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青い傘3つの質問

かのこさんから、オンラインサロン上に、「青い傘メンバーのみなさんへの3つの質問」が送られてきました。
自己紹介もかねて、回答してみたいと思います。
(こういう感じ、個人サイト時代を思い出してドキドキする……)

【質問1】読む方が好き? 書く方が好き?
 結局、「読む」=解釈する方が好きなのだと思う。その解釈を他人に伝えるため、結果的に「書く」技術も磨いてきた。しかし、なにかしらものを書ける人間であったために助かったことも多々ある。「読む」ことは明確に好きだが、「書く」ことに対しては、好き嫌いというよりも、様々な意味で自分を救う手段となってくれることへの感謝の念がある。「読む」ことも「書く」こともすでに呼吸と同じくらい自然にやっている。呼吸は生きていることの証。金を稼げるかどうかはいざ知らず、読んで書いてさえいられれば、私は生きていける。逆に言えば、読むことも書くこともできなくなったとき、私は窒息して死ぬだろう。金が稼げているかどうかに関わりなく。

【質問2】あなたにとっての文学とは?
 「文学」には2つの側面がある。1つは、任意の集団・共同体に共有される「物語」を生産/再生産する側面。もう1つは、このような「物語」を必然的に失調させるもの自体を前景化させることにより、集団・共同体の全体化作用を阻む側面。私は後者の「文学」の側面に、絶対的に惹きつけられるタイプである。もっといえば、このような側面を保持する「文学」以外の(自称)「文学」に、特に興味を持たない。

【質問3】最も影響を受けた本は?
 ありすぎるので回答不能にしたいところだが、せっかくなので選んでみたい。しかし「影響」という語義からはややズレる答えになってしまうかもしれないことは、あらかじめお詫びする。
 かつて私の窮状を救ってくれた本がある。それは、プリーモ・レーヴィの『溺れるものと救われるもの』だ。冒頭部分には、コールリッジの「老水夫行」の一節が掲げられている。このような詩節を踏まえつつ語られるような言葉以外には、なにも読むことができない一時期があった。レーヴィの言葉によって、私はかろうじて生き延びた。その意味で、私の人生に最も深く関与した本であることは間違いない。
 本ではないが、つい最近目にし、ぐうの音も出ないほど打ちのめされた言葉があった。それは以下のようなものである。


「人々が別れる、去る、そしてもう取り返しがつかないのだという、どう変えようもないこのおぞましい事実を知ってしまうと、もうその後は生き続けることができない、とふつうそう考えられている。ところがちがうのだ。そうではないのだ。知ったとしても、それを越えて、わたしたちは生きつづける」

 マルグリット・デュラスの言葉だ。デュラスは、本当に「おぞましい」のは、喪失の取り返しのつかなさそれ自体ではなく、耐え難いほどの喪失を経験してなお、のうのうと「生きつづける」ことができてしまうある種のしぶとさであることをよく知っている。
 デュラスは『愛人』の中で、「わたしは年老いた。突然、それを知る」と書いた。そして、老い始めた年齢を、正確に書き記した。そのように、自分が「年老いた」年齢を、ピンポイントで指摘できる人間は、この年齢を境に、自分の生が決定的に断絶しており、その断絶によって強制的に途切れることになった生の連続性が、もう2度と回復しないことを絶望的に知悉している。
 「そしてその絶望は、こんなふうに、静かに生きられる」――嵐に置き去りにされ、めちゃくちゃになった残骸を、茫然と見つめることしかできない。嵐が耐え難かったのではない、その嵐が自分をもろともに吹き飛ばしてくれなかったことが耐え難いのだ。
 学生の頃、私はデュラスの作品をなにひとつ理解できなかった。しかし今では、彼女はおそらく、私に最も影響を与えた本の書き手の1人になり得るだろう。それだけ、「わたしは年老いた」。

 いかがでしたか?
 オラクル記事とはだいぶ毛色が違いますが、なにか感じていただければ幸いです。

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