新テイク_扉絵

『アトランティスの魔導士〈0〉』〈序章〉  part‐2

 おおぬきたつや・著。       

                              まどうし
     『アトランティスの魔導士〈0〉』
        ~はじまりのはじまり~

 〈序章〉  part‐2

 (※前回、Part‐1からの続き…)

 それがいきなり蹴(け)つまずいたかにペタリと腰を落としたのは、行く手を阻(はば)む冷たい鉛色のカーテンにこの鼻っ面をぶつける寸前だ。
 そうかと見ればその頑(かたく)なに封印していたはず一間幅(いっけんはば)のシャッター、何ら迷うこともなしに両手で掴(つか)むや否(いな)やにこの頭上まで一気にジャララララーッとばかし、持ち上げるのだった。
 で。
 またその途端――。

「ッ!」

 顔をまぶしく照らす、そろそろ夕焼けになるべくほんのりとオレンジを帯(お)びた陽射しに不意のカウンター、もろに食らってしまう。
 これにあえなく、それまでの闇に慣れきった目をうげっと背けさせられるが、それでもどうにか細めた眼差しでこの左手、すぐそこの歩道際(ぎわ)につけた一台の車両(クルマ)の影を探り当てた。
 中型で見かけこれといった変哲もない、白の商用ワゴン車だ。

「……あっ」

 だがはっきりとその見分けをつけた瞬間、ぽかんとした顔つきする少年は、思わずその口から気の抜けたようなため息までも漏らす。
 なぜならばそうだ。
 これまでにもはや幾度となしでしごく見慣れたかげかたちのそれは、だがこの彼が今の今まで待ちわびていたものとはもはやまるっきりの別物であったのだから…!
 またそれにより。

 バタンっ――。

 そう、乾いた音のする運転席側から、ほどなくこちらへつかつかと歩み寄って来るのも、それはまた彼が一等はじめに頭の中で思い描いていた人物とは似ても似つかぬ、他人となり。

 カツッ、カツッ、カツッカ、カ―――。

 乾いた舗装路(アスファルト)に硬い足音響かせる焦げ茶の革靴は、呆然の体の少年の目前(まえ)でこれがぴたりと立ち止まる。
 その足下から頭へと徐徐(じょじょ)に視線を上向けてやって、シャッターを両手にバンザイしたまんまのお間抜けなポーズながらにもだ。
 幼い児童はその紅顔(こうがん)を如実(にょじつ)に曇らせてくれる。

「なんだっ、だれかと思ったら、ただのシュウのあんちゃんかよっ! せっかくきたいしてたのに、そんしちゃったじゃんかっ!?」

 もはやいちゃもんさながら。
 そんな開口一番にしてくれたおよそ無遠慮なセリフだった。
 おまけに自身はさっさか、その身を店先から奥の暗闇へとふたたびで翻(ひるがえ)す始末だ。
 まったくこんな愛想もへったくれもないお出迎えに、しかしその場に置き去りにされる相手の男はこちらもさしたる驚きもなし。
 多少だけ、苦い笑いでその肩をすくめさせた。

「おやおや…ふふ、ごめんね。これはえらく期待外れだったのかな? まあともかくお邪魔させてもうらよ。それじゃあ、おじゃま、うわ! 暗いねぇ、やけにっ…!」

 ばかりかして、それからすぐさまみずからもが半ばまで開いたまんまのシャッター、とても気軽なさまでくぐっていくのだ。
 そうして、これまでとは一変した暗がりでその面(おもて)を上げると、この真正面、七歩ばかり先でもう奥の居間にいそいそと上がり込む小柄な背中を認めながら、そこに再度にこやかな調子の言葉をかけんとする。

「あらら、こいつは…うーん、確かさ、お店はまだ開いてるはずの時間じゃあなかったのかな、今はさ? それにこっちは仕事の途中でわざわざ立ち寄ったってのに、ずいぶんとつれないなあ! はは、てことはやっぱり、ご機嫌は斜め、だっりするのかな?」

