あゝ人生に「怠惰」あり


 ウゥーン。ウゥーン。ウゥーン。
 

 頭からかぶっている布団から、小さな手を出して辺りを触診。
 アラームのバイブが止まり、スマホをまくらの上で握ったままガックリと力尽きた。

  ウゥーーン。ウゥーーーーン。ウゥーーーーーーーーーーーーン。

「もおぉ~~、ふ、ああ~~~~」
 布団からでた小さい顔が大あくび。
 長いツインテールは好きでしている髪型というより切るのが面倒くさいから伸ばしてる様子のくたびれ具合。固く閉ざしたまぶたは、なんとしてでも朝の日差しを浴びるものかという強い意志を感じさせる。
「ん~~、なんじぃ……9時……ふぁあ。11時に事務所だっけ…………」
 あごが外れそうなくらいの大あくびをしながら昨日はいつ寝たのだろうと考えた。

(4時間、4時間は少ないよねえ。最低6時間半はねなきゃいけないんでしょう?
 90分ごとにレム睡眠のタイミングがきて、その倍数の時間に起きるのが最適だっていうじゃん? 4時間ってことは、30分も足りてないよ。
 それに、あんずは最低10時間は寝ないとバリバリ働く準備ができないんだよね。
 あんずは仕事と真剣に向き合いたいって思ってるから…………ね)

「明日ガンバればいいよね! 寝る子は育つっていうし! おやすみなさ~~い」
 ごろん。ごろんごろん。
 ありったけの寝返りをうってから仰向けになった。
 鼻をむぐむぐ。マブタをしょぼしょぼ。気がついた。

「ダメだ、ぜんぜん眠くない」

(おかしい。いよっ、絶好調~~~~! って叫べそうなくらいアタマがスッキリしている。
 12時間ねてからもっと寝ようとした時になったからよく覚えてる。これ以上寝ると逆に疲れてくやつだ。オーバートレーニングの寝る版みたいなヤツ。
 あれ?
 でもこのスッキリ絶好調~~~~!!な感じで仕事すれば、かなり活きのいいあんずが見せられるんじゃ……?
 つまり、ブレークにブレークをかさねてエクストリームな成功を収めることができるってことになるんじゃ??
 そうなってくると、向こう100年は働かなくてすむ印税がガッポガッポと入り込んでくる永久機関状態になるんじゃ????)

「それって、働かなくて済むってことじゃん!!!!!!」
 
(どうしてだろう、いまのあんずならできる、確信にも似た予感がする……これを逃す手はないよっ!)

「あー、めんどくさ」
 うさぎのぬいぐるみにアゴをのせてブハーと息をはいた。
「体調がいいのに仕事につかうって、あんずはどうかしてた。ふあ~~~~あ」

(そういえば収録とかレコーディングとかで最近ぜんぜん休みなかったじゃん。
 これは由々しき事態だよ。アイドル働き過ぎ! 
 朝から晩まで。土日も祝日も2ヶ月くらいの夏休みもない。昼寝の時間もないし仕事のあいまにゲームもできない。
 こんなまっ黒な労働、お上が許してもあんずは許さないよ)

 うさぎのぬいぐるみを旗のように掲げて、ツーサイズくらい大きいよれよれでブカブカなTシャツを翻した。
「あんずはアイドルを酷使する血も涙もないアイドル業界に抗議するため、今日は断固として働かないことにします! 心を鬼にして、ゲームして漫画読んで、おかし食べて、やがて寝る!!」
《働いたら負け》革命の乙女は奮い立った。
 冷蔵庫からコーラをとりだし、お菓子をたんまりたずさえ、PS4の電源をつけた。

(ホントは行きたかったんだけどねぇ。ここであんずがホイホイいっちゃったら、プロデューサーが調子にのって、ますます仕事増やされるのが目に見えてるじゃんか)

「そもそも今日はレッスンの日じゃん。あんずがいなくったって誰もこまんないさ。こまるのはあんずだけだよ~~」
 ダメになるうさぎのソファーに小さい身を沈めた。
 視界の端にチラッと、PS4のホーム画面の時間が目にはいる。
 10時。もう間に合わない。
「ふい~。みんながせっせか働いてるときにするゲーム。あんずは今、生きている」
 プッシュスタート。その直後、着信音がスマホからながれはじめた。
 歌詞の後ろの全てに☆がつきそうなはずむ歌声と名前を確認して苦々しくうなった。
「これもプロデューサーのためなんだよ……わかってくれッ」
 ゲームを続ける。
 鳴って鳴って鳴って鳴った。
 液晶モニターではきらめきのウェーブが巻き起こっている。
 10回鳴った後、それっきりかかって来なくなった。
「かき氷でもおごってあげよ。ふわふわのやつ」
 10時30分。
「あ、よいしょっと」
 座りなおして、ふと思った。

 どうしてあんなしつこく電話をかけてきたんだろう。

 いつもだったら3回目の着信の前にインターホンが鳴るからこんなに鳴らされない。
 でも今日は様子が違った。
 今日って、なんのレッスンだったっけ。
「ライブ……か」

 そういえば、みんなでやる定期ライブがもうすぐあったっけ。

「あれって疲れるんだよねぇ。段取り覚えて、ふりつけ覚えて、リハして、なんども練習して、みんなであわせてさあ。みんな売れっ子だから中々スケジュールあわなくて、全体練習もできないのに、どうやって本番やれっていうんだよまったく」

 鼻をすすった。

 首をかく。

 ふうー、って言った。

「最終リハだっけ……?」

 すばやくスマホをとる。
 10時35分。
 11時に今日、みんな集まる。


 あわせられなかったら、ライブどうなんだろ。


「まあ、でも」
 あとであんず一人で練習すればどうにかなる。
「明日できることは今日しないっていうしね」
「あんずは動きたくないけど、覚えるのなら、まあまあできるし」
「みんな駆け出しでもプロでしょ。ひとりかけたって、たいして変わんないよ」
「ほんとよくがんばってるよねぇ」
「このライブ成功させようとか、最高のライブにしましょうとか円陣なんてくんじゃってさあ」
「もうちょっと、肩の力抜いてやればいいのに、まったく、付き合わされるほうの見にもなってよね」
「ふぁあ~~あ。あー、ねむ」
 眠くない。
 10時50分。
 PS4の電源を切った。
 うさぎソファーにうつ伏せになる。

 でもまあ、間に合わないし。

「ねよ」

 寝れば時間が立つ。

 明日、ガンバればいいよね。




 人生、怠惰が肝心だよ。








 ピンポーン。


 ジャージ姿に帽子をかぶったあんずは、ドタドタと玄関に向かい勢い良くドアを開けた。

「遅いよプロデューサー! いま何時だと思ってんの!!」





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