夏の往復書簡 2020 : 一之瀬ちひろ ⇆ ひがしちか 3通目
ちかさん、こんにちは。
こちらでは先週からこどもたちの短い夏休みがはじまりました。三ヶ月の休校後の数週間の短い今年の夏休み。
これをこどもたちはどんなふうに思い出すことになるのだろう。
前回のメールでは、写真集の感想を聞かせてくれてありがとう!
この作品をつくろうと考えはじめた時期は、ちかさんの本『かさ』の撮影でご一緒した時期とちょうど重なっていて、だから制作のはじめの頃のことを思い出そうとすると、ちかさんと駒場公園の緑を眺めながら話したあの時のことがいつもワンセットになって思い出されるのです。
『かさ』の撮影をしたときのことは今でもときどき思い出します。まだ寒くて、くもりがちな日で、確かちかさんは黄色いコートを着ていた気がする。撮影が終わった後に、このまま家に帰ってしまうのがもったいなくて、一人で駅前の喫茶店に立ち寄って今日感じたことを忘れないようにしようと思いながらコーヒーを黙々と飲んだことも覚えていて、でも、何を忘れたくなかったのか、その時も今もうまく言葉にあらわせないんだけどね。
改めて言葉におきかえてみるなら、いつもちかさんの作品を見るときに感じること、自分の力で何かをつくるってことと自分の力の及ばない大きな流れに身を委ねるってことが、一緒にある、混ざり合っている、そういうことを私はあの日の撮影で感じてたんじゃないかな。
そういうわけで、全くこちらの勝手な気持ちですが、私としてはこの本ができたらちかさんに報告をしたい、と思っていたのです。
ON READINGで9月に私がやる展示は、写真集のつづきのような、制作で考えていたことの写真集とは別の見え方のようなことを、かたちにしてみる予定です。ちかさんのスペースの隣での展示。どんなふうに見えるのかな、と思うととても楽しみです。
作品てまわりにあるものによって感じ方が変わるだろうなと思うのです。これは私の持論ですが、作品や人が持っている資質って、光や温度や風をつたって空気の中を漂うと思うのです。それでまわりにあるものと混ざると思うんですよ。だから、ちかさんの展示と私の展示の資質がON READINGでどういうふうに混ざるのか、楽しみ。
ええと。作品のことを話そうとするとまとまらな過ぎて何から話していいのかわからなくなる(笑)。なので、コロナ自粛の話に話題をうつそうかな。
私は今年のはじめ頃、この夏は家族でイタリアを旅しようと思っていんだけど、計画はこの状況で叶いませんでした。
それで、国境をまたいで旅をするって、今まで当たり前にできることのように思っていたけど、世の中の情勢がかなり安定しているときじゃないと叶わないことだったのだと、改めて気づきました、私の両親が子供だったころは海外旅行は今のように当たり前ではなかったし、祖母の時代は当然もっと物珍しいことだった。見えないのに薄くなったり濃くなったりする国境に引かれたラインがまた薄くなって、私たちがまた自由に旅ができるようになるのはいつになるのかなあ。
正直なところ私は自分が何を感じているのか、自分でもよくわかっていません。今はとりあえず鉤括弧付きにした時間を過ごしているのだという感覚と、そうは言ってもこれは日常だよ、と思う感覚がどっちも拮抗したまま居座りつづけていて、そのせいで身体のどこかが部分的に思考停止状態になっている。世の中の正しいとされている時間感覚からずれちゃっているような感じ。それでもうその「正しさ」なんてどこかに投げすてちゃおうかな、と思ったりもする。これがちかさんの書いていた「大きな転換の産物」なのかもしれないですね。
気持ちや考えがまとまらないときどこか違う場所に移動してみると、なぜかすっきりすることがありますよね。
今一番したいことは、どこか自分の知らない場所にいってそこの空気と混ざること、です!
ちかさんのしたいことは? 今感じてることはどんなことですか?
2020年8月11 日 一之瀬ちひろ
~展示情報~
Coci la elle exhibition “ひらく”
2020年9月5日(土) – 9月22日(火祝)
コシラエルの展示会を開催します。
一点ものやオリジナルプリントの傘、日傘、ハンカチなどコシラエルのアイテムをずらりと展示販売いたします。
http://onreading.jp/exhibition/hiraku/
一之瀬ちひろ 『きみのせかいをつつむひかり(あるいは国家)について』展
2020年9月5日(土) – 9月22日(火祝)
一之瀬ちひろによる私家版写真集『きみのせかいをつつむひかり(あるいは国家)について』の刊行を記念して、小展示を開催します。
http://onreading.jp/exhibition/chihiro/
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