まだプレビューできず

 リコーのGRというデジタルカメラを買ったのが今から四年前だった。フォトレタッチの仕事をしている当時付き合っていた彼氏に勧めれて、言われるがまま買ったのがそれだった。
「黒がすごく良く出るんだ」
 毎日、広告写真の加工ばかりをしているからか、そういうことに詳しい男だった。当時はそんな専門的なことを熱く語る彼が好きだったが、今思い出すと何だか子供っぽい感じがする。「本当にお勧め!」
 あなたがそんなに言うならそうしようかな――。
 私も働いていたし実家で暮らしていたからお金に余裕はあった。確か五万くらいのコンパクトカメラだったと思う。だが私はただの販売員で、写真に興味なんてなかったものだから、それで何かを撮っても黒の色合いなんて全然わからなかった。そもそもそれは少し初心者には格式高いようなカメラで、まずズーム機能がなかった。きっとあたしみたいなデジカメ一台目の人間が買うものじゃなくて、例えば既に一眼レフを持っている人が気軽に楽しむため二台目として購入するようなものだと思った。
 だけどその黒いボディと肌触り、少し手にぶらさがるような感覚のちょっと重さと高級感は、他のメタリックボディでシルバーやブルーにピンクの色をしたデジカメにはなく、それまで平凡なだけで、特に資格も持ってなければ打ち込んだものも大きな夢だって持ってない私に、それを構えているときだけは、他の人たちとは違う、自分は特別なんだと思わせてくれる、そんな一面があって、しばらくするとお気に入りの一台になった。
 彼とはどこに行くときも持って行ったし、写真もたくさん撮った。ズームがないのにも慣れるし、あたし自身もGRを通して、少しずつだが写真のことが好きになった。
 四季をファインダーで覗くように過ごした一年があって、あたしと彼は春夏秋冬を二度繰り返した。二度目の冬を迎えるかというとき、あたしたちは同棲を始めた。もちろんあたしはGRと一緒に彼との生活を始めた。それまでも週末はほとんど一緒に過ごしていたし、彼の家に入り浸っているあたしだったから、同棲をしてもそれほどの新鮮さはなかった。ただ二人で住む為の少し大きな部屋に引っ越して、あたしは妊娠して、そんな部屋から出ることが少なくなっていった。
 あんなに一緒にいた彼は年を重ねて仕事での責任も多くなって、子供が産まれるという使命感から、遅くまで会社にいることが多くなった。それは嬉しかったけど彼がレタッチのディレクションをしたという紅茶の広告や、雑誌の表紙を見せられる週末が増えていくのは退屈だったし、寂しくもあった。あたしは大きくなるお腹が辛くて、動くのも面倒で、そんなときに気を張って遅く帰ってくる彼のために頑張って料理を作っていても、何だか退屈そうにそれを食べて、疲れたらお風呂に入って寝るだけの姿は、テレビの向こうの窓の繰り返しの風景ばかりを見ているあたしから何かを奪った。子供が出来て、それまでと同じような生活のできないあたしに頼れるのは彼しかいないのに、彼はどんどん変わっていってしまった。きっとそんな彼とあたしから奪われたのは愛だったんだと思う。
 そんな中、流れてしまったのは月日だけじゃなかった。あたしたちは子供をどこか知らぬところへ流してしまって二度とその子に出会うことは叶わぬことになってしまった。
 三度目の冬を終わる頃、あたしは彼と住んだ家を出た。すっかり身軽になっていたのは、持ち帰る荷物が少なかっただけじゃなく、あたしの身体が痩せていたからだった。
 ほとんど衝動的に彼の部屋を出て、一枚の置手紙だけを残したつもりだった。もうこの頃では彼との会話も紋切り型で、食事も二人で食べているのに一人でいるようなものだったので、無言のうちで合意していた別れだったとは思う。

   ■
 
 だがそう思っていたのはあたしだけだったようで、その夜には何度も何度も携帯が鳴った。最初の一回、そして二回は、あたしも情があった。だから彼の電話に出た。だがそれが続くうちに、少しずつ彼の相手をするのにも疲れてきて、もう無視をすることに決めた。あたしはそこに、「別れないで」と懇願する男とそれを「もういいの」と断る女の、よくある別れのストーリーを重ねて、薄情な自分を納得させ、全てを黙殺し、眠りについたのだった。

   ■

 その翌朝、彼と借りたあの部屋が前夜に全焼したことを知った。
 階下の住人の煙草が原因だという。三度目からの電話は彼からの助けを求める声だった。
 あたしが燃えたアパートの部屋の中に置き忘れていたGRを受け取ったのはそれから二日後のことだ。本体の形は変わっていたが、SDカードは無事だった。きっと調べればそこに何かが残されているだろう。だが焼け死んだ彼が命を失ってもなお、離すことなく持っていたそのカメラの何かをあたしはまだプレビューできずにいる。

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