【ポケモンが教えてくれたこと】ゲームを壊すって楽しい!

どこかの誰かとチャンピオンの話

「おーす! 聞いたか? チャンピオンがハナダの洞窟に挑んだらしいぞ」

カントー地方のポケモンリーグにチャンピオンが生まれてから少したったころ、そんな話を友人が持ってきた。この友人、なかなかの変わり者でしばらく姿を見かけなかったから「最近どこでなにをしていたのか?」と聞いたところ、ジムに訪れるトレーナーを未来のチャンピオンと呼んでひたすら発破をかけていたというわけのわからない返答が返ってきた。こいつのことだから

「おーす! 未来のチャンピオン」

ってところか? そんなことをしてもトレーナーたちからはよく見かける変な人と思われるのが精々。今のチャンピオンにも声を掛けたらしいが、チャンピオンになってからこいつにアプローチがあったわけじゃない。それでも今のチャンピオンには並々ならぬ思い入れがあるようで、チャンピオンのことを語る友人は本当にうれしそうだった。それからもこいつはチャンピオンの話をするために、たびたび俺のもとを訪れていた。

「おーす! チャンピオンが久々にマサラタウンに帰ったらしいぞ」
「おーす! チャンピオンがスロットでスリーセブンを出したらしいぞ」「おーす! チャンピオンがポケモン図鑑を完成させたらしいぞ」

らしい、らしい、らしい、すべてが伝聞の友人の話から俺がわかったのは「あっ、こいつチャンピオンと会ってないんだな」ということぐらい。ポケモンリーグのチャンピオンというと大層なものに聞こえるが、別に雲の上の人というわけじゃない。とくに今のチャンピオンはフットワークが軽く、空を飛ぶポケモンに捕まって様々な街を訪れているそうだ。実際俺も地元のタマムシシティでその姿を何度か見かけたことがある。ただ、大体ポケモンセンターからゲームコーナーに向かう道か、ゲームコーナーの前でしか見かけなかったんだよな。もしかして、チャンピオンはスロットに入り浸ってたのかね? おっと本題から逸れてしまった。まあ、そんな感じでこっちが求めてもいないのに友人はチャンピオンの話を聞かせてくれたのだが、その話にいつの頃からか眉唾ものの話が混ざるようになってきた。

「チャンピオンが捕まえたポケモンを一度のポケモンバトルで限界まで成長させた」
「チャンピオンのポケモンがモンスターボールを投げてポケモンを攻撃していた」
「チャンピオンのモンスターボールからポケモンではないおぞましいなにかが出てきた」

 お前は自分がどれだけおかしなことを言っているのかわかっているのかと。しまいには

「タマムシデパートでチャンピオンが釣り竿を振ったと思ったら、見たこともないポケモンを釣っていた」

などというどこから突っ込んでいいかわからない話も出てくる始末だった。そして、その日を最後に友人が我が家に来ることはなくなった。聞いた話では、また各地のジムに入り浸っているらしい。うるさい友人だと思っていたが来訪がなくなると寂しくなる。だが、俺から会いに行ってチャンピオン、チャンピオンと聞かされるのはしゃくだ。

そんなことを考えるようになったある日のこと、俺は久々に地元の7番道路でチャンピオンを見かけた。さすがにスロットだけに入り浸っているわけではないらしい。背中からリュックを降ろして中に手を入れ、それからとくに何かを取り出すでもなくチャンピオンは草むらへ。ほどなくして野生のロコンが飛び出してくる。俺はワクワクしていた。チャンピオンと言えば、あらゆるポケモンを捕まえたポケモンマスター。もしかすると伝説とうたわれたポケモンを生で見ることができるかもしれない。フリーザーか? サンダーか? それとも火の……なんだっけな、まあいい。どの伝説のポケモンが見られても話のタネにはなるだろう。チャンピオンがモンスターボールを手に取った。視線はチャンピオンとロコンの間の地面。そしてゆっくりと振りかぶり、投げた!

「ゆけっ! けつばん!」

よし、知らない名前だ。ポケモントレーナーは基本的にポケモンを呼び出すときに、そのポケモンの名前かニックネームを呼ぶ。そして、これは友人の受け売りだがチャンピオンはポケモンにニックネームを付けないそうだ。俺の視線はチャンピオンの手から離れたモンスターボールへ。投げられたボールが開き、煙が沸き立ち一時的に俺の視界からモンスターボールが消える。ほどなくして煙が晴れ、そのなかから出てきたのは……

知っているポケモンではなかった。

知らないポケモンでもなかった。

あれはポケモンではない。

例えるならいろいろなポケモンを細かくスライスして、ランダムな順番でていねいに積み上げていったかのような到底生きているとは思えないなにか。それが、どこかで聞いたような鳴き声をあげながらロコンと対峙している。生命を冒涜しているような姿を見ているとめまいと吐き気が止まらない。それでも”けつばん”からはなぜか目が離せない。めまい、吐き気、けつばん、めまい、吐き気、けつばん……自分の頭のなかがその3つで埋め尽くされていき、

俺は目の前が真っ暗になった。

次に目が覚めたのは病院の一室。道端に倒れていた俺は脳を含めていろいろと検査を受けることになったが、結果は異常なし。とんだやぶ医者だ。

看護師が医者を呼びにいったとき、扉の側にチャンピオンの“けつばん”が立っていたのはどういうことか。問診の最中、医者の横に常に“けつばん”が立っていたのはどういうことか。俺にしか見えない幻覚というのはすぐに分かった。だからこそ異常があると言ってほしかった。その後も異常は続き、道を歩いていれば木の影に“けつばん”の姿が見える。デパートでミックスオレを買おうとしたら、取り出し口に“けつばん”がいる。気晴らしにスロットを打ちにいったら、ほかの客がみんな“けつばん”に見えたなんてこともあった。どこへ逃げても“けつばん”がいる。そんな気の狂いそうな日常で唯一の救いとなったのがタマムシのジムだ。ここにいる間はなぜか“けつばん”の姿を見ることはない。心の平穏を求めて俺はジムに入り浸るようになった。チャンピオンに詳しい友人に聞けば、この異常事態になにか答えをくれるだろうか? いや、あいつのことだ。自分が見てもいないものをいつも通り“らしい”と……!?

ああ、あいつもなのか。

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