この一年の話(前編)
新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として厚生労働省首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。またコロナワクチンに関する情報は首相官邸のウェブサイトをご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。

この一年の話(前編)

はじめまして、あるいはご無沙汰しております。小野マトペです。私は36歳のソフトウェアエンジニア男性で、昔は「ふぁぼったー」というWebサービスを趣味で開発・運営したり、その後は仕事で分散ストレージを開発したりしていました。

報道等でご存知の方も多いと思いますが、私はTwitter上の投稿が偽計業務妨害にあたるとして、2020年7月29日に警視庁に逮捕されました。

早いもので、それから一年が経過しました。報道された事件の経緯は、事実関係には間違いありません。私の軽率な投稿で多大なるご迷惑をおかけしてしまった当該店舗様、そして関係者の皆様には、お詫びの言葉もございません。

一方で、私は取調べの当初からほぼ一貫して故意を否認しています。本件において故意が存在することは刑事罰の大前提ですので、つまり無罪を主張しているということになります。

検察官から虚偽の自白を強要され、一度は略式起訴処分(公開裁判なしでの罰金処分)となりましたが、どうしても納得できず、昨年9月、正式裁判を請求しました。一審は残念ながら力及ばず、今年2月に有罪判決が下されてしまいましたが、現在は控訴し、東京高裁に係属中です。

そういうわけでまだ裁判は続いていて、少なくとも今のところは前科持ちでもありません。

この一年、今まで通りの生活から離れ、本当に多くの出来事を体験しました。このエントリーでは、この一年私の身に起こったことについて、みなさんにお話ししていきたいと思います。

少し長くなりますが、お付き合い願えれば幸いです。

事件当日のこと

事件のあった2020年3月17日20時15分、私は神保町での友人主催の飲み会に向かう電車の中で、暇つぶしにネットのニュース等を読みながら、反応をTwitterに散発的に投稿していました。

森友問題を報じる文春の記事を読み(20:00)、新型コロナウイルスの累計感染者グラフの傾きがゆるやかになったことを喜び(20:09)、ピザの自炊を熱烈に勧める匿名ブログをシェア(20:14)した1分後に、私は「私はコロナだ」というツイートを投稿しました(20:15)。

画像1

画像8

最後の「私はコロナだ」は、ネットで

『電車内で「俺はコロナだ」、群馬 ー 業務妨害罪で男逮捕』

というニュースを見かけて、「俺はコロナだ」という見出し表現が「私はウナギだ」というフレーズで有名な「ウナギ文」と似ていたことになんとなく可笑しさを感じ、その反応として独り言のように投稿したものでした。

ウナギ文というのは、たとえばお店で料理を注文するときに「私はウナギにする」と言うところを、「私はウナギだ」のように「だ」を使って省略すると「私=ウナギ(I am an eel)」と言っているように解釈できてしまうという言語学上の概念です。

記事は、群馬県両毛線車内で酒に酔った男性客が他の乗客に「俺はコロナにかかってる。うつるよ」などと発言して乗客間トラブルになり、一時間の運転見合わせを発生させて業務妨害で逮捕されたことを報じるものでした。

この男性の行動は迷惑なものですが、私は見出しのウナギ文を見て、男性客が自分がコロナウイルスだと言っているように読める点が面白いと感じ、ぼんやりとリアクションとしてとつぶやいたのでした。この着眼点は特に独創的なものではなく、一部インターネット界隈でもこのフレーズを面白がって、大喜利言語学的な検討が盛り上がりを見せていたようです。

20時30分ごろ、私は遅れて飲み会に合流し、ビールを飲んで久しぶりに再会した友人らと旧交を暖めていました。45分ほど経ったころでしょうか。ふと、飲み会に参加している様子をTwitterに投稿しようと考え、iPhoneでテーブル上の写真を撮影し、「濃厚接触の会」とテキストを添えて21時14分に投稿しました。

画像7

2020年3月当時、多人数での飲み会やカラオケなどが「濃厚接触」だとメディアで盛んに報道されていました。私が投稿した「濃厚接触の会」というフレーズは、多人数が集まる飲み会に参加していることを、流行語を用いて、冗談めかして表現したものでした(これも発想としてはありふれたもので、この当時、同じ文言を添えた飲食の場面写真は多数投稿されていたようです)。

