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「30匹のメダカの水槽」

   数年前の話だ。JR渋谷駅ガード下にある「のんべい横丁」。昭和の匂いが漂うレトロな空間に、多くの外国人や地元客で賑わっている。カウンターで8席しかないから、和気藹々として、知らない者同士で盛り上がっていた。
  ふらっと寄ったその日、1組はゲームオフ会で初めて会ったという男性3人組。なんでも20万人以上登録しているゲームで、順位が一桁のメンバーとかで興奮冷めやらぬ盛り上がりだ。もう1人は常連の20代前半の女の子で、横丁の別なお店で働いている帰国子女の子だ。その彼女が言っていた話が面白い。小さい水槽に30匹メダカを入れておくと、必ず1匹がいじめられる。じゃあ、その1匹を助けようとして、他の水槽に入れると、29匹の中の1匹がいじめられるという話だ。
 社会の縮図でもある水槽だが、更にこの後の話もあって、これが大きな水槽になると自由に泳ぎ回って、メダカ同志のいじめがなくなるという。学生時代にいじめられた経験のある人が、世界を旅して、自分らしく活躍している人もいる。地域のしがらみから抜けて、自分の居場所を見つけた人もいる。そう考えると、大きな水槽を見つけた人は安心なのかもしれない。
 さて、カウンター横に目を向けると、相変わらず、ゲームの話で盛り上がっている。ゲームの中では、名前も知らない人たちが、小さい液晶画面の中に世界を見出す。仮想社会の中で、幻想を描くこともあれば、仲間が突然いなくなったり、攻撃されたりすることもある。きっと、北海道の広い大地なら、30匹のメダカも悠々と過ごすことができるだろう。もう一杯と酒を頼みながら、ちょっと遠い未来に心馳せる自分がいた。

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