アイドルマスター_ステラステージ_20180104015650

月光剣ムーンゴールド 2章 前半


 4人と浪人は物陰から会社の門をのぞき込む。案の定、門扉の前には見張りが2人ついていた。
「あんな人たちみたことないよ」
「抜け道から行きましょう。あそこは私たちしか知らないはず」

 桜守の提案で抜け道を通り会社内の庭にでた。
 小さい泉のほとり、植え込みの影に隠れてこっそり縁側の様子をみる。

 左手に襖がある。その前で背の小さい見張りがスマホゲーをしていた。
「あの部屋はなんですの」
「衣装室です。わざわざ見張りを付けているということは、あそこに社長たちが」
「桃子がいく」

 ぐんっと立ち上がった周防を野々原が止めた。
「ステイステイ! 見つかったら応援よばれちゃうよ!」
「桃子は小さいころから道場できたえてるんだから、あんな小学生みたいな子、桃子の敵じゃないよ」
「実戦はそんな甘くありませんわよ。もしかしたらわざと手薄にしているのかもしれません」

 周防はムッとしたが一理あったのか腰をおろした。
「聞き分けのいい子ですわ」
「ぐぬぬぬぬぬう~~~~っ!」

 悔しそうにする周防を浪人は鼻で笑った。
「どこか身を隠せる場所はありませんか」
「それなら、いまは使われなくなった仮設テントがちかくにあるわね」
「隠れるなんてそんな。社長は目の前なんですよ」
「おめおめと出て行ってみんな仲良く捕まりますか? それでもわたくしは別によろしいですけれど」
 うなる最上。
「一旦作戦を練るのです。引くときは引く、それも戦いのウチですわ」
 4人は同時にうなずいた。


 仮設テントの中はこじんまりとした外見よりも広く、手作り感のある内装が手付かずで残っている。

 4人はステージにあがって意見を言い合っていた。
「ここに来る間にも見張りがたくさんいたわね。見つからないようにしないと」
「ここは、茜ちゃんが囮になる! その間にサッと助けだしてよ」
「いいえ茜ちゃん、そんなことさせられないわ。博打をうつのはさいごの手段よ」
「そのお嬢さんの言うとおりです。確実な方法を思いつくまで動かないほうがよろしいですわ」

 浪人は入り口近くのテントの柱にもたれかかっている。桃子がムッとした。
「おばさんにはきいてないよ。かんがえてるのは桃子たちだよ」
「まあまあまあまあ、いっぱい集まれば茜ちゃんの知恵っていうじゃん」
「桃子はしんじてないからね。ぜったい、このおばさんは桃子たちによくないことしようとしてるって!」
「だからおばさんじゃないですわ!」

 直後、浪人は厳しい顔つきになり鞘に手を置く。

 ポニーテールが目立つ女中が走りこんできた。
「に、逃げられたぁ……わっほーーーい!」
「美奈子さん!」
 ヘロヘロと座りこんだ女中に4人が駆けよった。
「あれ静香ちゃん? みんなも! こわかったよおーー」
「どうやって逃げて来たんですか?」
「チャーハンを作りに行くって台所に戻ろうとして、そのまま逃げたんだ。会社の人はみんな捕まっちゃって……」
 美奈子は大粒の涙をながした。

「社長はどこにいるんですの」
「どこかに連れて行かれちゃった。ここにいるのは秘書さん2人だけだよ」
「一足おそかったようね」

 苦い顔でいう桜守。最上は優しく美奈子の肩を抱いた。
「美奈子さんはここに隠れていてください。助けて戻ってきたら一緒に逃げましょう」
「いえ、戻ってください」

 4人はえっと大声をあげ、マズイと口を塞いだ。
「なんでなんで!? せっかく逃げてきたんだから一緒に帰ろうよ!!」
「ひとりでもいなくなったらヤツラの警戒がきびしくなってしまいますわ。そうなったら秘書を助けだすのは無理ですわ」
「よくそんなひどいこと言えるね! おばさんの言うなんかきかなくていいよ。桃子たちが助けてあげるから、あんしんしてね」

 腰に手をあてて意気揚々という桃子。美奈子は涙をふいて勢い良く立ち上がる。
「私、戻ります!」
「美奈子さん?! だめだよ! あぶないよ!」
「みんなが私たちの希望なんだよね。だったら、私ひとりのために会社のみんなを犠牲にはできないよ。それに捕まってるからって、料理を投げ出すわけにはいかない!」
「あなた方よりよっぽど勇気がありますわね」
 4人は少しバツが悪そうにした。