このとき、私はふたつの致命的なミスを犯しました。

ひとつは、この瞬間に1時間前に投稿した「私はコロナだ」のツイートのことを失念しており、まったく思い出さなかったこと。もうひとつは、写真に写ったビールグラスに、店舗名を記したロゴが印刷されていたことに気づかなかったことです。

--------

ひとつ目のツイートについてはともかく、写真にはビールグラス上の店舗ロゴが大きく表示されています。ロゴに気がつかなかったとは信じられないでしょうか。これについて説明させてください。

実は、最初に撮影したのは投稿に使った写真ではなく、下のような写真でした。ビールグラスが横を向き、ロゴの店舗名が半分しか読めません。このことからわかるように、私はこの時グラスのロゴに被写体としての興味を払っていませんでした。

画像2

私はこの写真を投稿するつもりでしたが、画面上部に向かいの参加者の名札が写っていることに気づいたため、名札が映らないアングルを探して写真を撮り直すことにしました。それが2枚目の写真です。

画像3

右上にあった名札がフレームから外れていることがわかります。このとき、視点がグラスの右側に回り込んだことでグラスが中途半端な角度になってしまったため、見栄えを良くするためにグラスの向きを少しだけ正面に向け直しています。ええ、見栄えは良くなっていると思います。

しかし、左上を見てください。今度は左隣の参加者のスマホ画面が映り込んでしまいました。他人の使用中のスマホ画面を勝手に投稿するのはマナー違反ですが、これ以上安全なアングルを探すのも面倒だったので、わたしはこの写真を適当にスクエアにトリミングして投稿することにしました。

それが投稿に使ったこの写真です。きっちりスマホがフレームから外れていることが分かります。

画像4

つまり、確かに投稿された写真ではビールグラスのロゴは大きく写っているのですが、それは、名札やスマホが映り込まないアングルを探した結果偶然そうなってしまったものであり、最初からビールグラスのロゴを強調して大きく写そうという意図で投稿したものではありませんでした。

そして、2枚目の写真の撮影以降は、私の注意は画面端に名札やスマホが映り込まないかどうかに向けられており、画面中央のビールグラスのロゴには特段の注意を払っていませんでした。

取調べ

2020年6月19日7時42分、神田警察の捜査員6名が自宅に訪れ、偽計業務妨害の疑いで家宅捜索され、その後神田署で取調べを受けました。

突然のことにとても驚きましたが、私は玄関先で刑事から「私はコロナだ」と「濃厚接触の会」のツイートのプリントアウトを提示されてようやく、このふたつのツイートが連続していて、その間は1時間しか離れていなかったことに気がつきました。

たしかに、ふたつのツイートを組み合わせて読めば、あたかも新型コロナウイルス感染者がこのロゴのお店に来店し、多人数で飲食をしていることを吹聴しているかのような文脈が形成されます。これら二つの投稿を閲覧した第三者が店舗に通報すれば、店舗の業務が妨害される可能性があります。

そしてそれは、実際にそうなったようでした。私の投稿から30分後の21時44分、店舗ホームページのフォームを通じて、氏名不詳の第三者から当該店舗の営業会社に「コロナ感染者がそちらに来客しているようです」と、ふたつのツイートのURLを添付して通報があり、それを受けて店が狙われていると感じた会社が、即座に警察に通報したということでした。

店で騒ぎになったり、風評被害で来客が減ったりしたことはないものの、店は閉店後に食器やテーブル等をいつもより念入りに消毒したそうです。

--------

私は大きなショックを受けました。なぜこんな事になってしまったのか。

私は、もちろん他人の迷惑になるようなことは言うべきでない、という程度の倫理観は持ち合わせていたつもりですが、同時に、迷惑にならない範囲であれば自分の責任の範囲で表現をするべきだ、とも考えています。今回私は「私はコロナだ」という投稿が具体的に業務の妨害を発生させる可能性を認識できず、その点に致命的な問題がありました。

