きよしこ【重松清】




個人的な感想。私だけのためのメモ。



何回もうるっとした。

お話の最後にあさのあつこさんの解説がある。そこには「かっこいい少年」に対して涙したって書いてあった。私はそういう思いで読めなかったから、そういう読み方もあるのか、と思った。私はものすごく感情移入しちゃった。少年は「かっこいい少年」で間違いないけど、読んでる間はそんなこと思わなかった。いちいち「私にも似たようなことあったな」って過去を思い返しちゃう。で、泣く。

一気に読んだの。今日一日で。あれだね、これ書くころには自分はどんなところに心を動かされたのか、忘れちゃうね。

とにかく読み終わってみて、心がずしーんって感じ。静かなずしーんじゃなくて、そのずしーんは重くて、もさもさして、大声で泣きたくなるような感じ。意味わかんね(笑) あぁ〜、でもこういうずしーんは何回か感じたことあるな。『思い出のマーニー』見たときもこんな感じだった気がする。やっぱり家族のことが書かれてるものはどうしてもだめ、ずしーんってなるし、泣きたくなる。ていうか泣く。

なんでこんなに家族のこと考えちゃうんだろう。いい意味で考えるんならまだしも、ネガティヴな方だもん。いいかげん、離れなよ、私。いつまで引きずるんだ、私。どうして許せないの、私。

それと、友達のことを思い出した。高校生のときにできた友達。初めて本当の意味で友達になりたいと思った人。今まで、というか今もだけど、友達はまあまあいるけど、本当に心を許してる人はいない。許そうと思ったこともない。だから際どい意見を求められたら自分の考えは絶対言わないで、その子が傷つかないようなことを考えて言う。本心とは違っても。その状況にあった一番優しい言葉を考える。これは優しさもあると思ってるけど、8割くらいは逃げ。だって、私がその子の立場だったらこのあとどう行動するか、どう考えるか、ということは考えないもんね。あくまで今の私に対する評価が下がらないように、あなたと私の間に何のいざこざもないように、っていうことが一番大事。私からも、私にとって重要なことは口に出さない。自己解決するか、時間切れになる。自分は自分だからって思いもあるけど、重要なことを言いたい相手なんかいないしね。でも彼女に対しては、心を許そうと思った。すごく私のことを大切にしてくれてると思ったから。まぁね、と言っても、上手くいかないんだよね。上手くいかない。傷つけてる感じがすごいする。彼女が傷ついてる感じも、伝わる。…ってさ、これ書いてて思ったんだけどさ、私、その子に傷つけられたことなんか一度もないわ。なのになんで私は傷つけてるんだろ。もちろん傷つけようと思ってわけじゃないけど…。「これを言われて相手はどう思うか」よりも、「思ったことを言う」ことに重きを置くのって難しい。私自身が「自分で自分のことを解決するのが一番良い」って思ってるから余計。てめえで考えろ、人に聞くなよ、って一瞬思ってしまう。はぁ、冷めてる。自分のこと冷めてるって今は自覚してるけど、昔は自分のこと人情溢れる人間だと思ってたから、なんかね、(´・_・`)という気持ち。考え方自体は変わってないから昔っから冷めてたんだろうけど(笑) 勘違いハッピー野郎だからなぁ、私。

昨日も、彼女の考え方を知っていたのにもかかわらず、自分の考え方を発表してしまった。しかも、その子と私の考え方、真逆だった。これからの人生についての話だった。特に、子どもの話。その子の考え方が間違ってるなんて思ってないけど、そう思わせちゃったかな、と感じてしまった。だってそういう顔してたんだもん。自信のない感じの顔。そんなこと思ってないよ、私は私の偏見でそう考えてるだけだよ、って言った方がいいかな。どうしよ、その子の誕生日にでも手紙書こうかな。

彼女には悪いけど、私が本当に心を開こうとした初めての相手が彼女だったから、たくさん失敗してしまう。なかなか慣れない。今のところ該当者は彼女ひとりだけだし、彼女が初めてだし。判例が作れない。試す場面が少なすぎる。ごめん。。。

