私を変えた一冊『キツネ山の夏休み』
富安陽子『キツネ山の夏休み』
富安陽子は、なんだってこんなに夏を描写するのが上手いのか。
吹き付ける風のにおい、夏祭りの縁日の太鼓囃子、うっそうとした雑木林、駄菓子屋のラムネの瓶、シャリシャリの水まんじゅうの食感。
一瞬で、子供の頃の夏に引き戻される。
弥が夏休みにキツネ山で過ごす、不思議な冒険の連続。
キツネ、猫股、水グモの精。
人に化ける妖怪と、お化けに化けて金品をせしめようとする泥棒。
そんな不思議がいっぱいのキツネ山で暮らす大好きなおばあちゃん。
おばあちゃんの正体は───?
私も体験してきたはずのことばかりなのに、大人になるにつれて忘れていく。
そして新たな環境で成長していく。
その過程で忘れても仕方のないことだけれど、ずっと覚えていたい。そう思える。
〝夏は毎年めぐってくるけれど、あの年の夏は一度きり〟
ふと大切なことを思い出せそうになる。
胸の片隅で覚えているようで忘れてしまっている風景、あの日、あの時の風の匂い。
自分が生まれた田舎の道を、子供の頃みたいに歩いているような気持ちになる。
富安陽子は忘れていた子供の頃の夏を思い出させてくれる、稀有な作家だ。
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