電車内で酔漢が周囲の客に「俺はコロナにかかっている」と吹聴すれば、それは施設を管理するJR職員の業務が妨害されるだろうなと分かります。しかし、SNSで「私はコロナだ」と投稿する行為で、誰かの業務が妨害されるという可能性を、私は不覚にもまったく想像できていませんでした。

その可能性は、1時間後に何気なく投稿した飲み会ツイートの写真に、店舗のロゴが写っていたことから、思わぬ形で現実のものとなってしまいました。しかし、具体的な結果発生の機序が想定できなくとも、もっとファジーに、なんとなくまずそうだと考えて投稿を止めるのが常識的な行動だと思います。それが私にはできませんでした。このことが私は悔やんでも悔やみきれません。

私は、「私はコロナだ」という、その人自身がコロナウイルスであると言っているかのような、日本語としてちょっと奇妙なフレーズを面白がって投稿しました。確かにその意図をはっきりと解説する「文脈」は明示していませんでしたが、この投稿によって、閲覧した第三者を私が新型コロナウイルスに感染したと錯誤させようとは思っていませんでしたし、錯誤するとも思っていませんでした。

実際、投稿から3ヶ月経ったその時点でも、私の投稿を問題視したり錯誤したりした反応は寄せられていませんでした。店舗へ通報した第三者は錯誤したのかもしれませんが、店舗への通報の1分後2分後に私の各ツイートのweb魚拓が取られていることを考慮すれば、実際にどうだったのかについては一定の疑いを差しはさむ余地があります。

--------

この日の取調べでは、客観的な事実関係について全て認めた上で、

・「私はコロナだ」のツイートはニュース見出しへの言葉遊び的なリアクションのつもりで、騒ぎを起こしたり、二つ目の投稿と結びつける意図はなかった。
・「濃厚接触の会」というのは多人数が参加する飲み会が濃厚接触という意味で、新型コロナウイルスの感染者がその場にいると表現したわけではない。
・「濃厚接触の会」投稿時、不注意にも一つ目の投稿のことを忘れていて、全く意識になかった。そのため、添付した写真のビールグラスのロゴから一つ目の投稿と関連づけられる可能性に気がついていなかった。

と説明し、大変なご迷惑をかけてしまったお店には本当に申し訳なく思っている、ぜひとも謝罪したい、と供述しました。

取調べは夜まで続き、ようやく解放されました。二次被害を避けるためにツイートを削除してよいか問い合わせましたが、証拠保全を理由に断られました。

---------

翌週、法律事務所を探し、今後どうすれば良いか相談しました。「お店に謝罪して民事的に和解してもらうことが重要」との助言をもらい、対応を依頼して解決策を模索してもらうことにしました。

しかし、警察に先方への連絡の可否を問い合わせたものの、先方の「会社に示談を受ける仕組みがないので示談は不要です。被疑者が反省しているのであれば大げさにしなくてけっこうで、重い処罰は望みません」との意向により、残念ながら話し合いの場を持つことはできませんでした。

この時点でこちらにできる事は何もなくなり、被害者の処罰意識も低いことが分かったので、弁護士と相談の上、事件が検察に送致されるのを待っていました。

逮捕

取調べから1ヶ月半が経過した7月29日、再び神田警察の署員が自宅に訪れ、再び署に同行するように言われました。私が了承し、会社に休みの連絡を入れてバンに乗り込むと、主任刑事が「じゃあ、君を逮捕するから」と逮捕状を読み上げ、私に手錠をかけました。私は逮捕されてしまいました。

私は在宅捜査に協力していましたし、逮捕されるようなことになるとは全く思っていなかったので、突然の逮捕にとても驚きました。

主任刑事によれば、私が前回の取調べで犯意について曖昧な供述をしたため、嘘をついているんじゃないかということになり、厳しく取り調べるために逮捕したのだそうです。つまり、私は故意を否認したことで逮捕されてしまったのでした。

