分からなくなっちゃった話


親友が統合失調症になった。
全寮制の学校で、何年もずっと同じ釜の飯を食って、同じ布団で寝た、自分の家族よりも心を開いている親友だった。
統失になったのは大学2年の頃だったが、たぶん高校生活の終わり頃からそれの前兆はあった気がする。彼女は陰謀論とかにハマり始めた。コロナは兵器だとか、電波で頭の中を覗かれるだとか、5Gの電波で人が大量に死ぬだとか。私はその時面白がっていたが、そこで気付けていればよかったのだ。「ちょっとおかしいけどこの人は優しくて自分の話をあまりしない人だから、もしかしてようやく自分の好きな話を人に話せる様になったのかもしれない。」とか思っていたのだ。

高校を卒業してからちょくちょくLINEはしていた。しかし私は(彼女も)LINEが苦手な方で、2ヶ月に一回くらいしか連絡はしていなかった。それでも1番の親友というものは崩壊しないと思っていたからだ。
それは別に間違っていなかった。でも親友というものが崩壊しないというだけだった。
彼女は卒業から1年経って、だんだん壊れてきた。恋や対人関係や勉強のストレスだと思ってそれ程気にしていなかった。高校では成績は下から10番目とかだったのに、大学に上がってから歯学部で7位を取った。相当勉強をしたのだろう。色恋事をするのはきっとはじめてだ。新鮮なのだろう。
そして今まではどちらかと言うと私が彼女に依存していた方なのに彼女は通話を終わらせるのを酷く渋った。彼女は変わった。まあ私も変わったし、人というものは環境によって行動や性格は変わるものだし。それにしてもここまで変わるのは珍しい。ここまで変わると前の彼女は想像してたよりずっと無理をしていたんじゃないか?
とか思っていた。全然。変わったとかじゃない。変わったとかじゃなかった。

彼女は親から歯学部を卒業しろという圧を感じていたのと、クズ男に恋をしてしまったのと、なんかいろいろな事があり、過度なストレスを受けていた。そこで統失のスイッチがしっかりと押されたのだろう。
2ヶ月に一回じゃなくて、本当に毎日…いや、3日に一回くらいは連絡をとっていればよかった。バイトを沢山して、お金なんて気にせずに新潟まで遊びに行けばよかった。酷い人間だ。新しい生活をヘラヘラ生きて、はじめて自分で生きるのに夢中で、1人で自由に外に出られるのが楽しくて、大人ぶって化粧をして、今までした事がない男遊び(という程でもない。正式に付き合ったのは1人だけだった。結局恋は出来なかった。)をして、苦しんでいる親友の事を気にかけなかった。人生で1番の人なのに、LINEが苦手とかいう理由で連絡をしなかった。彼女は壊れた。

今書いてて思い出したんだけれど、スイッチが押されたのは、たぶん私が新潟に行った日だ。
「会いたい」と言われて、相当参っているなと思って新潟に行った。会いたいだなんて、変だな。と思った。
その頃にはあんまり連絡が取れなくなっていて、(ゲボ病んだ彼女が既読できていなかった。)新潟についてだいぶ経った19時くらいまで連絡がとれなかった。
やっと既読がついたと思ったら、親友の幼馴染の男(とその彼女)が迎えに来てくれて、「そんなの聞いてないぞ」と思った。
親友は結構ダークだった。私は今まで通り「大丈夫か〜」「病んじゃったね笑」みたいに軽口を叩きながら親友と抱きしめあった。
夜のラーメン屋で親友は
「Tさん(彼女が想いを寄せているクズ男)にあって欲しい」
と言い出した。今?!夜だよ?てかTさんに言ったの?それ。
「今から連絡する。でも会ってくれない。私がしつこいから。でも私の事がまだ好きなんだと思う。Tさんにあいり(私)を紹介したい。」
めちゃくちゃだ。だんだん雲行きが怪しくなってきた。話している途中で
「もうだめだ」
と焦ったように急に立ち上がって押し倒された。こんな事された事なかった。私は彼女をだきしめて、もう一度めちゃくちゃだ。とおもった。
ラーメン屋を出て、彼女の家の前に行った。彼女はTさんに電話をかけた。私達3人は寒い中車から追い出された。いつまで経っても電話は終わらないので見に行くと、彼女は泣きながらヒステリックな電話をしていた。「あなたがすきなんです。もうだめです。おかしくなります。」「すきなんです」「言いたいことがあるならちゃんと言ってください」「察してよ察してよって」「会ってください」「もうだめなんです」言っていることがめちゃくちゃで、話がぐるぐる回っている。
私はすごく不安だった。本当はあって抱きしめた瞬間からちょっと不安だった。だんだん不安が大きく肥大していく。いいようもない不安だった。なにかが終わる気がする。なにかが台無しになる気がする。なにかが失われる気がする。なにか大事なものがどうしようもなくなって、死んでしまう気がする。

