『東方ロストワード』の試みがおもしろいという話【フリーテーマ】
今月のトークテーマ2つめは【フリーテーマ】。なんか自由に書けということなので4月末にリリースされ、初めてのイベント真っ最中の「東方Project」二次創作スマホ用RPG『東方LOSTWORD』の感想を書いていこうかと思います。
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東方厨は声にうるさい
まずはじめに「東方Project」の原作について軽く書いておきましょう。「東方Project」の基盤となっているのは、ZUN氏によるゲームや音楽CDを中心としたオリジナルの同人作品。当初はZUN氏1人での制作、もしくはほかサークルとの共同制作による同人オンリーで展開していましたが、現在ではZUN氏が監修した書籍が出版社から刊行されているなどの事情もあり一言で同人作品ですと言ってよいのかがよくわからなくなっています。
元が同人作品で商業ベースにも作品がある「東方Project」。どこまでが原作であるかというのは難しい、というよりも「原作」という単語でくくろうとすると個々人の感覚に左右される部分があります。ただ、設定や世界観に関してはZUN氏が手掛けた同人作品に加えて商業作品でもZUN氏が書いていれば公式の物語、ZUN氏が監修をしたコミックならそこに書かれている物語や人となりも公式設定というのがファンの認識でしょう。そのため、現在の「東方Project」は公式のものだけを追おうとしてもかなりのボリュームになります。
ですが、この公式作品をどれだけ集めても博麗霊夢をはじめとしたキャラクターがどんな声をしているかにたどり着くことはできません。なにせ公式作品で声があてられた作品は存在しないのですから。逆に言えばどんな声を自分のなかで当て込んでセリフを読んでも構いません。博麗霊夢はいかにも少女らしい声だと考えるのも正解で、ボスとの小気味よい会話からトリックスターをイメージさせる声だと考えるのも正解。『東方紅魔郷』の「あんた一人で『陣』なのか?」や「それにしてもこんな暗い部屋で本なんか読めるのか?」といったセリフを霊夢の素と捕らえて少しぶっきらぼうなイメージの声を当ててもそのユーザーのなかでの正解です。
一方で「東方Project」の二次創作には、ボイスが用意されたものが多々あります。当然同じキャラクターでもサークルごともしくは作品ごとに異なる声優さんが演じており、そこに統一感はありません。こちらもまた正解しかなくパチュリー・ノーレッジ(CV:沢城みゆき)とパチュリー・ノーレッジ(CV:米沢まどか)、どちらが間違っているということはなくそれぞれのサークルさんやその受け手となったユーザーのパチュリーです。
ただ、すべてが正解であるためにプレイヤー全員に対して納得がいく答えをひとつだけ提示することができないというのも「東方Project」二次創作の特徴。自分も一時期、メロンブックスやとらのあなで東方二次創作のサンプル映像が流れているのを見て「咲夜さんの声はもっと低めでしょう」とか「さとりんにしては声に覇気があり過ぎない?」とか、いろいろと心のなかで(ここ重要)文句を言っていました。ああ、東方厨って面倒くさい。
そんな連中を黙らせる方法は同人で作られた二次創作なら、「うちのアリスはこの声じゃ、おらぁ」とやるだけとシンプルなはず。そこで好みが合わない人は、愛を詰め込んだ同人作品の受け手ではないでしょう。ですが『東方LOSTWORD』は商業作品。より多くのユーザーに遊んでもらうため「俺のイメージするアリスの声はこんな感じ」と納得してもらったほうが幅広いプレイヤーに継続して遊んでもらえ、その結果として収益につながってきます。
そこで『東方LOSTWORD』が打ち出したのが、各キャラクターに3人の声優さんによるボイスを用意するという手法。これによってユーザーは「自分のアリス」にできるだけ近い声を選んで遊ぶことができるわけです。さらに、このボイス選択時にCVが表示されないのもおもしろいところ。例えば十六夜咲夜なら
・完全なメイド程度の声
・時を操る従者程度の声
・悪魔の使い程度の声
からお好きな声を選んでくださいといった具合です。もちろん、どの声がどの声優さんなのかを調べることはでき、ダメ絶対音感の持ち主なら聞いただけで「これは〇〇さんだ」と気付けることでしょう。また、この「完全な~」などは公式をベースにした『東方LOSTWORD』オリジナルのもの。各キャラクター3つずつ考えた開発スタッフがいるはずで、考えつくまでに時間をかけています。
CV:〇〇という表記にするなら一切の時間をかけずに、そしてよりわかりやすくユーザーに3種類の声の情報を提示することができるにもかかわらずなぜ、こんな表記にしたのか。これは想像でしかありませんが、バイアスをかけないためだろうと考えています。確かにCV〇〇という表記はわかりやすいですが、はっきり書いてあったら声を選ぶ際にバイアスがかかることは容易に想像できるでしょう。せっかく3種類も声が用意されていながら「〇〇さんだから選ぶ」「〇〇さんの演技は苦手」といった形で決めてしまうのはもったいない。そういった声優さんやその演技への先入観よりも、自分のイメージに沿って声を選んでほしいというのが3種類の声を用意してなおかつゲーム中でキャストを明示しない理由でしょう。
東方厨は二次設定にもうるさい
そして「東方Project」にはもうひとつ二次設定の定番化という面倒くさいだろう事情があります。蓬莱山輝夜を例に挙げてみましょう。初登場の『東方永夜抄』では部下である鈴仙・優曇華院・イナバや八意永琳を倒した相手に対して「怪我の一つでも負ってもらわないと割に合わない」と怒りを見せ、人も妖怪も訪れない永遠亭に退屈さを感じる発言をしています。そして月の魔力を語る様は尊大で、弾幕勝負のさなかに見せた主人公サイドが行った夜を止める術を打ち破る「永夜返し」は、物語を締めくくるのにふさわしいスペルでしょう。また、『永夜抄』の異変解決後には月に関連した展示や催し物を楽しめるイベントを自ら主宰する姿を見せています。
