エール ―若き画像研究の旗手へ― 第2回 「田舎のネズミ」を自任する寺田賢治先生―産学現場に阿(おもね)ない疾走にエール―
序-飄飄のうしろの動かぬもの-
徳島大学の寺田賢治先生は,飄飄(ひょうひょう)としていてつかみどころがない。おおむねそう評されている。
写真1はその佇まいを映していて印象深い。「掴まれよう」とか「評価されたい」とかには無関心,ないしそんな我欲からは自由なのかもしれない。ところが,そのような佇まいのままに,画像技術産業界の現場から信用を勝ち得て,同時に多くの研究者たちからも信頼されている。そんな稀有な佇まいの画像AI研究界の研究者・教育者の旗手,寺田先生にエールを贈りたい。
先生は,画像センシング技術研究会(SSII)組織委員,精密工学会画像応用技術専門委員会(IAIP)委員長,電気学会スマートビジョン協同研究委員会委員長など,日本の画像応用研究界でご活躍中である。画像AI研究にかかわる私たちは,寺田先生の動静に無関心ではいられない。本稿はそのための必須ガイドである。
画像AI研究界で誰もがよく知る,ビジョン技術の実利用ワークショップViEW2018−2019を実行委員長として推進された。これを主催するIAIP(画像応用技術専門委員会)副委員長を長く務められ,2022年度から委員長という重責を託されている。ここから任期のあいだの4年間は激務となるだろう。
通称の「外観アルコン」でも通じるほどに画像業界に知れわたった外観検査アルゴリズムコンテストを起こし,ずっと牽引中である。飄飄として肩に力が入らない姿とこの「若き画像研究の旗手」たる激務とのギャップに,間違いなく稀有な魅力ないし信念が隠れている。それを掘り当てた時には,寺田先生ご自身へのエールになるかもしれない。そればかりか,先生の周りの私たちにも小さなエールになるかもしれないと思うのである。
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ところで,寺田先生は自らを「田舎のネズミ」(知能メカトロWS,iMEC2017の特別講演)と自らの学術的働き方を任じている。寺田先生は確か埼玉県浦和市(現さいたま市)のお生まれであったと思うが,学業を終えて奉職されたのが遠路の徳島大学が大いに「田舎」だと,そしてその「田舎」にこそ潜在する画像AI研究のボトムに光る魅力を掴みとっておられるのではないかと私は妄想を膨らませている。ネズミは産学の現場において地道で仕事人である。
1.自称「田舎のネズミ」宣言の意味
寺田賢治先生は,画像センシング研究の老舗(しにせ),慶應義塾大学 中島真人研究室のご出身である。そして,多くのお弟子さんのなかでもこの狭くない研究界にあっても前述のとおり寺田先生は異彩を放って疾走中でおられる。また,筆者の敬愛する中島真人先生のお弟子さんであるが故なのか,私なんぞにも心許して面白い学会的交 流を演出してくださった。このことの秘密にも迫りたい。これら2つが本稿で寺田先生にお声かけさせていただいた筆者の動機である。
下記が,寺田先生の学と職のご略歴である。一点の曇りもなく人も羨むキャリアであるが,失礼ながらそこには私にはあんまり興味はわかない。このまっすぐなキャリアと上記の異彩ぶりとのギャップに心惹かれているのである。
<寺田賢治先生のご略歴>
埼玉県立浦和西高等学校卒業,慶應義塾大学理工学部電気工学科1990年卒業,同・理工学研究科電気工学専攻修士課程1992年修了,日本学術振興会特別研究員DC,同・後期博士課程1995年修了(博士(工学1995年3月))。徳島大学助手,講師,助教授(准教授)を経て教授。徳島大学副理事/徳島大学創新教育センター長/理工学域副学域長/理工学部副学部長(総務担当)。
寺田先生の研究室では画像処理に関する研究のなかでも,産業応用に関するものが多い(写真2)。それも地域の特性を生かして,一般なアルゴリズムでは検出が難しかったり,誤検出が多かったりする対象に対する重い課題を請け負うようなニーズが多く,例年,10社ほどの会社と共同研究を推進されている。
例えば,火災検知,交通監視,工業応用,農業応用,人の行動解析などがある。なかでも,農業応用に関していえば,徳島は関西の台所と呼ばれるほどに農業が盛ん であるが,ウイルス性の病害が問題となっている。そこで,ウイルスを媒介するような病害虫を検知するシステムの開発にも熱心に取り組まれている。
