アイドルマスター_ステラステージ_20180104015650

月光剣ムーンゴールド 4章


 縁側に小鳥が止まっている。

 朝の陽気の中、最上家では4人が横一列になって千十郎に頭をさげていた。
 千十郎は座布団を椅子がわりにして座っている。最上から借りた白に黄の柄が入っているTシャツにジャージパンツになっていた。
「そんなことをしても、わたくしの服は綺麗にはなりませんわ」
「洗濯なら終わっていますよ」

 三角巾の如月が台所から顔をだし庭を指さした。日に照らされて千十郎の洋服がはためいている。血が綺麗に洗い流され、白い布地が顔を出していた。
「夜中のうちに洗濯しておいたんです。もうそろそろ乾くと思いますよ」
「そういう意味ではなくてですね」
 最上たちは頭をあげた。
「もう少し下げていてもよろしいですわよ」
「あと少しのところまで来ているのに」

 勝手に話を進めようとする最上に納得できないようだが、千十郎はあごを触って考える仕草をみせた。
「あの方は警戒して、どこに社長がいるのか教えてくださいませんでした。さすがにやりますわね」
「結局ふりだしに戻ってしまったわね……」
「ねえねえ」
「社長の居場所だけわかればいいのになぁ。それだけで、それだけわかればチャッチャッチャチャチャって助け出せるのにさぁ~~」
「みんなーー! おーーーーい! こんにちはーー! こんばんはーー! ごきげんよろしゅうでござりますかーーーー!」
「ここまで隙をみせないんだもん、桃子たちに手をかしてくれる人が相手にでもいなきゃ……」
「ねえねえねえ、ねえって、ばっ!」

 矢吹が縁側からゴロゴロゴロッと転がって、千十郎の足元で仰向けにひろがった。
「これみてよ、こーれっ!」
 がんばって上げている矢吹の手には、水にぬれたシールが。
「可奈、みんなと遊ぶのはあとにしなさい」
「千早さん違うんです! これ、意見書だよ!!」

 えっ! 6人の声がそろった。
「これ、桃子のシール! 意見書にはった桃子のシールだよ!」
「可奈ちゃんこれ、どこにあったの?」
「たくさんどうぞ!」
 仰向けのまま身をよじって庭を指さす。
 4人は庭におりる。あんずが池の水路のそばに座りざるをつけていた。ざるには紙片がたくさんかかっていて、最上がそれをつまみ上げた。
「私の字だわ」
 千十郎が縁側からいう。「おそらく、秋月次席社長に見つからないように隠していたのでしょう。それを――」
「目を盗んで流した……。この池は、白石邸と繋がっていますからね」

 池に浮いている花菖蒲を取ってうれしそうにする矢吹。
「この意見書にはみんなの署名がはいっていたわよね」桜守がいう。「これが見つかっていれば手配書がでまわって、私たちはすぐに捕まっていてもおかしくなかった」
「自分の身が危ないって時に茜ちゃんたちの心配してくれて……シャチョちゃんは社長のなかの社長だよ……!」
「当然でしょ! だって桃子たちの社長だもん!!」
「これでわかりましたわね。社長がいるのは、副社長白石の屋敷ですわ!」

 茶室のくぐり戸で片膝立ちの四条がうなずく。昨夜の惨劇をきいた秋月は青ざめた。
「ありったけの戦力をここに集めて。いますぐによ!」
「律子嬢落ち着いてください。敵にコチラの居場所を教えているようなものです」
「だったら教えてやりましょう。ここでそいつらを全員一人残らずケチョンケチョンに殲滅するのよ! 戦えるものがいない状態でここに攻めこまれてみなさい。悲願を達成するまで私は捕まる気も死ぬ気もないわ。これは雇い主としての命令よ、いいわね!」
「……承知致しました」
「ここまで来てどこの骨とも知らないヤツラに潰されたくないわ!」
 扇子で思い切り畳を叩くと、白石がビクリと肩をすくめた。