そんな輝夜を自宅でぐうたらしている引きこもりで、鈴仙や永琳に迷惑をかけてばかりいるという設定で同人誌を書くとしましょう。公式設定からかけ離れたこの設定、普通に考えれば「なぜ輝夜は引きこもりになってしまったのか?」という状況の説明が必要です。ですが、この設定は理由あって住まいである永遠亭で人からも妖怪からも姿を隠して暮らしていた輝夜を、家から出る気がない引きこもりないしはニートと見なした「東方Project」の二次創作のなかでは定番のひとつ。そのため、この「輝夜が自宅で引きこもっている」という説明をキャラクターのセリフに一言入れておけば、この設定が好きか嫌いかはさておき「なぜ引きこもっているか?」の説明がなくても二次創作のなかでは受け入れられやすいものとなっています。
こういった定番化した二次創作ネタは「東方Project」に限った話ではありません。例えば『STREET FIGHTER』シリーズのリュウ。とくに貧乏という設定はない彼を無一文の貧乏人として描いた同人誌があっても多くの人は「なぜリュウは無一文なのか?」と違和感を覚えずに読み進めることでしょう。それと同じことです。ただ、「東方Project」は同じ世界観のオリジナル作品が18年(旧作は話がこじれるので、ここではスルー)にもわたって作り続けられ、その二次創作も山のように生み出されたこともあって定番化したネタがとにかく多い。そのなかでどの設定を組み込みつつ、自分のオリジナルの世界を展開していくかは二次創作の作り手しだいでしょう。
ですが、『東方LOSTWORD』は趣味の同人作品ではなく企業が作ったもの。声の話と同様により多くの人に遊んでもらい収益につなげていく必要があり、そのためにはうかつな二次設定は拾えません。では、実際にどんな設定を設けているかというと少なくとも5月段階では「公式設定よりもキャラクターは自由に行動している」「プレイヤーの分身である主人公がいる」という程度です。
前者の例としてわかりやすいのがフランドール・スカーレット。公式設定だけを拾うとほとんど紅魔館の外に出ることがなく、また、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力のため紅魔館で孤立しているとされる描写もあります。ですが『東方LOSTWORD』では、イベント中にレミリア・スカーレットや十六夜咲夜とともに一日メイドとして働くことになった妖夢を迎えており、紅魔館の外での戦闘にも参加。ガチャで引けばさまざまな場所での戦闘に連れていくこともできます。
後者については「二次創作にオリキャラを入れる」という結構な冒険。手堅い二次創作であることだけを目指すならプレイヤー=霊夢とするのが妥当でしょう。ただ、『東方LOSTWORD』は会話を中心にしたアドベンチャーパートでストーリーが語られるためプレイヤー=霊夢という形にすると今後も含めたすべてのストーリーで霊夢が描写されることになります。当然その分ほかのキャラクターの描写は減りますし、描写自体もその場に霊夢がいることありきのものしか描けません。そういった霊夢がいるからこその制限を避けるために『東方LOSTWORD』では「誰でもないカメラマン」として主人公を用意したのでしょう。ちなみにこの主人公、名前は自由に決められますが性別は女性で固定。これもまた大胆なようでいて以前の自分のような東方厨がこじらせないようにするよい判断だと思います。
最強の安全装置・パラレルワールド
最後に語っておきたいのが『東方LOSTWORD』の舞台について。
ここから先には『東方LOSTWORD』メインストーリーのネタバレが含まれます
『東方LOSTWORD』のメインストーリーは物語の冒頭こそ公式の幻想郷を舞台に描かれていますが、第1章の主な舞台は本来の幻想郷とは別の幻想郷。さらに、第2章以降では本来のものとも第1章のものとも異なる幻想郷に向かうだろうということもほぼ確定事項として語られています。つまり『東方LOSTWORD』のメインストーリーの主な舞台はパラレルワールドというわけです。二次創作でパラレルワールドを舞台にするのは、免罪符としてこれ以上ないほど安易ですが同時にこれ以上ないほど強力。『東方LOSTWORD』でどんな物語が描かれようと「これはパラレルなので」という理由を付けることができます。
ただ、二次創作自体がパラレルワールドである以上、普通なら劇中でさらにパラレルワールドを構築する必要はありません。二次創作のなかでも比較的有名な『不思議の幻想郷 TOD -RELOADED-』を例に挙げると舞台は普通の幻想郷でありながら、河童たちの技術力は公式での描写とは比べ物にならないほど。潜水艦型の居住施設・潜水邸を作っている姿を見るとガンダムを大地に立たせても、シャロン・アップル事件を引き起こしても納得してしまいそうです。
では、なぜパラレルワールドを用意したかと言ったら、正直わかりません。1章で訪れたパラレルワールドでは学校(寺子屋ではない近代のもの)が登場し、霊夢たちが近代の学校の制服をモチーフにした衣装に着替えるという展開が見られましたが、この展開をパラレルワールド抜きに行うというのも二次創作なら決して無理ではない話です。
1章ごとにひとつのパラレルワールドの問題を解決に導いて物語に節目を作るため? パラレルワールドという設定を使って同じキャラクター使いまわすため? と考えてはみましたがどうにもポジティブな理由は思いつかず。
パラレルワールド内にパラレルワールドを作ったのはなぜか? その答えが自分のなかで見つかるまでは『東方LOSTWORD』を追い続けてみようと考えています。
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