アッサンブラージュの箱たち

【箱を作る男】
気が付いたら、ひたすらに箱を作っていた。
孤独、焦り、趣味嗜好、性的衝動。あらゆる感情をコラージュして、箱に詰め込んだ。
内向的だと人は言う。都合のいい言葉だと嘲笑い、それも箱に詰めた。
美しいものが好きだ。とびきり汚くて、美しいものが。
だから僕は、どんな箱でもファッショナブルに飾り付ける。
そして最後には必ず血液を垂らし、白い雫を散りばめた。
僕は知ってほしかった。ロマンチシズムは表裏一体だと。
気障なことをやってのけながら、本当は誰よりも暴力的なのだと。
箱の中に世界を作り、壊し続ける。君は僕を異常だと言った。僕の作品を好むくせにね。
僕は、自分の作品が誰かに壊されることをいっとう嫌う。
破壊するのは僕自身でなくてはならない。彼女たちはすべて、僕自身の成れの果てだから。
そう、箱たちは皆、少女だった。
どこかあどけなく、したたかでいて、悲しいほどに純朴な少女。
理想と呼ぶにはあまりに野暮ったいけれど、僕はきっと、恋をしていたんだと思う。
ある時から、箱の中に譜面を入れるようになった。
罫線に乗った言葉と、五線譜の黒丸。モノクロのコラージュを彩るために、フランス人形もひとつ。
音楽は女性だ。気まぐれでお転婆で、完成してみればすべてが美しい。
僕は美しいものが好きだ。だから箱の中に譜面を詰めた。それだけのことだった。

君の声を初めて聴いたのはいつだったかな。
ショートケーキの歌声。思い描いていた通りの声色。
衝動のまま作り続けていた箱に、命が宿った瞬間だった。
やっと見つけたお姫様。君は僕が嫌いだろうね。
誰よりも美しい君を、こんな狭い箱に閉じ込めているんだから。
僕は箱を作り続ける。僕のための、君のための王国を。
これは僕だけの箱。僕を僕たらしめる、僕の、僕だけの箱……。

【少女】
飛び降りたと思ったら、箱の中にいた。
ニヤついた男がこちらを見ている。こちらを見ながら、もうひとつの箱を作っている。
男は気持ち悪くて、箱の中は息苦しかった。けれども何故か、少しだけ居心地がいい。
声を出してみたら、案外うまくいったので、歌ってみた。
箱の中で、私は人形だった。歌に気付いた男は、新しい服を作ってくれた。
昔のことを思い出した。少しだけ。寂しくなって、歌うのをやめた。
男が作るコラージュはどれも繊細で、飾られる時はいつだって緊張した。
箱の中での私は、誰かの鼻先にくっついた鳥の羽根。
出来上がった世界には不釣り合いな気がして、バランスをとるのに必死だった。
どうして私はここにいるんだろう。男は気持ち悪いし、箱の中は息苦しい。
けれど、男は私を肯定した。甘やかすのとは違う、心からの肯定。
世界を少しだけ近くに感じた。私は鼻先の羽根。どこにでも行ける。どこへだって行ける。
アン、ドゥ、トロヮ。アン、ドゥ、トロヮ。
リズムをとると息ができる。さっきよりもうまく歌えた。
この調子。アン、ドゥ、トロヮ。ダンスだって踊れそう。のびやかに。ラララ。
息をつくと、喉が痛んだ。歌っていなくちゃだめなのかな。ラララ、ラララ、ラララ。
男はいつも箱を作っている。きっと、私と一緒。作り続けなきゃだめなんだな。
変な人。すっごく、変な人。ひとりぼっちで寂しいくせに、ニヤニヤ笑っているなんて。

でも、ありがとう。私に居場所をくれた人。
私は私のやり方で、この息苦しい箱をメイクしよう。
どうしようもないくらい残酷で、それでも、誰かの希望になるための箱。
散りばめられたコラージュが、どうか、あなたを救いますように。
アン、ドゥ、トロヮ。アン、ドゥ、トロヮ。もう少しだけ。ラララ。

【潔癖な助手】
箱を作り続ける男がいるらしい。
噂には聞いていた。随分奇特な奴だなと。
元来、僕は他人に興味を持たない性質である。
だが初めて出会った時、彼のモノづくりに対する真摯な態度に、そして、様子のおかしい箱の形に好感を持った。
本来、箱というものは狂いのない四角形であるべきだ。
しかし、彼の作る箱といったらどうだろう!
木枠はゆがんで釘が飛び出ているし、コラージュは節操もなく散らかって、おまけに、赤と白とが乱暴にぶちまけられている。
それらはお世辞にも美しいとは言えなかったが、どの箱にも、言いようのない愛おしさがあった。
不格好な箱を眺めているうち、中から甘く透き通ったメロディが聴こえてきた。
ショートケーキの歌声。噂には聞いていた。
ホイップのようにクリーミィで、シュガーバターのように染み込む、あまりに美しい声なのだと。
耳にじゅわりと染み込んで、溶けて、消えてしまいそうな儚い声。
僕にはそれが、泣き声のように聴こえた。けれどその歌は、ゆがんだ箱を美しく彩った。
彼のことが気がかりだった。厳密にいえば、彼が作る箱の中で、涙を流す彼女のことが。
居ても立っても居られなくなって、僕は彼に手紙を書いた。
モノをつくるのは得意だったし、何より、あの部屋は居心地が良かったから。

箱を意識すると箱に囚われる、というようなことを、何かの本で読んだ記憶がある。
その言葉の通り、今では箱作りがしたくてたまらない。
彼の部屋で、僕は箱を組み立てる。悲しみを湛えた声は、いつしか力強い芯を持つようになっていた。

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