刑事事件では、犯罪が成立するためには原則として故意、つまり罪を犯す意思が必要です。私は最初の取調べですべて正直に供述していましたが、そのことで逆に事件は否認事件とされ、捜査体制が「在宅事件」から身柄を拘束する「身柄事件」に切り替わってしまったのでした。

刑事に言わせれば、ふたつのツイートは一時間しか離れておらず、間に他のツイートをしていないのだから、私にわざとではなかったと言われても納得できないのだそうです。

逮捕後の取調べでは、「私はコロナだ」のツイートに、あるフォロワーが両毛線のニュースを引用して「ヤバいヤバいw」とリプライしていた事実について追及されました。このリプライは「濃厚接触の会」のツイートを投稿する7分前に来ていたのだそうです。

「濃厚接触の会」の7分前に「ヤバいヤバいw」とリプライが来ていたんだから、「私はコロナだ」がヤバいツイートだと分かっていたんじゃないか、忘れていたなんて嘘じゃないのか、と問い詰められました。

たしかに…。

言われてみれば、確かにそうですね…と言うほかありません。それでも二つの投稿を結びつけて考えることができなかった自分の間抜けさに、私は頭を抱えました。

ただし、リプライを二つ目の投稿まえに読んだかどうかは覚えていないと供述しました。事件当時は私物のiPhoneを業務で兼用しており、常時何らかの通知が着信していました。騒がしい飲み会のなかでそのリプライをいつ見たかは記憶していませんでしたし、そうでなくとも、4ヶ月以上も前に特定のリプライをいつどこで読んだのか、覚えていられるものではありません。

--------

そのまま私は月島警察署の留置場に収容(留置)されました。

夜になって駆けつけてくれた弁護人から、接見室のアクリル板越しに「これは不当逮捕です」と説明を受けました。

その説明によれば、法律上、逮捕というのは被疑者に「証拠隠滅の恐れ」または「逃亡の恐れ」がある場合に、それを防ぐためにしか行えません。私は在宅捜査の間も仕事をしていましたし、客観的事実について争っていないので証拠隠滅のおそれもありません。逮捕要件を満たしているとは到底考えられないのだそうです。

たしかに、証拠品として押収されたiPhoneも「全てコピーを取った」と言われた上で返却されていました。ツイートもそのままです。何を隠せばいいというのでしょうか。

弁護人によれば、検察は故意を自白させるために私を逮捕したのだそうです。検察官は、100%有罪にできると確信した事件しか起訴しません。私が故意を否認したまま起訴すると、無罪判決が出てしまう可能性があります。そこで、100%確実に私を有罪にするために、勾留し、長時間取り調べて自白調書にサインさせるつもりだろうとのことでした。

「いわゆる人質司法というやつです。ちょっと前にカルロス・ゴーンが長期拘留されて話題になりましたけど、あれと同じですよ。」

不当逮捕…人質司法…カルロス・ゴーン…。そんなことが自分の身に降りかかるのかと、なかなか現実感が湧きませんでした。その日の接見は、両親への連絡を依頼し、勾留阻止に向けた弁護活動をしてもらうことを確認して終了しました。

------------

翌日は東京地検に送致され、私の逮捕を指示した唐澤という検事の取調べを受けました。

この日の朝は例年よりも長く続いた梅雨空に晴れ間がのぞき、都下の街並みは夏の朝日を浴びて輝いていました。それを護送バスから眺める自分の状況に現実感が湧かず、私はぼんやりと『天気の子』の最後のほうみたいだな、などと他人事のように考えていました。

取調べでは実務的な聴取に終始した警察官と違い、唐澤検事は饒舌でした。

「私はあなたに確定的な故意があったとは思っていません。でもあなたは投稿の結果どうなるか分かっていたはずです。未必の故意はあったでしょう。20歳そこそこの子供ならともかく、35のいい歳をした大人が、しかも大企業に勤めているあなたがこんな投稿をして、どうにゃるかわかりましぇんでした〜なんて、世間が許すと思いますか?」

「あなたの普段のツイートを見れば、あなたが頭の良い人だという事はわかりますよ。そんなあなたが業務妨害の結果を予見できなかったなんて、常識的に考えてありえないんですよ」

