柔道整復に係る療養費の差押え

健康保険法の規定による「保険医療機関」は、「病院・診療所又は薬局」とされているので(健保63③)、柔道整復師は「保険医療機関」には該当しない。
したがって、柔道整復師が行う診療行為は、健康保険法の規定による「療養の給付」には該当せず、診療報酬も発生しない。
これに代わるものとして、被保険者に対して「療養費」が支給される。

保険者は、療養の給付若しくは入院時食事療養費、入院時生活療養費若しくは保険外併用療養費の支給(以下この項において「療養の給付等」という。)を行うことが困難であると認めるとき、又は被保険者が保険医療機関等以外の病院、診療所、薬局その他の者から診療、薬剤の支給若しくは手当を受けた場合において、保険者がやむを得ないものと認めるときは、療養の給付等に代えて、療養費を支給することができる。

健康保険法第85条第1項

条文に明らかなとおり、保険者の支給決定によって被保険者が療養費の受給権を獲得することになるので、療養費に係る債権債務の関係は保険者と被保険者の間で生じることとなる(施術者(=柔道整復師)は債権者とはならない)。

少しややこしいのだが、柔道整復に係る療養費に関しては、柔道整復師会と保険者との間の協定に基づき、受領委任払が認められている。
診療を受けた被保険者は、窓口で自己負担分のみを支払い、本来は被保険者が受領する療養費を柔道整復師が受領する、というものなので、一見すると保険診療における保険医療機関の診療報酬と同様、柔道整復師が債権者であるように見える。

裁判例は、

受領委任払は、柔道整復師が、被保険者から療養費の受領を委任され、当該被保険者への療養費の返還債務と当該被保険者に対する施術料債権とを対当額で相殺することにより施術料債権の支払を確保するもの

札幌地判平成28年1月13日

と判示しており、施術者は自ら債権者の立場に立つわけではなく、療養費の受取りを代理するにとどまるものと解される。したがって、柔道整復に係る療養費の請求権については、滞納処分の対象とはならない。

他方、(あまり想定したくはないが)滞納者が保険医療機関である場合、健康保険法第76条第1項の規定により、当該保険医療機関が請求権を取得する。

保険者は、療養の給付に関する費用を保険医療機関又は保険薬局に支払うものとし、保険医療機関又は保険薬局が療養の給付に関し保険者に請求することができる費用の額は、療養の給付に要する費用の額から、当該療養の給付に関し被保険者が当該保険医療機関又は保険薬局に対して支払わなければならない一部負担金に相当する額を控除した額とする。

健康保険法第76条第1項

この場合、保険医療機関と被保険者の間には診療契約に基づく法律関係が生じるが、保険医療機関と保険者の間にも公法上の準委任契約による法律関係が生じるものと解されている。
したがって、保険医療機関が租税を滞納している場合、保険者(支払いに関する事務を委託している場合は委託先(国保連や基金))を第三債務者として診療報酬の支払請求権を差し押さえることができる。

健保法上の保険医療機関の申請と指定は、国の機関としての知事が第三者である被保険者のために、被保険者に代わって療養の給付を医療機関に委託することを目的とした公法上の準委任契約の性質を有し、保険医療機関の診療報酬請求権は、委任事務報酬請求権の性質を有するものである。

東京地判昭和58年12月16日


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