『くねくね』のアレンジしてみたんだけどクソつまらねえ十流ギャグになった。

 私は実に愚かだ。そんな自虐を延々と車内で繰り返していた。


 月日は昨日の午後六時頃だっただろうか。
 その時私は友人の佐々木と共に六畳間の中心で簡単に金の稼げそうな虫の良いアルバイトを探し、いささか怪しい広告の集合体―――求人誌―――のページを繰る手を止められないでいた。

 金がないのだ。財布のなかには千円札一枚。通帳はもはやどこに行ったか、一昨日の空き巣でとられたのかもわからない。
 その時の私は湯飲み三つ分の汗をだらだらと垂らしていた。
 そして、ついに「それ」は見付かった。

 ―――〈白材怪談社〉―――

 求人誌のなかでも一際存在感を放ちすぎて視界から外れていたそれを私は見つけ出した。

「時給千円だぞッ、佐々木」

 私は佐々木の背をばしばしと軽く叩いてやる。すると、ばたりと倒れてしまう。死んでしまったか?
 いや、よくみるとすぅすぅと小さく息をしている。栗色のショートボブを汗で湿らせ、中性的な顔立ちは女であるかとも思わせる。

「窓はあいているのだが……それでも暑いものは暑いのか」

 冷房を鞭打ちながら働かせるさせるべきだったか。
 私は佐々木にアイスノンを装備してやると押し入れの奥から埃を被ったザクⅠかくやの扇風機を取り出し、コンセントを繋げボタンを押下した。

「?」

 つかない。何故だ。何故つかない。この真夏日に故障したというのか、ぶち殺すぞ運命(強い)。

 それから佐々木に団扇をぱたぱたと扇いでおいた。私も私とて暑かったが、熱中症で死なれても困るのでぱたぱたと扇いでいた。

       ○



「本当に……何故こんなことになってしまったのだ…」

 私は運命の責任者を詰問したいと思った。詰問じゃない。拷問をしたい。
 どうやら、〈白材怪談社〉とは世にある〝都市伝説〟や〝怪談話〟を実際に検証するというくそのような会社だったのだ。呪われたや怪我をしたなどといった厄災は自己責任という、ブラックを通り越してダークマターな会社だ。



「ところで、佐々木は本当に良かったのか。無理に私に着いてこなくても良かったのだぞ」
「良いんです。僕、ホラーとか好きなので」
「なんと物好きな…」

 小声で隣の佐々木と会話をする。

「ところで貴君」

 助手席で煙管を蒸かしていた〈白材怪談社〉の社長である作倉氏がこちらを向きそんなことを申してきた。

「黒髪の方だ」
「私ですか」
「うむ。昔……M村白銀事件を調べていた際、関係者に貴君と同姓同名を見たのだが、貴君に関係のある事件かな?」

 M村白銀事件……?
 事件に巻き込まれたことなど一度もない。

「只の同姓同名かと。M村とはどこですか」
「睦忌村」
「むつき……むら?」

 そんな非常に格好いい名前の集落があったのか。

「只の偶然か。忘れたまえ」

 たまえじゃねえよと思ったが言えなかった。岩手の隣県秋田。その小さな集落に近付いているのか。何となくわかる、異様な雰囲気。

「貴君等はこんな話を知っているか?」
「なんですか」
「くねくね……という都市伝説だ」

       ○

 私達は、秋田にある「くねくね」という都市伝説の出所とおぼしきA村にやってき来た。

 都会とは違い、空気が断然うまい。うまいのだがどこかぴりっとすふり私は、夏の爽やかな風を浴びながら、隣の帽子を被る佐々木に目を向ける。ものすごく暑そうだ。保冷バックから冷たい麦茶を出し、佐々木に渡した。

