新テイク_扉絵

『アトランティスの魔導士〈0〉』 〈序章〉  part‐6

 おおぬきたつや・著。          

              まどうし
     『アトランティスの魔導士〈0〉』
        ~はじまりのはじまり~

 〈序章〉  part‐6


「うん、シュウのあんちゃんまたあした来るってさ…そうだっ、じいちゃんアレどこやった! あのハコ入りのおみやげ、アレってばあしたの〝お祝い〟じゃねえんだかんなっ!!」

「ん、何を言うておる? そんなものはもうとっく、我が家の冷蔵庫の中に大事にしまってあるぞ。無論、おぬしの手の容易に届かん死角にの! 外見からこの中身を察するに、ちょうど都合がよかろうて? ほほ、あやつもほんに気がつきよるわ。おかげで面倒な手間が省けたというもんじゃろ!」

 しめしめとしたしたり顔に、身体中で地団駄(じだんだ)踏むアトラは声がいっそう、裏返った。

「わあっ、なんでだよっ! うそだっ、そんなのおれぜってえみとめねえぞっ!!」

「はて? 冷蔵庫では気にくわぬのか? …ふうむ、それはまあ、生ものではあるからのう。いやいやしかしだな、これが冷凍庫では、衛生面では万全でも肝心の風味の面において著(いちじる)しく…」

「ちゃうわいっ! このどけちボケじじいっ!! しらばっくれるなよ、くいもんのウラミはおっかないんだろっ!?」

 ここいらへん、やはり年の功(としのこう)が勝るのか?
 ひとの主張をひょうひょうとうまいこと煙(けむ)に巻くおとぼけた態度であしらわれ、意地が焼けるばかりのアトラはせいぜい力いっぱいに憎まれ口をがなる。 こんな他愛もないことで面白いくらいにカッカと頭に血を上らせる独りっ孫(ひとりっこ)を、至って平然たるさまの真向かいの祖父は、はじめこそ心外そうな、やや憮然とした面持ちで見返すのだった。
 だがしかし――。
 そうかと思えば次にはまた出し抜けのこと、何やらやけに芝居がかったセリフを吐いたりもする。おもむろな目配せでこの自分たちが挟む、きらびやかな漆塗(うるしぬ)りの平たい盤上をそれと示しもしながらにだ。

「ぬううっ、何を人聞きの悪い! この食い意地ばかり張りよったひよっこめがっ!! ああ、ならばの、このおのれの目の前にあるもの、その寝ぼけ眼(まなこ)をしっかと見開いてようく見てみよ!」

「…?」

 これにグレた目つきのちびっ子は、いかがわしげな顔つきでも渋々としてこの視線をみずからの手もとへと落とす。するとそれで不覚にもぎゃふんと面食らわされてしまった…!

「え? あっ、わわっ、わ! うそ、これってば『スシ』じゃん! でもなんでっ? いきなりこんなスゲーおおごちそう、じいちゃんてば、ふとっぱらに『ちくしょーズシ』の出前たのんだのか!!」

「『竹松寿司(ちくしょうずし)』だ…ふっふ、なあに、でかい仕事の成功祝いに、ちいと、の! たまには良かろうが? …っと、なんじゃ、その怪訝(けげん)な顔は? べつにおぬしの明日の〝祝い〟とは、あくまで別物だぞ、これは?」

「ううんっ、じゃなくてじいちゃん、そのアタマ!」

 てっきり、目の前のごちそうにばかりその目を奪われているとばかり思っていた現金小僧か、その実のところでより驚きのびっくり眼をしてだ。
 このひとの顔を、特にその目立って広い額(ひたい)のあたりをマジマジと凝視してくれているのに、ハイクも無意識、そこにみずからの手を当てていた。

※挿し絵、今回は完全に失敗しちゃいました♡


「んっ…ああ、いやこれは、あっつ!」

 すると思い出したかに、チクリとした少々の痛みを感じるじいちゃんだ。
 それでも何食わずした素っ気のない顔で返そうとするのを、だが一方ではとても不安げな、ともすれば今にも泣き出しそうな戦(おのの)いた眼差しで、目の前の食卓にがたりとその身を乗り出すアトラである。
 しまいにはぎゃあぎゃあとわめきはじめる始末だ。

「ケガしちゃったのかっ!? 真っ赤にちがにじんでるぞっ、じいちゃんだいじょうぶなのかっ!!」

「お、おお! 無論じゃ。いやはやしてこんなものはだな、見てのとおりでただのかすりキズ程度のものよ! それはまあちいとばかし難儀なヤマではあったからの…だがそんな心配はいらん、断じてな!!」

「ほんとか、じいちゃんっ…」

「明日にでもなればの、きれいさっぱり治っておるわ! これしきのもんは!! もとより愛斗羅(アトラ)よ、おぬし、このわしをいったい誰と心得る?」

 歳も相応にはげ上がった頭のおでこもこの真ん中に貼りつけた、真四角の特大バンソーコー…!
 その少々血がにじむのをひどく痛々しげに見つめるいたいけな愛孫(まご)を、対してこの育ての祖父(おや)はかわいらしさに思わず苦笑いとなる。
 痛みも自然と失せていた。
 それだから愛児の前の一回り小ぶりな寿司桶(すしおけ)におまけで並んだオレンジジュースを、その傍らのコップになみなみと注いでやる。
 そうしてみずからはその手もとのお猪口(ちょこ)をつまんだら、それをいまだ浮かぬ顔の鼻先に、ほれっと突き出すのだ。
 そんなハイクに促されるまま、アトラ、正しくは愛斗羅も沈んだ気持ちをどうにか取り直す。そうして甘い香りの祝杯をおなじくみずからの頭上にまで掲げた。

「ほれ、とにかくめでたしめでたしよ! 加えておぬしにゃ景気のいい『前祝い』にもなろうて?」

「うん! じいちゃん、どうもありがとっ…!」

 こうして、ふたりきりの、乾杯。
 双方ほのぼのとした笑顔の中に、それはささやかなる〝宴(うたげ)〟が催される。飲み食いがはじまればさらに空気も明るくおめでたくもなり、ほどなくいつものやかましいやりとりまでが戻った。
 それからまた、しばしのことあって――。

「ほっほ、やはりうまいものだ。たまになぶんだけなおさらかの! のう、愛斗羅よ…? むぬ、どうしたおまえさん、さっきから一向に箸が進んでおらんぞ?」

「――あ。うん、じいちゃん、あのさっ…」

「?」

 美味なる晩餐(ばんさん)にご満悦で、すっかり普段のらしさを取り戻したはずだった。なのにその愛孫(まなまご)がここに来てまた不意におとなしくなるのを、ハイクはやや不可解げにみとがめる。
 すると何やらしきりともの言いたげな当の本人は、もじもじさせていたその身を突如のこと、ふっとテープルの下に潜り込ませるのだった。
 そのまま背丈の小柄なのをいいことに、盤と畳のわずかな隙間をよいしょよいしょっと四つん這いで掻い潜って(かいくぐって)くる。しまいは怪訝なさまでこれを迎えるハイクの懐(ふところ)も深くまで這い上がり、おまけぴったりとその身をすり寄せて甘えた鼻声なんぞひねり出すのだった。

「あのさ、じいちゃん、あしたのさっ、あれのことなんだけどもさ…!」


                 ※次回に続く…!

 ※以前の挿し絵です。