Tire Bandit 第三話


「しかしながら…谷に落ちたと言うのは考えにくいのですよ。まず谷にはきちんと柵を建てております。馬車がすれ違うにも十分な幅も確保されている。なにより、谷底へ落ちたというのなら、何かしら落ちた痕跡が残っていると思うのですが、それらしい物も見つかりません。」

「自殺…とか?」
アルは当てずっぽうに言ってみた。

「用事も荷物も残してか?それこそ有り得ねぇだろう。なぁ村長さんよ、とりあえずその谷ってのに案内しちゃくれねぇか?」

ゴーダは村長へ道案内を願い出た。

「えぇ勿論です。」

「それでは案内して頂こう。」
ラクレットが立ち上がり、一行は件の谷へと足を運んだ。

「ここが問題の谷です。」

案内された一行は谷へとたどり着いた。
左手には草原、左手には崖、中央は十分な幅の道があった。

「ここをまっすぐ進めばラーマ帝国に続く国境があります。」

「なるほど…国境付近だと言うのに全く人がいませんね。」

アルは辺りを見渡し、村長へ尋ねた。

「えぇ。噂が広まったのかこの道を通ってラーマ帝国へ向かう人間はほとんど居なくなりました。ごく稀にラーマ帝国から商人が来ますが、今はほとんど。」

「ふむ…さしあたって気になる点もないのだが」

「案外兄ちゃんの言う通り崖に落ちたのかもなぁ」

ラクレットもゴーダも匙を投げているようだ。

「…じゃぁこういうのはどうでしょう!」

「ここを通る人間が消えてしまうなら、僕らもずっとここに入ればいいんですよ。」

「もしかしたら何か原因が分かるかもしれない。交代でここを見張るって言うのはどうでしょうか?」

アルは2人に提案した。

「しかし皆さんに何かあっては…!」
村長は提案を阻止しようとした。

「悪くねえな」

「現状それ以外出来ることもあるまい。癪だが、賛成してやろう」

ゴーダ、ラクレットもアルの意見に賛成した。

「決まりですね、じゃぁ誰が見張りましょうか?」

「吾輩が受け持とう。認めたくないが歳なのでな、暗くなってからでは何かあってもハッキリと見える自信もない。」

アルが訪ねると、ラクレットは自ら名乗りを上げた。

「案外あんた素直だな。よし、じゃぁ夕暮れ頃に交換しよう。」

ゴーダも概ね賛成のようだ。

「で…ではよろしくお願いいたします…。昼食はリュックに運ばせますので…」

ラクレットを残し、一行は一旦村へと戻った。

村長に紹介してもらった宿に着き、部屋へと案内された。

「ガラガラだな」

宿屋はお世辞にも繁盛している様子では無いことを察してか、ゴーダが言った。

「それにしても…今回もまたおかしな依頼が来たもんだ」

「ゴーダさんはこの稼業…長いんですか?」
椅子にこしかけくつろぐゴーダに向かってアルは尋ねた。

「あぁ…まぁ10年くらいか。そもそもコツコツ真面目に働くことが性にあわなくてな。面白いモンも見れるし、まぁ気楽な稼業だよ。」

「面白いモノ?」

アルは何か神具の手がかりになることは無いか、探りを入れた。

「まぁ色々さ。俺が駆け出しの頃は虎に育てられた少年を捕獲しろだの、傷が治る湖を見つけ出せだの、まぁ現実離れした依頼が多かったな。」

「傷が治る湖?」

「あぁ、どこかの貴族が大量に金を積んで依頼してたな。結局見つからずじまいだったが。まぁ俺も参加してたわけじゃねぇからな。」

「なるほど…」

「ところで兄ちゃんはどうなんだ?若ぇ身空でこんな仕事をするなんざ、訳ありかい?」

「いや、そういう訳じゃ…。人を…探してるって言うか、まぁこの仕事なら金を稼ぎながらあちこち出向けるので何かと都合が良くて…」

「なるほどなぁ。まぁ色々事情はあるわな。」

そうこう会話をしているうちに、部屋のドアを誰かがノックした。
ドアを開けるとそこには村長と一緒にいた、リュックと言う少年が立っていた。

「あの…食事……今日は宿ではなく、村長の家で食事をもてなしたいと…村長に言われて来たッス…」

おどおどしながらリュックはアルとゴーダにそう伝え、支度をして村長の家まで来るようにと言い宿から出ていった。


「ずいぶんおどおどしたガキだな…」
ゴーダは上着をはおりながらリュックについて言及した。

「そうですね…」

アルは村長の言葉を思い出した。
「身寄りがない」と言っていた。すでに両親は他界したのだろうか、少し自分の境遇と重なった。

「さぁ行きましょうか。もたもたしていたら見張りの交代の時間になってしまいます」

アルとゴーダは宿を出て村長の家へと足を運んだ。


村長の家では簡素な食事が用意されていた。

「こんなものしか出せずに申し訳ございません。」

例の噂のお陰で客足が途絶えたのだろう。村全体が質素な雰囲気に包まれていた。

「いただきます」

アルとゴーダは出された食事に手をつけた。

「そういえば、リュック…君だっけ?何歳になるの?」

アルは食卓の向かい側に座るリュックに尋ねた。

「9歳…ッス」

俯きながらリュックは答えた。

「すいませんね…この子はあまり村から出ない上に、この村にも歳の近い子がいなくて…知らない人を前にするとこうなってしまうんですよ」

