インボイスとスポーツ選手・クラブの消費税

令和5年10月より開始するインボイス制度について、消費税の税務の最低限の基本と、スポーツ選手の会計や税務を簡単に説明しながら、インボイスとどのような関係があるのか、どのような問題が起こり得るのか、まとめたいと思います。

※この記事の目的は、会計に不慣れな人が、インボイスや消費税申告の基本をざっくりと理解するためのものであり、原理原則の理屈、経過措置や特例などには基本的に触れません。また、詳細部分の省略や正確ではない表現もたくさんありますので、正確に知識を得たい方は、国税庁のHP等を参照してください。

・「課税事業者」とは

商売をしている事業者の中でも、消費税を納める事業者と、納めなくて良い事業者がいます。原則的には全ての事業者は消費税の申告納税をするのですが、例外的に免除されている事業者がいるのです。
国税庁HP(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6501.htm)によると、
「消費税では、その課税期間の基準期間における課税売上高が1,000万円以下の事業者は、その課税期間における課税資産の譲渡等について、納税義務が免除されます」とありますが、用語が分かりにくいので、とりあえずざっくりと
「年間の売上が1000万円以下の事業者は、消費税の申告納税を免除される」
と理解して頂ければ、最低限大丈夫です。
これを逆に言うと、

「年間の売上が1000万円超の事業者は、消費税の申告納税の義務がある」

となります。消費税法では、この申告納税義務のある事業者のことを「課税事業者」、申告納税義務のない事業者のことを「免税事業者」と呼んでいます。今回の内容を理解する上で、この区分はとても大事なので、必ず覚えてください。

・消費税の税務の基本

課税事業者は決算の時に、法人税や所得税の申告と合わせて、消費税の申告と納税をします。消費税の計算は、収入にかかる消費税の税額と、支出にかかる消費税の税額を差し引きして行います。1年の営業活動の中で、受け取った消費税から、支払った消費税を差し引きして清算をするのが、消費税の申告なのです。これを式にすると
「年間で売った時に受け取った消費税」ー「年間で支払い時に払った消費税」
となります。
実際には定義された言葉もあるのですが、今後の話を分かりやすくするために、ここでは
・「受け取った消費税」=「消費税上の収入」
・「支払った消費税」=「消費税上の経費」

と呼ぶこととします。
従って、この記事の中では、課税事業者が納税する消費税の計算は
「年間の消費税上の収入」−「年間の消費税上の経費」=「納税する消費税額」
として行うと考えてください。

例)
年間の売上が3300万円、経費の支払が1100万円(どちらも全て消費税込・軽減税率の適用はない)の課税事業者があるとします。
消費税の税率は10%ですから、売上にかかる消費税が300万円、経費にかかる消費税が100万円です。
上の式「消費税上の収入」ー「消費税上の経費」に当て嵌めると、
「300万円ー100万円=200万円」
となりますので、この事業者は決算の時に、200万円の消費税を申告納税します。

これが課税事業者の消費税計算の基本です。


・インボイス(適格請求書)とは

みなさんが普段コンビニなどで買い物をした時には、通常、レシートが発行されますが、令和1年10月に軽減税率制度が始まって以降、レシートのような領収書などには、「記載すべき事項」が決められています。それは、

①発行者の氏名又は名称
②取引年月日
③取引の内容(買ったもの、提供したサービス)
④領収書等の受領者の氏名又は名称(小売業では基本不要)
⑤軽減税率の対象品目である旨(「※」印などをつけることにより明記)
⑥軽減税率と標準税率の、税率ごとの合計対価(税込)

です。
お手元にコンビニのレシートがあったら、確認してみてください。④以外は網羅されているはずです。

さて、令和5年10月からは、この①~⑥を網羅した領収書や請求書にプラスして

⑦適格請求書発行事業者の登録番号


を記載するようになります。この⑦まで記載した請求書や領収書を、「適格請求書」=「インボイス」と呼びます。
特に大事なのが、⑦の「登録番号」ですが、これについては後述します。

