それだけが三月の始まり(雑記)

 どれだけの人が、「はい」と答えられるだろうか。「鶯を撫でた事がありますか?」と言う問いに。
 運命みたいな鮮やかさだったので、すぐに気づいた。路傍で息を失った、深く優しい緑の鳥。生きていない事は感じ取れていたけれど、死んでいるとも見えなかった。「……駄目かい?」私は呼び掛ける。それは間もなく、世界から独白だった事にされてしまった。
 そっと指を伸ばして、横たわった羽に触れる。その瞬間は、感触がなかった。ほんの少しだけ力を入れると、指先は沈み込み、静かに柔らかくなる。四度程、撫でた。きっと私にとって最初で最後、その鶯にとっては、最後の、その後。交われるのは、どちらか片方が、それは人でない方が、こうして終わる時だけだ。
 持ち上げると、死を描写しているみたいに鶯は軽かった。道端のもっと奥へ降ろした。誰にも踏まれたり轢かれたりしない様に、或いは、誰かが、踏んだり、轢いたりしてしまわない様に。
 また少しだけ、私は生きている命になってしまった。だから、手は入念に洗った。指の腹に私が零れ落とさせた残滓を、今度は水が攫って行った。
 それだけが三月の始まりだった。