結局寒さに耐えられなかった私たちはもう一度車に乗って、親友の幼馴染の男の家に行った。
そこで親友は、みんなに見られているとか、他学年が自分を見に食堂に来ているとか、自分の噂が広まっているとか、えぐい被害妄想を話し始めた。
男は「今日なんかおかしいよ。」と言う。男の彼女も「怖いよ」と言う。私も「妄想だよ」と言った。否定された親友は牙を向く。(後からBingに教えてもらったが、否定は1番やってはいけない事だったらしい。BingはAIのくせに統失の対応について、例文を出したりしながら意外と的確な指示をくれた。否定すると、統失が悪化する原因にもなるらしい。つまり私がスイッチを深くまでめり込ませたとも言えるのだ。)
1番目の敵にされたのは、男の彼女だった。
「あなた、私の真似してるでしょ。」
「してないよ。あなたのどこを真似しているの?」
「服とか、髪型とか」
「してないよ。」
「じゃあなんでエクステつけてるの?」
親友はエクステをつけていない。
男の彼女は泣き出してしまった。それを親友は冷たい目で見つめていた。

彼女「おかしいよ。こわいよ。私はあなたを心配しているのになんでそんなこと言われなくちゃいけないの?そんなことを言われてまで仲良くしたくない」
親友「じゃあジムやめていいの?」
男「やめればいいだろ。お前が病んでるから俺たちが誘ってあげたんだろ。」
親友「あなた達Tさんと裏で繋がってるでしょ」
男「しらないよその人」
彼女「その人のことあなたから昨日聞いてはじめて知ったんだよ。」
親友「お前たちのせいだ」


私はなにかに感動しなかったり、誰かの気持ちを一ミリも分からなかったりする訳ではないけれど、まあまあ心がないのでいままでの人生であんまり泣く事はなかった。
でもその日は流石に泣いた。おしまいだって思った。その時は統合失調症という病気を知らなかったし、対応の仕方も知らなかったので完全にぶっ壊れてしまった親友を思って泣いた。絶望の涙だった。
だって私の話も聞かないし、支離滅裂だし、主語がないまま話が10段階くるい飛躍するからその時何の話をしているかわからないし、目が完全にイッていた。心を閉ざした目だった。誰の言葉も聞き入れられない目だった。それを私にも向けてくるのだ。それが悲しかった。でも泣くのを見られるのは嫌で、ずっと髪で顔を隠して下を向いていた。
男の彼女が泣いて奥の部屋に逃げると男も「車貸すからもう帰って」と言って奥の部屋に行ってしまった。

「運転出来る」
と言った親友を信じて車を出させたら、普通にどっかにぶつけたので、アクセルとブレーキを思い出せないまま、「死んでもいい?」と軽口を叩きながらわたしがヘロヘロ運転して彼女の家にやっと着いた。そして私は翠豚汁を作って、ケンタッキーをあっためて、彼女に食べさせて、彼女の親に連絡して、広いベッドで眠った。高校のときは2段ベッドのくせにいつも下の狭いベッドで一緒にねていたのに、その日彼女はソファで寝た。

私はベッドで今日の事を思い出していた。

男の家を出る前に、親友は「もう誰も信じられない」と言って私の膝で泣いた。「みんな嫌い」とも言った。私は泣くのを見られたくないとかそんなレベルじゃなくなってしまって「わたしは○○の事を親友だと思っているからいいもん」と言った。喉が震えすぎてちゃんと聞こえているかはわからなかったが、親友には聞き取れたみたいで、「ごめんね」といって声をあげて泣き出した。私達は抱きしめあってうーと泣いた。声を出して泣くのははじめてだった。
そういえば、寮で一緒に暮らしていた時は言葉がなくても意思疎通できていた。見つめるだけで親友が求めている事が分かったし、母音を一音はっするだけで、数ある2人の話題のなかで、なんの話題について話しているのかが分かり、そのまま「ウニュ?」とか「ボヨン!」だけで問題を解決することだってできた。ボーッとしている時にある歌の同じフレーズを同じタイミングで急に歌い出す事も日常茶飯事だった。

私は彼女が分からなくなってびっくりしたのだ。多分彼女も同じだったと思う。
その日の夜、寝る前に私がいつもみたいに「オニョ?」と言うと彼女は「ニュ?」と言ったあと、「全然わからなくなっちゃった」と言った。
私達は全然分からなくなっちゃったのだ。

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