リュックは俯きながらパンを頬張った。

「ところで村長さんよ。神隠しとは言うが、この村の人間はその…なんだ、被害にあったやつはいねぇのかい?」

もう食べ終わったのか。まだアルはスープに手をつけただけなのにも関わらず、既に食器が既に空になったゴーダが村長へ尋ねた。

それと同時にリュックはバツの悪そうな顔をし、「もうお腹いっぱい」と食卓を後にし部屋から出ていった。

「なんだ?」

ゴーダは不思議そうな面持ちで首を傾げた。

「実は…」

村長はリュックが部屋から出たのを確認し、口を開いた。

「この村に直接的な被害にあった方は居ません。」

「直接的?」

「思えばあれが最初の神隠しだったのかも知れません。」

村長はスプーンを置き、神妙な面持ちで語り始めた。

「アレは8年ほど前でした。ある夫婦がまだ1歳にも満たない子供を連れこの村にやって来ました。」

「聞けばこの国を出てラーマ帝国に新しい仕事を求めるためにやって来た、と言います。」

「家族はこの村で宿を取り、翌朝村を出ました。」

「その日の朝は霧が濃く、私たち村人ももう少し時間を置いてから出発した方がいいと伝えたのですが…」

「昼過ぎに私は庭の畑を耕していたら、ラーマ帝国から来たという商人が、今朝家族と出たはずの子供を抱いてやって来たのです」

「それがリュックでした」

「商人が言うには国境を越え、例の谷を進んでいたところ、この子だけが馬車に取り残され、家族も御者も姿がなかったと言うのです」

「私は急いで国境を警備している兵士に、夫婦が通らなかったか聞きに行きましたがそれらしい人間は通ってないと言われまして、リュックの両親はそれ以来行方不明となっています。」

「もしかしたらまたこの村を訪ねてくるかもしれない、と一縷の望みをかけ、リュックを引き取ることにしました。」

「もちろんリュックもこのことは知っています。」

「今にして思えば、リュックの家族こそ最初の被害者だったのかもしれません。あれから年に数回、必ず行方不明者が出ます。」

村長は手で頭を抱えた。

「このまま、いつか村の人間まで消えてしまったらと思うと…私は夜も眠れません。どうか、どうかお願いします。謎を解いて欲しいのです。」

村長は2人に深く深く頭を下げた。

アルは何も言わずに立ち上がり、外へ出た。
リュックを探すためだった。
家族を失った辛さは嫌という程味わった。そして、その孤独というものが他人では到底埋まらないことも理解していた。
だからこそ、アルはリュックへ寄り添おうとしたのだ。

リュックは村の外れの広場にある木の下で寝そべっていた。

「ここは君の昼寝スポットなの?」

そう言ってアルはリュックの隣に寝そべった。

「あ…村長の所にいなくていいんすか?」

リュックはぶっきらぼうに質問し返した。

「あぁ。見張りの交代まで時間があるからね。その間、やることも無いし君の話でも聞かせてよ。」

「僕の話なんて何も無いッスよ。村長から聞いてるんでしょ僕のこと。赤ん坊の頃ここに引き取られてからこの村の外なんて出た事ないし、人に話せるような話なんてないッスよ」

「なんでもいいよ。普段は何してるの?」

「別に、その辺の木めがけて石ころ投げたり、その辺散歩したり、たまに村長の畑仕事手伝ったり…」

「僕も子供の頃は同じようなもんだったよ。毎日何しようか迷うよね。」

アルはリュックに子供の頃の自分を重ね微笑んだ。

「…名前忘れたッス」

「僕?僕はアルバート。アルって呼んで構わないよ」

「まだ時間あるんスよね?じゃ、じゃぁ僕がアルに村を案内してあげるッス」

リュックはアルを連れて村を案内して回った。
人見知りだったはずのリュックだが、時間が経つにつれアルに心を許したのか、屈託なく笑うようになり、アルに随分懐いた。

「ずいぶん遠くまで来ちゃったね…そろそろ見張りの交代の時間かな?」

アルはずいぶん傾いた太陽を見ながら言った。

「じゃぁそろそろ戻るッスか?」

リュックは物足りなそうに尋ねた。

「そうだね。一応仕事できてるわけだし…」

「僕が泊まってる宿屋までかけっこで競走しようか!」

リュックが少し寂しそうにしているのに気づいたアルは最後にもうひとつ遊びを提案した。

「いいっスよ、これでも僕はめちゃめちゃ早いんスからね。」

「よし、じゃぁ勝負だ!よーい…」

「ドン!!」

2人は一斉に走り出した。
が、アルがどんどんリュックを突き放していく。

アルは神具を使い追い風を起こして走るスピードを上げていたのだ。

「めっ!めちゃめちゃ早いッス!大人にも負けたことないのに…!!」

「ほらほら着いてきな!!」

「負けないッス!!」

2人は宿屋まで一目散に向かっていった。

「はぁ…はぁ…すごいッス!僕より早い人…初めて見たッス…はぁ…はぁ…」

「リュックも早かったよ。あと少ししたら追い抜かれちゃうかもね。」


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