「あなた弁護士つけてますよね?まあ否認は相談した上でやってるんでしょうけど、このまま否認を続けるとどうなるか、分かってるんですよね?」

「あなたは自分がどう振る舞うべきかまだよくわかっていないようですね。自分がどうするべきか、ま、ゆっくり考えてください」

まともに話を聞いてくれるわけはないだろうとは思っていましたが、検事の私に対する心象は最悪だったため、この時点で私は勾留まで覚悟していました。私はただただ、困ったなあと思うばかりでした。

釈放

検事が勾留請求したため、三日目は東京地裁で勾留質問を受けました。勾留質問とは、裁判官が被疑者と面談して、勾留請求を認めるかを決めるミニ裁判のような手続きです。請求が認められれば、延長を含めて最大20日間の勾留がスタートします。

しかし、私と面談した裁判官は「勾留をする必要はないと思います」とあっさり勾留請求を却下しました。唐澤検事は決定を不服として即座に準抗告(他の裁判官に決定の変更を請求すること)しましたが、これも棄却され、留置3日目の夜に私は釈放されました。

23日間の身柄拘束を受けることによる生活上の影響は計り知れません。最悪の事態が回避できたことに、心底ほっとしました。

裁判官は被疑者に「証拠隠滅や逃亡を疑う具体的なおそれ」がないと判断したら勾留請求を却下しなければなりません(住所不定の場合を除く)。勾留請求の却下率はわずか6%である中、裁判所がそのように判断したことから見ても、やはり今回の逮捕は法的妥当性に欠けるものだったのでしょう。

しかし、家に帰った私を待ち受けていたのは、私の逮捕が報道されていたという思いがけない事実でした。

私の事件は、逮捕2日目の夕方にフジテレビ系列のニュース番組で所属企業の名前とともに報道され、3日目の読売新聞朝刊では町名までの住所とともに、実名が報じられました。いずれも私が故意を否認していることは触れられておらず、あたかも私がいたずらで二つの投稿をしたように見える報道でした。

画像5

(FNNプライムオンライン2020年7月30日より)

名称未設定2

(読売新聞2020年7月31日朝刊より)

テレビのニュースがWeb版にも掲載され、すぐに逮捕されたのが私であることが明らかになり、逮捕2日目の夜にはインターネットで騒ぎになっていました。

インターネットは、事件に関連した私や所属企業への誹謗中傷で溢れていました。無関係な過去の投稿と結びつけて人格を攻撃するものや、なかには「俺は前からこいつを強烈な差別主義者だと思っていた。逮捕は飯ウマ!」といった書き込みまでありました。

弁護人によると、報道は正規の報道ルートによるものではなく、おそらく検察による報道機関へのリークだろうとしたうえで、嫌がらせでしょうね、とのことでした。ああ、世間が許さないってこういう意味だったのかな……と私は検事の顔を思い浮かべました。

裁判所が勾留すら認めないような逮捕でも、「逮捕した」という既成事実さえあれば報道機関にリークして実名・社名つきの逮捕報道で社会的制裁を与えることができるのか……というのが、この時の私の正直な心境でした。

--------

読者の皆さんの中には「悪いことをしたんだから逮捕は当然だし、実名報道されるのも当然」と考える方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、悪いことをしたかどうか決めるのは裁判官であって警察官や検察官ではありませんし、捜査機関は被疑者に犯罪の疑いがあるときも、逮捕要件を満たさないのであれば任意で捜査して書類送検しなければなりません。逮捕は刑罰ではありませんし、都合の良い社会的制裁の道具でもないのです。

個人の前科や逮捕歴についても、それが第三者に知られることは社会生活上の極めて大きな不利益ですので、本来は重大なプライバシー情報として管理されます。民間人は他人の前科や逮捕歴を知ることはできません。

本来は裁判所の許可がなければ被疑者の自由を制限できない(憲法第31条・私刑の禁止、第33条・令状主義)検察官が、刑事手続きを省略し、リーク報道という脱法的な手段で自由にひと一人の社会生活を破壊することができる。その暴力的な構造に私は愕然としました。