きよしこの感想から離れすぎてる(笑) 私あるあるだけど…。


最近インスタで、いろんなハンディキャップを併せ持つ息子との生活のイラストを投稿してるお母さんのアカウントを見つけた。そのイラストの男の子がめっちゃタイプっていうのもあるけど、なんかね、もうね、めーっちゃときめくの。可愛いの。可愛いなんて他人事だから言えるんだろうけど、でも、ごめんなさい、可愛いんだよなぁ。愛おしいって意味の可愛い、ね。いーちゃんに対する可愛いとは違う。インスタを見るたび、その人の投稿がされてないかなってそわそわする。投稿されるのがとっても楽しみなの。お話の少年もハンディキャップを持ってたから思い出しただけなんだけどね。でも読んでる間、ワッチちゃんみたいに、そういうお仕事を目指すのも向いてるかもしれないって思った。読み終わって冷静になってみると「そんな重大な仕事私みたいなぬるま湯の中育ってきた人間が勤めちゃだめだろ」って思うんだけどね。というか、バリバリのキャリアウーマンな私は想像できても、養護教諭とか特別学級の先生な私って全く想像できないし。



ちゃんと思い返せば、どの場面でどう思ったのか、よみがえってくる。北風、ぴゅーってところ、泣いた。具体的にどこに感動したのか、わかんない。でもみんなここにはグッときたと思う。一生懸命なところに胸が打たれたのか、な。わからん。

あと、転校をして上手く馴染めない場面とか、自己紹介を不安に思う場面とか、何回も出てくる転校のこと。お話の少年ほど多くはないけれど、私も何回か転校をしたことがあるから、自分自身の転校人生についても思い出してた。卒業アルバムをもらって嬉しかったのは高校生の時だけ。小学校と中学校の卒業アルバムは、昔のページに私は写ってないし、思い出もなんにもないからあんまり楽しくない。小中のは見返りしたりしなかった。だから高校の卒業アルバムは何回も見返した(笑) 嬉しかったなぁ、全部のページ意味わかるんだもん。

私もお父さんの仕事の関係で転校してたわけだけど、それについてもいろいろ考えちゃう。新しい学校でイジメられたりしたことはないけど、普通にふるさとがある人たちのこと、地元の友達と言える人がいるということを羨ましいと思う。いいなぁって。帰る場所がないってことだからね。

その点少年は中学で転校せずにすんでよかったと思う。一年生からの思い出を部活の仲間と語れてよかったと思う。私もその気持ちわかるよ、入学式の思い出を三年生になっても話せる人が近くにいるってすごいよね、楽しいよね。

この本は両親の本棚から取ったから、一回は読んでると思うんだけど、転校について、どう思ったんだろう。これを読んだとき、私のことを考えてくれたのかな。何回も転校させちゃうことに、なんとも思わなかったのかな。当時の私はむしろ転校にわくわくしてたけど、今考えると、ね、考えちゃうよ、申し訳ないって思ってくれたことあったのかなって。

未だにこういうこと考えちゃう。大昔のこと、今でもぐじぐじ考えちゃう。なんであの時こうしてくれなかったの、私のことちゃんと考えててくれてたの、って思っちゃう。許さない、って思っちゃう。


あとね、夏休みのセミナーで、先生が「苦しい」とか「悩み」とかって言葉を使ってお話する場面も泣いた。間違ったことを言われて思ってることを言えないって本当にもどかしくてイライラすることだよね。喋ることに対してなんのコンプレックスもない私でさえイライラする。いや、じゃあ言えよって感じだけど、言えないんだよねぇ、特に家族。というか親。友達とは深くならないから深く傷つくようなことは無い。言われたくないことを言われることもない。けど親は違う。私が親にたいして心を許してなくても、自分が産んで私の成長を見届けてきた親は心を許す許さないとかない、よね。だから、絶対私が友達に言わないようなことも言ってくる。私は言い返せない。言葉が思いつかない。込み上げて、喉が詰まって、泣く。


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