「あいつらに特製フルコォス美味しさで腰を抜かしてやる! 佐竹の女をなめるなーーーーッ!」
「ちょっと美奈子さんまって! ――いっちゃった」
「すぐに庭に戻りましょう。あの子がうまくやってくれることを信じて」
「絶対に、助けましょう」
 決意をみなぎらせるように、4人はお互いの顔を見やった。
「正義感は一人前ですわね。さあ、いきますわよ」


 庭の植えこみに隠れる4人と千十郎。
「さっきとぜんぜん変わらないね。あのみはりの子もまだ遊んでるし。というか、なんでだれもおこらないの」
「お待ちになって」
 右奥から男たちの脳天気な笑い声。
 スマホをいじっている見張りもさすがに顔をあげ、何事か腰を浮かしている。

 うめえーーーー! こんなウマイチャーハンくったことねえ!
 このシュウマイも一生分くっちまった!
 おら一歩も動けねえだーー!

「美奈子さんうまくやってくれたみたいだね」
「うーん、いい香りだわ。おなかが鳴ってバレないようにしなきゃいけないわね」

 見張りはかなり気になるようで、スマホの電源を切って立ち上がろうとした。
「そのままいっチャイナ!」
 ブンッ、小さい振動。座ってスマホの電源をつけた。
「いかないんかーーーーい」

 思わず突っ込んだ最上。野々原は神妙な顔になった。
「別ゲームのスタミナが回復したんだよ……これは、かなりの強敵……ッ!」
「茜ちゃんソーシャルゲーム好きだもんね。私もやろうかしら」
「ムムッ! じゃあじゃあ茜ちゃんのラウンジ入ってよ! 歌織ちゃんは実弾があるからきっと上位入賞もらくらく……!」

「みんな静かに!」
 最上の声で身を更に低くする4人。
 スーッと衣装室の扉が開いた。銀髪の侍、四条貴音だ。

「あれは確か私たちを捕まえに来た」
 四条は見張りに何か訊いたようだが、見張りは画面を見たまま手を振った。

「やはり警戒して正解でしたわ」
「あ、でてったよ! ねえ、チャンスだよ、いこう!」
「あのお侍さんヨダレがでていた気がしたけど、気のせいかしら?」
「わたくしが見張りの気を引きます。そのスキに秘書を助けてくださいまし」

 うなずきかえす前に浪人はさらに近寄り、大きめの石を泉に投げ込んだ。

 ボチャン!
「さあ罠にかかりなさい」
 飛び出す準備をする浪人。
 水面が穏やかになる。
 見張りはゲームをしていた。

「……」
 浪人はふつうに歩いて見張りに近づいた。そして首根っこを捕まえた。宙ぶらりんになっても見張りはゲームをしていた。
「…………い、いまですわ!」
 4人は急いで衣装室から秘書たちを救出した。


 秘書の2人を引き連れて仮設テント戻ってきた。
「大丈夫です。何もされていません。丁重に、扱ってもらいました」
「でもこわかったよ~~~~。千早さんがいなかったら、ぜったいむりぃ~~だった~~!」
 秘書・如月千早の胸に顔をうずめて、秘書補佐・矢吹可奈がえんえん泣いている。2人とも色鮮やかで上質な着物を着込んでいた。

「静香、そこにいるお方は?」
「話すと長くなりますが縁ありまして、私たちを助けてくれている浪人さんです」
「そうだったのですね。ありがとうございました」
 深々とお辞儀をする如月。それにならって鼻水をすすった矢吹が頭を下げた。

「この見張りさんどうしますか?」
 桜守の言葉にみんなが見張りに注目する。
「あー、ダイジョブダイジョブ。あんず、もともと働きたくて働いてるわけじゃないから、忠誠とかそういうの全くないから」
 眠たげにあくびした。
「う、嘘をついているようではありませんが、念を入れて連れて行きましょう」

「でもどこにいくの? 桃子の家はパパとママにきかないと……」
「茜ちゃんちは山の上なんだよねぇ、いまから行くのにはちょっぴし暗いし、みんなのスタミナがもたないかにゃあ」
「私の家もお父様のゆるしがないとお友たちがよべなくて」
「私の家に行きましょう」最上がいう。「引っ越ししてまだ住所変更していないから気づかれにくいはず」
「モガミンありがとう~~~~! それじゃ早いトコここから逃げよ! 逃げられそうなルート見つけてくるよ!」
「私もいくわ。みんな千早さんと可奈ちゃんをよろしくね」

