新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか 福岡伸一

生物の体の構成物質は常に入れ替わっていて、たとえば一年前のある人間と現在の同一人物であっても、その人を構成する物質はほとんど入れ替わってしまっているというのは有名な話。そこから発展して、「生命とは、様々な現象が組み合わさって一定の秩序を形成している一時的な状態である」と定義したのを一言でまとめたのが、タイトルにもある動的平衡。

この本は「生物が生きているというのは、完全に安定したシステムの状態ではなく、色んな機能がそれぞれにバランスを取り合って、一定の振れ幅の中で変化しながら成立しているものだ」という観点から、脳の機能や食べ物、病原体などについてのトピックを生物学的に語る内容のエッセイ集です。

普通の生活の中では、物事を独立した個別の要素がバラバラに存在しているものととらえがちなんですが、この本を読んでいると、その見方がいかに単純なものかを思い知らされます。

例えば食べ物の消化一つ取っても、一般的なイメージでは食べたものから必要なものを吸収して、残りかすを排泄物として出すといったものになると思うんですが、消化の際に膵臓から分泌される消化酵素そのものすらタンパク質で、消化プロセスの際に食物と一緒に分解されて再吸収されている。しかもその量はタンパク質換算で60~70グラム、つまり食物と同じかそれ以上の量。これを踏まえて考えると、消化吸収というのは単に必要なものを取ってくるだけのものじゃなく、体内で行われているサイクルの系に新たな物質を組み込む行為と考えられるわけです。

そして、タンパク質とは他の生き物の体そのもの=食べる側の生き物にとっては全く違う秩序で構成された他者。だから、単独のアミノ酸になるまで分解し、他の生き物だった痕跡を消し去らないと自分という系の構成物として再利用できない。食べ物の消化吸収・再利用だけ取っても、詳細に見ていくとこれだけ複雑で傍目からは分からない事柄で構成されているのには目から鱗でした。

全体を通してエントロピーに抗する複雑系として生命を見る本書は、人間のある種浅はかな物の見方への戒めも多いですが、それ以上に生命というシステムの意外な働きに感動させられる内容が多数。僕が好きなのは、絶滅寸前の象と鯨の共通点が語られる8章。偶然とも必然とも言い切れない、自然の不可思議が語られるエピソードです。

個別のパーツへの理解を足し算していけば全体も理解できるという考えの還元主義は、確かに今までの科学の発展に貢献してきたけれど、そろそろ相互作用の力を考慮した物の見方からの分析も発展させる必要がありそうです。単純化しない複雑なままの世界を見ていくのは今まで以上に困難なものの、だからこそそこには心を動かされるような、神秘的と言ってもいい事実が眠っているのかもしれません。

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