ご研究の膨大な成果に纏(まつ)わり,かくも多種多様に継続維持されている産学共同研究が寺田先生ご自身の礎にも原動力にもなっておられると拝察している。このことは,次で注目する2つの話題に深く遡及する意味で,特記に値するかもしれない。
さて本稿は,序で述べた2つの話題,「外観アルコン」の舞台裏,および学術交流的キャッチボールにて発せられた「田舎のネズミ」宣言に集中したい。
2.「外観アルコン」と寺田流研究哲学
画像研究界には一時期「アルコン」(アルゴリズムコンテスト)があちこちで流行ったが,「外観アルコン」(外観検査アルゴリズムコンテスト)だけが息が長く,今も活気に満ちて健在である(http://alcon.itlab.org/)。
この「外観アルコン」を2001年に起こし牽引し続けているのが寺田先生である。IAIPの事業の一環ではあるが,普通の義務感で20年を越える着実な地歩を刻み続けられるわけもない。きっと,普通を越えたブレない見識が隠されているはずである。
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「外観アルコン」を進める中で,非常に印象に残るエピソードがある。このコンテスト委員長の寺田先生の毅然とした対応に,筆者は驚いた。ここでも,「田舎のネズミ」を自認・自任する寺田賢治先生,画像AI研究現場の決して吠えない紳士を貫いたように映った。
さて,外観アルコンの課題画像は,産業現場から提供された生々しい素材を用いている。詳細はここ(http://alcon.itlab.org/history/)に詳しいように,現場リアル感の一線を断固として死守してきた。それらは,板ガラスのマーク検査2001,半導体パターン上の欠陥分類2008,鋳造部品の欠陥検出2013,変身する細胞の検出と追跡2016,X線CTによる工業製品の内部検査~ボクセルデータからの形状と材質の分類~2020,2021などであった。そして,画像検査,外観検査の究極の姿は,非整備環境の現場のリアルを覚悟して引き受ける,ここからすべてが始まる。だから,外観アルコンも同様である。
ここからが本「エール」にとって重要である。
記憶があいまいであるが,たしか鋳造部品の欠陥検出2013の回であった。写真3はその時に提示された,現場からの貴重なサンプルである。公表される学習用画像データセットに対して,説明困難なことばかりの現場課題と人工的課題との矛盾とのハザマに,某所から熱心かつマジで執拗な問い合わせが寄せられた。曰く,“欠陥の発生位置?程度?形状?の提示が不足,正常分布も?”のアルコン問題として「“不良設定” ではないか」という疑義の申し立てだと筆者には映っていた。
このとき外観アルコンの実行委員会は狼狽えたが,寺田委員長は「誰にも現場の真のキズ母集団は分からないのです!だから,外観アルコンの課題でもある画像母集団の統計的性質の不可知さ加減を,誰もが“公平” に受け止めて,一緒に課題の“魅力” を堪能しましょう!」とニコニコしながら話されたのが印象的であった。筆者には疑義の申し立てをむきにならずに突破したように見えた。さらにこのエピソードは,近時のDL技術におけるデータセットの質量担保課題やアノテーションや水増し問題に通底する,ディープな普遍的見識ではなかったかと受け取るべきであると思っている。
3.3球の問題提起
研究にはいつも,基礎と現場・臨床・応用との間の“貴賤?/上下!” 関係性とでもいうステレオタイプな悩みが根深い。また,画像AI研究は物質科学技術と記憶科学技術のはざまで出自と本性を問われ続けている。寺田先生は,このどちらにもデリカシーと問題意識を抱いておられると私は感じてきた。その証拠探しがここのテーマである。
(1)3球のその証拠
私の身辺からだけでも証拠的エピソードが3球もある。寺田先生は2008年から2018年の間のオープンな学術会議において何と3球も問題提起的ボールを投げてこられたのである。