 4人は石塀の割れ目を張りついて、白石邸に吸い込まれていく大群の兵に青ざめている。
「い、一体、何人いるの……?」
「多すぎて指がぜんっぜん足りないよ~~~~っ!」
「50人……それ以上いるよ!」
「でも何というか、『においますね』。いままでさんざん慎重にうごいていた敵さんだったのに、あれじゃまるでここに大切なものがあると言っているようなものだわ」
「たしかに四条貴音にしては雑な作戦ですわね……」
 4人の後ろでうろうろしている千十郎は、何かに得心がいったようにうなずいた。
「そうですわ。この作戦は四条のものではない……。ということは、本格的にチャンスですわ」
 4人の若々しい瞳が千十郎に集まる。
「まず貴方達『一味』がどこかに集結しているのを見たというウソを、わたくしが相手に吹き込む。手勢が移動してもぬけの殻になった瞬間に貴方達『4人』が一気に攻めこんで助け出す」
「千十郎さんは四条貴音にしんようされているから、簡単にしんじてくれるかもしれませんね!」
「ポクポクポク……チーーーンっとひらめいた!」

 ぴょんっとジャンプした野々原。
「ウソの場所は神社がいいよ! それでこういうのはどう? セレブンが山門の上で寝ていると、神社に一味がたっくさん集結して、白石邸を襲うっていう秘密の話をはじめたっていうのは!」
「それでいきましょう。なら、できるだけ遠くの神社がいいですわね。どこかいいところは……」
「すみません千十郎さん、この辺りには神社仏閣はおろか鳥居も祭壇も、信仰のたぐいがまったくありません」
「ええ?! ジャパンはそこかしこで仏を祀っているものではないのですか?!」
「信じられませんが……うどん神を祀っている祭壇がうちにあるくらいで」
「よく知りませんが、貴方はうどんの宗教にでも入ってらっしゃるの」

 桜守がパンッと手を叩いた。
「そうよ! 千十郎さんがおっしゃってたお紅茶のお店なんてどうかしら!」
「……………………………………………………え?」
「結構、遠くのほうにあるんですよね? 隣町、でしたか?」
「え、ええ、そうですよ? そうですよ!」
 賛成する周防。「ここからだと車でも1時間かかるからちょうどいいね」
 賛成する野々原。「そのお店のイートインでおこう~~ちゃに舌鼓を売っていると、そこに一味がたっくさん集まってきて、談合をはじめた……これだ!」
「店内で談合はちょ、ちょっとマズイのでは? やっぱり遠くてもいいので神社に」
 賛成する最上。「駐車場にしましょう。イートインのガラス窓からみえる駐車場に一味が集まって、千十郎さんが物陰から盗みぎきした……」
「お店の名前はなんですか?」
「……ブ、ブラン、エノワール……ごめんなさい! 実はそのお店は――」

「あそこですか!」
「へっ?」
 桜守がパッと笑顔になる。
「一度私もいったことがあります。町中のビルの1階にありますよね。2階がイートインで正面に駐車場がある。ピッタリです!」
「そ、それはよかったですわ! …………いってみるもんですわね」
「でもあそこはコーヒーのお店だったような?」
「攻めこんでくる合図を決めましょう!」
 桜守の声をほとんどかき消して千十郎がいう。最上が「それなら」と、
「花菖蒲の花びらを水路に流してください。こちらの池に流れてきたのを確認したら突撃します」
 庭の池には白石邸から流れてきた花菖蒲の花びらが浮かんでいて、紫と青が水面をを彩っている。
「花びら少しだけじゃわからないんじゃないの?」
「たくさん流せば文句ないでしょう。本体ごと流して差し上げますわ」
 千十郎は最上家を出ると、堂々と正面から白石邸に向かった。

 白石邸前に咲き乱れる花菖蒲を横目に、千十郎は白石邸の門を叩く。ほどなくして警備があらわれ事情を話すと、四条貴音が顔を出した。
「どうしてここが?」
「よく出入りしてると街の噂になっていますわよ。大丈夫ですか? スキを見せるなんてあなたらしくもない」
「お恥ずかしい……あの夜の出来事から少し混乱しているのかもしれません」
「無理もありません……、心中お察しいたします」
「しかし、貴方様が決断してくれたのならばこちらのものです」
「ええ、明日はいい宿に泊まりたいと思いましてね。いまのシケた宿は何だか青臭いし、うるさくてかないませんわ。土産話もできたことだし、あなた方に雇ってもらおうと」
「土産話、ですか」
 千十郎はちょいちょいと近づくようにうながし、四条の耳元で囁いた。
「あれはわたくしがブランエノワールのイートインでおこう~~ちゃをいただきながら、ガラス窓から外を見ていたとき……」

