アイドルマスター_ステラステージ_20180104015650

月光剣ムーンゴールド 3章

 夜空を見上げた。

 雲がでていて、隙間から月が見え隠れしている。半分よりもやや膨らんでいる十日余りの月。腰に携えている鞘に手を置き視線を落とした。

「……」
 南無子支部の大きな木の門にピッタリ張りつき、通りぬけようの戸をコンコンッと叩く。戸が開いて、見張りが警戒しつつ姿をみせた。
「四条貴音の紹介で馳せ参じました。力をお貸しすることに決めたと伝えてください」
 見張りは引っ込み、すぐに四条が顔をみせる。
「こちらへどうぞ」


 薄暗い畳張りの室内には、とっくり、おちょこが2つ。向かい合わせで座った。

「お心を決めてくださいましたか」
 千十郎のとっくりにおちょこの中身を注ぐ四条。
「ええ。風のうわさで最近の事件について聞きまして。なかなか苦戦してるようなので、わたくしも手を貸そうかと思いましてね」
「見苦しいところをお見せして申し訳ございません。貴方様がきてくだされば、いますぐにでもヤツラを捕まえることができるでしょう」

 四条も自分のおちょこにつぎ乾杯した。一息に飲んだ千十郎は盛大に咳きこんだ。
「しょっぱ! こ、これは、お酒じゃない……醤油……?」
「よくお解りになりましたね。貴方様には少々口さみしいと思いますが、わたくしはまだお酒を頂ける年齢ではありませんので、チャーシューメンのスープを用意させていただきました」
「そうでしたの。あの、この国ではお酒が飲めない未成年者がチャーシューメンスープを飲む習慣でもあるのですか?」
「ただのわたくしの趣向です。お口にあうでしょうか」
「え、ええ……濃厚で、メンとチャーシューをツマミに食べたいくらいですわ」

 千十郎はおちょこを置き、芝居がかった口調で言う。
「それで、その一味の検討はついているんですの?」
「お恥ずかしながら、全く。制札にも書かせたように、相当数いる以外には、尻尾を捕まえることができないのです」
「次席社長ともなれば、大勢人員を割くことができるのでしょうに。かなりの手だれですわね、その一味。戦い慣れしている精鋭集団かもしれませんわ」
「異論はございません。人員はなかなかに割いているのですが、足あとすら見つけられないでいます。まさか、このような一味とつながりがあるとは、やはりあの社長、腹の底が見えません」

「……先程から気になっていたのですが、制札を書かせたり、人員を割かせたり、もしかしたら貴方がそういう作戦をたてているのですか?」
 四条は薄く笑みをつくった。
「律子嬢は己の頭がキレると思っているのでしょうが、精々分析と計画を立てることくらい。戦となればてんでです。律子嬢をたて、やんわりと私の意見を取り入れさせていますが、気づいていないでしょう」

 並々とチャーシューメンスープを注いだ。
「これが終わったら律子嬢にすべての濡れ衣をかぶっていただきます。会社はわたくしたちのもの……その算段ももうできております」
「貴方、思っていたより数倍も食わせ者ですわね。使えている主君まで食べてしまうなんて、大層な大飯ぐらいなのでしょう」
「ふふ、よく言われます。どうですか? 貴方も律子嬢ではなく、わたくしに手を貸していただけませんか」
「食わせ者の貴方に見込まれるとは、とてもいい気分ですわね」

 ニヤニヤと千十郎は髪をいじって、
「そんな大層な計画があるのならば、なおさら社長を奪われないように厳重に監禁するべきですわね。まあ貴方のことです、アリ一匹入れないほどに厳重に監禁してあるのですよね?」
「ええ、それには抜かりはございません」
「ちなみに」

 千十郎は上目遣いになった。
「どこに?」
 四条はおちょこを置く。
 あんどんの明かりがぼんやり照らし、四条の表情に影をつくった。
 千十郎はとっくりを取るのと同時に、かたわらに置いた剣の位置を確認した。
 神秘的な銀髪であるのに、四条は黒々とした闇になじむ。
 赤い両眼が千十郎を見すえた。

「追うべき! あの人はぜったい桃子たちをうりにいったんだよ!」
 桜守が首を振る。「あの人はきっといい人よ。会社で塀が登れなかったとき、すぐに私の踏台になってくれたもの」
 それに最上が続いた。「私もそう思う。あんなに愛に満ちたコロッケを作れる人が悪い人なわけないわ。妹さんのことを話す優しい笑顔も……とても悪い人とは思えない」
「そんなのかんけーないじゃん。演技かもしれないし、あの人なにかまだかくしてるよ。たくさん昔の新聞みたり、文献をあさったりして、なにかよくないことしようとしてるんだよ」
「あれは妹を探してるんだと思うよ」あんずがあくびする。「古い文献とかあさってるのはよくわからないけど、悪いことしようとしてるわけじゃないと思うなあ」
「それに危なくなったら私達を助けてくれた。ただ少し言葉が過ぎるだけで、不躾なだけで、とてもいい人だと私は思う」
「でも……でも」

