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2光子顕微鏡の原理に寄せられた質問から。

最終更新: 2024/07/16 SHGのことなども追加。
トップの画像はフリーの写真提供サイト、「ぱくたそ」の、「透明度の高い南国の海と波打ち際の白い砂」の写真素材です。
なお作中のイラストは、すべて「いらすとや」の各種素材を使っております。


はじめに

2光子励起顕微鏡が導入されて以降、少しずつ利用者が増えています。
ただ観察原理などで質問が寄せられ、「たぶんこんな感じで…」とか、「まあ、大丈夫だと思う…」など、心もとない回答をせざるを得ないことも多いのが実状でした。そこで原理などを調べて確認したものの、同様の問い合わせが数年後に(=忘れた頃に)寄せられる可能性もあるので、PowerPointでまとめた資料を中心として、ここに載せておきます。

2光子顕微鏡の原理と概略

「2倍の波長の光の光子2つのエネルギー」は、「短波長の光の光子1つ」に相当するため、これで励起させることが可能です。
これが、ごく大まかな、「2光子顕微鏡」の原理です。

「不透明な物体」や「色がある物体」で顕著のように、可視光はサンプルの深部に届きません。そこで、「反射や散乱、吸収されにくい光」を使うことで、サンプル深部までの観察が可能となります。特に、可視光励起での約2倍の波長となる光(近赤外光)は、水を素通しするので好都合です!

…と、こんな具合に、原理のみなら把握しやすいですが、実際の装置仕様や観察のことを考えると、「このあたりはどうなっているんだろう?これでうまくいくのだろうか?」な箇所も多いです。特に原理を調べていくと、「ごく短い時間」という言い回しが頻出するため、わからなくなりがちです。
そのあたりを、少し整理してみましょう。

2光子観察に関係する光学系/光化学系の原理と確認

  1. 一般的な蛍光分子では、光子が当たるとフェムト秒(fs: 10^(-15 ) 秒)レベルで励起し、そして数ナノ秒~十ナノ秒(ns: 10^(-9) 秒)以内で、蛍光を発する(蛍光寿命)。このため、「フェムト秒レベルという極短時間に、2個の光子を分子に当てる」必要がある。
    そこで、一瞬に強い光をまとめて出すレーザー:パルスレーザーを用いる。

  2. 2光子顕微鏡に搭載しているパルスレーザー(一例:MaiTai)の基本仕様。

    • パルス幅 100fs以下,

    • Repetition Rate 80MHz = パルスの繰り返し周期 12.5ns.
      → パルスが出る時間:繰返し周期 ≒ 1:125,000.
      → 一瞬とはいえ、約10万倍に。

  3. このようなレーザーを使うことで、2つの光子を同時に分子1個に当てて励起することが可能。

  4. ※上記のMaiTaiでは、波長 700nm - 1000nmの範囲で設定可能であるが、搭載レーザーにより特定の1波長のみ観察可能のこともある。
    なお2光子励起では、正規の可視域での励起波長の2倍より、いくぶん短波長側で励起最大となることが多い(ブルーシフト)。

  5. ※ +αとなるが、SHG(Second Harmonic Generation:第2次高調波発生, リンクはwikipedia)やTHG(Third Harmonic Generation:第3次高調波発生)も、これらによって発生する効果は2光子吸収による蛍光と類似しているため、SHGなども同時に観察可能。

2光子顕微鏡の原理などでの疑問点1

Q1. 極めて高額のパルスレーザーが必須なほど、2光子励起は難しいのか?