自白供述

釈放後の8月7日、再び唐澤検事による任意の取調べが行われました。

冒頭、やはりどう考えても故意はなかったと思います、と私が切り出すと、検事はとつぜん怒り出し、取調室中に響く大声で私を怒鳴りつけました。

「あんたは裁判官に嘘をついたのか!」「嘘をついて釈放されたのか!!」

どうやら私が勾留質問で「私は罪を認めているんです」と弁解したことについて、故意を認めてないなら弁解は嘘じゃないか、ということのようでした。

確かに、私は裁判官にそのように弁解しました。が、それは勾留質問で何を言っていいのかわからず、とにかく「具体的な事実関係は認めているんです」というような意味のことを言おうとして、緊張のあまりうまく喋れずに、そのような言葉が口をついたに過ぎませんでした。

要するにただの言い間違いなのですが、「嘘をついた」と検事に追及されて私は動揺しました。そんなつもりはなかったのに、私は嘘をついたことになるのだろうか、釈放が取り消されたり、偽証罪に問われるのだろうかと不安になり、頭が真っ白になってしまいました。

ちなみにあとで弁護人に聞いたところ、私の認否情報は事前に意見書として裁判官に共有されていて、裁判官はそれも見て決定を下したのだから何も問題はなく、どう考えても検事の言いがかりだとのことでした。電話越しにそれを聞いたときは、私は検察官の見境の無さに唖然としてしまいました。

元検察官の市川寛氏(@imarockcaster42)による『検事失格』に、こんな話をする検察官の話が出てきます。

「僕が若いころに選挙違反事件をやったとき、後輩の検事と『どっちが先に自白させるか』って競争したことがあったんだ。僕の方が早かった。僕はね、在宅の被疑者を呼んだとき、被疑者が座る机の上に雑誌を置いておいたんだ。で、事務官に呼ばれた被疑者が待合室から僕の部屋に入ってくる。でも僕はわざと黙って記録をめくったりしている。しばらく経つと、被疑者はいたたまれなくなって必ず目の前の雑誌をめくり出す。すると『誰がそんなことしていいって言ったんだ!』って怒鳴りつける。これでもう被疑者は『すいません!』ってなるから、すぐに自白する」

唐澤検事の振る舞いはまさにこれでした。要するに精神的に余裕のある在宅の被疑者を効率的に自白させるためのテクニックだったのですが、この時の私はそうとはわからず、検事のペースにいいように引き込まれてしまいました。

そんな私に対して検事は、「故意を認めなければ、示談を取り継ぐことはできません」とたたみかけました。じつは、私が釈放されたとき、検事はもう一度店舗に示談の取次をすると弁護人に約束していました。私は店舗と話し合いができる可能性に期待していたのですが、検事はこの示談取次に、故意の自白という条件をつけました。

これは要するに、このまま検察官と起訴処分を賭けたチキンレースを続けるのか、故意を認めて示談させてもらうか、今ここで選べ、という意味でした。

目の前の検事は、何を言っても聞き入れる様子がなく、否認を続けても簡単に起訴処分を決めてしまいそうに見えました。起訴率30%、刑事裁判での有罪率99.9%の日本では、ひとたび起訴されればほぼ確実に有罪が確定してしまいます。前科がつくことによる今後の不利益は計り知れません。私は追い込まれました。

私が困っていると、検事は急に優しい声色になり、故意について次のような説明をして、私にどう思うか問いかけてきました。

「小野さんね、あなたは、①『ふざける気持ち』はあったんじゃないですか?ふざけるっていうのは、周りの人を笑わせたり、和ませたりといった、いい面もありますよね。あなたも、きっと周囲を和まそうとしたんですよね?でも、②ふざけるということは、人を傷つける悪い面もありますよね。先日もリアリティショーに出演したプロレスラーの方が自殺に追い込まれましたよね。③そういった悪い面から、当該店舗だけが除外されるという確信はなかったんじゃないですか?だったら、④あなたには故意があったということになるんです」

