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人間は理性の奴隷になりはしないか。

大坂なおみ「棄権」に専門家が見解「別の方法でも」

https://www.nikkansports.com/sports/news/202009030000331.html


僕の思考の癖は、対照的な二項を挙げてその違いを考えるところにあります。「精神と肉体」とか、「天才技と職人芸」とか。

「理性と感情」もその一つです。理性的というと聡明で理知的で、正しい判断を下せる状態のことをイメージします。

対して感情的、というワードはあまり良い意味では使われません。ついカッとなって、とか、我を忘れて号泣してしまった、とか。

しかし僕の中では「理性と感情」は決着がついています。いろいろと考えた末、理性は感情の僕である、という結論に達しました。事後的にYouTubeで「小学生でもわかるカントの哲学」という動画を見ても、僕のこの結論は正しいものであると思っています。

上記の記事は、大体大体育学部の梅垣明美教授の短いコメントを紹介していて、僕は半分は同意しますが、残り半分は「感情論」でしか説明できない部分です。

僕は、理性を最大限に道具として利用しながら、感情の働きを最も重要で希少な「人間性」として議論の中心に据えるべき、という考えを持っています。これは特に映画における表現について考えてきた影響が大きいです。

その観点から梅垣氏のコメントの感想を述べると、「うん、それは正論だ。でも多くの人の心を動かすのは、時に、正論には必ずしも則らないけれど、人間の内なる欲求から生まれた、心からの声、だったりするよね」といいたいです。

僕だったら年少者にはそう言います。理屈ではなくリテラシーを教えたい。