Official髭男dism『Anarchy』感想
この曲の制作にあたり、コンフィデンスマンのプロデューサーから、The Crashの”Rock the Casbah”のような感じで、とオファーされたそうです(2022年1月15日 FM802 “Lantern Jam Times”)。
クラッシュはイギリスのパンクバンドで、この曲は彼らの代表曲の一つです。サウンド面でもリスペクトを感じますが、ここではパンクロックというジャンルの持つ哲学、労働者階級による社会批判という側面を念頭に置きます。
(1A)
耳障りな演説が 頭の中で響いてる
がなるスピーカー垂れ流した 自己嫌悪と葛藤のリピート
「あの頃に戻りたいな」 それ以外に何かないのか?
不平不満は時限爆弾 秒読みを止める名言など持っちゃいない
(1B)
抜け出せ 悪循環の根強い重力を
鍵付きの部屋の中で下品なポーズ
(1サビ)
どうかしてる どうかしてる 浮き足立った心が煙を上げる
リーダーも英雄も信じるまいと怒れる暴徒の眼光
感情の大乱闘 治安の悪さと猿の徹夜は続く
どうかしてる 度を超してる 解りますか?
何の価値もない夜更け
(2A)
非の打ち所ひとつない 人生なんて歩んじゃない
不謹慎な言葉を日夜 きつめのネクタイで抑えたヴィラン
躾のない自由はない 秩序の加護に飼われて
誇りを持った清き偽善者 傷つけたくないけど何かを噛んでいたい
(2B)
抜け出せ この集団の根強い重力を
捨てられない粗大なイライラが爆ぜる
(C)
何にもない誰も居ない じゃなきゃ怒れない
笑わないで 指を差さないで
理性の半分ない間しか狂えない
笑わないで 指を差さないで
隠し通していたい
(2サビ)
どうかしてる どうかしてる 浮き足立った心が煙を上げる
リーダーも英雄も信じるまいと怒れる暴徒の眼光
感情の大乱闘 治安の悪さと猿の徹夜は続く
どうかしてる 度を超してる 解りますか?
何の価値もない夜更け
自由度が大きい歌詞なので好きなように受け取れるのですが、一字一句を解釈するよりも、この曲は何を歌っているのかという全体像に迫りたいので、まず最初に大ナタを振るってみることにします。(C)の「理性の半分ない間しか狂えない」という表現が面白いので、歌詞を大きく内心パートと発言パートに分割します。
Aメロが内心パートにあたります。サウンドはリズム主体でメロは抑揚が少なく洋楽的。腹のなかに不平不満を抱え込んでいて怒りの感情に支配されています。
Bメロでは、言いたいことをぶちまけてしまいたい衝動に駆られます。浮遊感のある転調があり、サビと合わせてメロディが大きく動いてJ-POP的なサウンドになります。
サビが発言パートですが、具体的に対象を名指しせずに抽象的な表現になっています。パンクロックのメッセージ性は社会や政治に対する批判がメインですが、日本は、政治的な主張を自然に受け入れる文化ではありません。
工夫された表現から僕なりに連想してみると、「鍵付きの部屋の中」は「SNSの閉鎖的なコミュニティ」、「下品なポーズ」は「中指を立てるような汚い言葉」、「きつめのネクタイで抑えたヴィラン」は「融通のきかない背広組の組織人」などと思いつきました。「治安の悪さと猿の徹夜は続く」も、世の中嫌なニュースばかりでイライラが絶えない気持ちを表していると思います。
(C)は主人公の心理の核心部分で、サビのメロディを変形させて内省的な雰囲気を出し、弱音を吐いています。発言パートで何かを言ってはみたものの、そんな自分の姿を笑われるのが怖くて「隠し通していたい」。この気弱なペーソスはイギリス映画でも感じられる情緒的なユーモア感覚で、日本人にも共通する味わいだと思います。
ここで落ちるところまでドロップした後、(1サビ)と全く同じ歌詞で(2サビ)を歌いますが、最後の「何の価値もない夜更け」は感情がブレイクして力が入った歌唱です。言いたいことを言いたい、けれど笑われてしまいそうで臆してしまうと逡巡した挙句、やっぱり最後は感情を解き放った。達成感と少しの切なさを感じるアウトロでこの歌は終わります。
歌詞以外で指摘したいのは、MVでの藤原さんのハンドマイク姿についてです。2022年2月5日のFM802 “Lantern Jam Times”は、ONE OK ROCKのTakaさんがゲストでした。対談の中から抜粋します。
Taka 俺が一番びっくりしたのは、ライブで、結構立って歌うんだっていう。あれはなんでなんですか。
藤原 あれは、本当にマジでTakaさんに影響を受けてるから。(ヒゲダンを始めた)最初は4人で回っていたんだけど、どんどんサポートメンバーが増えていって。(そうなると自分としては)弾くことに一生懸命になったり、間違えないようにしなきゃって思いながらライブしてて、何を届けられるんだろうなというのをすごく思っていて。
Taka ストレートで格好いいね。普通そこをどうにか頑張ろうとするんだけどね。
藤原 最初は頑張りましたけど、他のメンバーから、なんか曲芸師みたいになってるぞ、器用にやってみたいな。でもだんだん前を見れなくなってきちゃって、鍵盤を見ることが多くなってきて。あとはやっぱりTakaさんが立って歌っていて、身振り手振りでバンドの格好よさが伝わってくるのを肌で感じてたから、僕もそうなりたいっていう思いがすごくあって。
Taka そうやっていろんなものを格好いいと思う熱量がないと、バンドマンって前に進んでいけないと思うんだよね。
近年のヒゲダンの映像作品を見ても、藤原さんがキーボードから離れる姿が多くなっていて、楽器演奏の負担軽減かなと思っていたのですが、パフォーマーとして観客に生身の身体を晒す、その立ち姿の格好よさを目指したい、という意識もあるのだとわかりました。
頭の中のモヤモヤとした感情を「隠し通していたい」と白状することで、反語的に「もう隠し切れない」と腹を括ったかのように歌う『Anarchy』の力強さに感動しました。