普通のレーザーでも光は強く集まっていそうなのに、NG?
「我々の生活圏でも十分明るいし、特にスポットライトなどで、すごく強い光を当ててるところとかで、日常的に2光子励起が発生していそうだけど?」

A1. 通常の環境下では、決して2光子吸収は発生しない。

励起確率は、光子密度の2乗に比例するため、光子を極めて高密度とすることが必須です。
パルスレーザーで、ごく短時間に光を強くすることで10万倍以上とし、更に対物レンズで焦点面の光子密度を1千万倍以上に大きくすることで、ようやく2光子励起が可能となります。
ちょっとフォーカスが合わない箇所でさえ、光子密度が低下して2光子吸収が起こらないくらいなので、一般的には絶対に起こりません。

2光子顕微鏡の原理などは、さまざまな箇所でまとめられていますが、一例として「脳科学辞典:2光子顕微鏡」にも詳細が載っており、さまざまな箇所で参考になります。
ひとまず上記については、こちらの図2より、共焦点顕微鏡ではZ方向に励起が起こっていること(図2B)と比較しても、「フォーカスの合っている1点のみ」で蛍光が発生していることがわかります(図2C)。

2光子顕微鏡の原理などでの疑問点2

Q2. 2光子励起では、本当に「同じパルスから出ている2個の光子」によって励起が起こっているのか?

パルス1の光子と、次のパルス2の光子との2個が当たることはないのか?

A2. 確実に、同じパルス由来の2つの光子で発生している。

「各種現象に費やす時間/継続時間」の整理。

上記の要点は、「蛍光を発するまでの時間は、励起時間やパルスの出ていた時間より、ずっとずっと長い。パルスの出ていた時間は、蛍光寿命の誤差レベル程度」である。

時間軸の変換。

この原理は、蛍光寿命の算出/蛍光寿命イメージングでも、同様である。
蛍光寿命検出の場合は、「パルスが出た時間」を基準点(=時刻0)として、蛍光強度の推移を計測し、寿命を算出している。

2光子顕微鏡の原理などでの疑問点3

Q3. レーザーの走査に、シグナル検出は間に合うのか?

[その位置で、分子を励起→蛍光を発する→検出]という、シグナル検出までの一連の過程は、「レーザーが同じピクセルをスキャンしている時間」に間に合っているのか?
特に高速観察モードでは、レーザーはサンプル面を超高速スキャンしているが…ほんとうに大丈夫?間に合ってる?
もちろん十分に観察できているため、間に合わないことはないはずだが…。

このあたりを図にすると、以下になる。

検出系が動かない場合。
サンプルへのレーザー照射位置(ピクセル)は、走査によって常に動く場合。

"超高速スキャン!"を謳っている装置なら、こんな風になってしまわないか心配なのだが…?

A3. 高速観察モードでも、蛍光寿命には間に合う。

「各種現象に費やす時間/継続時間」などの整理。
パルスの照射から検出、隣接ピクセルへの移動まで.

もちろん実際の装置では観察できているため、間に合っていることは自明だろうと思われるが、このように高速観察モードでも、「50ns」は同じピクセルにあり、「12.5ns」間隔でパルスが照射されるなら、約4個ぶんのパルスが当たることになるため、検出可能。

この原理は、共焦点顕微鏡の場合でも同様である。
将来的に、共焦点顕微鏡や2光子顕微鏡で、もっと高速観察が可能となっても、「パルス1個ぶん=上の例では12.5ns」よりピクセル滞留時間(pixel dwell)が長ければ、蛍光シグナルの検出が可能と思われる。

ただし、そもそも全ての分子が、「○ナノ秒ジャストで蛍光を発して定常状態に戻る」というわけではなく、ある程度の蛍光寿命の分布があるため、ピクセル滞留時間を短くすると、そのときに長寿命の分子の蛍光検出は、さすがに間に合わなくなる可能性はある。

2光子顕微鏡に関する参考書籍.

最近刊行された書籍で、2光子顕微鏡に限らず、光学顕微鏡の事項が網羅されているので、おすすめです。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/42/2/42_2_91/_pdf

J-Stageの「生物物理」誌、 2002, 42 (2), 91-94ページになります。「実験技術 2光子励起方による神経機能研究」の和文論文?となり、2光子顕微鏡の原理や特長が載っております。
20年以上前のものとなりますが、現在でも参考となる箇所が多いと思われます。