私はこのロジックを、自分に当てはめて考えました。

たしかに私のツイートはニュースの見出しや流行語を面白がる言葉遊びの気持ちから出たもので、その意味で真面目とは言えず、①「ふざける気持ち」があったと言えるような気がします。そして、②は一般論として了解されており、③当該店舗だけ特別に一般論の適用を免れるといった理屈もありません。ということは、④私には故意があったということになります。

本当にそんなことで故意が成立するのだろうか(ブラフではないか)、という疑いは頭をよぎりました。しかし、法律のプロである検事がそれで故意が成立するというのであれば、素人である私には反論はできず、受け入れるしかありません。

私は、嘘をつくのが苦手です。どれくらい苦手かというと、テーブルゲームの人狼で人狼役を引き当てると、嫌なことが顔に出てしまい、その時点で人狼だとバレてしまうくらいです。嘘をつくというのは、相手の内心を想像して、自分の振る舞いや相手の心理を操作的に制御する能力を要求されます。私にはそれが根本的に困難でした。

ですので今までの捜査でも私は、聞かれたことに「正直に答える」ことに徹してきました。「ひとつ目の投稿のことをチラッとでも思い出さなかったのか」と問われれば、と内心に照らしてそのまま「はい」と答えてきました。故意の否認はその結果に過ぎません。

検事のこの問いに正直に答えれば、私は故意があったと答えなくてはなりません。それはまさに自白を意味するのですが、しかし、私は正直に答えるということを曲げられませんでした。私はついに「自白」してしまいました。

「じゃあ、故意があったのかもしれないです……」

私の返事を聞いて、検事は供述調書を書き始めました。私は黙って、検事がそれを読み上げるのを聞いていました(以下実際の調書から抜粋・要約)。

"私は当時、自粛が続いていた中、久しぶりの飲み会という開放感もあって、ふざけたいという気持ちもあった中、一つ目の投稿を行いました。
私は、投稿を見てくれる不特定多数の人たちを和ませたり、笑わせたりできるのではないかと思い、面白おかしくしたいという気持ちの中、一つ目の投稿をしました。"
"二つ目の投稿は、その前の投稿に輪を掛けて、ふざけて人を楽しませるつもりで投稿をしました。私は、ふざけるということは、誰かに迷惑を掛けるかもしれないという気持ちでいました。"
"そのようにして、誰かを傷つける可能性の中から、あえてこの店を除外して、この店だけには絶対に迷惑はかからないという認識までは、私にはありませんでした"
"つまり、その時私は、その店も含め、漠然と誰かに迷惑をかけたり、傷つけたりする可能性を頭の片隅で感じながら、それでも人を楽しませたり笑わせたいという気持ちが勝り、ふざけて、この投稿を行いました。"
"この意味で、私がこの投稿を行ったとき、この店の業務を妨害するという認識があったことには間違いありません。"

もちろん、私はこんなことは供述していません。唐澤検事は、自分が説明した故意のロジックを、私が独白する形に再構成して調書を作成していきました。

故意以外のことについても、検事は私が供述していないディティールをその場で考えて書き加えてきました。たとえば、私が写真を撮り直した理由には「グラスがぼやけてしまったため」という理由が追加されました。

"2枚の写真とも、その店のロゴが入ったビールグラスを撮影したのですが、1枚目はそのグラスがぼやけてしまったのと、他の参加者の名札が映り込んでしまったので、撮り直すことにしました。2枚目の写真を撮るとき、グラスがぼやけないように、グラスの向きを調整し、その店のロゴやグラスがはっきりと映るようにして、その写真を撮影しました。"

リプライを見た時間についても、確定的な記述が加えられました。

"私は、そのとき(二つ目の投稿時点)までに、私自身の携帯電話の通知画面に、「私はコロナだ」という投稿に対するリプライがあったのを見ていました。"

仕上げに、検事は私が故意を自白した理由を語る一節を調書に付け足しました。

"私は、6月に警察に呼ばれた時、この事件を簡単に考えていました。逮捕されても自分の行動の重大性を認識できなかったので、『業務を妨害するつもりはなかった』などと述べていました。しかし、事件のことを時間をかけて見つめ直し、自分がやったことはどういうことだったのかよく考えて、先ほど述べた通りの考えに行きつきました"