 野々原と桜守が慌ただしく出て行くのを浪人が見送った。
「はあ、大丈夫なのでしょうか」
「どこかに奉公していたのですか」
 如月が話しかけるが浪人は黙っている。
「汚れていますが、中々上物の着物とお見受けいたします。その刀も一点もの。何か並々ならぬ事情があったのでしょうが……大企業にお勤めしていたのではありませんか?」
「あなた方のように、誰かに指示されるのを待つのは好いていませんの。時間は有限です。100年なんてきっとすぐですわ」

「ちょっと千早さんにむかって失礼だよ!」
 おこる桃子を穏やかに手で制する如月。
「あなたはかなり腕が立つときいています。どうでしょう、このまま私たちの会社に奉公にくるというのは」
「わたくしの話きいていましたか? 誰かに使われるのはもう……」
「暗い中を歩くよりも明るい道を走れば、時間をかけずに目的地にたどり着けます。良い侍は明るい道を走っているものですよ」
「明るい道のほうが明るいし、走りやすいですもんね!」

 ふんすと鼻を鳴らす矢吹に微笑む如月。汚れの知らない優しい如月の瞳に、浪人は居心地悪そうに髪をなでつけた。

そこへ野々原と桜守が走りこんできた。
「手薄なとこ見つけたよ! ついてきて!」
「さあ千早ちゃん、可奈ちゃん、こっちよ」
 野々原と桜守に援護されて如月と矢吹が出ていく。
 浪人は捕まえた見張りの首根っこを掴んで持ち上げた。はなちょうちんをだして寝ている。
「敵さんは、かなり、寛容なんですわね」

「この塀を登れば裏道だよ! 早く!」
 ネコのような身軽さで塀にのる野々原。それに続いて周防も踏台で塀をのりこえる。
「桃子の踏台つかって!」
「可奈、先に登っていいわ」
 如月にうんっとうなずいて、野々原の手を借りてのりこえる。
「千早さんも!」
 如月が乗りこえようとしていると、きた道から複数の足音が。
 浪人は道を戻り、馬小屋の板戸を片っ端から開けた。

「さあ逃げて撹乱しなさいっ!? ちょっ、じゃれつかないで!」
 馬にべろべろ顔を舐められる浪人。追手の足音が近づいてくる。
「くっ……このッ!」
 浪人は剣を数センチだけ引き抜く。途端に馬たちは怯えるようにいななき、群れをなして馬小屋から走り去った。
「この剣も……汚れてしまった」

 勢い良く剣をしまって塀に。
「何をしてらっしゃるの?!」
「千早さんと可奈はもう逃げたのですが、歌織さんが」
 最上と野々原が塀の上で手を差し出している。桜守は塀に足をかけるが、うまく登れないでいた。
「ごめんなさい。私あまり、こういうことに慣れていなくって……」
「あーー、もう!」
 浪人は塀の下に四つん這いになった。
「さあ、お行きなさい!」
「でも、いいのですか」
「急ぎなさい!」
「あ、ありがとうございます!」
 桜守は浪人の背中に踏台をのせた。
「えっ、ちょっと、踏台をのせるのは話が違う――」
「えいっ!」
 人一人分の体重がかかった踏台が背中に食い込み、浪人の顔が苦痛に歪んだ。

 最上の借家は閑散とした住宅街にあった。
 小さい池のある小ぶりの庭がある。その縁側で桜守が深呼吸した。朝の日差しをいっぱいに浴びて気持ちよさそうにしていた。
「静かでいいところね。空気もおいしいわ」
「ただの田舎の安い借家ですよ」
 小鳥が桜守のしなやかな指に止まる。平和そのものの桜守に最上の緊張が緩んだ。

 最上は振り返って居間に目を移す。
 野々原と周防は、隣の部屋の如月と矢吹を守るように座っていて、それと向い合って浪人が座っている。
 そして誰の手にも揚げたてのコロッケがあった。

「んんんん~~~~っ、おいっっっしぃ~~~~!! いままで食べたコロッケでいっっちばんおいしい! 可奈はおいしいの大好き~~~~! 浪人さんのコロッケがいちばん大大大好き~~~~!」
 ほっぺたをおさえてトロけた表情の矢吹。対照的に野々原は難しい顔をしている。
「剣の腕だけじゃなくて料理もできちゃうなんて……茜ちゃん最強伝説の危機にひさびさに野々原流武者震いしちゃってるよ」
「ふ、ふーーん。けっこうやるじゃん」
 強がる周防だが、その頬はほんのり赤くなっていてほころびを隠せないでいた。

