挫けかける介護

「その方の選択と介護する者」

めったにないケースに遭遇し介護に携わる者として悩んでいることを、ここに告白する。
男性ご利用者が、ベルトを使って自ら命を絶っていた。そのベルトは、要望に添って、当日家族が送り届けたものだった。
ご本人は、認知症の所見はあるが、精神疾患についての情報は特になかった。
「ここは自由でない。窮屈だ」との訴えが多かった。施設側としてはできるだけ希望に添えるよう配慮をしていた。
数日前に妻に先立たれ、それが一番の原因だったのでは、とご家族より。
夜間帯、その階に職員は不在。複数階を1名で見守る体制。全て個室。40名ほどを職員1名で対応する状況。
検視から、発見は死亡推定時刻の約30分後。
ご家族からは「精いっぱいしていただきありがとうございました」とのお言葉があった。

「私と、本案件との距離感」

・同じ施設だが別棟で起こった(ご本人と直接関わったことはない)。
・発見者は昨年まで一緒に働いていた女性職員。
・私は20年余り施設介護に携わっているが、直接発見した経験はない。一緒に働く職員が遭遇したケースは2件目。
・私が施設でご遺体を目の当たりにしている数は、おそらく100以上。だが、同じ事態に遭って冷静でいられる自信は皆無である。

「ご利用者の自死が身近に起きて改めて考えたこと」

言葉にできた範囲では以下に記した5点である。
①日頃の関係づくりで防げたのか? ‘関係構築の時計’と‘希死念慮を実行に移す時計’。前者の針は、後者の針より速く進むのか?
②防げたとして、その後のご本人との関係性をどう築いていく? そもそも築けるのか?(施設変更の可能性がもっともあり得るのだが、それって根本的な解決なのか?)
③対処した同僚へ。同じ場所で働く者として、私が出来ることは? これまでは「トラウマになりそう」「気の毒に」「なんて声かけすればいいんだろう?」でとどまっていた。一歩でも半歩でも、その先へと進みたいのだ。ともに在る者として、どう支えるべきか?
④施設全体として取り組むことは? 他施設やコミュニティにおける「自死との向き合い方」についての知見が欲しい。読むべき書籍やお話しをうかがえる方がいるだろうか?
⑤自死に遭遇する職種であるということを、これから就職する人や新人が不安そうに尋ねてきたら、どう説明すればよいのだろうか?

「改めて今回の気づき等」

基本的なことであるが、いざというときパニックにならないように自戒をこめてここに記す。
・連絡方法について熟知しておくこと。特に責任者(施設長)の連絡先はすぐに取り出せるよう日頃から。
・110番通報で警察に伝えたこと;状況・本人の基本情報・発見者等。
・上長から現場職員への指示 ①家族に丁寧な説明と対応をすること。②本人の前兆行動等あれば関係職員で確認しておくように。
・発見から約1時間後に警察官到着。
・事情聴取は個別に行われる。(第一発見者・夜勤者)
・日常生活記録・基本情報・アセスメント・ケアプランの開示を求められる。
・約2時間後に検視官到着。居室内で現場検証を行う。
・警察官より、通帳等金銭管理をしている場所を確認したいとの話があった。
・約4時間後に検視終了。
・当直医師が来所し検案書1通作成。「死因は縊死・死亡推定時刻◯時◯分」

「挫けかける介護の先へ」

学生時代、顔見知りの後輩が自ら命を絶った。研究室も別で、二言三言ことばを交わすか交わさないくらいの関係であったが、やはり動揺した。
残された多くの者が、‘自死’という一括りに悲しみ、嘆く。
別れた者に、たとえ一度も出会ってなかったとしても。
こと、自死については精神的な距離をあけることが困難で、当事者が誰であれ暗く沈んだ気持ちになる。両膝をついて、やりきれなくなる。
そう思った。だが、さらに思い進める。
「挫けかけるが、折れはしない。今までも。これからも」
エビデンスもへったくれもないが、これだけは信じて進む。

※事例について、多少のフェイクとボカシを入れてあります。ご了承ください。

「追記;5月12日」

最初に発見した職員と、立ち話レベルですが、お話しすることができました。
まず、平気なつもりでいても、めまいや蕁麻疹といった不調が現れたとのことでした。
また、平気であると思っていても、「職場でどう振る舞っていいのか分からない」ともおっしゃっていました。平静である訳でもないけど、腫れ物のような扱いをされても困る、といった思いがあり、職場内での関係性のシフトがあったように感じました。
また、個人情報の問題もあるため、家族に話せないこともストレスである、といったことも話せてもらえました。
また、会社には、メンタルヘルス室といった機関が設けられているのですが、特にそこを活用しなさいだとか、カウンセリングを受けなさい、といった指示はなかったそうです。

「追記;6月22日」

最初に発見した職員(Aさん)と同じ夜勤で、自死の現場に遭遇したBさんと、一緒に話す機会があったので、ここに追記しておきます。
Bさんとは、研修のグループワークをご一緒しました。その際、丁度この自死の件について話をしてくれました。

「私、けっこう強いと思っていたけど、違ってた」

自分では大丈夫と思っていても、例えようのない不調があり、5月まるまる休みを取っていた、とBさん自らが語ってくれました。
職員のBさんも、ご利用者が亡くなったあと、施設長や介護主任との面接を行ったとのことですが、最終的には「仕事、続けられそう?」「はい」で終わったのだそうです。
ところが時間が経ったある日、Bさんが、一緒に働いているベテランの女性職員さんに話を聞いてもらったところ、気づいたら号泣していたのだそうです。

Bさんの告白と向き合って考えたのは、
関係性の良い人と話すことが、精神的ショックから立ち直るためにとても重要なのだということです。
話し合った際、私からは「正直、どう接するのが正解なのか分からない」という思いと、「これを他人事として放置しておくわけにはいかない」との思いを打ち明けました。

今回は、
「関係性のフラットな、利害関係のあまりない同僚が、話を聞く機会を持つ」
ということの大切さを噛みしめているところなのです。

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