転職が天職に

私はいわゆる放蕩息子でした。
好き勝手なことばかりして親には心配ばかりかけていました。
独身時代は都内で14-15回引っ越しを繰り返し、結婚しても3回も繰り返す(笑)
父親とは冷戦状態が続いていましたが、母親だけは小言は一切言わず、相変わらず何かと忙しいのね。身体だけには気をつけなさいね。
どんな報告をしても温かく見守ってくれた人でした。

そんな母が逝って6年。
今では小さな仏壇を置き、そこには松子さん(母の名)の遺影を毎日眺めています。
親孝行したい時に親は無し
松子さんは私が帰省するたびに、笑いながら言っていたものです。
ホントにそうだった。
先人たちの言葉はすべからく間違っていなかった。

松子さんを見送る際に、足袋を履かせようと彼女の布団の足元を捲り上げた時、衝撃的な発見をしてしまった。
今まで見たことのないような爪をしていました。

色白の松子さんの足肌にはとても似合わない、燻んだ鼠色の爪。
しかも分厚い
しかも遺跡を発掘した地層のように、何層にも重なっているように見えた。
足袋を履かせようにも容易ではありませんでした。

上手く履かせる事が出来ないからじゃない。
止め処なく涙が流れてきた。

松子さんの足を気にもした事がなかった。
松子さんの身体のこと気遣いもしなかった。
いつも松子さんが私を気遣ってくれていたのに、私は全く。

もし、松子さんの足を見ていたとしても、果たしてあの爪を私がどうにか出来たのだろうか?
いやいや、どういうアプローチをすべきなのか検討もつかなかった。

そこで私は調べた。
とにかく調べた。

まず松子さんの爪。
目の奥に焼き付いていたので、まず画像検索をして肥厚爪という単語を知った。
そして、そのケアをどうするのか?
どこでケアしてもらえるのか?

そこでヒットしたのが今の仕事だった。

これだ!
私はこれをやるんだ!
なぜかそう思った。
逝ってしまった松子さんのため?
松子さんへの罪滅ぼし?
わからないけどとにかくやるしかない、とまで思ってしまった。

フランチャイズに加盟して、一応起業という形になった。

主に介護施設を中心に、出張専門で爪だけではなく、魚の目などの足元のトラブルの施術をしている。

この仕事を選んでよかった。
そう思うのは毎日だ。
いろんなお客様、ご高齢の方々の比率が圧倒的に高いのだが、毎日が楽しい。
妻にもいい仕事と巡り会えてよかったね。
楽しそうだもんね、と言われる。
そう言われると素直に嬉しい。

年齢的にも松子さんと同世代がほとんど。
施術も大事だが、お話を聞いてあげる事が彼女たち彼たちには嬉しいらしい。

松子さんに寄り添う事どころか、ほんの小さな気遣いさえ出来なかった愚息を、松子さんは天国からどういう風に思っているだろうか。
他人ばっかりにいい顔して!
なのか
楽しそうに仕事をしてるから安心してくれてる。
なのか
私には知る由もない。
でも、きっと後者だと思う。

仕事を選ぶ時に大切にしている事
今まではお金が貰えるならなんでもよかった。
だから、自分にできそうな事、出来ることを念頭に選んでいました。 
おかげでどんな仕事でもそこそこ稼げました。

今回はやりたい事
それで選んだ。
実際、仕事選びにおける正解は私にはわからない。

就活時のエピソード
仕事に必要な資格を取るために、座学、実技の研修があり、取得試験もあったがなんとかクリアした。
加盟の契約をして、さぁ営業からだ!と思っていたら、フランチャイズ本部の代表から、最初は中々出張先の開拓は難しいだろうから、給料を出してあげるから、本部サロンを手伝ってはどうか?というお話をいただきました。

しかし、なぜかその時そのご厚意を袖にして、出張先の施設開拓に奔走することにしました。

代表からは、バカなのか?
変わってるやつだな!と言われました。
その事がきっかけとなったのか、今もその代表からは事あるごとに気をつかっていただき可愛がってもらっています。

なぜこの仕事を選んだか?
松子さんに対する私の愛情か
松子さんの私に対する愛情か
彼女が逝った事がきっかけだったことは違いない。
その中で、「気付き」があったおかげ。

大切な人には普段から思いやりを持って接していないと、後で後悔してしまう。
親孝行したい時には親はいない。

それを身をもって教えられた。

だから、お節介と言われるかもしれない今の仕事を、愛情を持って、胸を張って続けていきたいと思っています。

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