1球目はSS2008(JSPE /寺田プログラム委員長)にて,2球目はiMEC2014(知能メカトロニクスワークショップ/電気学会)にて,そしてViEW2017(JSPE/寺田実行委員長)が3球目である。球に込められたであろうメッセージはすべてお話したいが,誌面の都合で2球目だけは詳しく触れ,ほかの二つは要約して以下に寸描しておく。
1球目では,寺田先生は青木義満実行委員長と共に,
と開催案内の中でH.ベルクソンのメッセージを煽って下さり,3球目では,満倉靖恵プログラム委員長とともに特別講演,
で画像AI研究とはいかなるものかを考えよ,とここでもディープに問うてくださったのだった。
(2) 2球目のエピソードに「エール」を!−「田舎のネズミ」宣言の舞台裏−
iMEC2014(知能メカトロニクスワークショップ/電気学会)にて,非常に面白くて貴重な学会的な出来事があった。
筆者は高野山の庫裡(くり)にて開催されたiMEC2014で特別講演の機会を得た。画像AI 研究は現場に密着したほうが良いという趣旨の話(「セレンディッポ王の哲学— IMEC,ViEW,SSII の画像技術—」)をしたところ,寺田先生は翌日,「複雑で曖昧な物体の画像センシング」という特別講演(キーノートスピーチ)をなされ,その折に,写真4のような差し込みスライドを前夜に急遽加えたと,後日お聞きした。驚いて,静かに感激した。
なぜなら,スライドには「いなかの画像処理」と「まちの画像処理」,「どろくさい画像処理」と「洗練された画像処理」とが対比されて並べられていた。これを前夜に 付け加えたほどに,筆者がお話した趣旨をしっかり受け止めてくださったように感じたからである。
キャッチボールの答礼講演のような,あたかも即興のジャズセッションのごとき出来事を寺田先生が巻き起こしてくださったのだ。筆者はそのとき学務にて翌早朝に は離席・帰名したので,ライブでご講演は伺えなかったが,最上級な内容的コラボ,奇跡的な学術交流を完璧に成り立たせていただいたのだった。
寺田先生は,イソップ寓話「田舎のネズミと街のネズミ」に準えて,ご自身の画像AI研究の姿勢を宣言されたのだった。「…こんなに危険が多いのは御免だね。僕には土くれだった畑で食べている方が性に合ってる。…」(Wiki)は原著者イソップの平穏な含意かもしれないが,ただ平穏な学究生活を寺田先生が主張されているようにはちっとも見えない。それより向こう側に,
なる宣言が私には聞こえるのだが如何であろうか?現場からの声にデリケートに応え,また応えるための思索を重ねておられていたに違いない。
4.飄飄にもっと磨きをかけて疾走を!
寺田先生は飄飄とした佇まいのなか,小気味よい決断力と実行力を発揮して画像AI 研究界を疾走中である。「田舎のネズミ」を自ずからに任じて,画像AI研究現場にて周りに吠えつかない紳士を貫いている。いえ,断固としてこれからも磨きをかけてこの紳士ぶりを貫いてほしい。そして,好き嫌いを曲げてまで交わらない,阿(おもね)ることを知らない,人を当てにしない,人づかいが荒くない,そして時には独断専行ぎみ?もあり,そんな佇まいの旗手には,画像AI研究界にて異彩を放っていよい よ輝いていただきたい。そうだ,このような画像AI研究の旗手,寺田先生についていこう!
言わんかな,特にIAIP委員長に選任されたばかりのホットなタイミングに,こんな「エール」をお届けするのは余計なお世話なのかもしれない。そう危惧しつつも,寸暇な折に先生には本「エール」に一瞥を投げていただきたいとやっぱり願う次第である。そして,私を含めた寺田先生に連なる所縁(ゆかり)の多くの者たちにとってこそ,この「エール」はきっと届いてもらわなくてはならない。
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さて,続く「エール」をどなたにお受けいただけるものなのか,心中は嬉しい悲鳴である。あそこのあの方こちらのこの方と想いは広がる一方であるが,そもそも課題 は,お相手させていただく筆者の力量こそが大きな難題である。だから,出来ばえはいつも心配であるが,必ずや第3回の「エール」もお届けしたいと心は決まっている。
(OplusE 2022年5・6月号(第485号)掲載。執筆:輿水大和(ひろやす)氏。
ご所属などは掲載当時の情報です)
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