「お口にあったようで何よりですわ。妹にせがまれてよく作っていたので、これだけは目をつぶってでもできますわ」
「妹さんにですか?」
 最上も腰を下ろす。浪人は自然な笑みで「ええ」と、
「あの子がお腹をすかしてしまったら、これを作ってあげると喜んで食べていましたわ……コホンッ、少し話しすぎましたわね」
「……見つかるといいね」
 ポツリともらした周防の声はよく通ってしまいみんなに行き届いた。
「か、かんちがいしないでよ! 桃子はべつに……」
「ぐはっ! 桃子ちゃんのツンデレ~~ションの破壊力ッ!」
「だから違うって~~~~っ!」
 ぽかぽか野々原を叩く周防、和やかな空気が流れた。

 最上がコロッケを食べ終えていう。
「これからどうするか決めましょう。私は警察に届けて、応援をあおるほうがいいと思うわ。私たちだけではとても敵う相手じゃない」
「いいえ、わたくし達だけで社長を助けましょう」
「話きいてた? それがムリだから警察にいおうっていってるの」

「待って桃子ちゃん」桜守が最上の隣に座る。「堂々と密輸を続けていられたということは、もしかしたら、警察とも手を組んでいる可能性があるのかも」
「警察なのに!?!?!?」
「わたくし達なら顔もバレていないし一番事情を知っている。わたくし達がやるのが適任だと思いますわ」

 4人は無言になった。
 浪人が鼻で笑う。「分が悪いのがわかって、怖気づきましたか?」
「……正直。でも、やりましょう」
「桃子もさんせい。桃子たちでもできるってとこ、見せつけてやるんだから」
「これってきっと、スクールにいっぱいお金くれてるシャチョちゃんに、受けた恩を返すため、茜ちゃんたちに巡ってきたチャンスなんだよ!」
「ふふ、そうね。でも、みんな気をつけましょう。絶対に、ひとりで行動しないようにね」
 決意を込めて4人はうんっと頷いた。

「みなさん、社長のためにありがとうございます」
 如月が深々とおじぎをすると最上は慌てた。
「そんな、頭をあげてください!」
「お侍さん、どうかこの子たちの面倒を見てやってください」
 千早の優しい微笑。浪人はむず痒そうに髪をいじり、縁側の方に立ち上がった。


「そういえば浪人さんはなんて名前なんですか?」
「わたくしですか。わたくしは……」
 矢吹にきかれて浪人は庭に目をうつした。

 庭の石塀は老朽化で頭がかけている部分があり、隙間から向かいの家が見える。家を囲む塀の周りには、花菖蒲が咲き乱れていた。
「綺麗な花菖蒲ですわね」
 最上がいう。「あそこは副社長の家です。このあたりでは有名な花菖蒲屋敷なんですよ。あそこから流れてる水はこの庭の池にも繋がっているので、たまに花菖蒲が流れてくるんです」
「紫と青で綺麗だな~~」
「高貴な、セレブな花ですわね」

 あごに手をあてて考える仕草をし、名を名乗った。
「わたくしの名前は、セレブ……セレブ千十郎(せんじゅうろう)。もっとも、そろそろ万十郎(まんじゅうろう)になりますけれど」

 千十郎と名乗った浪人が居間に目をうつした。みんな唖然としている。
「失礼ですが、千、十郎さん? 千十郎さんは、男の方だったのですか?」
「へ?」
「いやー、そうだったんだ。全然気が付かなったよ。かんっぺきな変装だったね。男の娘っていうんだっけ?」
「いえ、わたくしは永遠に女ですが??」

「フフッ、フフフフフッ!」
 急に笑い出したのは如月だった。
「千、千十郎って、いったい、何才なんですか、アハハハッ、しかも、もうすぐ万十郎って、まんじゅう、おまんじゅう、フフフフフッ!!」
「お、おかしいですわね……こうすれば上手く煙に巻けるって……あの浪人、ウソを……どうりでニヤニヤしていたわけですわ……」
「どうしたの千十郎さん? おまんじゅう食べる?」
「な、なんでもありませんわ! うん、そうですわね。おまんじゅう食べましょう! ここは英気を養って、相手の出方をみましょう」

「それなら、私にお任せください」最上がピッと手をあげた。「日頃の饂飩研究の合間にお饅頭の研究もしていますので、ここで披露させてください」
「ええ! わたくし食べたことがないので楽しみじゃなくてそこら辺のせんじゅうじゃ満足しませんわよ、覚悟なさい! お~~~~っほっほっほっほっ、ゴホッ、ゴホゴホッ!」
 高笑いする千十郎に、最上は一倍気合を入れた。
「千早さん、千十郎さんようすがおかしいような……」
「こういうときは笑うのよ可奈。訊くのではなく、笑うの」
「なるほどぉ……秘書術ですね! わかりました千早さん!」
 千十郎と矢吹の高笑いに、軒先に止まっていた小鳥が飛び去った。


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