あとで分かった事ですが、供述の内容が大きく変遷すると、捜査員に強要された供述ではないかと疑われ、供述調書が証拠として採用されないことがあります。これは、私に変遷の理由を語らせることで変遷を自然に見せようという、公判維持のためのテクニックでした。

私には内容の修正を求める気力は残っていませんでした。示談を盾に取られていることもありましたし、「どのみち法的に故意に該当するのであれば、どう書かれても同じだ」という諦めの気持ちになり、あとはもう早く終わって欲しいという思いから、供述調書に署名押印をしてしまいました。

このとき、否認を続けるストレスから解放された私は、「故意を認めることにはなってしまったが、法律がそうなのだから、そして、検事に自分のことを理解してもらえたから、それでいいんだ」という気持ちになり、目に涙さえ浮かべていました。

私のメンタルはこのとき、実名報道とそれによる社会的非難の強い影響下にありました。常識的な判断ができず、大切な人たちに取り返しのつかない迷惑をかけてしまう自分には生きている資格がないというような、脆弱な精神状態に陥っていました。私が弱かった、と言えばそれまでですが、自分のつながってきた社会の全てから突然切り離されて、取調室でたった一人で否認を貫くというのは、読者の皆さんが想像している以上に難しいことなのです。

この供述調書が決め手となり、私は略式起訴(罰金30万円)されることに決まりました。私は略式手続きに同意し、所属企業を退職しました。

公判請求

その後分かったことですが、唐澤検事が取調べで述べた故意についての説明は、全くのでたらめでした。

刑事事件において故意が成立するためには、少なくとも「未必の故意」が必要とされます。未必の故意とは、被告人が結果の発生を積極的には意図していなくても、違法な結果が起こる可能性を認識し、「そうなってもかまわない」と考えて、あえて行為に及んだという心理状態を指します。

この事件における法的に正しい故意の成立条件は、「私が当該店舗の業務が妨害されるかもしれないことを認識し、そうなっても構わないという気持ちがあったかどうか」です。

つまり、「ふざける気持ちがあったかどうか」は、故意の成立条件とはなにも関係ないのです。

今回の業務妨害はふたつの投稿が組み合わせて読まれたことで発生しているのですから、結果の発生を予見するためには、「二つの投稿が組み合わせて読まれうる状態にあること」の認識が必要です。そうである以上、当時の認識に照らせば、私に刑法上の故意があったとは言えません。

検察官は、そのことを分かった上で、その立場を利用して威迫し、示談を盾に誘導し、法律について虚偽の説明をして、私に自白調書にサインさせたことになります。そのことがわかると、唐澤検事の供述調書に対して納得できないという思いがこみ上げてきました。

私の投稿は、軽率で不適切なもので、それによって実際に大きな迷惑をかけてしまったことは間違いがありません。私はその道義的非難を免れようとは思っていません。しかし一方で、正しく法律が定めるところによれば、これは犯罪でもありません。本件の一連の刑事手続きは、あまりにもアンフェアなものだったのではないかと感じました。

略式手続きに同意すると一ヶ月ほどで裁判所から略式命令が届きますが、到着から14日以内であれば、同意を撤回して正式裁判を請求することができます。私は悩みました。

日本の刑事裁判は、有罪率が99.9%です。否認事件に限れば98%ですが、いずれにせよ起訴された以上はほぼ確実に有罪判決が下されることになります。しかも私はすでに自白調書を取られています。公判を請求しても勝てる可能性は低いでしょう。

それに、正式裁判を請求すれば、公開の法廷で審理を受けることになります。被告人として報道に晒されれば、社会生活を再建する上で大きなリスクになります。明らかに、罰金30万円を払って終わりにする方が合理的です。

しかし、国家による自白強要という蹂躙を受けた今、唐澤検事が書いた作文調書によって有罪になることだけは、絶対に納得できませんでした。

私は憲法第37条(刑事被告人として公正な公開裁判を受ける権利)を行使し、裁判所に正式裁判を請求することにしました。

(後編に続く)

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!