 沈黙していた野々原がスッと手をあけた。
「桃子ちゃんは、茜ちゃんたちの心配してくれてるんだよね? だから、そんな慎重になってるんでしょ?」
「そんなの…………当然じゃん」
「……こうしましょう」

 最上にみんな注目する。
「あの人を信じるためにも、後をつけましょう。いくのは2人。信じてる者と信じていない者で一人ずつ。桃子と私でいくわ。ね? 桃子」
「……足、引っ張らないでよね」
「ありがとう桃子」
 笑顔でうなずく最上。
「とはいったものの、どこにいるのかにゃあ。副社長の家いけばいいのかにゃ??」
「それならたぶん南無子支部にいると思うよ。いっつもあそこからきてたから、シジョー・タカネ」
 あんずがあくびしながらいう。
「ここから走って10分くらいね。もしも2時間して戻らなかったら助けに来て」
「気をつけてね」
「バビューンっていくから!」
 桜守と野々原にうなずき、最上と周防は南無子支部へ走った。

 千十郎は神経を研ぎ澄まし、何にでも対応できるように心を身構える。

「……へ……」
「……」
「へくちっ」
 四条がくしゃみをすると、首を締めつけられるような妙な緊張が消しとんだ。

「申し訳ございません」
(ややこしいプレッシャーですわね)
 千十郎はホッと気を緩めた。
「貴方を疑っているわけではありませんが、一次面接、二次面接の後、律子嬢にお目通しし、正式に採用になってからお教えいたします。ご容赦を」
「それだけ警戒していれば安心ですわね。さっそく行きましょうよ。その、面接? お願いいたしますわ」
 なにも答えない四条に、千十郎が怪訝な顔になる。
「なんですの?」
「そんな面倒くさいことやっていられませんわーー! と、お怒りになると思っていましたが――『聞き分けのいい子』です」
「う…………」
 千十郎はバツが悪そうにポリポリ頬をかいた。

 夜道、千十郎と四条が肩をならべて塀に囲まれた路地を行く。
 四条がおもむろに立ち止まった。
「つけられています。1人」
「いいえ、2人ですわ」
「わたくしは先を、貴方様は後ろを」
 うなずいて千十郎は引き返す。
 塀の角に隠れる。何者かの早足。千十郎はとびだす。遅れて何者かが真っ暗闇で刀を抜いた。
「誰の差金でつけたのですか――――静香?」
「その声は、千十郎さんですか?」

 足音が近づいてくる。くっきりと最上が浮かび上がった。
「なっ、どうして来た!」
「すみません、千十郎さんを信じるか信じないかで意見が割れてしまって……」
「馬鹿者! それじゃあ向こうは」
「桃子です……」
「まったく貴方達はややこしくすることに関しては一人前だな」
「……? なんというか千十郎さん、いつもと雰囲気が違いませんか?」

「斬りかかってきなさい」
「えっ、どうして」
「早く! あの方が来たら手遅れになる」
 最上は混乱しつつも千十郎に斬りかかる。
 真剣を最小限の体の移動で避け、もう一度斬りかかってくるのに合わせて肘鉄。まともに腹に食らった最上がその場に崩れ落ちた。

 暗闇から四条がゆらりと輪郭をあらわした。倒れている最上を一瞥。
「そちらが、つけてきた相手ですね」
「暗がりから急に斬りかかってきまして、剣を抜く暇もありませんでしたわ」
 座り込んでいた千十郎は重たげに腰をあげる。
「たぶんコイツが例の精鋭集団の一人ですわ。そっちはどうだったんですの」
「こちらも何とか。小さい子供のようでしたが、凄まじいけんぽー使いで少々苦戦してしまいました」
「ケ、ケンポー? ま、まあ何はともあれ、こいつらを警察に引き渡しに行きましょう。わたくしが行きますわ」
「お待ちください。わたくしが預かります」
 担ぎ上げようとした腰をおろした千十郎は小さく舌打ちした。

 南無子支部、広い石畳の庭の真ん中に、最上と周防が背中合わせに縛りつけられていた。意気消沈でうつむいている2人の周りを、家中の兵20名ほどが取り囲んでいる。

「この者達をこの少数で見張るのは愚策でしょう。相手は戦いのぷろ精鋭集団です。助け出すために一斉に襲ってこられては、取り戻されるだけの被害ではすみません。律子殿に応援を。一刻も早く」
 四条に指名された3人の侍が駆け足で夜道にくりだしていく。千十郎もかけ出した。
「わたくしも行きますわ。もしものことがあったらいけませんので」