「ほらっ、いまデンキつけたよ! ふんっだ、どうせうちのじいちゃんに言われてさ、こっちのようすのこのこと見はりにきたって、ただそんだけのことなんだろっ! だってあんちゃんのおシゴト、いつものお店の商品(タネ)のほじゅうなんかはさ、ほんとはあしたのはずだったじゃんっ!」

 ようやく暗かった居間の電灯を背伸びして点けたかと思えば、頭を巡らせるなりしてあからさま…!
 顔つきの滅法(めっぽう)訝(いぶか)しげな男児はおまけ口をきつくとがらせた挙げ句の、とかくとげとげしいものの言いようだ。
 これにはやはり苦めた笑顔でそちらまで歩み寄る男は、またしてものことでその両肩をすくめさせる。

「たははっ! うん、まあ、ね…! うん、もちろんそれもあるけれど、やっぱりお話を聞いて心配にもなったんだよ。おじいさん、ハイクさんもだいぶ困り果てたご様子だったことだし、ね? きみのそのやんちゃぶりには、さ! だってそうじゃないのかな。大事な学校をサボって、よりにもよってあのひとの『仕事』に無断で潜り込もうだなんてのは――」

 相手は年の頃ならおよそ三十路入り前後だろう。
 壮年期などと言うよりは、まだ見てくれも若くした青年の優しく諭(さと)すようなセリフ回しだ。
 が、それを一方のやんちゃ坊主ときらばろくすっぽ耳を貸すこともなし。
 どころかえらいことうとましげに両耳すっかりと両手で塞(ふさ)いだらは、すかさずにぎゃんぎゃんと喚き返す!

「わあっ、もうっ、おせっきょーなら聞きたくねえよっ! そんなのじいちゃんにしこたまこっぴどくやられたもんっ!! でもさ、おれさ、そんなにワルくなんかないんだかんなっ! ぜええったいにっっ!!」

「…はは、そうかい。わかったよ。ともあれおとなしくお留守番してくれていたんだものねっ! なら、ぼくからはもうとやかく言わないことにしておこう。だからそんなむっつりしないでさ、でないとせっかくの可愛いお顔が台無しだよ? ね、クリクリ坊やのアトラちゃん! それにさほうら、ここにとっておきのおみやげもあるから、これでどうにかご機嫌直そうよねっ!」

 かんしゃく玉みたいに赤らめた顔をぷんぷんと上気させるお子様だが、これに対する敵もさる者だ。
 こんなこましゃくれた子供の扱い方だとかを十二分に心得ているものらしい。それだからみずからの左手に携(たずさ)えた小ぶりな四角い紙箱をしたり顔でほうらねと示しながら、同じくもう一方の利き手ではさっぱりきれいに刈り込んだ坊主頭をよしよしと優しく撫(な)でつけてくれる。
 いかにも慣れきった手つきだった。
 だがそんななじみの青年の温かな手の平を、アトラと称された当の勝ち気な男児はこの頭をぶるぶると揺すって邪険にはねのけてしまう。
 そればかりかなおのこと不機嫌なありさまをして、みずからがシュウと呼んだ、一見して外回りの営業マン然とした薄茶のスーツ姿を見上げては、キンキンとけたたましい文句をがなるのだった。

「だあっ、もうっ、やめろよぉっ! オトナってばみんなしてこのおれのボーズあたまをぐりぐりやりたがってさ、でもこれってすっげーめいわくなんだぞっ! ほんにんてきには!! だっておれってばそんなガキじゃないんだかんなっ、なんたってもうじきジューダイになるんだからっ!」

 きっぱり!

 それは敢然(かんぜん)と鼻息も荒くして叩きつけられた言葉には、だがはじめいまいちピンと来ないような、しらけ顔で首を傾げるくらいの相手だったか。それでも、これが間もなくすればしきりと合点のいった様子をして、はいはいとその頭をうなずかせてもくれる。

「ええ、重大…? いや、十代、か! そっか、アトラちゃんてばもうじきお誕生日なんだったっけ? 記念すべき、ええっと、そうそう今年で通算、10回目の…?」

         ※次回、Part3に続く…!