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移動をスムーズにすることで沿線を活性化する— 「阪神ステーションネット」がシェアサイクルに取り組む理由

2016 年にサービスを開始した「HELLO CYCLING」は、全国各地のパートナー企業がそれぞれの地域でシェアサイクルのプラットフォームを利用して事業を運営することによってネットワーク拡大を図るというビジネスモデル。1つのアカウントで、さまざまな企業の自転車や貸出返却拠点であるステーションをシームレスに利用できることから、ユーザーは事業者ごとに会員登録するわずらわしさがなくなるとともに利用できる自転車や拠点が増加し、事業者はシステムの構築だけでなく、ユーザーの獲得や個人情報の管理も独自に行う必要がなくなりました。
 
今回は、大阪市、尼崎市、西宮市、神戸市で「HELLO CYCLING」を活用してシェアサイクル事業を展開する株式会社阪神ステーションネットの温井さんと山口さん、事業の立上げに携わった阪神電気鉄道株式会社の平尾さんに、鉄道事業者がシェアサイクルに取り組む理由について話を聞きました。



ー 阪神ステーションネットの事業内容を教えてください。


阪神ステーションネット 事業部サイクルビジネスグループ 温井 見さん

温井さん:阪神ステーションネットは、阪神電車の駅サービス事業会社として、阪神電車の定期券の販売や駐輪場の運営、宝くじの販売など、鉄道を利用してくださるお客さまに対して様々なサービスを提供しています。最近では沿線活性化に注力しており、阪神電車と沿線住民をつなぐ会社を目指しています。シェアサイクルを展開しているのは、事業部サイクルビジネスグループで、駅周辺に駐輪場を設置し運営するほか、最近では駅周辺の違法駐輪対策や、自治体が保有する駐輪場の指定管理業務も受託しています。

ー 阪神ステーションネットがシェアサイクルの運営事業者として事業参画した経緯を教えてください。

阪神電気鉄道株式会社 経営企画室 広報担当 副部長 平尾さん

平尾さん:私は温井さんの前任で、阪神ステーションネットが「HELLO CYCLING」を始めたときの担当でした。以前は、阪神電車の駅周辺で月ぎめと一時貸しの駐輪場を運営する傍ら、レンタサイクルも取り扱っていました。鉄道と連携し、グループのバス、タクシーといったフィーダー輸送ではカバーできない移動を補完することで沿線価値を高めることのできるサービスですが、係員がいる場所で、決められた時間内しか貸出・返却ができないため、拠点を増やすことができませんでした。

 遠隔操作で24時間貸出・返却ができる無人レンタサイクルも試験的にやってみましたが、DXを活用してさらに使いやすいサービスができないか模索していたところ、関東で「HELLO CYCLING」が実用化したというニュースが飛び込んできたのです。早速、東京の展示会に実物を見に行き、これは関西でもぜひやりたい!と社内で会話をしてから3ヶ月後の2017年12月には「HELLO CYCLING」の運営事業者として阪神沿線でサービスを開始していました。 

運営事業者として参画するパターンはいくつかありますが、元々駐輪場事業やレンタサイクルを直営で行っていたリソース(経営資源)を活用し、自転車購入、ステーション設備、用地提供、自転車メンテナンス全てを当社で担う形としました。2017年12月には、阪神ステーションネットが持っている西宮市内の駐輪場3カ所で、翌1月には尼崎市内の2カ所にステーションを開設しました。

ー 関西に浸透していないサービスを運営することには不安もあったのではないでしょうか?


平尾さん:当時の関西ではシェアサイクルというシステムになじみがなく、レンタサイクルとの違いがうまく訴求できず、アプリを使っての利用方法が分からない方も一定数おり、お客さまにとりあえず1回ご利用いただくまでが大変でした。
 
阪神沿線は平坦なので、電動アシストつき自転車は必要ないという声もありました。私自身、趣味で自転車に乗るので、最初は電動に抵抗がありましたが、乗ってみると非常に快適で、これは絶対に受け入れられる!と確信を持つに至りました。最初は大赤字でしたが、自社の運営する駐輪場の一角にステーションを設置し、駐輪場の係員にメンテナンスを一部手伝っていただくなど、リスクを最小限に抑えられたことで助けられました。
 
阪神電鉄が沿線活性化にいち早く取り組んでいたことから、フィーダー輸送はグループの責務であるという社内の認識はありました。しかし、野のものとも山のものともつかないシェアサイクル事業について最初からすんなりと受け入れられたわけではありません。グループ内外のリソースを活用するため地道に「布教活動」に取り組むことで、徐々に協力を得られるようになり、少しずつ浸透していきました。

ー最初は既存の駐輪場にステーションを設置したんですね! 駐輪場とのシナジーはありましたか?


