少女革命ウテナ考察2021 第38話(再考)

こんにちは。少女革命ウテナを趣味で考察しはじめ、前回は第38話まで考察を投稿しました。しかし、38話の考察を書き終えた時から、考察の手がとまってしまいました。その理由は、キャラクター前提条件「その人物は何者か」が定まっていないためでありました。今回は、筆者がぶち当たった考察の壁を紹介し、38話を再び考察し直したいと思います。

ー目次ー
①大きな謎
②漫画版少女革命ウテナより
③名前から人物設定を考察する
④薔薇の物語
⑤38話の再考察

1.大きな謎
ここまで、他者の考察は見ず、アニメの内容のみで地道に考察を続けてきましたが、38話・39話とこの作品の結末をまとめるためにどうしてもわからない点(はっきりさせなければ考察がずれてしまう点)がありました。それこそ「暁生とアンシーは何者であるか」ということです。アニメのみでは、この謎の答えはハッキリと表現されていませんでした。先に投稿した38話の考察は、あくまでも暁生もアンシーも「人」と仮定して書きましたが、それから考察が続かなくなりました。こじつけている感じが強まり、内容がまとまりません。そこで、この作品のまとめとなる考察に取り掛かる前に、「暁生とアンシーは何者であるか」という大きな謎に向き合うことにしました。

2.漫画版少女革命ウテナより
他者の考察を参考にしないというルールを自分に課してしまったので、この謎の答えを漫画版少女革命ウテナに求めました。最終巻ではハッキリと「ディオスは神と呼ばれていた」「アンシーも神話に登場する神々の一員」という設定がされていました。漫画版とアニメ版は同じ作品でありながら、その設定内容や世界観が多少異なります。漫画版の都合の良いところばかりかいつまんでアニメ版の答えにするのもよくないなと思ったので、ディオス(暁生)とアンシーは「人ではなく、神に近い存在である」という設定の裏付けをしていきたいと思います。

3.名前から人物設定を考察する
まずは、「ディオス」という名前ですが、これはギリシャ神話に登場する全知全能の神「ゼウス」を意味します。つまりディオスは「王子」・・・というか「神」である(あった)可能性は高いと考えられます。一方、アンシーという名前自体にはこれと言った意味は見当たりませんでした。そこで、「薔薇の花嫁」というワードを考察しました。
作中でアンシーが身にまとっているドレスはいつも真紅のドレスです。そこからは「赤い薔薇」が連想されます。ギリシャ神話では、愛と美の神「ビーナス」が誕生したとき、薔薇もまた生み出されたとされています。そして、赤い薔薇はビーナスを象徴するとも言われます。
また、ビーナスは「金星」、金星は「明けの明星」(暁生という名前はこの金星からとられていた)、また明けの明星は「魔王ルシファー」とも言われます。(暁生さん、たくさん呼び名があって紛らわしい)要するに、「アンシー=薔薇の花嫁=鳳暁生(魔王)の花嫁」と解釈できます。しかし、アンシーを単純に「暁生のお嫁さん」と呼べない重要な前提設定があります。それが「暁生とアンシーは兄妹であること」です。作中のカシラ劇場でも「王子様のお姫様になれない唯一の女の子・・・それは王子様の妹」と表現されます。また、漫画版でもディオスを愛していたアンシーは妹であるがゆえに決して結ばれない。と表現し、その悲劇を描いています。(筆者は、二人があまりに濃厚な関係でいるがゆえに、当初は兄妹でないとうたがっていましたが、最終的には本当の兄妹であると確信しています。)

4.薔薇の物語
アンシーを理解するうえで、薔薇の花嫁を理解する必要があるので、更に掘り下げます。

鳳学園には、薔薇の刻印を持つデュエリスト同士の決闘で勝利した者は、薔薇の花嫁とエンゲージし、世界を革命する力を手にするという薔薇の掟がある。その決闘では、薔薇の花嫁の胸からデュオスの剣が現れ、絶大は力を発揮する。薔薇の花嫁であるアンシーは、作中で常に心を殺しながらエンゲージした者、または暁生に従属するだけである。
第34話の薔薇の刻印という回で、ウテナは過去の王子様との思いでを夢に見る。ディオスはウテナに、薔薇の物語を聞かせる。人々を救おうと命を懸けて戦おうとするディオス。そんなディオスを愛するアンシーは、ディオスを救うためにディオスを封印し、人々から王子の救いを奪った。そして、王子は「世界の果て」と化し、アンシーは魔女とされ、薔薇の花嫁として永遠に苦しみ続ける運命に縛られてしまった。アンシーを永遠の苦しみから救えるのはアンシーが信じる王子様だけである。
最終回で暁生は、薔薇の花嫁の定めを「王子様の身代わりになって剣を受ける」とも話している。薔薇の花嫁は心・意志がなく、ただその役割を果たすだけの存在である。

