月光剣ムーンゴールド 5章
次の日の夜。
会社の大広間に通されて、4人は酒とツマミをだされていた。
不眠は美容の敵と書かれた掛軸の前に、社長と如月が座っている。
「みんなホントに助かったわ~~。一時はどうなるかと思ったけど、みんなのおかげで全部よくなったわ。ありがとね~~」
「百瀬社長、お気持ちはありがたいのですが私たちは飲めませんよ?」
「わかってる、わかってるわよ。私なりの最高の感謝の表現だから受け取って。あ、それもちゃんと受け取ってよ? そうしないと社長としての威厳が保てないわ」
最上のそばには金一封と書かれた封筒が置いてある。
「あはははは! 莉緒しゃん捕まってんおーー!」
「歌織さんそんなに強くないんだから、飲まないでって茜ちゃんずっと言ってるっしょ!!」
「社長も監禁されていたんですから検査まで控えてください」
如月が釘をさすと、社長は丈がやけに短い派手なピンク色の着物で、胸の谷間をよせてイヤイヤした。
「ええ~~千早ちゃんのいけずぅ。今日くらいいいでしょ! 私の助けだされたお祝いなのよ、もっと優しくいたわってよ~~」
如月はそれを無視して4人にいう。
「密輸を行っていた2人のことだけど、白石は勾留されて刑罰の決定を待っている状態。密輸首謀者の秋月『元』次席社長は同じく勾留されたのだけど…………狂ったようにブツブツつぶやくばかりで、もう会社のことも自分の名前さえも忘れてしまったそうよ」
「会社にかなりの貢献をしてくれていただけに……惜しい人をなくしたわ」
百瀬社長が悲しそうにいう。
周防があれ、と。「用心棒の四条貴音はどうなったの?」
「彼女はなんでも護送中に忽然と姿を消したらしく、現在足取りを探っているらしいわ」
「不思議な雰囲気の人だとは思っていたけど、最後まで不気味だったわね」
「もしかして茜ちゃんと同じで忍者だったのかも。じゃなかったら、幽霊だったとか∪MAだったとか、ハッ、月からきたかぐや姫だったとか!!」
「あの人がそうだったのなら、それを出し抜いた千十郎さんは怪物で間違いないわ……逆にそのほうがしっくり来る」
「何はともあれ」
如月が微笑んでいう。
「それを解決してくれたのはあなた達よ。これは提案なのだけれど、あなた達さえ良ければスクールを卒業したら、ウチに奉公にきてくれないかしら?」
酔っ払って社長に絡んでいる桜守以外の3人が顔を見合わせた。
「本当ですか!」
「いやった~~~~! 棚からプリンプリンプリン~~~~~!! 就職安泰~~~!!」
「千早ちゃん大好き~~!」
「キャッ!?」
桜守が如月に管を巻いた。
「ねえ、おばさんも雇わないの?」
周防が思い切ったように声をあげると、野々原がニヤニヤ。
「なになに~~? もしかしてセレブンのこと好きになっちゃった?」
「そ、そんなんじゃないよ! だって、桃子たちが社長のこと助けられたのって、おばさんのおかげだし」
「桃子ちゃん。それは無理だと思うわ」
社長が膝に頭を埋めている桜守の頭をなでながらいう。
「あの人はどこかひとつにとどまるような人じゃないと思う。根本的に私たちと歩いている道が違う、そんな雰囲気だったわ」
「でも……、うん」
周防は悲しげに顔をふせる。最上は千十郎の分の酒を横目で見た。
「そういえば、千十郎さんまだ返ってこないわね」
その時、襖が開いて矢吹が入ってきた。
「可奈、千十郎さんとすれ違わなかった? トイレに行くって出ていったんだけど」
「あいましたよ! 外の空気吸ってくるって出て行きましたけど?」
それをきいて最上は目を見開く。
「それは多分……」
「みんな行こう! お礼言わなきゃ!」
「茜ちゃん優しいしぷにぷにしてるから好き~~~~」
「茜ちゃんが可愛いのは仕方ないけど、歌織ちゃんにはちゃんと歩いてほしいな!」
かけでていった最上と周防、その後を桜守に肩をかしながら野々原がついていった。
百瀬社長はおちょこに酒をついだ。
「見ず知らずの他人を危険を犯してまで助けだし、褒美も受け取らず、名も語らず立ち去る……浪人にしておくには惜しい人だわ」
「もっとお話ししたかったなぁ。千十郎さんがあげたコロッケ、本当に美味しかったんだよ! たべてほしかったな~~」