阪神西宮東駐輪場のステーション

温井さん:それまでの駐輪場事業は昔ながらの運営スタイルで、日中は係員が常駐し、一時利用(駐輪)の受付やレンタサイクルの貸出・返却のほか、自転車の整理や月決め利用の定期券更新を担っていました。そのため、係員の詰所や電源が整備されており、シェアサイクル用バッテリーの充電や保管に必要な初期投資を抑制しながら、サービスを拡充することができました。しかし、ちょうどその頃から、だんだん人手不足が社会問題化し、有人運営を前提とした駐輪場を新たに展開することが難しくなってきました。そこで、一番のネックとなっていた月決め駐輪場を無人運営する体制を2019年に確立し、係員には複数の駐輪場を巡回してシェアサイクルと合わせて管理してもらうこととしました。これにより、係員の役割転換を図り、駐輪場もシェアサイクルも積極的に拠点を増やせるようになったのです。

ー シェアサイクルと駐輪場の両方でサービス向上と拠点拡充が実現できた、とのことですが、開始当初からスムーズに運営ができていたのでしょうか?
 

平尾さん:シェアサイクルの開始当初は稼働が少なく、いつでも自転車のバッテリーが100%の状態(笑)でしたが、サービスが浸透していくと「バッテリーが80%しかないです。しっかり管理してください。」とご意見をいただくようになりました。「40%でもしっかり走りますので安心してください。」とお答えしていましたが、最初が常に100%だったので100%でなくてもしっかり走れることをお客さまにご理解いただくまでが大変でした。
 
既存の駐輪場にステーションを設けていたので、バッテリー交換の際などユーザーと顔を合わせたときにはできるだけコミュニケーションをとるようにしていました。2017年12月の売り上げは2900円しかなかったので、1件1件どんな用途でご利用いただいているのか必死に分析していました。

ー 最初は苦戦していたということですが、どのようにステーション数や設置場所を拡大していったのでしょうか?

  阪神ステーションネット 事業部 サイクルビジネスグループ 主任 山口 裕之さん

山口さん:現在はエリアも広がり、大阪市、尼崎市、西宮市、神戸市でステーションを管理・運営しています。最初は自社の管理施設にしかステーションを設置していませんでしたが、自治体の実証実験に運営事業者として入らせていただいたことで、阪神沿線だけでなく、自治体の公有地にも設置することができました。そうして少しずつ広げていく中で、民間事業者からもステーションを設置して欲しいという声がかかるようになってきて、当社以外の土地にもステーションを設置できるようになり、面で広げられるようになりました。
 
お客さまに説明する際も、初期費用の負担がないこと、工事不要で置くだけで使えるということを伝えると話を聞いていただけるので、営業としては非常にやりやすいです。

ー 再配置やバッテリー交換などのメンテナンスをするため、利用データを分析されていると思いますが、特に利用が多い場所はありますか?

阪神尼崎駅

山口さん:尼崎市では、阪神尼崎駅、JR尼崎駅での利用が多く、常に自転車がなくなって増えてを繰り返すなど、日常生活にしっかり根付いていることが分かります。また、学生の方だと思うのですが、西宮市の関西学院大学と周辺の駅との間の利用もかなり多く、再配置やバッテリー交換を高頻度で実施しています。

阪神尼崎駅付近の中央公園ステーション
阪神尼崎駅南口でのバッテリー交換の様子

ー 阪急阪神はグループ会社も多いですが、シェアサイクル事業で連携している会社はありますか?

温井さん:阪急阪神不動産から、沿線で開発している分譲マンションgeo(ジオ)へのステーション設置を依頼されたり、設置いただけそうな地主さんを紹介いただいたりということが多いです。ときには設置候補場所を一緒に見に行ったり、阪急阪神不動産のお客さまにシェアサイクルについて直接説明したりすることもあります。阪神ステーションネットがシェアサイクルを展開していることはおかげさまで認識してもらえているようで、グループ内の連携はしやすいです。

ジオ西宮コートテラス

ー 鉄道事業者グループがシェアサイクルを運営するメリットはありますか?

平尾さん:沿線での様々な取組との連動ができることがメリットだと思います。例えば、阪神電鉄が発行する観光パンフレットでシェアサイクルのステーション情報を地図上にプロットして案内したり、回遊型のイベントがある時にチラシやポスターでシェアサイクルが付近にあることを紹介したりしています。
 
温井さん:シェアサイクルは日々の日常利用が基本ですが、年に1回初めて阪神地域に来てシェアサイクルを見た人には、まずは「HELLO CYCLING」というシェアサイクルの存在を知っていただくことが大切です。鉄道会社が持つさまざまな媒体を告知に使えることが強みだと思います。

ー 今後の展開目標を教えてください

温井さん:シェアサイクル事業は、阪神沿線の地域活性化に貢献すると思い、取り組んでいます。
阪神沿線についてはほぼ各駅にステーションを設置しており、上手く運営できるようになってきました。シェアサイクル事業は阪神ステーションネットの収益の柱になると期待していますし、さらに伸ばしていきたいです。
 
グループの強みを生かし、グループ内で連携してステーションを増やし、高密度化するとともに、ノウハウを生かして更に展開エリアを拡大していきたいですね。





 

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