・「インボイス」を発行する意味

先に結論を一言でまとめると、
インボイスが発行されない支払いは、消費税の課税対象であっても「消費税上の経費」になりません
ということです。
課税事業者が経費を支払う時、消費税上の経費にするためには、必ず「登録番号」が記載された「インボイス」を受け取る必要があるのです。インボイスのない支払いでは、消費税上の経費が減りますから、課税事業者は納税する消費税の額がその分増える、ということになります。

・「登録番号」の発行

令和3年10月1日より、事業者は国税庁(税務署)に「適格請求書発行事業者の登録申請書」を提出すると、後日「登録番号」が発行され、インボイスを作成できるようになります。
ここで非常に重要な条件がつくのですが、

※登録番号が発行されるのは、課税事業者に限られる

ということです。免税事業者には、インボイスを発行するための登録番号が与えられません。つまり、免税事業者はインボイスが発行できませんので、免税事業者への支払いは、消費税上の経費にならない、ということになります。

・(例)年俸等の報酬が1000万円に満たない、免税事業者の選手が数多く所属するサッカークラブの場合

スポーツ選手は基本的に個人事業主という立場でプレーしています。選手からすると受け取る報酬は「売上」にあたり、消費税上の収入にもあたります。反対に報酬を支払うクラブからすると、消費税上の経費になります(インボイスが発行される場合)。

例えば、クラブが選手年俸を全員880万円(消費税込)で選手30人と契約していると仮定すると、総額は2億6,400万。そのうち消費税は2,400万。
選手は全員とも売上が1,000万円に満たないので、免税事業者となり、クラブに対してインボイスが発行できません。
インボイス制度の開始以前であれば、クラブは2,400万円の税額を「消費税上の経費」にできたのですが、インボイス制度が始まるとそれができなくなります。その分クラブ側の税負担が増えることになります。

この場合、消費税の税額分、選手に支払う年俸を減らすことで選手に負担させるか、あるいはクラブがそのまま納税して負担するか、という選択を迫られることになります。

・あえて選手が課税事業者になる、という方法もあるが

インボイスを発行できる課税事業者になるには、年間の売上が1000万円を超える必要があるのですが、売上が1000万円を超えていなくても、「課税事業者選択届出書」を提出することによって、あえてインボイスの発行が可能な課税事業者になることもできます。

例えば、年俸880万円のサッカー選手で、年間の経費が330万円の場合(金額は消費税込、他の収入は考慮しない)、本来なら免税事業者なので、年間の手取りは単純に550万円です。
この選手が仮に課税事業者を選択すると、(消費税上の収入)80万円−(消費税上の経費)30万円=50万円の納税が必要になりますから、課税事業者を選択することで、税負担が50万円増えることになり、手取りが550万から500万に減ります。税負担の50万円、選手にとっては相当痛いと思います。
もしくは、クラブから消費税分の減俸が提示されたとして、80万円減ったと仮定します。収入が消費税分の80万円減りますが、じゃあ選手側の経費も消費税分の30万円分減らせるかというと、経費の支払い先がインボイス発行する課税事業者であれば、やはり税負担は発生しますから、減らないわけです。この場合はむしろそちらの方が手取りは減ります。
サラリーは選手のモチベーションやパフォーマンスに直結する部分でもありますから、やはりクラブとしては消費税の負担を被るのがまだマシな選択、となるのかもしれません。

・まとめ

かなり端折って説明してますので、「課税事業者」「免税事業者」の定義など、正確な表現ではない部分もたくさんあることはご容赦ください。

インボイス制度のスタートによって、特にJ2やJ3では、選手との契約への影響や、結構な額の税負担が増えるクラブが出てくる可能性が高い、と考えています。
その分クラブは利益を増やせば良い、という考えもできるとは思いますが、決して簡単なことではありません。
インボイスの目的が「適切で公平な税負担」にあるのだとしても、それまで認められていたものが認められなくなるということは、やはり社会的な影響が出てくるものです。
軽減税率の導入時には決められていたこととはいえ、インボイス制度のスタートによる影響について詳しく説明するメディアはまだ多くないと思います。

僕にとってはそれがサッカークラブでしたが、読んで頂いたみなさんの身近なところでも、インボイス導入でどのような影響が出るか、イメージしてみるのも良いと思います。

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