「そうなの!? もっと早くいってよ~~引き止めればよかったわぁ。コロッケってお酒にあうから私大好きなのよねぇ。でもさぁ、何か顔みた瞬間に刀抜かれちゃって……かなり嫌われてるみたいよねえ。どこかであったのかしら?」
「……彼女は、明るい道を歩いているのでしょうか」
ぽつりといった如月に、社長はいう。
「あの人は暗い中を歩くことを選んだのよ……きっと。いなくなったのだって、暗い中の住人が集まってくるのを器具してみずから発ったんだと思うわ。自分の強さをよくわかっているのね、恐れいっちゃうわ」
「じゃあ、いいお侍さんだね!」
矢吹の頭を如月がうれしそうになでた。
「あっ、こんな夜に出歩かせて大丈夫でしょうか。怪物の噂もありますし……」
「だぁいじょぶよ。あの人なら何からだって守ってくれるわ。それより、このみねえさんと楓さんまだぁ? 早く飲みたい~~~! そうだ、お月見にしよーーっと!」
「そういえば、そろそろ十五夜ですね」
●
夜空は雲が多く、月の光もたよりない。
街から出て砂利道を少し行った開けた場所。そこに千十郎の背中がみえた。
最上は声をかけようと口を開き、千十郎が立ち止まっているのではなく、四条貴音と対峙しているのがわかると、ハッと短く息を切った。
「四条貴音!? 千十郎さん!」
「くるな!」
加勢しようとした4人が立ち止まる。
「わたくしの計画はおしまいです、過去に執着する気もありませんし、新天地を見つければよいだけのこと……しかし」
四条は刀を抜いた。
「貴方を逃がすわけにはいきません。刀を抜きなさい」
「お姉さまやめて!」
四条の背中に隠れるように、少し離れた場所に白石がいた。
「ここで彼女を落しておかなければ、いずれ脅威になります。理解してください」
「……この辺りで最近、行方不明者がでているようですね。それもかなりの数」
「きゅうになんの話?」
「たぶん、夜に出るという、怪物」
最上のあいずちに周防はさらにくびをかしげた。
「新聞を読みましたわ。夜に外出した人が忽然と姿を消す。揉み合ったようすも痕跡も残さず、唯一の痕跡は少量の血痕のみ……」
四条は目を細めた。
「古文書もたくさんあるんですね。伝承、言い伝え……妖怪というのですか? やはり土壌が違えば呼び方もかわるのですね。わたくしがよく知っている怪物と同じ特徴の妖怪もいましたわ……忌まわしい、怪物が」
「ハッ! 気配!!!!!!!!!!!!!」
「まさか敵!? 何人かわかる?」
最上の問に野々原は、桜守を肩にかかえたまま、ギュッと目を閉じて眉間にピッと指をおいた。
「……カッ! 30人!!」
もうすぐ満月になる月の光が行き届かない暗がり。そこから侍が30、取り囲むように姿を表した。眼球が赤く足取りがおぼついていない。
「……あなた、何者ですか」
「さあ? わたくしにも分かりませんわ」
「やっておしまいなさい!」
四条のかけ声で侍たちが一斉に襲いかかってきた。
「チッ!」
千十郎は四条に背を向け、最上たちに駆けだす。最上たちは構えをとり、攻撃を受ける体制になった。
「あなた方では無理ですわ! 逃げて!」
迫る侍たち、周防がすっと腰を落とした。
「周防流…………回転三角勁(かいてんさんかくけい)ッッ!!」
炸裂音がし、千十郎のすぐそばを侍が回転しながらはじけ飛んでいった。
「……え?」
千十郎が振り向いた。はかまの破片が弾けたように散らばり、ふんどし姿の侍がノビていた。
周防の両手にはグローブのように踏台が装着されていて、つきだしたままの右手の踏台から小さく煙が上がっていた。
「野々原流忍法、茜ちゃん分身本気の半分の半分%!」
シュバッと夜空に飛び上がった野々原、ふところから野々原をデフォルメした人形をばらまいた。その一体一体が自我をもったように動き出し、にゃーにゃーと侍たちを襲いはじめる。
同時に斬りかかってきた侍に、最上はその何の変哲もない刀を抜いた。3人をお手本のような堅実な動きで斬りすて、刀に語りかけた。
「今日もいい子よ、セイクリットロータス」
その戦いっぷりは数の多さなどまったく感じさせない。
一騎当千、互角どころか押していた。
「あ、あなた方そんなに強かったんですの??」
「ババババババ!」
千十郎のボリュームのある髪を銃弾がかすめ必死に伏せた。桜守が酔ったままの赤っ鼻の満面の笑みでマシンガンを乱射している。
