タラタラしてんじゃねーよ
表題の通り、先輩にドヤされたところだ。私はこの春から新入社員として働いている。しかし、なかなか要領がつかめず、もたついてしまうことが多い。
「タラタラしてんじゃねーよ!!!いいか!なんべん言ったらわかるんだ!」
今日も先輩からの叱責は続く。怒声がオフィスに響く。
「すみません……」と消え入りそうな顔で私は言った。
会社に行けば先輩に怒られる、そんな生活がずっと続くと思っていた。そんなある日、
「タラタラしてんじゃねーよ!ったく…しかし、お前根性あるよな。今までのやつはすぐやめちまって全然使えなかったよ。ほら、コーヒーでも飲めよ。ちょっと冷めたがな。」
と、ぬるい缶コーヒーを渡された。ブラックコーヒーは苦手だけど、ありがたく受け取った。
すこししょっぱい気がしたが、気のせいだ。
「まぁ、トロいのには変わりはないからな!それ飲んだらさっさと片付けろよ!!」
先輩はすぐに振り返っていった。
それから3年の月日が経った。
私はそれなりに出世をした。先輩は相変わらずだが、「タラタラしてんじゃねーよ!」の口癖は減ったように思う。
「タラタラしてんじゃねーよ!」と、私は部下を叱ってしまった。部下はバツが悪そうに私のもとを去っていった。先輩が近づいてきた。
「おい、お前今の時勢考えろよな。俺のマネをしても部下はついてこねぇぞ。実際何人か辞めたって前に話したろ?今はじっくり時間をかけて教育するんだよ」
そうはいってもすっかり先輩イズムにハマってしまったので引き返すのが難しい。案の定、翌日後輩は来なかった。
それから10年が経った。
私は部長職についた。部下の信頼は十分獲得している。同期からは出世頭としてちやほやされた。
先輩は会社をやめていた。
と、いうより理由がわからないが、一切連絡がつかなくなった。
したがってオフィスには怒声が響くことはなくなった。
明るい挨拶が飛び交う元気な職場となった。
その日、後輩に誘われて飲みの席に顔を出した。
後輩から質問を受けた。
「あの…部長には尊敬する人物はいますか?私は部長を尊敬しているんですが……」
「尊敬する人物かぁ…。実は私は仕事が遅くてね、いつも怒られていたよ。」
「え?部長が…ですか?」
「『タラタラしてんじゃねーよ!』ってオフィスで毎日叱られてさ、会社辞めたくなったこともあったな。でも、その先輩が缶コーヒーくれてさ、ぬるかったのに心があったかくなったんだ。だから今の仕事を続けられているのかな、とは思うよ。ちょっと長く喋りすぎたな。酔っているかもしれない。お代は置いておくからもうちょっと楽しんでおいで」
あざぁーす!!という後輩の声を背中に浴びて店を後にした。12月の風はさすがに身に染みる。歩いていると、道の先に男性が座り込んでいた。いつかもらったコーヒーと同じ銘柄の空き缶を灰皿がわりにして。
「…先輩?」
変わり果てていたが、確かに先輩だった。
「おぉ、元気そうだな。実はドジっちまってな、借金とりに追われる日々だったんだ。会社にはこんなこと言えるわけなくてな、日雇いのバイトを転々とする日々だったんだ」
衝撃の告白を受けた。どうやら借金は完済間近ではあるらしい。
「先輩、もう一度戻ってこないですか?今は会社の調子が良くて、確実に収入は増えます。それに…先輩の声が久しぶりに聞きたいです」
「馬鹿かオメェ。もうすっかり偉くなったんだろ?俺の居場所なんかねぇよ」
「今の会社に先輩くらい男気のある人がほしいです。部長にはなりましたが、まだまだ先輩には怒られそうなくらい仕事は遅いです。また、叱ってくれますか?」
考えとく、と言った気がした。
それ以上、私は何も言わなかった。
1週間後、社長から新入社員の紹介を受けた。
ヨレヨレのスーツを着た見覚えのある男性だった。
「じゃあ、部長。あとはよろしく」
そう言って、社長は去っていった。
「先輩、戻ってきてくれたんですね」
「先輩って言うなよ。もうお前が先輩だよ。1週間前、お前に会わなかったらこうはなってなかったよ。」
「すぐに行動を起こすところ、さすがです。私が憧れた先輩の姿です。」
「よせよ。しかし、日雇いのバイトはまずは一服から始めるんだ。ちょっと出るぜ。これは習慣なんだ…」
「先輩、もうウチの社員です。きちんと勤務規則は守ってください」
「察しが悪いな。言ってくれよ。俺たちの間はあの言葉で十分なんだ」
また、先輩に助けられてしまった。
そしてあのときの先輩のようになるんだ。
「タラタラしてんじゃねーよ。」
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