「ありがとうございます」
「私にもくれ」
「どうぞ」
「感謝する」
「俺も~」
「どうぞ」

 作倉氏と、今まで黙っていた黒髪長髪のきらきらとしたやんちゃそうな男、光藤氏も暑そうなので麦茶を渡した。

 そして、陽が登りきって真昼に差し掛かった頃、突然ピタリと風か止んだ。
 なんだと思ったら、次の瞬間気持ち悪いぐらいの生緩い風が吹いてきた。

 ただでさえ暑いのに、何でこんな暖かい風が吹いてくるんだ。ふざけるな。ぶち殺すぞ天候(強い)。
 と、さっきの爽快感を奪われた事で少し機嫌が悪くなり、そう心の中で愚痴を吐いた。

 佐々木はさっきから別の方向を見ている。その方向を見ると、そこには案山子があった。

「あの案山子がどうしたのだ」

 と私が佐々木に聞くと、佐々木は

「いや、その向こうです」

 と言って、ますます目を凝らして見ている様子だった。

 私もなにか気になってきて、田圃のずっと向こうをジーッと見た。すると、確かに見える。

「何だ…あれは」

 遠くからだからよく分からないが、人ぐらいの大きさの白い物体が、くねくねと動いている。

 しかもその周りには田圃があるだけ。近くに人がいるわけでもない。

 私は一瞬奇妙に感じたが、ひとまずこう解釈した。

「あれは、新種の案山子ではないか? きっと今まで動く案山子なんか無かったもんだから、農家の人か誰かが考えたのだろう。おそらくさっきから吹いてる風で動いてる」

 佐々木は、私の(自称)的確な解釈に納得した表情だったが、その表情は一瞬で消えた。そのとき風がピタリと止んだのだ。しかし例の白い物体は相変わらずくねくねと動いている。

 佐々木は「まだ動いてますよ…あれは一体何なんですか」と驚いた口調で作倉氏に言い、気になって仕方がない様子で、兄佐々木は一旦車内に戻り、双眼鏡を持って再び戻ってきたのだった。

「やめておけ、佐々木氏」

 作倉氏は、いささか真剣な表情で「最初に光藤氏が見てみるから、貴君等は少し待っていろ」と私達に言った。光藤氏はりきって双眼鏡を覗いた。

 すると、急に光藤氏に明らかな動揺を生じた。

 みるみる真っ青になっていき、冷や汗をだくだく流して、ついには持っている双眼鏡を落としてしまった。

 私達は、光藤氏の変貌ぶりを恐れた。作倉氏は光藤氏に低いトーンで訊ねたら。

「何だったのだ」

光藤氏はゆっくり答えた。

「……ビン…ゴ…っす。く…「くねくね」っす」

 すでに光藤氏の声では無かった。光藤氏はそのままヒタヒタと先に車内に戻っていってしまった。

 作倉氏は、すぐさま光藤氏を真っ青にしたあの白い物体を見てやろうと、落ちていた双眼鏡を取ろうとしたが。

「ちょ、ちょちょちょっと待ってください! 作倉氏! 光藤氏はどうしたんですか!?」

 私は詰問した。

「障られただけだ」作倉氏は淡々と述べた。
「障られただけって……」

 聞いてはいけないような。…しかしどうしても気になる。本当に、あの「くねくね」が居たのか。それならば光藤氏はなぜ狂わないのか。訊きたいことだらけだ。
 遠くから見たら、ただ白い物体が奇妙にくねくねと動いているだけだ。少し奇妙だが、それ以上の恐怖感は起こらなかった。

 しかし、光藤氏は…。

 よし、見るしかない。どんな物が光藤氏に恐怖を与えた「くねくね」という都市伝説なのか、自分の目で確かめてやる。心の底からの紳士である私は、スマートフォンのカメラを起動し、ズームを使い、覗こうとした。

