見出し画像

無題

高校生の時に、確か電車で似たような体験をして思いついて書いたものが残ってたのでご紹介。



さっきまで雪が降っていたんだ。

窓の外をみると、2月のイルミネーションが、昨日までと同じように駅前のロータリーを照らしている。ここだけ切り取ってみると、まるでクリスマスのようだ。時計が8時52分を指した。次の電車は9時10分。雪が降ったから、君がいるかもしれない。そうさっきまで思っていた。帰ろうと席を立った僕の胸には、既にそんな言葉はなかった。

イルミネーションが光るロータリーを抜け、エスカレーターを上り、正面の時計を見る。9時4分。改札を抜け、階段を下り、自販の近くまで行く。最寄駅の改札からは少し遠ざかってしまうが、ここで乗るのが、僕の常である。電車はいい。電車は落ち着いた時間をくれる。時たま、電車に乗ると、話す人がいなくて寂しい、なんていう人がいるが、いまいち僕にはその気持ちが理解できない。話す人がいないからいいんじゃないか。人間いつでも誰かと戯れていればいいってもんじゃない。9時7分。寒い、早く電車来いよ。 

僕には年に数回、よくわからない、不思議なことが起こる日がある。今日はまさにそれにあたる日だった。黄色いニット帽のおじいさんがそばにやってきてなにやら話しかけてきた。ちょっとやばい人なのか?とはじめ思っていたが、僕が藪野まで行くことを伝えると、布上橋(僕がよく一人で行く、藪野駅の近くの橋)の話を始めたので、そのまま会話を続けることにした。

彼は、鏡原の台地で生まれ育ったということだった。鏡原台地は藪野駅を上にずっと登って行った所にある。空が広くて、気持ちの良いところである。そこには僕の知り合いの相模さんという女の子が住んでいる。相模さんは白くて、雪のような綺麗な人。僕はそんな相模さんのことを心の中で、白雪と呼んでいる。あくまで、心の中だけで。彼は電車に乗車した後も、相変わらず僕に話しかけてきたので、仕方なく僕と彼は相席をすることになった。

彼の話はほとんど聞き取れなかったが、彼が67才であること、今日仕事を始めたこと、彼の息子は谷が丘高校を出ているということ、彼がかぶっている黄色の帽子は、彼の娘が幼稚園の時にかぶっていたものだということは分かった。あと、一番面白かったのは、実は彼は既に1時間以上前に電車に乗っていて、イルミネーションが光る下田駅で乗車したあと、途中で眠ってしまい、起きた時には既に電車は終点を折り返し、下田駅のひとつ前の県分寺駅をとおりすぎていた、つまりさっき僕が彼と出会った時の下田駅の上りホームは、彼にとっては本日2度目のそれであるということだった。やっぱりちょっとやばい人なんだろうな、僕は思った。

彼の話を聞いているとき、いつものように頭の隅で白雪のことを考えていた。僕は彼女のお兄さんにあったことがある。彼女にはお兄さんが二人いるのだが、上のお兄さんの方。彼は僕と違ってかなり優秀で、少し偏屈な人だ。高い鼻、三日月型の目、大きな耳、小さな口を持っており、髪は長め、いや、れっきとした長髪で、他に類をみない顔だと思う。

しかし、その時、僕の目の前に座っていたニット帽のおじさんはその特徴を見事にとらえていた。髪こそ短かったものの、鼻は高く、目は三日月、大きな耳と小さな口を持っていた。次第に、僕は、もしかしたらこの人は相模さんの年の離れたお父さんなのではなかろうか、と考え始めた。考えれば考えるほどそうとしか思えなくなるから困ってしまう。しまいにはどうやって結婚の申し出をしようか、この人だったら了承してくれそうだななんてことまで考えるようになっていた。

そんなこんなで電車は藪野駅まで僕ら2人を運んで行った。僕が降りるとき、彼は僕に「また、会いましょう。」といった。僕は彼が相模さんのお父さんならいいのに、と思い「はい。また。」と返した。誰かと一緒に電車に乗るのも、たまにはいいかもしれない。電車は次の駅に向かって走りだした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?