 最上家の4人は塀に張り付いたまま紅茶を飲んでいる。最上に紅茶を注ごうとした瞬間、桜守があっと声をあげた。
「ブランエノワールのイートインはガラス張りじゃないわ。外が見えない!」
「えっ! それじゃ、ウソがバレちゃうよ!」
「ごめんなさい……、いまのいままで気がつかなくて」
「歌織さんのせいじゃありません。知りもしないのに私が言ったから」
「早く行って教えてあげなきゃ、千十郎さんでも危ないよ~~!」
 慌てる矢吹の口を拭いて如月が言う。
「忘れているくらい曖昧で些細なことなら、相手もすぐには気がつかないかもしれないわ」
「そうですね……信じて待ちましょう」
 最上がそう言うが、みんな焦燥感を感じているようでソワソワしていた。
 周防だけはムッとした表情で庭の池を見つめている。

 千十郎は客間にとおされた。こっそりふすまを開けて庭をみる。花菖蒲が咲いている綺麗な池のほとりで、四条と秋月が話しをしている。
「私がじきにじきに出向いて、けちょんけちょんのゲチョンゲチョンのモッチョンモッチョンにしてもう二度と逆らえないようにしてやるわ!」
 扇子をバキッと折って兵を率いて出ていった。

 大勢の兵が足並みをそろえて白石邸から遠ざかっていく。
「先頭にいるの秋月次席社長だわ」
「イイイイやった~~~~!! うまくいったんだね! やっぱりやるねえ~~~~茜ちゃんが見こんだセレブンなだけあるよ!」
「桃子、合図は?」
 池のほとりに座っている周防は首を振る。

 四条が茶室に引っ込むのを確認してから、千十郎は庭に飛びだそうと一歩踏み出し、料理が運ばれてきて戻る。
 豪華な御膳だ。千十郎は腕組みしてつややかな白米や、煮物、焼き魚、味噌汁をにらみつけた。
「くっ……なんて卑怯な手を……ッ!」
 手を組み祈りを捧げると、箸をフォークのようにして食べだした。
「どうせ食べなければ捨ててしまうのでしょう……くそッ、四条貴音めッ!」

「……なかなかこないわね」
「うーーん早くしないと戻ってきちゃうよ?! まさかご飯出されて食べてないよね?」
 野々原だけでなく桜守もじれてきている。最上も少し焦っていた。
「千十郎さんまだですか」

「……あ」
 茶室で白石が何か気がついたように顔をあげた。正面に座っている四条が首をかしげる。
「どうしたのですか、紬?」
「ブランエノワールに一度いったことがあるのですが……あそこのイートインは、ガラス張りではなかった記憶が……」
「それは、本当ですか」
「はい。壁に天海春香ちゃんのポスターがかけてあったのをよく覚えています」
 四条は目を見開き、せり上がってきた怒りとともに立ち上がった。

 千十郎はほっぺにおべんとをつけたまま庭に飛び出した。
 池のほとりから花菖蒲を紫も青も関係なく、花びらをちぎって流していく。
 ふと背中に違和感を感じた。それは刀の切っ先にこもっている殺気だった。
「そこまでです」
 千十郎は苦い顔で両手をあげた。


「もうーーーー! いくらなんでも遅すぎるよ~~~~!」
「秋月さんがでていってから結構時間がたっているわね」
「まさか何かあったんじゃ」
「きっと何かあったんだよ! みんなの力でババンといっちゃおうよ!」
「でも……」
 バッと周防が立ち上がった。