 ぐいとちいさく服の裾を引っ張られる。後ろを向くと、佐々木が首を横に振り「やめてください」と呟いた。

 その時、老人がえらくあせった様子でこっちに走ってきた。作倉氏がなにごとかと尋ねる前に、ものすごい形相で祖父が、

「あの白いモノを見てはならん! 見たのか! お前、その双眼鏡で見たのか!」

 と迫ってきた。

 作倉氏が「いや。まだだが」と少しオロオロした感じで答えたら、老人は「よかった…」と、安心した様子で、その場に崩れてしまった。

 私達は、わけの分からないまま、老人の家に通された。光藤氏はケロッと回復していた。こいつぁ強いぞ。

 老人は、静かに座布団の上に尻を落とし湯飲みを四つ私達の前に出し、「先ほどはすまなかった」と言った。

「いえ、私共の勝手な行動です。貴方に非は何一つ」

 作倉氏がそう答える。
 私は、光藤氏に「なぜけろりと復活しているのですか」と小声で訪ねた。光藤氏は「四分もすれば病・怪我・呪いが治る体質だからかね」と答えた。最強じゃないか、その体質は。

 老人はしばらく作倉氏と会話をすると、棚から一つのカセットテープをとりだし、再生機に装填した。

 いささか古めかしいテレビになにやらくねくねと躍り狂うような少年が映し出されている。それも、二人だ。

 私はその少年二人の姿に、あの白い物体よりもすごい恐怖感を覚えた。

 そしてテレビが再生を終えると、老人がこう言った。

「この二人は…果ては昔…儂の孫だった兄弟じゃ。この二人もあの白いモノを双眼鏡で覗き障られた。 ……あっちだと、狭いし、世間の事を考えたら数日も持たん…。うちに置いといて、何年か経ってから、田んぼに放してやるのが一番だと考えたんじゃ…。あの白いモノはこの二人の片割れじゃ」

 私はその言葉を聞き、ショックを受けた。
 あの「くねくね」はこの二人のどちらかで…もう人間と言うことすら憚れられている。「くねくね」に障られたらそれはもう人間ではないのだ。

「何であんな事に…何で…」

 老人は、あふれでた必死に拭い、茶を啜った。
 間もなく、私達はその村を離れた。

 老人が手を振る中で、私は考えた。くねくねという都市伝説の最後は変わり果てた兄が、一瞬、男の子に手を振ったように見えた…という物だ。あのときの兄はどんなことを思考していたのか。
 この世に生を受けて四半世紀。そんなことすら、わからなかった。

 老人は、確かに泣いていた。

 表情は確かに泣いていたが、その涙の中には自分への怒りも感じた。
 なんとも悲しいものだ。

 曲がり角を曲がったとき、もう老人の姿は見えなくなったが、私はいつの間にか涙を流しながらずっと双眼鏡を覗き続けたのだった。

「いつか…幸せに」そう思って、くねくねの元の姿を懐かしみながら、緑が一面に広がる田んぼを見晴らしていた。

兄との思い出を回想しながら、ただただ双眼鏡を覗いていた …その時だった。

見てはいけないと分かっている物を、男の子は間近で見てしまったのだ…。

「ッ!!」

 バヂッ……バヂッ……と視界で火花が散る。
 苦しい……痛い……怖い……。

「どうしたんですか?」

 そんな佐々木の言葉を聞くと痛みが収まっていく。

「はぁ……何でもない…すまない」

 なぜだか気になり、もう一度双眼鏡を覗いた。
 白いくねくねとした案山子は確かに泣きながら、苦しげに価値を動かした。

「……「た」「す」「け」「て」…作倉氏」
「どうしたあ」

 ひどく伸びた声で作倉氏が反応する。

「あのくねくね、助けてと……助けを求めています」
「ん? 見ているのか?」
「はい。少し痛かったのですが、二度目になると慣れたものでした」
「障られもせずに……慣れる? 貴君は一体……」

 助けたい。でも、助けられない。申し訳ない。

 後に調べてわかったことだが、「忌み子…障がいをもった子供をくくりつけて田圃or畑に置く」という糞みたいな風習があった。あのくねくねというものは怨念や助けを求める魂の集合体のようなものなのかもしれない。

 私は呟いた。

「―――」

 死人に口無し。謝罪させることなど、出来ないのだ。