 後を追い3人の侍の背後についた。薄暗い路地の角を曲がったところで千十郎は3人の前に踊りでる。
「あなた方に恨みはありませんが」
 困惑する侍たちに千十郎は唐突に襲いかかった。
 ひとりの刀を鞘から抜き取って胸をつく。慌てて構える2人。『そのスキ』を2撃。
 肩で息をする千十郎。あっという間に3人の侍を斬った。

 大仰な音を立てて戸をはねのけ、千十郎は南無子支部の庭に転がりこんだ。
「どうしたのですか!?」
「先を行った3人、路地の角ですでに斬られていましたわ。いわんこっちゃありませんわ」

 立ち上がろうとしている千十郎に四条は手を貸した。
「……もうすぐそこまで来ているのですね」
 恐怖にざわつく侍たち。最上と周防は怪訝な顔をしている。
「私がいきます。あと3人ついてきてください」

 厳しい表情で四条がでていくと、千十郎は洋服のホコリをはらい、大きなため息をついた。
「まったく、世話ばかりかけて」
 ふらふらと最上と周防のそばに寄り剣を抜く。何事かと侍がサッと引いた。その剣の切っ先で、縄をチョンと切る。
「なっ、なにをしている!?」
「なにって、この子たちを助けるのですよ」

 途端、侍たちの眼の色が赤くなり刀を一斉に抜いた。
 千十郎は斬りかかってくる無数の刀をするりと避け、剣で受け、刀を奪い、斬る。
 右も左も命(いのち)を斬り落とす刀の群れ。
 火花が散り、血が飛び散る。
 その血はどれも千十郎のものではない。
 ワルツでも踊っている軽やかな身のこなしで。
 腕のたつ侍14人をたった一人で斬り捨てていく。
 斬り。
 断末魔をあげさせ。
 悲鳴。
 尻尾を巻いて逃げだす侍の背中を斬りつける。
 何者かに取り憑かれている気さえさせる、人ならざる剣気のほとばしりをまき散らした。

 やけくそで斬りかかってきた最後の一人を斬り伏せ、刀を捨てた。
「ふううーーーーーー…………」
 千十郎は体中の空気を全部ぬくような深く長い息をはく。
 血で張り付く前髪のまま辺りを見回す。
 庭の真ん中。夜空の下に立っているのは千十郎だけだった。
 屍が庭一面に散らばり、垂れ流している血が石畳の溝を赤い線にしていく。

 両手を見た。
 いつの間にか千十郎の洋服は返り血で真っ赤になっている。
 血を浴びた赤い両手。
 震える手を、あらい息遣いで、ゆっくり、口をあけ――。
「ち、千十郎さん、大丈夫ですか?」
 千十郎はハッと我に返った。最上が肩に手をおいて心配そうに千十郎の顔をのぞきこんでいた。

 最上の顔に焦点があった途端、千十郎はカッと目を見開き、2人の頬を平手うちした。
「馬鹿者!」
 最上も周防も頬をおさえて尻もちをついた。
「お前たちのせいで、したくもない殺生をしてしまった! この者たちはお前たちの身勝手で青臭い考えのせいで、こんなつまらない場所で人生が終わってしまったんだ!!」
 すごい剣幕で怒鳴る千十郎に、2人は反応することもできずに呆然としている。
「私はとんだ人殺しになってしまった。この国でも血を流すことになるなんて……どうしてくれる!!」
 憤慨しつつ、腕を組んでドカッと座りこんだ。
「早く私を縛れ」
「え……」
「いいから縛れ!」

 応援を連れてきた四条はその惨状に言葉を失った。
 死屍累々。たかだか数十分前に肩を並べていた侍たち14名が14体となって転がっている。
 その中心で唯一の生き残りが縄に縛られて転がっていた。
「ご無事ですか!」
 駆けよった四条が猿ぐつわを外すと、千十郎は生き返ったようにあらく息を吸った。

「一体、何があったのですか?!」
「あの後、やつらが、例の一味が、大勢で、押しかけてきたんです」
 千十郎は痛そうに顔を歪めながら、すっくと立ち上がった。
「そんな……いったい何人潜んでいたというのですか……?」
「あれはおそらく忍術ですわね。急にそこの暗闇から50、いや52人はいましたわ」
「決して他人と組まない忍が一枚噛んでいるとは……しかし、貴方はなぜ殺されなかったのでしょう」
「わたくしにもわかりません。もしかしたら貴方達と繋がりをまだもっていなかったからかもしれません。無駄な殺生はしないたちなのでしょう」

 千十郎はハンカチを取り出して手と顔をふく。
「申し訳ございませんが、力をお貸しするのはもう少し考えさせてください」
「そうですか……。それならば、白石邸にきてください」
「それでは、さようなら」
 千十郎はゆうゆうとその場を後にした。

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