early 1990

中学生だった頃に母の影響で聴き始めたQUEENを除いて、現存しない海外の音楽を聴くようになったのは、ここ10年くらいの話だ。それに、それらのバンドがどんなシーンで、いつ頃活動していたかなんて恥ずかしながら気にせず聴いていたし、1990年代前半の、自分が生まれた頃に活動していたバンドがこんなにも良いバンドばかりなんだだと気付いたのは、この数年、尾道に来てからの話だ。

そういうことを知ると、点在していると思っていた自分の嗜好にはちゃんと傾向があったのだと知り、点と点は散らばっていたとしても繋がっているのだとハッとする。府に落ちて充実感があって面白いし、さらに好きな音楽を発見することに繋がって歯止めが効かなくなる。


after works distroのytkさんがぽっとリツイートしたGensenkanの音源がめちゃくちゃかっこよくて在宅での仕事中に10周聴いた。1曲1曲が短いのですぐに1周する。

リツイート元のGensenkanのメンバーの方のユーザーネームがAngry sonで、Indian summer!!って気になったのがきっかけだった。聴いてみると1曲目の出だしのアルペジオから好きすぎた。控えめなベースとドラムが入って独り言のような淡々として内省的な語りがそこに乗る。2本目のギターが入って曲が少しずつ動く、この2本のギターの絡み方や一気に叫びに展開してグッと喉の奥が熱くなる感じがした。

2曲目ははじまりからぶっちぎっていて、3曲目はイントロからギターの絡みが本当に良くて、歌詞もこみ上げてくるものがある。本当に最高。1月にリリースしていた音源も含めてフィジカルで買いたい。

レコーディングとマスタリングはせだいの人がしたらしい。せだいはBagのメンバーがやっていて気になっていたし、改めて聴いた。乗りが良くて聴きやすいけれど、ギターが爆裂にかっこいい。あのバンドのあの名曲を彷彿とさせてワーーーっとなる。


冒頭の生まれた頃に活動していたバンドの話に戻る。Gensenkanを4周した後にIndian summerのGiving birth to thunderのレコードを聴いたらやっぱりAngry sonでぶち上がった。

ややこしいけどこのバンドの曲名は同じ曲でもフォーマットによって曲名が違う。CDでリリースされた時のScience 1994に収録されたこの曲はAngry sonだし、Giving birth to thunderではWoolworm、Bandcampに公開されたScience 1994はsleepingとなっている。自分はAngry sonとして聴いてきたし、それがしっくりきすぎるので、Giving birth to thunderを持ってからもAngry sonと呼んでる。
曲名の違いに関して、Pitch folkのこの記事によると、バンドでは曲名を決めず象形文字みたいなので表していて、曲名はファンに決めること委ねていたそうだ。良くわからないけど、そうなんだとよくわからないまま納得した。

この記事の中で、嗜好の傾向に関して自分にとってものすごく大事なことが書かれている。定義とかジャンル分けとかを気にするわけではないけれど、これが他を隔てる要因なのは明らかで、単に泣きメロなだけでなく、これが当てはまるものが無自覚なうちから自分の琴線に触れていた。

"it’s also the essence of an entire era where emo was still strictly post-hardcore, before it started to cross-breed with pop and assume the form that today inspires such reverent nostalgia.”


話は変わって、もう1つ新しい音楽。
やまねむるの新しい音源がめちゃくちゃかっこよくて良く聴いてる。これもフィジカルで欲しいけど、デジタル配信のみなので、コロナの流行のほとぼりが冷めたらリリースしないかなぁと勝手な希望を膨らませてる。


それとsans visage/agathaとくだらない1日のメンバーが新しく始めたas a sketch padの曲の冒頭が東京駅の発射音で、懐かしさが極まってどこかに行ってしまいたくなった。曲もすこぶるかっこいい。


近頃、いろいろな取り組みがオンラインで配信されているけど、月初に自宅のwifiの罠に自ら嵌まりにいってしまって、通信量制限が課せられたのでどれも観ることができない。キウイロールの解散ライブの配信だけはなんとかして観たいのだけど、さてどうしたものか。できることなら、誰かと一緒に観たいなと思うけれど。


もうすぐ6月になる。そしたら世間はきっとどんどん動き出すんだろうな。何かしらの影響を受けた人がほとんどだろうけど、実際に感染した人や周りに感染した人はあくまで限定的で、よくわからなかったけどなんだか大変なことだったね、元通りになって良かったねって忘れられていくんだろうなと思うと怖い。この世界の片隅にの戦争が終わった後のすずさんが『何が良かったんだ』と言う描写が端々に顔を出す。

さらに恐ろしいけど自分もそうやって進んでいくんだろうし、それ以外の進み方が分からない。バンドでは2つほど考えていることがあるので楽しみにしているけど。準備はあまり整っていないので進める。1つは土台は9割できているけど準備は0、もう1つは準備と土台を同時進行していて8割できた。残り1割を仕上げて後はみんなに任せるので、よろしくお願いします。どちらもきっと面白いものが集まるはずです。


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