「歌織、銃うてま~~~~す!」
「めちゃくちゃですわああ」
両耳を抑えている千十郎を最上と周防がかばうように囲む。
「これでも私たちスクールの首席メンバーですから!」
「ここは私たちが相手したげるから、おばさんはあの人倒してきちゃいなよ!」
「ふ、ふん。ヤツラはもう普通の人間ではありませんわ、おごるんじゃありませんわよ」
斬られたはずの侍がゆらゆらと立ち上がり刀を再び構えていた。
「いったい、何が起きているんですか?」
「見たままですわ!」
千十郎は弾かれるように立ち上がり走りだす。
野々原の手裏剣と桜守の鉛のサラダで道が開かれ、奥に佇んでいる四条にたどり着く。
推進力をそのままに、砂利道に刺さっている刀をつかみとり四条に突進した。
「てええーーーーッ!」
ギインッ! 四条が抜いた刀と叩き合わさり火花を散らす。
「もしやあの夜、すでに勘づいていたのか」
「あんな血の匂いをまとっていたら蚊がワンサカよってきますわよ」
「――ッ!」
怪力に押され千十郎は尻もちをつきそうになり、たたらを踏む。その隙に四条の横殴りの殺気が襲ってくる。しかし千十郎はバク転して身軽に避ける。
「なにッ!?」
「シッ!」
踏みこんでの突き。四条の手を貫く。刀が落ち、流々と血が流れる。
「さすが、わたくしを欺いた女です……ですが」
貫かれている両手のひらを千十郎に見せつけるようにあげる。縦に入っている刀傷が白い肌に溶けるように消えた。
千十郎はため息をついて刀を肩にトントンする。
「相変わらず面倒くさいですわね、それ。やめるわけにはいきませんか?」
不気味な笑みを浮かべ、四条はふところから『幕末』と書かれた飴を取り出した。
「それが、幕末キャンディ……」
飴を包からとりだして艶やかな唇で弄び口にいれる。
四条は強くまぶたを閉じて大きく目をあけた。瞳の白目までもが赤く染まる。両指の爪が伸び針のように尖り、背中を破って大きく禍々しい翼がはためいた。
「隠すこともしなくなりましたのね」
夜空に飛び上がり、一直線に千十郎に下降する。
刀でふせぐが、一発で折れてとんだ。
「くっ、なんてという力。一体なにが入っているのですかッ!」
たいさばきで避ける。服が切れ、身体が左右に揺さぶられる。なんとか顔をあげてガードする。眼前に四条の真っ赤な瞳があった。
不自然なほどに軽々く千十郎はふっとび、岩場にぶつかって磔になった。
「アハハハハッ!」
猛スピードで飛んでくる四条。膝が腹に突き刺さる。血を吐き出した千十郎。顔面を捕まれ地面にたたきつけられた。
一直線に地面が盛り上がり、千十郎が地面の上を滑るようにして吹き飛ばされ、転がり、倒れた。
千十郎の洋服はそこかしこが破れ、素足が生傷だらけになっている。
「いくら強くても人間の物差しでの話……」
首を捕まれ、高々と持ち上げられる。大きく口を開く四条。鋭い牙が鈍く光っていた。
「貴方はさぞかし美味しいに違いありません」
四条の口が千十郎の腕に近づく。
「千十郎さん!!」
ピンチを察して最上たちが加勢しようとしているが、何度切り捨てても傷が治って向かってくる侍たちに阻まれそれができない。
千十郎は苦しそうに顔を歪めて、ちらっと目だけで空を見る。
暗闇がいくらか安らいだようだった。
千十郎の口角がわずかに釣りあがる。
「ふふ、最後まで不敵な笑みを浮かべる貴方のような『怪物』は、人間の器ではありませんよ」
鋭い牙が千十郎の右手の皮膚を突き破った――その時だった。
眩いばかりに千十郎の鞘が白じろと輝きを放った。
「な、なんだッ!」
四条は目をかばって飛び退く。侍たちも光から逃げるように顔をおおっていた。
「それはなんだッ!!」
ヒステリックに叫ぶ四条。
千十郎は剣の柄に手をかけた。
「――月は満ちた」
光を引き抜いているようだ。
凝縮した光を打って剣にしたような、刀身が余すこと無く光で輝いている。
「貴方にいい忘れていました。『満月が満ちるまで、外を出歩かないほうがよろしいですわ』」
歯の隙間からスーッと細い息をはき、肩の力を抜いて深呼吸した。
千十郎はまぶたを閉じ、その剣を頭上に掲げ、月を描くように時計回りにゆっくり刀身を動かす。
「ま、まさかそれは月光剣……ッ! いや、違う……違う違う! あれはただの噂だーーッ!!」
