核密約問題と55年体制

・2010年10月6日、ブログに公開した文章の転載

○核密約問題に対する3つのタイプ


核兵器の持ち込み密約問題は、戦後の日本が「上帝/オーヴァーロード」(A.C.クラーク「幼年期の終わり」より)たるアメリカ、現実的な思考をしているが同時に非民主主義的な考えしかもっていない保守的な政治指導者たち、極度に理想主義的で現実的な思考が出来ない左派勢力、3つの勢力の微妙な関係の下に築かれてきたということを再確認させてくれた。

アメリカが核兵器を日本の領土にもちこむことを許容するか否定するか。
国民には非核三原則を堅持すると言っておきながら、裏ではアメリカと密約を結んでいた政府のやり方を擁護するか批判するか。
以上の2点から、3つのタイプが想定できる。
1・アメリカの核兵器持ち込み、政府の二枚舌のやり方をともに肯定する考え方。
2・アメリカの核兵器持ち込みは、軍事(安全保障)・外交政策の観点からやむをえないとするが、国民を騙してきた政府のやり方は否定する考え方。
3・アメリカの核兵器持ち込み、政府の二枚舌のやり方をともに否定する考え方。

1の立場は55年体制下の自民党そのもので、3の立場は旧社会党・共産党の護憲政党そのものだろう。
2の立場の勢力が政治の世界にも思想言論の世界にも台頭しなかったこと。
これが、日本において民主主義が成熟しなかった一因でもあろう。

○核密約問題にみられる55年体制的構造


アメリカの核兵器持ち込みを認めることが、日本の軍事(安全保障)政策・外交政策にとって必要であるのなら、政府や自民党のやるべきことはアメリカと密約を結ぶことではなく、アメリカの核兵器持ち込みを認めることがなぜ必要なのかを、国民に説明し説得することだろう。
核兵器の持ち込みを拒否した場合、どのようなことがおきるのか、国民生活にどのようなマイナスが生じるのかを説明し、持ち込みを認めることの正しさ(あるいはやむをえない理由)を納得させることだろう。

国民に嘘をついていた政府のやり方を擁護する人は、政府がアメリカの核兵器持ち込みを認めることを公言し、自民党が選挙に敗れた場合、社会党政権が誕生し、アメリカとの関係が悪化し、国家や国民生活に悪い結果をもたらす、だから社会党政権を阻止するには二枚舌の方針をとるしかなかったと主張するかもしれない。
ただし、これは民主主義の否定であり、自民党が半永久的に政権の座につくことを当然とする考えにつながる。
核兵器の持ち込みを認めた政策が、認めなかった政策よりも結果的に賢明な政策であったとしても、国民の多くは、なぜ核兵器の持ち込みを拒否するよりも容認した方がよいのかを考えることすらできなくなる。
情報を隠し、政府や自民党の方針に国民が従うことのみが正しい政治のあり方だという非民主主義的な歪んだ考え方だといえる。
一定期間が過ぎたら情報を公開する制度も確立されず、官僚が自身の保身のために重要な書類を廃棄するということも平然と行われる。

一方、核兵器の持ち込みを否定する立場の人たちは、政権をとってアメリカと直接交渉する立場になったときに、自分たちの理想を貫き通すことができるかが問題となるだろう。
核兵器の持ち込みを拒否し、アメリカとの関係が上手くいかなくなっても、政権を維持することができるのか。
国民の生活、特に経済に悪影響が生じないのか。
核兵器の持ち込みを拒否した上で、国民が安心できる軍事(安全保障)・外交政策を提示できるのか。
核兵器の持ち込みを受け入れた政府の政策を否定した場合は、具体的な政策をつくる際に、政府・自民党以上の緻密で戦略的な思考が必要となるだろう。
結局、核兵器の持ち込みを拒否した人たちは、実現可能性のある具体的な政策案を提示することはできず、万年野党・反体制的な立場から自分たちの理想や願望をスローガンとして唱え、政府批判・自民党批判することを自己目的化してしまったと言える。

政府・自民党は、道徳的観点からは問題があるが(核兵器の持ち込みを受け入れることなど)、現実的な思考に立った妥当で無難な政策を実施してきた。
しかし、民主主義的な理念・価値観をもっていないために、自分たちが政権の座に居座り続けることを当然のことと考え、税金の(半)私物化、必要な書類の廃棄など、民主主義的な価値観からは問題のあることを平然と行ってきた。
一方、本来民主主義政治の担い手となるべきだった左派勢力は、極度に理想主義的で、現実的な政策案を提示できず、政府批判・与党批判を繰り返すだけの万年野党勢力となってしまった。

「現実的だが非民主主義的な保守勢力」と「極度に理想主義的で現実的な思考が出来ない左派勢力」。以上2つの政治勢力のなれ合い・補完のシステムが55年体制だったといえる。
そして、55年体制が崩壊し、永く政権の座に居続けた自民党が野党に転落しても、自民党に代わって政権を担える政党が存在しなかったために、ただ混乱だけが続く、それが現在の政治状況だといえる。
*(2024年3月30日追記:2010年、民主党政権下に書かれた文章です)

○最後に


なお、核兵器の持ち込み問題に話を戻せば、密約の存在が公になり、情報公開の制度が整いはじめた、といった点では一歩前進したといえよう。
だが、密約はあったが、実際にアメリカが日本の領土に核兵器を持ち込んだかはわからない、としている点で本質的な問題はなにも変わっていないのかもしれない。
密約の存在が明らかになったのも、アメリカが日本の領土に核兵器を持ち込む必要がなくなったからかもしれない。
アメリカが依然核兵器を持ち込む政策をとっていたならば、いまだに密約などは存在しないと(政府は)言い続けていたかもしれない。


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