間の中で何かを行う権限」と見れば価値はあるだろうが、ファッションは「どのメタバース空間でも共通して使える」という必要があるし、芸術の場合にはますます何が基準になるのかわからない。

 「メタバースの中でオフィス訪問をするときにはこういうアバターがいい」
 
 とか

 「できるだけいいブランドのアイテムを身に着けていた方がメタバース内でエリートに見える」

 という基準もいずれできたりするのだろうか。
  
 そんな具合にメタバースというのはセカンドライフのようにひとつの空間を設計しようというものではなく、各企業が「仮想空間でアバターを使って何かやろうとしてるものはとりあえずメタバース」というような状況なので(この点バーチャルyoutuberの多いわが国はメタバース大国なのだ)、その中で成功するものもあれば失敗するものもあるだろうし、大げさに煽る投資家もいるので、どうせ日本はこの分野では今のところそれほど大したことができそうにないのだから、踊りたい人は一緒に踊ってみればいいし、にやにやしながら情勢を見ているというのもまた一興だろう。

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