四条は苦しみながらも翼を大きく広げる。緩慢な動きで円を描いている隙だらけの千十郎にツメを立てて突っ込んだ。
光の剣が円を描ききり、空に向かって刀身が掲げられる。
眼前に迫る四条を見据えて、落ち着き払って千十郎はつぶやいた。
「月光剣ムーンゴールド」
満月に届くくらいに光の刀身が何倍にも伸び、金色の輝きを放つ。
金色の光の柱が振り下ろされる。
四条は翼の推進力と両手の爪で正面から受け止めた。
勝ち誇ったような笑みを浮かべる四条。
千十郎は握っている手に力を込めた。
「滅びなさい、ヴァンパイアアァァアアァーーーーッッ!!」
拒んでいた四条の爪に光が浸透していく。
光が少しずつ、四条に染みこんでいく。
「ああ……ああああ……!」
絶望に首を振った。
そして、四条が金の光に飲み込まれる。
「ヴァンパイアハンターめええぇぇええええぇぇぇえええーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!」
爆音とともに巨大な光の十字架が空へ伸びた。
千十郎はあるべき大きさに戻った剣を鞘に収め、横たわっている四条を見下ろす。
「……ヴァンパイアハンター……不浄を祓う剣の使い手……まさか女性だとは思ってもみませんでした……」
四条はどこにも怪我が見当たらないが、おもたげにまぶたをあげて千十郎を見上げる。
「なぜヴァンパイアを狙う……何の見返りもないというのに……」
「この娘をしらないか」
四条の言葉を無視して千十郎はふところから妹の写真を取り出した。それを見て四条は力なくわらった。
「そうですか……貴方も……私と同じ……」
「なに? それはどういう意味――」
「お姉さま!」
ハッと振り返る千十郎。
駆けよってきたのは、白石だった。千十郎からかばうように四条に覆いかぶさる。
「お姉さま、お姉さま!」
「紬……貴方にあえてほんとうによかった……」
胸で泣きじゃくる白石の髪をいとおしそうに撫でた。
「わたくしのことは忘れて……紬は見つけ……て……約束の地へ……」
白石は何かを悟ったようにギュッと四条に抱きつく。
「……私もです……お姉さま……。私、お姉さまのことが大好き……本当です……貴音さん……」
「ありがとう紬……わたくしの愛しい妹…………」
満足そうな笑顔を浮かべると、四条は灰になって消えた。血の一滴すら残さず。
白石の慟哭が夜空の下に響き渡った。
「貴方もヴァンパイアですね」
キッと振り返った白石。涙で濡れた瞳は、憤怒の赤に染まっていた、
白石の腹を千十郎は思い切り蹴りあげた。3メートルほど飛ばされて、白石はうずくまって大きく咳きこむ。
「あいにく月が隠れてしまいましたの。今日は見逃してさしあげますわ。もう二度と、ここへは戻ってこないでくださいまし。もしも戻ってきたならば……」
千十郎は威嚇するように剣の柄を握る。
「許さない……絶対に……お前だけは……」
白石はふらふらと立ち上がった。
四条の灰を握ったまま、闇に溶けていった。
「……復讐しにきなさい」
千十郎は明るい満月を見上げながら、ぼんやりつぶやいた。
「千十郎さ~~ん!」
最上たちが明るい声で千十郎に走ってくる。
「お疲れ様です、千十郎さん!」
「スゴイよスゴイよセレブン! 怖い侍たちも急にハッ!として、逃げてったよ! なんだったのかなぁ?」
「お見事でした!」
「そんなスゴイのあったなら、さっさとだしてよね。頑張ってそんしちゃった。その……ありがとう! ……ござる」
「馬鹿者! そんなわけないだろう!」
千十郎の喝に4人の笑顔が吹き飛んだ。
風にあおられて灰が少しずつ流されていく。
「四条はわたくしですわ。満たされることのない愛をもとめて、永劫の闇を蠢く亡霊」
千十郎は暗闇が続いている先の見えない道へ向かって、4人に背を向けた。
「あなた方のようなボンボンは、このままおとなしく『明るい道を走っていればいい』ですわ」
4人は聞き覚えのあるその言葉に、ハッとする。
そして砂利道に両膝をつき、両手をつき、額を深々と地面につけた。
千十郎は傷ひとつない綺麗な右手で髪をなでつけ、4人の最高の感謝の表現に、ふんっと鼻をならした。
「ごきげんよう」
終
10/26 改行調整
チケット代として使わせていただきます