 千十郎は木にロープでぐるぐる巻きに縛られた。四条が千十郎のヒラヒラの袴を手に取りまじまじとみる。
「綺麗に洗ってありますが血の臭いと油がこびりついています。うちの侍たちを殺めたのは、あなたですか……貴様、一味と通じているのか」
 ふんっと鼻で笑う千十郎。
「だったらなんですの」
「わたくしを騙していたのですね……!」
 悔しさと怒りがないまぜの表情を隠そうともせず、四条は歯を食いしばっていた。
「お姉さま、早く秋月さんを呼び戻さないと」
 四条の背中に隠れるようにいる白石がいうと、四条は歯噛みしながらも屋敷を出ていった。
「……妹さんがいらしたのですね」
「な、なんなん」
 じっと見つめる千十郎に白石が後ずさりする。
「あ、申し訳ございません」
 飛んでいた意識が戻ってきて、千十郎は神妙な顔になる。

「いえ、いいのかなと、思いまして」
「だ、だまされませんよ」
 白石は懐刀を突き出すように構えた。およびごしで、明らかに使い慣れていないのが見え見えだ。
「ホントにいいんですか? わたくしが今ここに来たということは、どういうことかわかりませんか?」
「そんなの、コチラのようすを伺いにきたのでしょう」
「いいえ違いますわ。すでに待機してありますの」
「それは、う、嘘だったのでしょう!」
「場所はウソで、待機しているのが本当だとしたら?」

 白石の顔がサッと青くなった。
「でも分が悪そうなので、中止の合図を伝えようとしていたのですが、もう遅いですわね」
「そ、それはなんなん! おしえなさい!」
 切っ先を千十郎の鼻先へ向ける白石。
「わかりましたわ。それならば100万両で手をウチましょう」
「だらにして!」
 千十郎に近づき、その首元に刃を押し当てる。千十郎はわざとらしく怖がってみせる。
「わかった、わかりましたわ。もうしょうがありませんわね……特別ですわよ?」
 花菖蒲をアゴでしゃくった。
「花菖蒲を水路に流すんです。青は突撃、紫は中止の合図ですわ」
 白石はそれを聞くと懐刀をほおりなげ、池に駆けよる。
 必死に紫の花菖蒲の花びらだけむしって水路に流していく。
「軍勢はこれからドンドン増えますわよ! 総勢1021人! 早くしないと全員がここに押しよせてきて、こんな小さな平屋なんか一瞬でオシマイですわよ!! じゃんじゃん流しなさい! そんなんじゃ気がつきませんわよ! おーーーっほっほっほっーーー、おーーーっほっほっほっほっほ、おーーーーっゴホッ、ゴホッゴホッ、ゲホッ」
 千十郎の高笑いなど意に介さず、白石は涙目で花菖蒲を流し続けた。

「おばさんならちゃんとやってくれるよ!! 信じてまとう!」
 周防の一声で、最上と野々原と桜守が固まった。
 最上は邪念を祓うようにブンブン首を振る。
「そ、そうよ。あの人のいうことを訊かなかったらろくな事が起こらなかったんだ」
「あっ!」
 矢吹の声にみんな池に注目する。
 大量の紫色の花菖蒲が水路をつたって池に流れてこんできていた。

「ふふ、綺麗ね」
 矢吹の隣で如月が腰をおろして花びらつまみ、やわらかく微笑んでいた。
「きた、合図よ! みんな!」
「かえったら花菖蒲でなにかつくろうかしら」
「キ、キターーーー! みんなーー! 茜ちゃんの出番だよ~~~~!」
「もう、おそいんだからっ!」
 4人はうなずきあって白石邸へ走った。

 なおも涙目で花菖蒲を流し続けている白石を刀で取り囲んだ。
「な、なんなん!」
 驚いて4人を見回していたが、もうお終いなのだと悟ったのか、ガックリとうなだれた。

 駆け足で庭に走りこんできた四条。木に縛っていたはずの千十郎がいなくなっている。
「紬!」
 秋月の声に牢屋にいくと、目の光が消え、うなだれた白石が入っている。
「……なんなん」
「むきいいいいいいいッ!!」
 秋月は怒りのあまり頭をかきむしり、指がひっかかってメガネが飛んで池に落ちた。
 正気ごとメガネと飛んでったのか3になった目で、ブツブツブツブツ、メガネメガネと這いつくばってメガネを探している。
 四条の顎を血が一滴つたった。

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