ここでは、暁生やアンシーは「神々」であるとして、考察を続けたいと思います。ディオスの話した薔薇の物語で描かれている過去では、ディオスは「王子」と呼ばれていますが、実際は「神の力」を持っていたと考えられます。そして妹であるアンシーもまた、同じような力があったのです。アンシーはディオスを救うため、「王子(神)の力」を奪い自分の中に封印してしまいました。そして、救いを求めていた人々の憎悪をかってしまいます。
「魔王・ルシファー」の神話には、自分が天使であるにもかかわらず、自分は神にも匹敵する存在だという傲慢な心を抱いていたことで、本物の神の怒りにふれ、天使の力を奪われてしまったという話があります。少し表現は違いますが、神話通り、ディオスは神から人に堕ち「力を自分のことだけに使う魔王」になってしまいます。そして、アンシーもまた「神から力を奪い、神で無くしてしまう」という神に匹敵する罪を永遠に背負い「魔女」に堕ちてしまいました。
ディオスの力をその中に封印したアンシーは、ディオスの力を引き出すことができる代わりに、永遠に暁生(魔王)に従属し、永遠に罪を受け続ける運命に縛られました。暁生はアンシーによって封印されたディオスの力(神の力)を取り戻すべく、アンシーの王子を探し求めます。そして鳳学園で薔薇の掟を作り上げたのです。一方で、アンシーに対して偽りの愛情表現をするのも、どうにかしてアンシーの王子に戻ろうとしていたのでしょう。まぁ、アンシーにはもう見切りをつけられていましたが。

5.第38話の再考察
前述した通り、前回は「暁生もアンシーも人である」と仮定して考察しましたが、改めて「二人は神に近い存在でその力があった」と仮定し直し、内容を一部修正したいと思います。

③暁生(世界の果て)の正体
まず、理事長室のプラネタリウムですが、これは本当に幻想をリアルに映し出せる装置なのかもしれません(否定する要素がないためあやふや)が、アンシーやディオスは(元)神で、アンシーは封印したディオスの力も部分的に引き出せるという設定が浮上したため、アンシー自身が暁生(または対象人物)の心情を幻として映し出していたと考えるのが一番自然であると改めます。

暁生とアンシーの人物設定については、前回は二人は人であるという仮定から「暁生とアンシーが自分自身で作り上げた殻に自分を閉じ込めた」という考察をしましたが、ここに関しても前述した内容に改めます。しかし、アンシーが「運命は変えられない」と自分や世界に限界を設け、世界を諦めていたという考察は引き続き、生かしておきたいと思います。

暁生の「俺たちは愛し合っている。彼女はもう、こんな風にしか幸せになれないのさ。」といって剣をアンシーから引き抜くシーンについては、現実と向き合えなくなった兄妹の慰め合いと考察しましたが、新たな視点から、アンシーは、暁生に従属するしかない運命の中で、自分を殺し、暁生の言いなりになることでしか自分の存在を確かめられないという意味であったと考えます。また、暁生はウテナを過去の自分と重ね、ウテナに話しているようで、昔の自分自身に語りかけているようにも見えるというのは今も変わりません。

④暁生との決闘ーアンシーの本心②

ウテナが暁生を圧倒し、暁生の世界が崩れていくなかで、アンシーは瞳を見開いた。プラネタリウムの電源が落ち、幻想が一時とまった。暁生が苦し紛れに近くに歩み寄っていたアンシーをウテナへ押し出す。アンシーをかばうウテナ。ウテナの背後でアンシーの表情が変わる。そして、アンシーはウテナに剣を突き立てるのだ。

前回の考察では、アンシーはこの場面で「このまやかしの世界の殻に閉じこもっていたい」と感じ「私の世界を壊さないで」とウテナを拒んでしまったとしましたが、アンシーは「暁生に従属するしかない運命(薔薇の花嫁の運命)」の中にあるという設定が明確になったため、アンシーがウテナを刺した理由は、アンシーがその運命に支配され抵抗できなかった様子を表現していると改めたいと思います。

最後に
前提条件が変わるだけでここまで考察がひっくり返るとは思いませんでした。考察って面白いですね。
二人の設定を改めて整理すると、アンシーは(ディオスを救おうと)ディオスを自分だけのものにしようとして神の怒りをかい、魔女に堕とされてしまいました。しかし、ディオスが(アンシーを愛する心を失わずに)ディオスの力を自分だけのために使おうと考えなければ、二人は救われたのかもしれません。救われる道を切り開きアンシーを救い出したのは…と、ここからは第39話の考察で書こうと思います。読んでくれてありがとうございます。

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